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第六十八号海防艦

Last-modified: 2019-05-01 (水) 21:05:58

第六十八号海防艦*1は日本海軍の海防艦、丁型海防艦*2の33番艦である。

丁型海防艦.jpg

写真は同型艦の第二十二号海防艦?
基準排水量全長全幅吃水主機主缶
740トン69.5m8.6m3.05m艦本式甲25型オール・ギヤード蒸気タービン1基1軸艦本式ホ号水管缶(重油燃焼)2基
出力速力燃料搭載量航続距離乗員
2500馬力17.5ノット重油240トン4500浬/14ノット141名
 
起工1944年7月3日
進水1944年9月30日
竣工1944年11月20日
最期1945年3月24日被爆沈没
除籍1945年5月10日
 
兵装(計画時)
45口径12cm単装高角砲2基
25mm3連装機銃2基
三式爆雷投射機12基
爆雷投下軌条1基
爆雷120個
ソナー
九三式水中聴音機1基
九三式水中探信儀1基
レーダー
22号電探




艦歴 Edit

1944年7月3日川崎重工業川崎造船所にて起工、仮称は第2734號艦だった。
8月25日第二号型の第六十八号海防艦と命名され、本籍を佐世保鎮守と仮定される。
9月30日進水する。
10月30日艤装員事務所が神戸海軍監督官川崎出張所内に設置され事務作業が始まる。
11月1日艤装員長に海軍少佐の石井留吉氏が任命される。
11月20日めでたく竣工、艤装員事務所が撤去される。
同日警備海防艦として正式に佐世保鎮守府が本籍となり、艤装員長だった石井留吉氏が任命される。
呉鎮守府部隊呉防備戦隊に編入される。

12月27日佐世保鎮守府部隊に編入される。

3月13日第六十八号海防艦はカナ304船団を護衛して鹿児島湾を出港した。
この船団はアメリカ軍の上陸が迫った沖縄への増援を目的とした船団だった。

4隻の輸送船に対して護衛は第六十八号海防艦、水雷艇の友鶴?、されに特設掃海艇3隻だった。

情勢不良と判断されて奄美大島南部の古仁屋にて一時退避したが16日に出発した。

しかし18日に硫黄鳥島*3沖で敵機に発見されてしまう、船団は警戒しつつ航行を続けていたが同日午後5時にアメリカ潜水艦のトリガー?(USS Trigger, SS-237)から攻撃され第三筑紫丸が撃沈されてしまう。
同日にはアメリカ軍が九州や瀬戸内海の拠点を攻撃、船団はこれ以上の航海は危険と判断、上海対岸の泗礁山に退避、20日に到着した。

3月18日から21日にかけて九州沖航空戦が勃発、これによって情勢が好転したと判断、22日に泗礁山を出港した。
しかし状況は全く好転しておらずアメリカ軍の空母は日本近海に留まっていた。

3月24日午前8時半船団はアメリカ軍のB-24に発見された、2機のB-24からの爆撃で11時45分特設掃海艇関丸?が沈没、荘河丸が至近弾で故障してしまう。
その後アメリカ軍の空母機動部隊の第58.1任務群が大挙して船団を襲った。
3時50分には約40機からなる空襲で荘河丸が沈没した、5時には120機が船団を襲う事態となった、5時20分に開城丸と杭州丸が沈没、第六十八号海防艦や友鶴共々沈没この船団で生き残った船はいなかった。

艦長の石井留吉氏も戦死してしまった。

5月10日 除籍

関連項目 Edit

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*1 本来の表記は第六十八號海防艦
*2 正確には第二号艦型海防艦
*3 沖縄県最北端の島