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第二百四号海防艦

Last-modified: 2019-05-01 (水) 21:10:19

第二百四号海防艦*1は日本海軍の海防艦、丁型海防艦*2の68番艦である。
丁型海防艦の中で一番大きい艦番号を持つ艦でもある。

丁型海防艦.jpg

写真は同型艦の第二十二号海防艦?
基準排水量全長全幅吃水主機主缶
740トン69.5m8.6m3.05m艦本式甲25型オール・ギヤード蒸気タービン1基1軸艦本式ホ号水管缶(重油燃焼)2基
出力速力燃料搭載量航続距離乗員
2500馬力17.5ノット重油240トン4500浬/14ノット141名
 
起工1945年2月27日
進水1945年4月14日
竣工1945年7月11日
除籍(日本海軍)1945年11月20日
除籍(復員庁)1947年5月3日
 
兵装(計画時)
45口径12cm単装高角砲2基
25mm3連装機銃2基
三式爆雷投射機12基
爆雷投下軌条1基
爆雷120個
ソナー
九三式水中聴音機1基
九三式水中探信儀1基
レーダー
22号電探




艦歴 Edit

1945年2月27日三菱重工業長崎造船所にて起工、仮称は第2802號艦だった。
4月5日第二号型の第二百四号海防艦と命名され、本籍が佐世保鎮守府と仮定される。
4月14日進水する。
5月4日艤装員長に海軍少佐の田中善次氏が任命される。
5月12日艤装員事務所が長崎三菱重工業株式會社海防艦艤装員事務所内に設置され事務作業が始まる。
7月7日完成直前に舞鶴鎮守府部隊第五十一戦隊に編入される。
7月11日めでたく竣工、警備海防艦として正式に本籍が佐世保鎮守府となる。
同日艦長に艤装員長だった田中善次氏が任命される。

7月16日佐世保港を出港する、しかし翌日山口県仙崎湾にて事故を起こし損傷する。
7月18日日本海にてアメリカ軍の攻撃に遭い士官1名を含む6名が戦死する。
27日まで仙崎港に寄港し、28日舞鶴に到着する。

8月15日敗戦を舞鶴で迎える。

8月22日舞鶴を出港して24日佐世保に到着する、しかし佐世保にて缶の爆発事故を起こして行動不能になってしまう。

11月20日除籍される。

一応復員庁に籍があったようで1947年5月3日にも除籍されている。

1948年1月31日三菱重工業長崎造船所にて解体完了し生涯に幕を閉じた。

関連項目 Edit

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*1 本来の表記は第二百四號海防艦
*2 正式には第二号型海防艦