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第三十号海防艦

Last-modified: 2019-05-01 (水) 21:05:12

第三十号海防艦*1は日本海軍の海防艦、丁型海防艦*2の15番艦である。

丁型海防艦.jpg

写真は同型艦の第二十二号海防艦?
基準排水量全長全幅吃水主機主缶
740トン69.5m8.6m3.05m艦本式甲25型オール・ギヤード蒸気タービン1基1軸艦本式ホ号水管缶(重油燃焼)2基
出力速力燃料搭載量航続距離乗員
2500馬力17.5ノット重油240トン4500浬/14ノット141名
 
起工1944年2月15日
進水1944年5月10日
竣工1944年6月26日
最期1945年7月28日被爆沈没
除籍1945年9月15日
 
兵装(計画時)
45口径12cm単装高角砲2基
25mm3連装機銃2基
三式爆雷投射機12基
爆雷投下軌条1基
爆雷120個
ソナー
九三式水中聴音機1基
九三式水中探信儀1基
レーダー
22号電探




艦歴 Edit

1944年2月15日長崎造船所にて起工、第三十二号海防艦?と同時建造で起工日と進水日は同一である。
仮称は第2715號艦だった。
5月10日第二号型海防艦第三十号海防艦と命名され本籍を佐世保鎮守府と仮定し同日進水する。
6月10日艤装員長に海軍少佐の高松彌四郎氏が着任する。
6月12日艤装員事務所を飽ノ浦町長崎監督官事務所内に設置して事務作業が始まる。
6月25日艤装員事務所を撤去される。
6月26日竣工、同日警備海防艦として正式に佐世保鎮守府が本籍となり艤装員長だった高松彌四郎氏が艦長に着任し呉鎮守府部隊呉防備戦隊に編入される。

その後佐伯*3に移動して訓練に従事する。

7月25日第四海上護衛隊に編入される。

9月7日カタ719船団を護衛して鹿児島ら出港、9月10日無事に那覇に到着する。
その後基隆(きいるん)東方で潜水艦からの攻撃で大破、修理をする。

1945年1月5日基隆から鹿児島までの船団護衛中に潜水艦からの攻撃を受け前部4分の1を喪失乗員5名が死亡し、那覇に移動中さらに魚雷4発を回避、1月22日那覇にて応急修理中に対空戦闘を実施、2名が死亡した。
どうにか応急修理を終えて2月23日韓国釜山の朝鮮重工業にて修理を実施し4月19日に佐世保に入港した。

5月10日大阪警備府海面防備隊に編入され潮岬や紀伊水道の防備に従事した。
6月1日第百九十号海防艦と共に第六特攻隊に編入される。
6月30日艦長が楠見直俊氏になる。
7月28日に和歌山県?由良湾にてイギリス空母搭載機の攻撃により沈没、楠見直俊艦長も戦死した。

9月15日除籍

1948年の1月~4月に浮揚され解体されたと推定される。

第三十号海防艦.jpg

戦後に撮影された浮揚される第三十号海防艦

関連項目 Edit

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*1 本来の表記は第三十號海防艦
*2 正確には第二号艦型海防艦
*3 大分県