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第五十号海防艦

Last-modified: 2019-05-01 (水) 21:05:45

第五十号海防艦*1は日本海軍の海防艦、丁型海防艦*2の25番艦である。

丁型海防艦.jpg

写真は同型艦の第二十二号海防艦?
 
基準排水量全長全幅吃水主機主缶
740トン69.5m8.6m3.05m艦本式甲25型オール・ギヤード蒸気タービン1基1軸艦本式ホ号水管缶(重油燃焼)2基
出力速力燃料搭載量航続距離乗員
2500馬力17.5ノット重油240トン4500浬/14ノット141名
 
起工1944年7月8日
進水1944年9月9日
竣工1944年10月13日
除籍(日本海軍)1945年11月20日
除籍(復員庁)1947年5月3日
 
兵装(計画時)
45口径12cm単装高角砲2基
25mm3連装機銃2基
三式爆雷投射機12基
爆雷投下軌条1基
爆雷120個
ソナー
九三式水中聴音機1基
九三式水中探信儀1基
レーダー
22号電探




艦歴 Edit

1944年7月8日石川島造船所にて起工、仮称は第2725號艦だった。
8月25日第二号型海防艦第五十号海防艦と命名、本籍を横須賀鎮守府と仮定される。
9月9日進水する。
9月15日艤装員長に海軍少佐の平石廉氏が着任し翌日艤装員事務所が造船所の深川分工場内に設置され事務作業が始まる。
10月13日竣工、同日警備海防艦として正式に横須賀鎮守府所属となり艤装員長だった平石廉氏が艦長に着任する。
同日艤装員事務所が撤去され呉鎮守府部隊呉防備戦隊に編入される。

12月5日第三海上護衛隊に編入され和歌山県?の串本を拠点として船団護衛に従事する。

1945年2月26日三重県の尾鷲湾ににて敵潜水艦撃沈を報じるもアメリカに該当艦が無いため誤報か誤認と思われる。
4月15日第四特攻隊に編入される。
5月1日和歌山県周参見(すさみ)沖で対潜戦闘中にアメリカ潜水艦セネット? (USS Sennet, SS-408)からの攻撃で大破、艦尾を約8メートル切断され9名が死亡した。
第五十号は見老津(みろづ)海岸に擱座*3した。

その後大阪の藤永田造船所にて修理に入り修理中に終戦を迎えた。

1947年2月1日行動不能艦艇とされ5月3日除籍

修理から一転して解体となり1948年5月5日藤永田造船所にて解体完了した。

関連項目 Edit

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*1 本来の表記は第五十號海防艦
*2 正確には第二号艦型海防艦
*3 沈没を防ぐためにわざと座礁すること