2020年ナゴルノ・カラバフ戦争

Last-modified: 2022-08-30 (火) 23:44:41
 
だいぶ(憎悪)溜まってんじゃん、アゼルバイジャン
 
 

2020年ナゴルノ・カラバフ戦争とは、2020年にアゼルバイジャンアルメニアの間で勃発した戦争である。
第二次ナゴルノ・カラバフ戦争とも言われる。

概要

同年に突如始まった未曽有のコロナ禍で全世界が混乱するさなかに発生した、コーサカス地方の小国同士の戦争である。

このコーサカス地方は古くから多数の民族が入り混じり戦乱の絶えない土地であり、またロシアイラントルコに挟まれた地理的な要衝でもある。またアゼルバイジャンにある巨大なバクー油田やそれに関連するパイプライン網の存在も絡んで常に情勢が不安定ながらも国際的になかなか重要な地域と化していた。
そのため小国同士の争いではあるものの、この戦争はロシア・トルコ・イランの三国や更には欧米にも少なからず影響を及ぼした。

また、後に発生したウクライナ戦争の伏線としての一面もある。(後述)

前史

アルメニア・アゼルバイジャン両国やその近所のジョージアなどを含むコーサカス地方。ここはは往年の帝政ロシアに征服された後そのままソ連に組み込まれて長年ロシアの支配下に置かれていた。

時は流れて1980年代後半、ゴルバチョフ書記長によるペレストロイカの時代を迎えたソ連では民族の自立の機運が各地に及ぶようになる。しかしそれは同時にこれまでロシアによる圧政の陰に隠されてきた少数民族同士の憎悪や争いが一気に表面化することをも意味していた。
そしてそれは、アゼルバイジャンとアルメニアでも例外ではなかったのである。

ナゴルノ・カラバフを巡る確執

アルメニア人とアゼルバイジャン人の領域の中間にはナゴルノ・カラバフと呼ばれる一帯が存在する。
ここではロシア進出以前、それこそ中世の頃からアルメニア人とアゼルバイジャン人の血を血で洗うような歴史が繰り返されてきた。

前提としてアルメニア人はキリスト教徒である*1。対するアゼルバイジャン人は殆どがムスリム。このように両者は宗教的な面でも古くから大きな争いの種を抱えていた。
両者の仲の悪さは、1916年頃にもロシア革命期の混乱に便乗して戦争するほどだった。この時は進出してきた赤軍に無事平定されるものの、初期のソ連ではアルメニアとアゼルバイジャンの険悪さやナゴルノ・カラバフの扱いに頭を悩ませたそうである。

結局のところナゴルノ・カラバフは『アゼルバイジャン自治共和国の自治州』という扱いに落ち着いた。そしてソ連の約70年間その状態が維持された。この間アルメニア人は静かに怒りを高めることとなった。

このような長い確執の歴史もあり、1980年代の民族自立の流れの中で両者が再び激突するのはもはや避けられなかったのかもしれない。

第一次ナゴルノ・カラバフ戦争

ペレストロイカに便乗して、民族主義に則りナゴルノ・カラバフをアルメニア人のものにしようという運動がにわかに活発化。するとアゼルバイジャン側も当然渡すわけないじゃんアゼルバイジャンとばかりに態度を硬化。

ソ連中央の態度は概ね現状維持を目指す構え(つまり結果的にアゼルバイジャン寄り)であったが、アルメニア人の運動は官民ともにヒートアップ。ナゴルノ・カラバフ在住のアルメニア系住民も本格的に動き出すに至る。
これを受けてやはりヤバいと確信したソ連中央はアルメニア・アゼルバイジャンのどちらにも肩入れせず第三者視点から調停する方針に転換。ナゴルノ・カラバフを一時的にソ連直轄領とする等の大胆な手段も行使した。
だが大事な領土が憎むべき隣国に奪われようとしている格好のアゼルバイジャンの怒りは一向に収まらず、対するアルメニア及びアルメニア系住民のナショナリズムや憎悪もMAXに。そして両者の加熱した愛国心は、まさに危険な領域へと突入するのだった。

それからの出来事はどれも凄惨を極めた。地獄のようなテロ、戦闘、虐殺は3年以上にわたり、その間についにソ連が崩壊したにも関わらず、それを意に介さずアルメニアとアゼルバイジャンには暴力の嵐が吹き荒れるのだった。

これら一連の紛争を『第一次ナゴルノ・カラバフ戦争』と呼ぶ。

仮初の平和、渦巻く憎悪

結論としては、第一次ナゴルノ・カラバフ戦争の勝者はアルメニアであった。
激しい戦闘と紆余曲折の末、ナゴルノ・カラバフ地方は『ナゴルノ・カラバフ共和国(別名:アルツァフ共和国)』として一方的に独立を宣言。その実態はアルメニアの傀儡国家であった。
この『共和国』は国際的に承認されることは無くあくまで国際法上はアゼルバイジャン領のままとされていたが、実際にはアルメニア人による実効支配が敷かれる結果となったのである。
それだけでなく旧自治州の外部にまで侵攻し、『共和国』の領土に組み込むという明らかな侵略行為にまで手を染める。そしてそれを既成事実化することに成功した。

独立早々にこのような屈辱的な事態を迎えたアゼルバイジャンは、その後30年にわたり憎悪をだいぶ溜まらせ続けることとなった。

 
 
 

戦況

さらに時は流れて2020年。
中国に端を発した全世界的な新型コロナウイルスのパンデミックが猛威を振るう中、アゼルバイジャンの独裁者にして二代目大統領イルハム・アリエフは、ついに溜まりに溜まった鬱憤を晴らすべく、ナゴルノ・カラバフへの全面侵攻を決断するのだった。

このタイミングでの侵攻理由は諸説あるが、コロナショックに便乗すれば国際社会の干渉を逃れやすいと見たことや、国内の不景気や独裁への不満を逸らすこと、あるいは米トランプ政権や独メルケル政権、日本の安倍政権といった主要国の長期政権の終焉が同時期に重なったために国際的なしがらみが緩んでいたことなどが挙げられている。

ドローン大進撃

さて、前回では敗北を喫したアゼルバイジャン軍であったが、この第二次ナゴルノ・カラバフ戦争では一転して大攻勢に出ることに成功。破竹の勢いで戦線を推し進めていく。

その秘密は、AI搭載ドローンの大胆な活用である。
開戦直後の奇襲において、アゼルバイジャン軍はこれまでどの戦争でも例の無いほど大量のAIドローンをアルメニア側の拠点に放ち、Aiの力を借りて防空システムを徹底的に破壊。この作戦が大成功し、それによって続くアゼルバイジャン軍の大規模かつ迅速な占領・進出が可能となったのだ。

対するアルメニアも、装備の世代交代は遅れ気味ではあったもののミサイル等の防空システム及び戦車部隊においては新型の配備が完了していた。にも拘わらずそれら主力兵器は序盤で壊滅的な被害を受けてしまい、『ナゴルノ・カラバフ共和国』やアルメニア勢力は総崩れとなってしまった。

第二の終戦

このように、第二次ナゴルノ・カラバフ戦争ではアゼルバイジャン軍がアルメニア人を圧倒し一方的ともいえる展開で戦況が推移した。

と、ここでやはりロシアが首を突っ込んでくる。おまたせ
アゼルバイジャン軍がロシア軍機を誤って撃墜する事故などの影響もあり、そのままロシア主導によって今回の戦争の幕引きが図られるのだった。

露に介入されたものの、結果としてこの戦争は戦況通り(概ね)アゼルバイジャンの勝利に終わった。
かつて『共和国』に不法占拠されたアゼルバイジャン領はすべてアゼルバイジャンに返還。アルメニア人勢力は大きく後退した。

ただし、『共和国』即ち旧ナゴルノ・カラバフ自治区の扱い事態は棚上げされたため、完全勝利には一歩及ばなかった。
それでもアゼルバイジャン側としてはアルメニアへの復讐を果たした形となったのは間違いないであろう。

 

なお、この一連の流れに便乗してロシアがアルメニア本国の領土内へのロシア軍進駐を認めさせている。
漁夫の利によってアゼルバイジャン・アルメニア両者に影響力や圧力を強めたことから、プーチンの狡猾かつ着実な外交手腕が遺憾なく発揮されたと言える。だがこのたった1年半後にはこの冷静さの欠片もない、あのような暴挙に出ることとなるのだが...

国際社会への影響

この戦いは国際社会にも無視できない影響を及ぼした。
まず、先述のようにカフカース地方におけるロシアの勢力が強化された。対して政治の混乱もあって殆ど介入することができなかったNATOや日本など西側陣営は中東への影響力を弱める結果となってしまった。
そして、軍事面ではアゼルバイジャン軍のドローン攻撃の成功が衝撃的に受け止められた。世界各地の軍隊は、この戦争によってAI無人ドローンの有効性を強く認識し、以降急ピッチでドローンの軍事転用が進行中であると言われている。
あくまで軍事の世界の話なので詳細は不明な点が多いものの、米中をはじめとした列強から途上国までの多くの国において、2022年現在もソフト面(作戦の立て方など)とハード面(戦車など従来兵器の運用計画の見直し)の両方が水面下で大規模な変革が進行中であるとみられている。それは日本の自衛隊も例外ではないという
遠くない未来にはこの第二次ナゴルノ・カラバフ戦争こそが無人兵器戦争の時代の幕開けと位置付けられる日が来るかもしれない。

 
 

…そして1年半後、実際にAIドローンが再び実戦で大戦果を挙げるのだった。

ウクライナの地で。

ウクライナ戦争において、本来ウクライナ軍はロシア軍に大きく戦力が劣っているにも拘わらず互角の戦いを繰り広げている。
そこにはAIドローンの活躍も大きく貢献している。
このAIドローンを活用した戦闘に第二次ナゴルノ・カラバフの影響があるのはもはや言うまでもないであろう。

つまりもしこの戦争が無ければ現在のウクライナの戦況は大きく異なる展開となっていた可能性が高い。
ウクライナ戦争はより直接的に国際情勢を揺るがす戦いであるが、そのような戦いの状況を左右したという意味でも、この2020年ナゴルノ・カラバフ戦争が持つ意味はとても大きいものとなったと言えよう。

日本での反応

日本国内ではやはり遠い小国同士の戦争であるからかあまり話題にはならなかった。
一応新聞やテレビでも取り上げられはしたがその扱いはお世辞にも大きなものではなかった。

だが、インターネット上では、とあるごく一部の界隈で大きな話題となったことが確認されているらしい......
なんでだろうなぁ(すっとぼけ)

関連項目

だいぶ溜まってんじゃんアゼルバイジャン

コメント欄

  • (記事が)充実してんねぇ道理でねぇ!(賞賛) -- 2022-08-30 (火) 23:12:02
  • 2022年7月16日、トビリシ(ジョージア🇬🇪)の地にてアルメニア🇦🇲、アゼルバイジャン🇦🇿両首相による停戦後初の会談が行われた。両国とも国交無くとも終戦及び和解の道を探してる様子。尚8月4日にナゴルノ・カラバフにて再び軍事衝突が起き両国が互いに非難を繰り広げてる模様 -- 2022-08-30 (火) 23:43:07
  • ❌首相⭕️外相 -- 2022-08-30 (火) 23:44:41

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*1 アルメニア正教という世界的にも少数派であるが歴史の長い宗派を信仰している