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第十五号海防艦

Last-modified: 2019-04-24 (水) 20:12:06

第十五号海防艦*1は日本海軍の海防艦、丙型海防艦の8番艦である。
丙型海防艦.jpg

写真は同型艦の第五号海防艦
基準排水量全幅吃水主機関
745トン8.4m2.9m艦本式23号乙8型ディーゼル2基
出力速力燃料搭載量航続距離乗員
1900馬力16.5ノット重油106トン6500浬/14ノット123名
 
起工1943年11月18日
進水1944年2月21日
竣工1944年4月8日
最期1944年6月6日被雷沈没
除籍1945年5月10日
 
兵装(計画時)
45口径12cm単装高角砲2基
25mm3連装機銃2基
三式爆雷投射機12基
爆雷投下軌条1基
九五式爆雷120個
ソナー
九三式水中聴音機1基
九三式水中探信儀1基
レーダー
22号電探




艦歴 Edit

1943年11月18日仮称艦名は第2408號艦だった。
1944年1月25日に「第十五號海防艦」と命名され、同日に種別海防艦、第一号型とされ、横須賀鎮守府が本籍と仮定される。
同年2月20日に艤装員長海軍大尉飯塚倶吉氏が任命され、翌日進水、同日艤装員事務所を日本鋼管株式會社鶴見造船所内に設置し事務を開始する。
3月1日に艤装員長が海軍大尉近藤正次氏になり、翌月8日に竣工する。

正式に横須賀鎮守府が本籍となり、艦長には近藤正次氏が着任した。竣工したその日にそのまま呉防備戦隊に配属されるが翌月1日に第一海上護衛隊に転属する。

5月3日から5月10日までかねてより不調だった電探(レーダー)と測深儀を修理、主推力軸受けの油漏れ箇所の修理、電探空中線の折損箇所の修理、煙突の火の粉防止装置の修理を行う。完成間もないのに欠陥だらけじゃねーか

1944年5月13日に輸送船11隻からなるヒ63船団を護衛するために海防艦
壱岐」「松輪」「第9号?」と共に門司を出発した。

18日に無事マニラに到着しここで3隻の輸送船を分離、20日マニラを出発する。
24日深夜2時20分壱岐はアメリカ潜水艦レイトン(USS Raton SS-270)の魚雷で船体が
三つに分断され沈没、松輪、第9号、第15号はレイトンを攻撃したがレイトンに被害は無かった。その後壱岐以外の船は無事昭南*2に到着した。

6月3日ホ02船団護衛のた昭南を出発するが6月6日潜水艦からの魚雷が三本発射、このとき12cm高角砲で応戦したが奮戦むなしく一本が右舷兵員室に命中し22時25分に沈没した。
第15号を沈めたのはなんの因果か先日壱岐を沈めたレイトンだった。
ただし今回はレイトンも無傷とはいかず同行していた第20号?が6月9日の正午までに爆雷を57発投下しその内4発がレイトンへの有効打となった。まあ応急修理どうにかなる程度の傷だったみたいだけどね

艦長の近藤正次氏は戦死、1945年5月10日に帝国海軍からも除籍された。

レイトン.jpg

壱岐と第十五号を沈めたレイトン

関連項目 Edit

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*1 本来の表記は第十五號海防艦
*2 当時シンガポールは昭南島と呼ばれた