朝鮮民主主義人民共和国

Last-modified: 2021-08-04 (水) 18:20:11

もしかして:コンギョ


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朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮語: 조선민주주의인민공화국)は東アジアに位置し、朝鮮半島北部を領域とする社会主義共和制国家。北朝鮮とも言う。冷戦下で誕生した分断国家のひとつで、朝鮮労働党による一党独裁体制である。朝鮮半島全域の領有権を主張しているが、実際には半島北部のみしか実効支配しておらず、半島南部は大韓民国が実効支配している。

朝鮮民主主義人民共和国
国旗
基本情報
公用語朝鮮語(韓国語)
首都平壌
最大の都市平壌
面積120,540km2(97位)
人口25,666,200人(54位)
通貨北朝鮮ウォン(KPW)

概要

北朝鮮の政治は朝鮮労働党を執権政党とし、他に衛星政党のみが存在するヘゲモニー政党制であり、朝鮮労働党の最高指導者の地位は金日成、金正日、金正恩と親から子への世襲が続いている。「マルクス・レーニン主義を創造的に朝鮮に適用した」とする主体思想を党と国の「指導的指針」と定め、その中で「主体的な革命観を立てるためには、党と首領の指導が必要」として首領の指導への忠実性を人民に要求し、極端な個人崇拝と独裁政治が現在に至るまで続いている。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは「世界で最も抑圧的な国の1つ」「あらゆる基本的な自由を大幅に削減し、政治的反対、独立したメディア、市民社会、労働組合を禁止している」「秘密裏に強制収容所を運営し、そこでは政府への反対者と見なされた人々が拷問、飢餓、強制労働を強いられている」と分析している

外交面では対外的攻撃姿勢を貫き、ラングーン事件や大韓航空機爆破事件、近隣諸国民拉致など国際的テロリズム事件を多数引き起こし、また20世紀末から核実験やミサイル発射を断続的に実施しているため、国際社会から憂慮されている。外貨獲得のためには手段を選ばず、通貨偽造や麻薬製造などの犯罪行為に手を染め、外国へのサイバーテロにも注力し、外国銀行への不正アクセスによって資金を盗んでいる。他国からはならずもの国家と見做されており、厳しい制裁が行われているにも関わらず、国際社会に対する挑発的行動や犯罪行為の改善は全く見られない。アメリカ合衆国からはテロ支援国家に指定されている。

軍事面では、世界最長の兵役(男性は8年、女性は5年)を人民に課すことで100万を超える軍隊を維持し、韓国内の米韓軍(60万人弱)を兵力で圧倒しているが、兵器の近代化の遅れが目立ち、それを補完するために大量破壊兵器とミサイル開発・配備を進めている。

歴史

国家成立まで

3世紀終わり頃には既に氏族国家が成立していた。三国時代(4世紀頃~668年)、統一新羅(668~918)、高麗(918~1392)、朝鮮(1392~1910)、日本による統治(1910~1945)を経て、第2次大戦後に北緯38度以北をソ連が占領した。1948年に北朝鮮「政府」が樹立。また同時期に朝鮮半島の南半分では大韓民国が成立した(詳細は後述する)。

国家成立後

1940年代
1945年にポツダム宣言によって第二次世界大戦が終わり、それまで日本に統治されていた朝鮮半島がソ連とアメリカによって統治されるようになる。ソ連は北緯38度線から北の地域(今の北朝鮮)、アメリカは北緯38度線から南の地域(今の韓国)をそれぞれ統治した。このように分けて統治された朝鮮半島だったが、1945年の時点では1947年に選挙を機会として南北を統一する予定だった。

しかしながら、朝鮮の北部では選挙を前に金日成をトップとした改革が進み、選挙は南部が先に始めるなどして、朝鮮半島の統一は決裂。このようにして、大韓民国(韓国)と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が1948年に誕生する。とはいえ北朝鮮と韓国は、互いに不満がたまった状態での建国だったこともあって1950年には朝鮮戦争が起こることとなる。

1950年代
朝鮮戦争で北朝鮮はソ連と中国のサポートを受けつつ、国境の北緯38度線を超えてソウルを占領した。これに対して、韓国はアメリカや国連の支援を受けて、北朝鮮の平壌(ピョンヤン)まで進軍する。その後、北朝鮮側では中国が主導しはじめ、戦争は混戦をきわめた。その結果、1953年に停戦協定が結ばれた。なお、2021年の現在も朝鮮戦争は”停戦”のままである。

1960年代
停戦後、1960年には中国とソ連が対立しはじめる(中ソ対立)。これにより、中ソ両国からのサポートを受けていた北朝鮮は中国派にうつり、結果としてソ連からの経済援助を失った。しかし1966年の文化大革命において中国との関係が悪化、北朝鮮はソ連派になるものの援助は以前と比べて激減。北朝鮮経済の行き詰まりが見えはじめた。

1970年代
1972年には「朝鮮民主主義人民共和国社会主義憲法」が定められ、主体思想(社会主義や軍事を強める思想)や首都をソウルから平壌(ピョンヤン)へ移すことなどの内容が決まった。そして、金日成に代わる首相として金正日が登場。金一族が権力を強めることとなる。

1980年代
南北の統一を狙う北朝鮮は、ビルマ(今のミャンマー)で韓国用心を暗殺(ラングーン事件)したり1987年に大韓航空機を爆破したりして、テロ国家として国際的に非難された。
そのころ韓国では、1988年にソウルオリンピックが開幕。対して、北朝鮮はオリンピックのボイコットを実行し、さらに孤立を深めた。

1990年代
1990年にさしかかったころ、北朝鮮は核開発に着手し始める。同時期である1991年には北朝鮮は国連への加盟、非核化交渉、日朝交渉も進めていた。しかしながら、韓国と中国の国交正常化や日本との拉致問題の悪化にともない、日朝交渉の中断・南北対話の中断・核拡散防止条約からの脱退と態度を変える。そして経済が悪化、北朝鮮国内は飢餓者が出るほどの状況になった。

2000年代
2000年代から現在に至るまで、北朝鮮は核保有国として開発を重ね、ミサイル実験を繰り返している。

国民

民族

朝鮮民族

言語

朝鮮語

宗教

仏教徒連盟,キリスト教徒連盟等の団体があるとされるが,信者数等は不明。

経済

2002年7月,経済管理改善措置が実施され,闇価格もふまえつつ,公定価格や給料を引き上げ(数十倍),為替レートの現実化等を実施。生産活動においては,利潤の追求,インセンティブの付与等も実施。しかし,慢性的なモノ不足により,物資を十分に供給できなかったため,2003年,公の管理下に総合市場を開設。個人や企業が農産品や消費財を販売するようになった。
2009年11月,北朝鮮当局は,新旧通貨の比率が1:100(新1ウォンが旧100ウォンと等価)となるデノミネーション(北朝鮮では「貨幣改革」と呼称)を実施。しかし,北朝鮮内部でモノ不足や物価の急激な上昇等により混乱が発生。
2010年1月,北朝鮮は第三国からの投資呼び込み等を目的として,「国家開発銀行」を設立,その窓口として,既存の「大豊国際投資グループ」の活動を強化する旨発表。同年7月には,合営投資指導局を合営投資委員会に改編するなど,投資誘致を強化。
2010年5月及び8月には金正日国防委員長が訪中,また,2011年8月には同委員長が訪露するなど,中露との経済協力強化を模索。特に,2010年以降は対中貿易額が大幅に増加。また,中朝国境の北朝鮮地域を「経済地帯」に指定し,中朝で共同開発を行っている。
北朝鮮は「田畑担当責任制」を導入し,また2013年に入り,「経済建設と核武力の並進路線」を掲げる等経済の立て直しに力を入れており,平壌等でも大規模な開発が行われ,2013年11月及び2014年7月には最高人民会議常任委員会政令を通じて20の経済開発区を設けること等を決定し,海外の専門家の意見を聞く国際討論会等も開催。同年6月には貿易省,合同投資委員会及び国家経済開発委員会を統合した「対外経済省」を発足させたが,経済全般を見れば,依然として厳しい状況が続いている模様。

食糧事情

穀物総生産量は増加の傾向と言われるが,依然低い水準を推移していると考えられている。食糧事情も引き続き厳しい状況にあると見られる。

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Tag: アジア 共産主義 北朝鮮