陸軍造兵廠電気鉄道線

Last-modified: 2021-04-16 (金) 20:15:55


▲板橋区立加賀公園の末端に残されている盛り土

陸軍造兵廠電気鉄道線は東京陸軍造兵廠の軍用路線である。

概要

1906年に東京第一・二陸軍造兵廠関連の施設に物資や人員を運ぶため、それ以前の馬車に代わって建設され始めた。1907年に水害で壊滅的被害を受けた影響で復旧工事をしなければならなくなったが、その際に延伸工事も行われ、1908年におおよその区間が開通。完成した所から順次運用が開始されていた。750mmという珍しい軌間で建設されており、途中には複線区間も存在した。1923年の構内図によるとほとんどの建物がこの路線によって結ばれていた他、兵器支廠にも接続していた。また、この路線を走る機関車はその形や鐘が搭載されていた事から「だるま電車」「チンチン電車」等と呼ばれて沿線の人々から親しまれた。終戦時に廃止されたという証言もあれば東京大空襲の1年前に運行が停止されていたという証言もある。

車両

車体番号重量形状製造製造年製造番号
火工廠No.1不明AEG不明不明
火工廠No.2不明AEG不明不明
火工廠No.3不明不明不明不明不明
火工廠No.4不明不明不明不明不明
火工廠No.5不明ボールドウィン?1905年?不明
火工廠No.66t日立製作所水戸工場1936年727
火工廠No.76t日立製作所水戸工場1937年819
火工廠No.810t日立製作所水戸工場1940年4019
火工廠No.910t日立製作所水戸工場1940年4018

廃線跡

路線跡は現在ほとんどが都道455号線等に転用されており、鉄道があった面影は残されていない。その都道455号線の高架下に作られた「ちんちん山児童遊園」には当時のトンネルポータルが残されている他、案内看板には劣化で見にくいものの、当時の写真が掲示されている。埼京線とのオーバーパス部分には橋脚らしき物が残されているが、鉄橋等が掛けられていた形跡がないため本当に橋脚なのかは不明である。線路跡はやがて板橋区立加賀公園に姿を変えるが、その末端の立ち入り禁止エリアに盛り土が残されている。

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