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男鹿(海防艦)

Last-modified: 2019-04-29 (月) 01:33:08

男鹿(をじか)*1とは大日本帝国海軍の海防艦、鵜来型海防艦*2の内の一隻である。

鵜来型海防艦.jpg

写真は同型艦の宇久
基準排水量全長全幅吃水主機関
940トン78.77m9.1m3.06m艦本式22号10型ディーゼル2基2軸
出力速力航続距離乗員燃料搭載量
4200馬力19.5ノット5000浬/16ノット150名重油120トン
 
起工1944年9月7日
進水1944年12月30日
竣工1945年2月21日
最期1945年5月2日被雷沈没
除籍1945年5月25日
 
兵装(計画時)
45口径12cm連装高角砲1基
45口径12cm単装高角砲1基
25mm三連装機銃2基
九四式爆雷投射機2基
爆雷投下軌条2基
九五式爆雷120個
ソナー
九三式水中聴音機1基
九三式水中探信儀2基
レーダー
22号電探1基




概要 Edit

男鹿は鵜来型海防艦の一隻で戦争末期の厳しい情勢の最中に竣工したが竣工後70日で沈没した。
艦名は長崎県?五島列島中部の男鹿(おしか)島から採られている。
艦名研究家の片桐大自氏は由来の調査に苦労したと著書で述べている。

艦歴 Edit

竣工まで Edit

1944年9月7日に玉野造船所*3で起工される、仮称は第4703號艦だった。
1944年10月5日鵜来型海防艦の男鹿と命名され本籍が佐世保鎮守府と仮定される。
1944年12月7日艤装員事務所を造船所の海軍兵舎内に設置し事務作業が始まる。
1944年12月30日進水する。
1945年1月15日艤装員長に海軍少佐の磯邊輝吉氏が任命される。
1945年2月20日艤装員事務所が撤去される。
1945年2月21日竣工、警備海防艦として正式に佐世保鎮守府が本籍となる。
同日呉鎮守府部隊呉防備戦隊所属となり、艤装員長だった磯邊輝吉氏が艦長になる。

1945年4月5日海上護衛総司令部第一護衛艦隊に転属、同月25日に海上護衛総司令部第一護衛艦隊の第百三戦隊に編入される。

以後朝鮮海峡での対船掃蕩に従事する。

4月27日艦長の磯邊輝吉氏が少佐から中佐に進級する。
男鹿は門司から上海に向かう船を護衛して出発、しかし4月30日敵潜水艦を発見し霧の中から射撃、追い払うもも別の潜水艦からの魚雷で護衛していた美保丸が沈没してしまった。

5月2日アメリカ潜水艦スプリンガー? (USS Springer, SS-414)から発射された魚雷が命中、男鹿は瞬時に沈没した。
このスプリンガーこそ男鹿が追い払った潜水艦だった。

竣工から僅か70日の儚い命だった。

スプリンガー.jpg
男鹿を沈めたスプリンガー

関連項目 Edit

軍用艦一覧
第七十三号海防艦・・・完成後12日で沈没
六連(海防艦)・・・完成後34日で沈没
目斗(海防艦)・・・完成後45日で沈没

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*1 をじかであっておじかではない
*2 当時の表記は鵜來型海防艦
*3 岡山県玉野市