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第百六十号海防艦

Last-modified: 2019-05-01 (水) 21:08:31

第百六十号海防艦*1は日本海軍の海防艦、丁型海防艦の59番艦で戦争に参加し損ねた艦である。
丁型海防艦.jpg

写真は同型艦の第二十二号海防艦?
基準排水量全長全幅吃水主機主缶
740トン69.5m8.6m3.05m艦本式甲25型オール・ギヤード蒸気タービン1基1軸艦本式ホ号水管缶(重油燃焼)2基
出力速力燃料搭載量航続距離乗員
2500馬力17.5ノット重油240トン4500浬/14ノット141名
 
起工1945年1月27日
進水1945年4月10日
竣工1945年8月16日
除籍(日本海軍)1945年12月1日
除籍(復員庁)1947年9月8日
 
兵装(計画時)
45口径12cm単装高角砲2基
25mm3連装機銃2基
三式爆雷投射機12基
爆雷投下軌条1基
爆雷120個
ソナー
九三式水中聴音機1基
九三式水中探信儀1基
レーダー
22号電探




概要 Edit

丁型海防艦*2の一隻で無傷で終戦を迎えたというか竣工が玉音放送の翌日である。
ちなみに全艦艇の工事中止の発令がなされたのは8月17日で同じ日に竣工した波216?と共に帝国海軍で最後に竣工した艦となっている。*3

艦歴 Edit

竣工まで Edit

1945年1月27日播磨造船所で起工、仮称は第2780號艦だった。
1945年2月5日第百六十号海防艦と命名される。
1945年4月10日進水
この頃にもなるとアメリカ軍の空襲が激化しており作業が遅延し始めていたようで4月23日に艤装員事務所が造船所内に設置されたが三ヵ月後に再度設置されている、また竣工直前の7月28日に空襲でクレーンが倒壊するなどの被害が出ている。

8月15日玉音放送がなされる、工事中止の命令やお達しが無かったようで翌日無事(?)竣工する。
舞鶴鎮守府が本籍となったが海防艦としてではなく第四予備海防艦*4としての竣工、艦長は海軍大尉の竹澤定三氏だった。

1945年12月1日除籍、同日特別輸送艦(復員船)として入籍する。

1945年12月20日艦名を「海第百六十號」と改称され以後は復員任務*5に従事する。

1947年9月8日除籍、賠償艦としてイギリスに引渡し、1948年2月21日七尾造船所にて解体完了。

終戦後に生まれるという数奇な出自を持つ第百六十号の短い艦歴に幕を閉じた。

関連項目 Edit

軍用艦一覧

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Tag: 軍事 海軍 海防艦






*1 本来の表記は第百六十號海防艦
*2 正確には第二号型海防艦
*3 復員船として工事が再開されて竣工した艦もいる
*4 第四予備艦なので廃艦間近という意味である
*5 国外にいる日本人を国内に送り届ける任務