舞姫(森鴎外の小説)

Last-modified: 2021-12-08 (水) 20:17:13

『舞姫』(まいひめ)は、森鷗外の短編小説。1890年(明治23年)1月号の『国民之友』に発表。ドイツに留学した主人公の手記の形をとり、ドイツでの恋愛経験を綴る。高雅な文体と浪漫的な内容で、鷗外初期の代表作とされる。

物語

時は19世紀末(明治中期)。ドイツ留学に行っていた主人公の太田豊太郎が、帰国途上のサイゴン停泊中、船内客室でドイツ滞在中のことを回想し、筆を起こす。
女手一つで厳しくも愛情を持って育てられた豊太郎は幼少期から勉学に優れ、大学法学部を卒業後、某省に奉職した豊太郎は、5年前にドイツ留学を命じられ、ベルリンに赴いた。ある日、下宿に帰る途中の太田は、クロステルあたりの教会の前で涙に暮れる美少女エリスと出会い、心を奪われる。エリスが礼を言いに豊太郎の家を訪れたことをきっかけに、二人は頻繁に会うようになった。貧困のために十分な教育を受けることのなかったエリスは、十五歳の時に舞の先生の募集に応募し、修行を積んだ後でヴィクトリア座の女優となり、今ではその二番目の地位を占めていた。しかし、少ない給料で厳しい稽古に耐えなければいけないのが女優の常で、エリスは思慮深い性質と、父の庇護のおかげで、これ以上身を落とさずに済んでいたのであった。
彼女の父の葬儀代を工面してやり、以後正しい綴り方を教えるなど交際を続けるが、仲間の讒言やそもそも豊太郎が学問にまい進することをよく思っていなかった大臣によって豊太郎は免職される。すぐに故郷に帰るのであれば旅費を出すが、もしここに残るのであれば、これ以上の公費を出すことはできないと言われた豊太郎は、一週間の猶予を頼んで思い悩んだ。そのような時、彼は親戚から母の死の知らせを受け取り、悲嘆に暮れた。
 エリスは、母親が自分と豊太郎の関係を好ましく思わなくなるのを恐れ、母親に免職のことを内緒にしてほしいと頼みこんだ。このことをきっかけに豊太郎とエリスは恋人としての関係を結ぶこととなった。
その後豊太郎はエリスやその母親と同棲し、生活費を工面するため、新聞社のドイツ駐在通信員という職を得た。エリスと豊太郎の関係は濃密なものになっていき、冬が来ると、エリスは舞台で卒倒し、それ以来、食べたものを吐くようになった。それがつわりであることに、エリスの母親が気づいた。つまりエリスは豊太郎の子を身篭っていたのである。
それから間もなく、天方大臣の付き添いでドイツに来ていた相沢謙吉から豊太郎に手紙が届いた。その手紙には、大臣が豊太郎に興味を持っているので、今すぐに来るようにと書かれていた。
相沢のところへ向かうため、豊太郎の身なりを整えさせたエリスは、たとえ裕福になっても自分を見捨てないでほしいと頼む。豊太郎は、古くからの友人に会いに行くだけだと言ってエリスを安心させ、辻馬車に乗り込んだ。
相沢のいるホテルに着いた豊太郎は、大臣(天方伯)に謁見し、ある急を要する文書の翻訳の仕事を頼まれた。
豊太郎は友人である相沢の紹介で大臣のロシア訪問に随行し、信頼を得ることができた。復職のめども立ち、また相沢の忠告もあり、豊太郎はエリスとの関係を絶って日本へ帰国することを約束する。天方大臣に頼まれた翻訳を一日で終わらせた豊太郎は、それ以来、相沢と大臣の宿泊するホテルに顔を出すことが多くなった。始めは翻訳の仕事だけを任せていた大臣も、彼の意見を聞き、談笑するようになった。
一ヶ月ほど経った頃、天方大臣は、翌日のロシア行きに豊太郎を誘た。不意をつかれた豊太郎は、とっさに天方大臣について行くことに同意した。豊太郎は、妊娠による体調不良のために劇団を除籍かれたエリスに、翻訳の引き換えに受け取った代金を渡し、彼女を知人のもとに預け、ロシアへと向かう。
翌年の元旦、豊太郎はドイツに帰り、エリスに再会した。エリスは涙を流して彼の帰りを喜んだ。豊太郎と同じ黒い瞳を持つ子供が生まれてくるのを楽しみにしながらおむつを作って待っていた彼女は、どうかその子供を私生児にしないでほしいと豊太郎に懇願した。
 ある日、豊太郎は、ホテルでの大臣との夕食に招待され、自分と一緒に帰国しないかと勧められた。以前、エリスと別れることを相沢に宣言していたため、大臣は豊太郎にドイツでの身内はいないと判断していたのであった。大臣の言葉に従わなければ、そのままヨーロッパの地に葬られるであろうと考えた豊太郎は、帰国に同意した。ホテルを出た豊太郎は、エリスのことを考えて混乱し、倒れるように公園のベンチに寄りかかり、自分の体に雪が積もるのも気づかないまま、何時間も座っていた。豊太郎は罪悪感に苛まれながら帰宅した。その青ざめた顔を見たエリスは驚き、何があったのかを聞いた。しかし、豊太郎の帰国を心配するエリスに、彼は真実を告げられず、そのまま高熱を出し人事不省に陥りエリスに介抱される。その間に豊太郎は相沢からすべてを知らされたエリスが、衝撃の余り「私の豊太郎さんは、ここまで私をお騙しなさったの!」*1と発狂し、それ以降は騒ぐことはなくなったもののその様子は廃人同様になってしまいパラノイアと診断されたことを知る。治癒の望みが無いと告げられ精神病院に入院することになったエリスに後ろ髪を引かれつつ、豊太郎はエリスの家族が生活していけるだけのお金を渡して日本に帰国する。豊太郎が「相沢謙吉が如き良友は、世にまた得がたかるべし。されど我が脳裡に一点の彼を憎む心、今日までも残れりけり。」と回顧する場面で物語は終わっている。

主要登場人物

太田豊太郎 - 将来を嘱望されるエリートの官僚。(5年前に)25歳でベルリンへ留学する。同僚の中傷により免官となる。後にエリスと恋仲となり子供をもうける。
エリス - 下層階級に育った、ヰクトリア(ヴィクトリア)座の踊り子。父の姓はワイゲルト。16、7歳。
エリスの母
相沢謙吉 - 豊太郎の友人。天方伯爵の秘書官。豊太郎の将来を思い、無事日本に帰国できるよう取り計らう。
プロイセンの官長-初めの方こそ豊太郎を信頼していたが豊太郎が学問にまい進し本来の職務がおろそかになってきたことをよく思わなくなり、他の日本人の告げ口を決定打とし豊太郎の職を罷免する。
天方伯爵-山県有朋がモデルといわれる。

エリスのモデル

1888年(明治21年)に鷗外がドイツから帰国した後、エリーゼという名のドイツ人女性が鷗外のすぐあとを追って来日して、滞在一月(1888年9月12日 - 10月17日)ほどで離日する出来事があった。彼女への説得を、鷗外の義弟小金井良精と、鷗外の弟・森篤次郎(筆名三木竹二)が行っていた(経緯は『舞姫』のストーリーとは異なり、作中の彼女の「発狂」もフィクションである。)。しかし二人の説得を無視しなおも鴎外にすがろうとするエリーゼ。鴎外はこの頃28歳であったがまだ存命であった母親に泣きついてこの事態に収集をつけようとする。結局、鴎外の母親がエリーゼを説得し、エリーゼは仕方なくドイツに帰るのであった。これが世に言う「エリス事件」の顛末である。
鴎外が「舞姫」を執筆したのはこの事件のほとぼりが冷める一年余り後のことであった。

外部リンク

『舞姫』:新字旧仮名 - 青空文庫

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*1 原文では「我が豊太郎ぬし、かくまでに我をば欺き玉ひしか」