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第二十一号海防艦

Last-modified: 2019-04-24 (水) 20:04:42

第二十一号海防艦*1は日本海軍の海防艦、丙型海防艦*2の11番艦である。

丙型海防艦.jpg

写真は同型艦の第五号海防艦
基準排水量全幅吃水主機関
745トン8.4m2.9m艦本式23号乙8型ディーゼル2基
出力速力燃料搭載量航続距離乗員
1900馬力16.5ノット重油106トン6500浬/14ノット123名
 
起工1943年12月1日
進水1944年3月31日
竣工1944年7月18日
最期1944年10月6日被雷沈没
除籍1945年1月10日
 
兵装(計画時)
45口径12cm単装高角砲2基
25mm3連装機銃2基
三式爆雷投射機12基
爆雷投下軌条1基
九五式爆雷120個
ソナーレーダー
九三式水中聴音機1基22号電探
九三式水中探信儀1基




艦歴 Edit

1943年12月1日日本海船渠にて起工、仮称は第2411號艦だった。
3月15日第一号型の第二十一号海防艦と命名、本籍が佐世保鎮守府と仮定される。

3月31日進水する。
6月10日艤装員長に海軍少佐の畠山重則氏が任命される。
?月?日*3艤装員事務所が設置され事務作業が始まる。

7月18日めでたく竣工、艤装員事務所が撤去される。
同日警備海防艦として正式に佐世保鎮守府が本籍となり艦長に艤装員長だった畠山重則氏が任命され呉鎮守府部隊呉防備戦隊に編入される。

8月15日から8月21日にかけて佐世保工廠にて電波探信儀記録器装備工事と十二糎望遠鏡増備工事をうける。

8月18日上護衛総司令部第一海上護衛隊に編入される。

8月25日ヒ75船団を護衛して門司を出港、8月31日14時35分にルソン海峡にて潜水艦の潜望鏡を発見、第二十一号海防艦は航空母艦雲鷹?の艦上攻撃機と千振?と共に潜水艦を攻撃した。*4
9月3日20時25分東亞丸が敵潜水艦の攻撃を受けて小破したものの9月7日に無事シンガポールに到着した。

9月11日にヒ74船団を護衛してシンガポールを出港、しかし9月17日0時35分にあづさ丸がアメリカ潜水艦のバーブ?(USS Barb, SS-220)攻撃を受け沈没、数分後の0時42分には航空母艦の雲鷹が攻撃を受け大破、7時55分に沈没してしまった。
9月23日船団は門司に到着した。

9月24日から9月28日まで佐世保工廠にて修理を受ける。
10月1日にヒ77船団を護衛して門司を出港した。
10月6日13時15分アメリカ潜水艦のホエール?(USS Whale, SS-239)からの攻撃を受けてあかね丸が沈没してしまう、第二十一号海防艦は沈没したあかね丸の生存者を救助中にアメリカ潜水艦のシーホース?(USS Seahorse, SS-304) からの攻撃を受けて沈没してしまった。
畠山重則艦長以下170名が戦死した。

1945年1月10日 除籍された。

シーホース.jpg

第二十一号海防艦を撃沈したシーホース

関連項目 Edit

軍用艦一覧

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*1 本来の表記は第二十一號海防艦
*2 正確には第一号艦型海防艦
*3 日付不明
*4 アメリカ側に撃沈記録は無い