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第二百号海防艦

Last-modified: 2019-05-01 (水) 21:09:57

第二百号海防艦*1は日本海軍の海防艦、丁型海防艦*2の66番艦である。

右から八丈、粟国、久賀、第二百号海防艦、忠山丸.jpg

1947年3月舞鶴にて撮影、左から二番目の艦が第二百号海防艦である。
基準排水量全長全幅吃水主機主缶
740トン69.5m8.6m3.05m艦本式甲25型オール・ギヤード蒸気タービン1基1軸艦本式ホ号水管缶(重油燃焼)2基
出力速力燃料搭載量航続距離乗員
2500馬力17.5ノット重油240トン4500浬/14ノット141名
 
起工1945年1月31日
進水1945年3月19日
竣工1945年4月20日
除籍(日本海軍?)1945年11月30日
除籍(復員庁?)1947年5月3日
 
兵装(計画時)
45口径12cm単装高角砲2基
25mm3連装機銃2基
三式爆雷投射機12基
爆雷投下軌条1基
爆雷120個
ソナー
九三式水中聴音機1基
九三式水中探信儀1基
レーダー
22号電探




概要 Edit

第二百号は第二次世界大戦末期に竣工した海防艦で終戦を中破状態で迎えた。

艦歴 Edit

竣工まで Edit

1945年1月31日長崎造船所にて起工、仮称は第2800號艦だった。
3月5日第二号型の第二百号海防艦として本籍が佐世保鎮守府と仮定される。
3月19日進水する。
3月20日艤装員長に海軍大尉の中尾雄三氏が任命される。
4月20日竣工、警備海防艦として正式に佐世保鎮守府が本籍となる。
艦長として艤装員長だった中尾雄三氏が着任、呉鎮守府部隊呉防備戦隊に編入される。

竣工後 Edit

5月5日舞鶴鎮守府部隊第五十一戦隊に編入され訓練に励む...前に翌日宮津湾にてアメリカ軍航空機が敷設した機雷に触雷、行動不能になってしまう。
もはや修理も叶わなかったのか以後舞鶴にて防空砲台として活用される。
11月20日除籍?*3

1947年2月1日舞鶴にて船体各部からの漏水が確認され行動不能艦艇との判断がなされたため復員船として活用されなかった。

5月3日除籍?*4

1948年7月1日舞鶴造船所で解体完了

損傷し修理もされず復員船としての活躍も叶わずなんとも不憫な艦だった、一応写真が残っているのがせめてもの救いか。

関連項目 Edit

軍用艦一覧

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Tag: 軍事 海軍 海防艦






*1 本来の表記は第二百號海防艦
*2 正式には第二号型海防艦
*3 雑誌世界の艦船 日本海軍護衛艦艇史では11月20日除籍となっている
*4 特別輸送艦として書類上入籍したかもしれないが入籍したと確認できない