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第六十五号海防艦

Last-modified: 2019-04-24 (水) 19:11:34

第六十五号海防艦*1は日本海軍の海防艦、丙型海防艦*2の33番艦である。

第六十五号海防艦.jpg

室蘭空襲の際に撮影された第六十五号海防艦と思われる写真
基準排水量全長全幅吃水主機
745トン67.5m8.4m2.9m艦本式23号乙ディーゼル2基2軸
出力速力燃料搭載量航続距離乗員
1900馬力16.5ノット重油106トン6500浬/14ノット125名
 
起工1944年8月10日
進水1944年11月30日
竣工1945年2月13日
最期1945年7月14日被爆沈没
除籍(日本海軍)1945年9月15日
除籍(復員庁)1947年5月3日
 
兵装(計画時)
45口径12cm単装高角砲2基
25mm3連装機銃2基
三式爆雷投射機12基
爆雷投下軌条1基
九五式爆雷120個
ソナー
九三式水中聴音機1基
九三式水中探信儀1基
レーダー
22号電探




艦歴 Edit

1944年8月10日日本海船渠にて起工、仮称は第2433號艦だった。
10月5日第一号型の第六十五号海防艦と命名、本籍を舞鶴鎮守府と仮定する。
11月30日進水する。

1945年1月5日艤装員長に海軍大尉の深瀬英次郎氏が任命される。
1月10日艤装員事務所が日本海船渠工業株式會社内に設置され事務作業が始まる。

2月13日めでたく竣工、艤装員事務所が撤去、警備海防艦として正式に舞鶴鎮守府が本籍となる。
艦長に艤装員長だった深瀬英次郎氏が任命され、呉鎮守府部隊呉防備戦隊に編入される。

4月1日海上護衛総司令部第一護衛艦隊に編入される。

4月21日門司を出港、翌日巨文島に到着し翌日統営に移動、重油を移載した。
5月5日舞鶴鎮守府部隊第百五戦隊に編入される。

5月24日第六十五号海防艦は国後と共にヌ船団を護衛して小樽を出港、しかし大昭丸が荷崩れを起こしたため翌日小樽に引き返した。
5月26日再びヌ船団を護衛して出港、5月31日占守島の片岡に無事到着した。
7月10日海上護衛総司令部第一護衛艦隊第百五戦隊に編入される。
7月14日室蘭にてアメリカ軍第38機動部隊所属の艦載機からの攻撃を受けて室蘭港内にて沈没した。

8月15日終戦
8月25日沈没状態だが第一予備海防艦に指定される。

9月15日除籍される。

1947年2月1日大湊地方復員局所管と行動不能艦艇とされた。
5月3日 除籍された。

1946年8月から1947年7月にかけて日本サルベージによって浮揚解体された。

関連項目 Edit

軍用艦一覧

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*1 本来の表記は第六十五號海防艦
*2 正確には第一号艦型海防艦