試製中戦車 チニ

Last-modified: 2022-07-04 (月) 19:06:48

こんな戦車

1936年、日本陸軍は今まで使ってきた八九式中戦車に代わる、新型戦車を開発していくため、2つの新戦車案が提案されていた。

一つは、生産性の低下や重量増を我慢する代わりに、戦闘能力の強化を重視したチハ車案…後の九七式中戰車 チハである。

もう一つは、性能は八九式中戦車に毛が生えた程度で我慢する代わりに生産性や壊れにくさを重視したチニ車案…つまり本記事で解説する試製中戦車 チニである。

チハ車案は現場側の人たちが、チニ車案は軍隊の作戦行動を司る参謀本部がそれぞれ押しており、本命はチニ車案だったが、チハ車案も捨てがたく、チニ車案が採用されたあともチハ車案の研究を続けるつもりだったという、ややこしい情勢だった。

このまま行けば、チハ車案の要素を一部取り入れた、チニ車案が採用される可能性が高かった。ところが、予期していなかった日中戦争の勃発により、新型戦車の配備が急務となり、同時に予算が拡大したことで、半ば強引にチハ車案が暫定新型戦車として採用されることとなる。

長々と話したが、ぶっちゃけると「安かろう悪かろうで良いから数を揃えたい」という切実な願いを叶えようとしていた戦車である。

試製中戦車 チニの良いところ、悪いところ

いいところ

  • 数が揃えやすい
    →数が揃わないと訓練ができないし、実戦でのノウハウが蓄積できないので、戦車開発の為の研究が進まない。また、より弱い旧式や簡易型で数を補わなければならず、結局損害が増えやすい。
  • 軽い
    →軍隊というのは、ただ戦うだけでなく味方が安心して移動できるように、深い川を渡る橋がなければ橋や渡し船を用意しなければならない時もある。戦車が重いと用意する橋や渡し船もその分大掛かりにしなければならない為、その支度に多大な労力がかかる。だから戦車が軽いとその分、負担が減らせた*1
  • 信用できる技術を使っている
    →チニ車案に搭載されていたエンジンは、九五式軽戦車とほぼ同じものである。これは当時日本陸軍が使用していたディーゼルエンジンの中では一番パワーがあって故障しにくいものだった。

ここがダメ

  • 砲塔が狭い
    →小さい砲塔ゆえに中が狭く、人員が一人しか入れなかった。
    砲塔に配置される兵士達は、外の周囲を常に監視したり、大砲を操作したり、運転手達に指示を行わなければならず、複数人で分担するのが理想であった。ところが1人しか入れないとなれば、それらの作業はすべてその個人のみで行わなければならず、非常に忙しいものとなり、それらの行動が全部グタグタになる可能性が高く、大きな問題だった。
  • 防御面に不安がある
    →実はこれに関してはチハ車案も変わらなかったりする。が当時の人達は(戦車という兵器に対して手探り状態だったというのもあり)これがわからなかった。
  • 武装強化の余裕が少ない
    →車体が小さく武装強化をする余裕が少なかった。これでは何かあった際に、いちいち新しく戦車を開発しなければならず非常めんどくさい。手間がかかりすぎて間に合わない。

コメント

  • 日本軍の戦車でマシなんほぼ無いやんけ‥ -- 幻想郷王国連邦政府? 2022-07-04 (月) 19:06:48

閲覧数

今日?
昨日?
合計?

タグ

Tag: 戦車 日本陸軍 大日本帝国陸軍 大日本帝國 大日本帝国 太平洋戦争 大東亜戦争 第二次世界大戦 東アジア・太平洋戦線


*1 なお「輸送船に装備されたクレーンの性能も問題であった」という逸話があるが、これは戦車開発者による回想が元ネタなのだが、戦時中や戦前の資料では、輸送船のクレーンの話に触れた戦車開発関係の資料が発見されておらず、回想の裏取りができない状態にあるため、新資料が発見されるまでは信用しないほうがいい