須賀線

Last-modified: 2021-04-15 (木) 21:50:46


▲府中郷土の森交通遊園で保存されているEB10 1

須賀線は1926年から1971年まで運行されていた日本国有鉄道の貨物路線である。

概要

元は1926年に化学工場の原料や製品輸送を目的として関東酸曹が敷設申請し、関東酸曹が合併した大日本人造肥料の専用鉄道で、路線距離2.5kmの単線・非電化で開通した。北区はかつて多くの陸軍関係の施設があったこともあり、東京第二陸軍造兵廠王子工場に分岐する側線も設けられた。須賀線の沿線に陸軍造兵廠豊島貯弾場が設置され、弾薬輸送が行われるようになった関係で、1927年に買収。鉄道省東北本線の貨物支線となった。1931年には電化された。路線の途中には王子電気軌道(都電27系統)との平面交差もあった。第二次世界大戦後、陸軍造兵廠の跡地には東京セロファン紙東京工場や、旭電化工業尾久工場などが進出し、これらの工場へも須賀線から専用線を分岐して、1969年の最盛期には、最大1日5往復の貨物列車が運行されていた。しかし、沿線の工場がもたらす公害が問題視され、日産化学工業が千葉県に工場を移転させると、東京セロファン・旭電化工業も相次いで工場閉鎖したため、1971年に廃止された。また須賀線が分岐していた北王子線は日本製紙が貨物取扱を終了する意向を示したことにより、2014年に廃止された。

車両

1927年までは重油炊きに改造されたC50形蒸気機関車が使用されていた。しかし先ほど述べた東京第二陸軍造兵廠王子工場への側線が作られた関係で煙突から火の粉を吐き出す機関車は危険だと判断され、専用機のAB10形が導入された。
AB10 主要諸元

  • 製造
    機械部分-汽車会社
    電気部分-芝浦製作所
    蓄電池-湯浅製作所
    形式全長×全幅×全高軸配置運転整備重量最大軸重最高速度
    AB108200×2870×3975mmAo-Ao30.51t15.31/15.20t40km/h
    1927年に2両のみ製造された蓄電池機関車。国鉄初で唯一の蓄電池機関車であり、国鉄としては珍しい凸形の機関車でもある。当初は10形という形式だったがやがてAB10に改称された。1931年に須賀線が電化されると電気機関車化され、EB10形となった。
    EB10に改造後の主要諸元
    形式全長×全幅×全高軸配置運転整備重量最大軸重最高速度
    EB108200×2870×3980mmAo-Ao22.64t11.32t40km/h
    蓄電池の代わりに抵抗器などの機器の搭載、通風口の新設、パンタグラフの設置、前照灯の移設等の改造が行われた。制御方式は主電動機2個永久直列接続、抵抗制御のみとなった。1926年には車両不足に見舞われた東京急行電鉄井の頭線(京王井の頭線)に貸し出されもしたが、路線の車両限界を超えていたため、使用は断念された。
    現在は1号機のみ府中郷土の森交通遊園に保存されている。

廃線跡

現在はほとんどが道路に転用されており、当時の面影は何も残っていない。須賀線からの側線が入っていた東京セロファン王子工場と旭電化工業跡地には東京成徳大学高等学校や区立中学などが建っている。また日産科学王子工場跡地は豊島5丁目団地に姿を変えた。 

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