Wikipedia

Last-modified: 2020-09-23 (水) 13:10:40

Wikipedia(日:ウィキペディア )は、ウィキメディア財団が運営しているインターネット百科事典である。 コピーレフトなライセンスのもと、サイトにアクセス可能で誰もが無料で自由に編集に参加できる。 世界の各言語で展開されている。
自由に編集出来るため荒らし?デマ?なぞの面白画像などが貼られることもある。

ウィキペディア
wikipediaロゴ.png
ロゴマーク
基本情報
URLモバイル版Wikipediaホーム
デスクトップ版Wikipediaホーム
英語版Wikipediaホーム
開設2001年1月15日(英語版)
運営元ウィキメディア財団
分野限定なし
設立者ジミー・ウェールズ
ラリー・サンガー
言語310言語
ライセンスGFDLおよびCC-BY-SA
営利性非営利(寄付で運営)
現状運営中・記事増加中

概要

お馴染みのオンライン参加型百科事典。「ウィキペディア(Wikipedia)」という名前は、ウェブブラウザ上でウェブページを編集することができる「ウィキ(Wiki)」というシステムを使用した「百科事典」(英: Encyclopedia)であることに由来する造語。設立者の1人であるラリー・サンガーにより命名された。
上述したように記事の自由な複製・改変を認める「GFDL」というコピーレフトなライセンスとインターネットを通じ自由に文章の編集が行えるウィキシステムを採用し、誰もが新規記事の執筆や既存の記事の編集を行えるようになっている。基本的に専門家による査読がなく、不特定多数の利用者が投稿するというシステムゆえに、完璧な情報の信頼性・公正性などは保証されていないものの、出典明記のルール上、数あるインターネットサイトでも信憑性のあるサイトである。
MediaWikiというシステムを利用しており、他の同システムを採用したWikiは「Wikipediaライク」などと言われる。

日本語版ウィキペディア

2001年5月頃に発足した。しかし当初は編集者も少数で、ローマ字表記の項目が約23項目とコンテンツもほとんどなく、認知もほとんどされていなかった。2002年9月のシステム更新によって日本語表記に対応するようになり、2003年から2004年にかけていくつかのマスメディアで取り上げられたことがきっかけとなって認知され始めた。漫画やアニメのトリビア的な記事、声優の紳士録的記事など、日本語版ならではの記事が急増した時期もこの頃である。2019年の統計の純記事数では、13番目の規模のウィキペディアであり、最大の英語版の約5分の1の規模である。

サブカルチャーに関する記事が充実している一方で、学術記事は殆どが英語版からの翻訳に頼っている状況であり、特に近年では独自研究による記事の乱立や名誉毀損目的の荒らしが常態化している。さらに、詳細はここには書けないが一部ユーザによる独裁的な運用により、本来のWikiに求められるような自浄作用も働いていないという指摘も存在する。
このような事情から日本語版の運営は他言語版に比べて健全であるとは言えず、日本国内の殆どの教育/研究機関はWikipediaを参考文献・出典として用いる事を禁止している。

略史

・2000年
オンライン百科事典プロジェクトNupediaの分岐プロジェクトとして始まる。しかし厳正な審査の下で記事の執筆が進まず、ヌーペディア創立者のジミー・ウェールズと創立メンバーの1人でありヌーペディア編集主任のラリー・サンガー は、この行き詰まりを打開するために、解決策を話し合って模索するようになる。
・2001年1月2日
サンガーによると、この時にコンピュータプログラマで旧友のベン・コヴィッツと、カリフォルニア州サンディエゴで行った会話に端を発し、ウィキペディアの着想を得たらしい(ただし、この辺りの記憶は曖昧らしく友人間で意見が分かれている)。
・2001年1月15日
「Wikipedia(ウィキペディア)」と名付けた新たなプロジェクトを立ち上げ、独自のURLアドレスであるwikipedia.comにてサービスを開始。なお、ウィキのウェブページをヌーペディアに利用するという案に対しては、ヌーペディアの執筆者と査読者から強硬な反対意見があった。
余談だが、wikipedia.comにおける最初の記事は英語のアルファベット「U」についての記事で、「U」の起源や歴史が説明されたものであった。
・2001年の5月頃
多言語化に乗り出し、12前後の非英語版サイトが発足した。ただし、それらの新設ウィキペディアで必ずしもすぐに執筆が盛んになったわけではないらしい。
・2002年1月
英語版と、プロジェクト全体に関わる問題を議論するためのサイトであるメタ・ウィキメディアが実験的にPHPとMySQLによるソフトウェアに移行した。
・2002年3月
1月までサンガーはNupediaの主幹編集員兼ウィキペディアの非公式管理人として “Bomis” に雇われていたが、資金の枯渇により、サンガーへの給与打ち切りが決まり、サンガーはウィキペディアを含むプロジェクトでの活動を停止した。
・2002年8月
ウェールズは“ウィキペディアでは今後一切商業広告を行わない”という方針を発表し、そのすぐ後にウィキペディアのURLはwikipedia.comからwikipedia.orgに変更された。
・2002年12月
姉妹プロジェクトであるウィクショナリー (Wiktionary) が創設された。これは、多言語の辞書とシソーラスを制作することを目標にしているプロジェクトである。
・2003年1月
TeXの数学記号が導入された。
・2003年5月半ば頃
もう1台専用のサーバが導入された。
・2003年6月20日
プロジェクトに法人格を与えるべく、ウィキメディア財団 (Wikimedia Foundation, Inc.) が設立されたことが公表された。ウィキメディア財団はフロリダ州法に基き、フロリダ州タンパを本拠地とする非営利団体である。
・2008年3月
ウィキペディア全体の総項目数が1000万件を突破した。
・2008年12月
携帯端末ウェブブラウザ向けウェブサイトであるウィキペディアモバイルサイトの試験運用を始める。
・2009年6月
英語版・ドイツ語版ウィキペディアの正式なウィキペディアモバイルサイトの運用を開始。
・2012年
Android・iOS・Windows・Firefox OSを対象にしたウィキペディア記事の閲覧専用アプリケーションであるウィキペディアモバイルアプリケーションをリリースした。
・2014年
Android・iOSを対象にしたアプリケーションを全面刷新して、ウィキペディア記事の閲覧・執筆アプリケーションにバージョンアップしてリリースした。

膨大なページ数Wikiとの関係性

今のところWikipediaには(宣伝目的という理由もしくは単なる知名度の低さにより)当サイトの記事はない。もっと言えば、当サイトの運営システムである「WIKIWIKI」の記事すらない。一方で、膨大なページ数 Wiki*では「日本語版Wikipediaに無い記事」を多数扱っている他、「wikiwiki.jpのWikipediaにする」といった大々的な目標が(一部)存在する。

編集時における注意点
Wikipedia側からの文章を引用する場合の注意点について簡単に述べる。まず、Wikipedia側の規則には「他人により作成されたウィキペディアの記事等を、あなた自身の本、新聞や雑誌の記事、ウェブサイトその他の著作物で利用することは可能です。この場合、あなたは、CC-BYSA 3.0またはGFDLによる義務を負います。特に、次に掲げる諸点に注意してください。なお、あなたの著作物においてGFDLライセンスにおける「タイトル・ページ」がどこであるかは、GFDL1条の定義によって判断してください。」とある(諸点についてはWikipedia:著作権を参考)。しかし、他サイトの記事を無断転載するのは禁止事項に該当するので、引用するにも改変を加えるのが相当である。

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