志木市

Last-modified: 2022-06-27 (月) 01:55:56

概要

志木市は、埼玉県南部に位置する市である。人口は2022年5月1日時点で75337人、面積は9.05㎢である。

歴史

758年 大和朝廷が、朝鮮半島(新羅?、日本語ではシラギと読む)から渡ってきた人々を、無人の地であった志木市・新座市?周辺に移住させ、「新羅郡」を創設する。この行動の背景には、新羅と対立関係にある?への配慮があったとされる。なお、現在の和光市?にある「白子」という地名は、これが由来である。
927年 延喜式?に、武蔵国「新羅郡」に代わって「新座郡」という名称が確認される。この郡の名前が、現在の新座市の名前の由来である。
10世紀後半 和名類聚抄?に、「志木」という地名が初めて掲載される。
1874年 現在の志木市に当たる舘村・引又村が合併する際、名称について一悶着あったが、当時の熊谷県が和名類聚抄から引用した「志木」という名前を提案。志木宿となる。
1889年 町村制により志木町となった。
1914年 現在の東武東上線?が開通。志木駅が設置される。
1944年 宗岡村、内間木村、水谷村と志木町が合併。志紀町となる。しかし、鉄道駅の影響で「志木」の名前がすでに定着していた。
1947年 志木町から三つの村が独立。
1955年 志木町と三つの村が合併。足立町となる。
1970年 市政施行。志木市となる。
1988年 日本初のサテライトオフィスが柳瀬川駅?構内に設置される。

環境

秋が瀬公園は志木市のみならずさいたま市?など近隣の市民の憩いの場になっている。隣の新座市にある平林寺や、市内の慶應志木高校の敷地内にはかなり大きな森林があり、多くの希少な生物がこの二つの森林を拠点に生活している。絶滅危惧種のチョウショウインハタザクラがわずかに自生している。

商業

かなり盛んである。志木駅の西口側は古くからの歓楽街である。東口側にもエキア、マルイなど大型商業施設のほか、多くの中小の商店が建ち並び、買い物には困らない。しかし最近では志木駅前にあったららぽーとが閉館し、近隣にららぽーと富士見ができてしまったため、そちらに客を奪われて、求心力を失いつつある。

食文化

志木駅の東口側は、高い密度でラーメン屋が建ち並ぶ、知る人ぞ知るラーメンの激戦区である。これは、志木駅の近隣に学校が複数存在し(そのうち2校は大規模な男子高校)、がっつり食べられるような食事への需要が高かったためである、家系ラーメンの武蔵屋、次郎インスパイア系の千里眼などはラーメン愛好家の中では知られている。
ほかにも、サイゼリア、日高屋などチェーンの飲食店、ラーメン屋以外の個人経営の飲食店も多数存在する。

教育環境

前述の通り、多くの学校が存在し、文教地区として知られている。公立の小中学校のほかに、
・県立志木高校
・細田学園中学・高校
・慶應志木高校
が市内に存在する。その他、新座市内ではあるが立教新座中学・高校、立教大学新座キャンパスの最寄り駅の一つにもなっており、志木駅は朝夕の時間帯には学生で非常に混雑する。

交通

市内の鉄道は、東武東上線のみであり、志木駅と柳瀬川駅の2駅がある。特に志木駅は、川越特急を除いたほぼすべての列車が止まる主要駅である。
志木駅を中心に多数のバス路線が運行されており、近隣のさいたま市にある浦和駅や新座市の新座駅、立教大学新座キャンパスを結ぶ系統はしばしば混雑する。
さいたま市や、川越市?との間に複数本の幹線道路がある。中でも、浦和所沢バイパスは車線が多く、交通量も多く、よく渋滞する。

小ネタ

・志木市と新座市の境界線はかなり入り組んでおり、志木駅の住所が新座市という奇妙な状態になっている。
・志木市の公式キャラクター「カパル」は、少々過激な発言をすることで知られており、公式のツイッターアカウントが二回凍結されている。
・2011年10月、志木市内の荒川でアザラシが発見され、「志木あらちゃん」として特別住民票が交付された。種類までは特定されていないが、ゴマフアザラシである可能性が高いとされる。なお、この際、テレビ局は志木あらちゃんの出現を大々的に報道した。その広告効果は75億円に上り、志木市の広報活動予算の約324年分になることが話題となった。
・志木駅東口の土地のほとんどは、東邦電力(後に寄贈されて慶應義塾)の私有地であったが、戦後の慶應義塾の財政難によってそのほとんどが売却され、宅地や商業地として開発が行われた。

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