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第百二十四号海防艦

Last-modified: 2019-05-01 (水) 21:06:34

第百二十四号海防艦*1は日本海軍の海防艦、丁型海防艦*2の47番艦である。

丁型海防艦.jpg

写真は同型艦の第二十二号海防艦?
基準排水量全長全幅吃水主機主缶
740トン69.5m8.6m3.05m艦本式甲25型オール・ギヤード蒸気タービン1基1軸艦本式ホ号水管缶(重油燃焼)2基
出力速力燃料搭載量航続距離乗員
2500馬力17.5ノット重油240トン4500浬/14ノット141名
 
起工1944年6月29日
進水1945年1月12日
竣工1945年2月9日
除籍(日本海軍)1945年11月30日
除籍(復員庁)1947年5月3日
 
兵装(計画時)
45口径12cm単装高角砲2基
25mm3連装機銃2基
三式爆雷投射機12基
爆雷投下軌条1基
爆雷120個
ソナー
九三式水中聴音機1基
九三式水中探信儀1基
22号電探




艦歴 Edit

1944年6月29日川崎重工業泉州工場にて起工、仮称は第2762號艦だった。
8月25日第二号型の第百二十四号海防艦と命名され本籍が佐世保鎮守府と仮定される。
12月5日艤装員事務所が川崎重工業株式會社泉洲分工場内に設置され事務作業が始まる。

1945年1月5日艤装員長に海軍大尉の松井孝之助氏が任命される。
1月12日進水する。
2月9日めでたく竣工、警備海防艦として正式に佐世保鎮守府が本籍になる。
同日艤装員長だった松井孝之助氏が艦長に任命され呉鎮守府部隊呉防備戦隊に編入される。

4月10日山口県蓋井島灯台付近で触雷、中破する。
5月5日舞鶴鎮守府部隊第百五戦隊に編入されるも損傷のため回航困難と判断されたのか
5月20日に佐世保鎮守府部隊に編入された。
8月15日損傷の修理も為されずに長崎で終戦をむかえる。

損傷は戦後になっても直す余裕も必要も無かったのか復員任務に従事はされず1947年2月1日に佐世保地方復員局所管となる。
艦の状態は酷かったようで長崎市の香焼造船所に放置され浸水のせいで腐食し、三菱造船所に機関を陸揚げしていた。
5月3日に除籍された。

11月から川南工業香焼工場にて解体に着手、1948年2月1日に解体が完了した。

関連項目 Edit

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*1 本来の表記は第百二十四號海防艦
*2 正確には第二号艦型海防艦