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第百九十八号海防艦

Last-modified: 2019-05-01 (水) 21:09:47

第百九十八号海防艦*1は日本海軍の海防艦、丁型海防艦の65番艦である。
起工から竣工まで73日と海防艦史上最速で完成した。

第百九十八号海防艦.jpg

終戦後特別輸送艦時代に撮影された第百九十八号、撮影地は恐らく佐世保*2
基準排水量全長全幅吃水主機主缶
740トン69.5m8.6m3.05m艦本式甲25型オール・ギヤード蒸気タービン1基1軸艦本式ホ号水管缶(重油燃焼)2基
出力速力燃料搭載量航続距離乗員
2500馬力17.5ノット重油240トン4500浬/14ノット141名
 
起工1945年1月17日
進水1945年2月26日
竣工1945年3月31日
除籍(日本海軍)1945年10月5日
除籍(復員庁)1947年7月31日
 
兵装(計画時)
45口径12cm単装高角砲2基
25mm3連装機銃2基
三式爆雷投射機12基
爆雷投下軌条1基
爆雷120個
ソナー
九三式水中聴音機1基
九三式水中探信儀1基
レーダー
22号電探




概要 Edit

日本海軍が第二次世界大戦末期に大量建造した丁型海防艦で末期に完成ということもありさしたる戦果も無いが造船所の技師達は何隻もこの艦を作っていたせいで相当手馴れていたのか起工から進水まで40日、進水の翌月末に完成という異様な速度で完成した。

比較までに同型の丁型海防艦一番艦「第二号海防艦」の起工から竣工までの日付を記載する。

第二号海防艦

起工1943年10月5日
進水1943年12月30日
竣工1944年2月28日

と建造におおよそ5ヶ月かかっていることからも第百九十八号がいかに怒涛の勢いで建造されたかが分かると思う。

艦歴 Edit

竣工まで Edit

1945年1月17日長崎造船所にて起工、仮称は第2799號艦、ここから怒涛の勢いで建造が進んでいく。
建造開始から19日後の2月5日第百九十八号海防艦と命名、第二号型*3に類別、本籍が佐世保鎮守府と仮定される。

建造開始から40日後に進水する。
1945年3月1日艤装員長に海軍大尉の玉有勇氏が任命される。
1945年3月8日艤装員事務所を長崎海軍監督官事務所内に設置して事務作業が始まる、既に竣工まで1ヶ月を切っている...

1945年3月31日竣工
建造開始からたった73日だった。
初代艦長は艤装員長の玉有勇氏

竣工後 Edit

正式に佐世保鎮守府所属となった第百九十八号は訓練のために1945年5月5日舞鶴鎮守府部隊第五十一戦隊所属となり石川県?七尾湾にて訓練をする。
1945年5月20日に実戦部隊の海上護衛総司令部第一護衛艦隊第二十一海防隊所属となった。
1945年6月1日鮮南方面海防部隊転属となり哨戒に従事する。
1945年7月10日更に聯合艦隊第七艦隊第二十一海防隊に転属、終戦を対馬の浅海湾(あそうわん)*4で迎えた。

1945年10月5日海軍から除籍、12月1日特別輸送艦(復員船)として入籍する。
1945年12月20日艦名が「海第百九十八號」に変更され復員任務に従事した。
1946年9月5日特別保管艦に指定される。

1947年7月31日除籍
同日中華民国政府に賠償艦として引き渡されるも軍にすら編入されずに放置、1949年上海に攻め入った中華人民共和国に捕獲され西安と改名の上で編入された。
1975年除籍の上解体された。
西安の名は陝西省の都市西安市から採っていると思われる。

第百九十八号海防艦 艦尾.jpg
上記の写真の直前もしくは直後に撮影されたと思われる写真

関連項目 Edit

軍用艦一覧
第七十三号海防艦・・・完成後12日で沈没
六連(海防艦)・・・完成後34日で沈没
目斗(海防艦)・・・完成後45日で沈没
RTA?

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Tag: 軍事 海軍 海防艦






*1 本来の表記は第百九十八號海防艦
*2 写真出典"Naval History and Heritage Command" Catalog #:NH 111545
*3 丁型海防艦という名は俗称ではあるが丁型海防艦の方がすっかり一般的になってしまった
*4 現在は浅茅湾という表記のほうが一般的