マリア・キュリアス

Last-modified: 2025-12-03 (水) 17:27:25

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マリア・キュリアス.webp
Illustrator:花澤明


名前マリア・キュリアス
年齢36歳
職業科学者
身分第081号都市ソラリスの管理者

アイリーニの母親。エキュトピアの地下都市・ソラリスの管理者にして科学者という2つの顔を持つ。
浸食生命体の脅威に抗うための手段を模索し続けていた彼女は、ある重大な決断を下すことになる。

  • 名前の由来は1900年代初頭にて、物理学賞と化学賞という2つのノーベル賞を受賞した女性物理学者/化学者のマリ・キュリー(マリア・サロメア・スクウォドフスカ=キュリー)氏であると推測される。また、キュリー夫人の娘であるイレーネの名前も、マリアの娘の名前であるアイリーニに対応している。

スキル

RANK獲得スキルシード個数
1【HARD】ジャッジメント(VRS)×5
10×5


【HARD】ジャッジメント(VRS)

  • 高い上昇率の代わりに、強制終了のリスクを負うスキル。
  • GRADE100を超えると、上昇率増加が鈍化(+0.3%→+0.2%)する。
  • GRADE201以上も効果が上昇するようになった。GRADE202以上でゲージ9本に到達可能。
  • スキルシードは300個以上入手できるが、GRADE300で上昇率増加は打ち止めとなる。
  • LUMINOUS PLUSまでに入手した同名のスキルシードからのGRADEの引き継ぎは無い
    効果
    ゲージ上昇UP (???.??%)
    MISS判定20回で強制終了
    GRADE上昇率
    ▼ゲージ7本可能(190%)
    1210.00%
    6211.50%
    11213.00%
    ▼ゲージ8本可能(220%)
    36220.50%
    61228.00%
    101239.90%
    151249.90%
    ▼ゲージ9本可能(260%)
    206260.90%
    251269.90%
    291277.90%
    300~279.70%
    推定データ
    n
    (1~100)
    209.70%
    +(n x 0.30%)
    シード+51.50%
    n
    (101~300)
    219.70%
    +(n x 0.20%)
    シード+5+1.00%
プレイ環境と最大GRADEの関係

プレイ環境と最大GRADEの関係

開始時期所有キャラ数最大GRADE上昇率
2025/8/7時点
VERSE35351279.70% (9本)
X-VERSE10101239.90% (8本)
所有キャラ

所有キャラ

STORY

ストーリーを展開

EPISODE1 人類最後の希望


 豊かな自然と恒久的な繁栄が約束された理想郷――エキュトピア。
 この世界を支えるのは、高度に発展した科学技術と人々の善性と知性である。
 戦争や環境汚染などの諸問題は根絶され、人々はいつまでも平和を享受する――はずだった。
 その理想郷は、今や人々の記憶と書物の記述の中にしか存在しない。
 エキュトピアは、太陽の消滅によってこれまで築き上げてきたものが無へと帰したのだ。
 太陽を失った理想郷は徐々に人が住める環境ではなくなり、やがて全てが凍りついた。
 陸と海の堺目は消失し、人々と共に平和を歩んできた建築物も、永久に溶ける事のないオブジェと化してしまう。
 急激な環境の変化に、あらゆる生物が適応できずに死に絶えたのは言うまでもない。
 いずれはこの星そのものが、緩やかな死を迎える事になるだろう。
 だが、そんな環境でも人類は生き残り、その先に待つ絶望的な未来に抗っていた。

 地下シェルター共同体――アルカ・カエラ。
 生きるために星の中心核に近づく事を選んだ者たち。

 彼らは近い将来地上で暮らせなくなる事を予期し、種を存続させるために、地下深くに巨大な地下シェルター――都市を築き上げた。
 移住初期は過酷な環境に耐えられず、命を落とす者が続出したが、使命に燃える彼らは都市の機能を向上させ続け、ついに持続可能な社会を構築させたのである。
 人類はようやく未来に向かって進み始めた。だが、それも束の間の平穏に過ぎなかったのだ。

 彼らが直面した新たな試練によって、地下都市は破滅へと向かっていく。
 そんな混迷を極めつつある地下世界で、その試練に打ち勝つべく立ち上がる者がいた。
 彼女の名は、マリア・キュリアス。
 第081号都市ソラリスの管理者にして、人類最後の科学者だ。


EPISODE2 人類を脅かすもの


 いつの頃からか地下都市に出現するようになったある生命体。それこそが人類が直面した試練だった。
 その生命体は人の体内に入りこむ事ができ、一度でも入りこまれてしまうと、意識を浸食されてしまうのだ。

 『起きた時には、愛する人たちが幽霊のように別人になっていたんだ……ああ、みんな抜け殻になっちまって……もうたくさんだよ。あいつらに意識を乗っ取られて抜け殻になるくらいなら、死んだ方がましだ!』

 既に陥落した都市の住人が死の間際に送ったメッセージを聞き、人々はこう名付ける事にした。
 エキュトピアの伝承に登場する幽霊――レムレースと。
 レムレースが何処から来たのかは分からない。
 そもそも目的があるのかさえ不明だった。現時点で判明しているのは、レムレースが肉眼では確認できないという事と、人を襲うという事だけだ。

 明日は我が身と絶望に打ちひしがれる人々に、最後の研究者マリア・キュリアスは希望の光を灯してくれた。

 「目に見えない存在であったとしても、人間に影響を及ぼす以上、何らかの形でこの世界に存在している。この世界に存在しているなら、こちらからレムレースに影響を与えられるはずだ」

 そう言うとマリアは、レムレースにとりつかれた者を使って仮説を立てては検証を繰り返していく。
 そうして完成したのは、都市の照明から着想を得た、大量の粒子を一点に向かって照射する装置。
 マリアの仮説は、正しかった。
 レムレースはサーチライトの役割を果たす照射装置にあぶり出され、プラズマ放射器で撃破できるようになったのだ。

 「奴らを駆逐し、我々は生き残るんだ!」

 ついに解決策を見出したマリアだったが、人々が歓喜にわく中でも、彼女の顔色は優れなかった。

 マリアは自身の執務室で、隣接する都市をレムレースから奪還した際に消費したエネルギー量を見て、大きく溜息をつく。

 「……一度の戦闘で莫大なエネルギーを消耗してしまう……現状のままでは、ソラリスが落ちるのは時間の問題だ」

 アルカ・カエラの各都市には、1日に消費する電力を補うための小型の地熱発電機が設置されている。
 ただ、対レムレース用の兵器を運用するには、近隣都市で生産した電力も割り当てなければならなかった。
 日常生活を送るのに必要な電力と、対レムレース用の電力両方を賄うには、更にいくつもの都市を開放する必要がある。
 だがそれには常に危険がつきまとう。
 レムレースにとりつかれる事は、死と同義なのだ。
 マリアは兵器の電力効率を改善する事も考えたが、それに見合うだけの改善を施す時間的余裕がなかった。

 「……いくら蓄えがあるとはいえ、あれがアルカ・カエラ全体にどれだけ巣食っているか分からない。それに、私たちはまだあれが何処からやって来たのか突き止められてもいない。もし、私の予想通りなら」

 ――カタ、カタカタカタ。

 ふとマリアは、自分の指が無意識のうちに震えて机を叩いている事に気がついた。
 マリアは思考をリセットしようとして、背後にそびえる壁へと視線を移す。
 そこには、自身の背丈以上の高さまで書かれた無数の数式が縦横無尽に駆け巡っていた。長らく放置されているのか、一部の数式は擦れていて、そこに何が記述されているのか分からない。
 数式の上から更に別の数式を書きなぐったものは、もはや彼女以外に判別する事はできないだろう。

 「……やはり、あれを起動させるしか――」

 ――キィィ。

 その時、執務室のドアが開く音がした。
 アルカ・カエラが定めた標準時刻では、とうに深夜を迎えている頃合いだ。この時間にマリアの許可なく入ってくる“わるい子”は、1人しかいない。

 「お母さん、また眠れないの?」

 愛娘のアイリーニだ。


EPISODE3 一緒に叶えたいこと


 「お母さん、また眠れないの?」

 アイリーニは開口一番にそう言うと、マリアが腰かける椅子の隣に小さな椅子を持ってきて、ちょこんと座った。
 マリアは、市長としての厳しい態度から、少し柔らかな口調へと切り替える。

 「先に寝てなさいといつも言ってるわよね、アイリーニ」
 「だって、今日は一度もお母さんと話せてないんだもん。心配だよ」
 「その気持ちだけ頂いていくわ」

 アイリーニの頭を撫でようとして手を伸ばすと、彼女は首を小さく振って拒んだ。

 「お母さんたちはわたしに内緒で何をしてるの?」

 アイリーニは、部屋の外を行き交うソラリス市民の緊張感に思う所があったのだろう。
 唇を尖らせて母の答えを待つ。

 「その時が来たら、貴女にも話すわ」
 「わたしが大人になったら、でしょ?」
 「ええそうよ。これは私たち大人が対処する問題。子供の貴女が知る必要はないの」
 「でも……わたしだけ何も知らなくて、みんなの役にも立てないなんて……やだよ」
 「……」

 マリアがアイリーニの頬に手を添えた。
 微かに震えるマリアの手に、アイリーニは自分の手を重ねて目を閉じる。
 それと同時に思う。自分は、なんて役に立たない人間なんだろうと。
 今もこうして駄々をこねる事でしか母を繋ぎ止められない自分を自覚して嫌気がさす。

 「私は、貴女が生きているだけで力をもらってるの。とても凄い力をね。だから何も気に病む事はないのよ。その時が来たら、私の口から必ず話す。それまでは私たちの部屋から出ては駄目。わかった?」
 「……うん」

 母の手は、とても冷たかった。

 部屋を去るアイリーニの後ろ姿を見つめながら、マリアは心の中で謝った。
 アイリーニは、アルカ・カエラで起きている事を何ひとつとして知らされていない。
 これはソラリスに生きる大人たちの総意でもあった。

 「貴女を危険から遠ざけるには、これが一番なのよ」

 作業を終えて自室へと戻って来たマリア。
 ここのところ忙しかった事もあり、3日はまともに寝ていない。もはや身体は限界だった。
 朝まで仮眠しよう。そう考えたマリアが辺りに服を脱ぎ散らかしながら、無骨な造りのベッドへと足を運ぶと、硬いマットレスの上で寝息を立てるアイリーニに気づく。
 彼女は自分の部屋には戻らず、隣のマリアの部屋で眠ったようだ。

 「……もう、また何もかけずに寝て――」

 ブランケットに手を伸ばそうとしたマリアは、アイリーニの手元にメッセージボードがある事に気づいた。
 そうっと引き抜いて内容を確認する。

 『お母さん、お仕事おつかれさま! お母さんの部屋、服が散らかしっぱなしだったから、片付けておいたよ。汚れてた白衣は洗って――』

 それは、母に宛てたメッセージだった。
 メッセージは途中で途切れていたが、何を言わんとしていたかは分かる。
 改めて部屋を見渡してみると、脱ぎ捨てたまま放置していた服が何処にも見当たらなかった。

 「ふ……どちらが母親か分からないわね」
 「……むにゃ……笑顔……大作戦……」

 アイリーニの寝言に思わず顔がほころぶ。
 マリアはアイリーニの鼻にかかっていた髪の毛を手で払うと、何処か遠くを見つめるような眼差しを彼女へと向けながら、ぽつりとつぶやいた。

 「……こういう所は、あの人に似てるわね」

 今は亡き夫の顔を思い出し、マリアは寂しそうに微笑んだ。

 アイリーニの寝相を正してやると、マリアは何を思ったのか机へと向かう。鍵がかかった引き出しを開けると、その中から古ぼけたメッセージボードを取り出した。
 そこには、まだ幼かったアイリーニと交わした、2人で一緒に叶えたい事が書き連ねられている。
 これは、ひとつ叶うたびにそれを消していき、死ぬまでに全てを叶える事で自分の人生を輝かしいものにする、おまじないのようなものだ。
 叶えたい事はボードを埋めつくすくらい書かれているが、全くといっていい程叶えられていない。
 マリアは自嘲気味に笑うと、ボードに書かれた願いを愛おしそうに見つめた。

 『一緒に青空を見たい』

 それは、絵本に描かれているエキュトピアの世界を見たアイリーニが最初に言った言葉。その言葉は今もマリアを動かす原動力であり、ここまで挫ける事なく準備を進めてこられたのだ。

 「……貴女は私たちの希望なのよ、アイリーニ」

 この瞬間、マリアはソラリスの行く末を確定させるのだった。


EPISODE4 マリアの意思のもとに


 翌朝、マリアはアイリーニ以外の全市民を広場に集め、作戦の決行を宣言した。
 マリアの言う作戦とは、レムレースへの対処ができている内に、機能不全に陥った大型の発電施設を再稼働させる事だ。
 マリアの宣言に、市民たちからどよめきの声が上がっていく。
 そこへ最前線でレムレースと戦ってきた男たちの中から疑問の声が上がる。

 「マリア様、この装置たちが膨大な電力を喰う事は承知しています。ですが、本当に皆を危険に晒してまで電力を確保する必要があるのですか?」
 「……君の指摘どおり、装置の運用には膨大な電力が必要だ。ひとつひとつ都市を開放していけば、いずれは電力確保も容易になるだろう。だが、更に10を超える都市を開放するよりも、大型発電施設1つを抑える方が皆を危険に晒さずに済む」

 アルカ・カエラには全部で4基の発電施設があった。
 それらの大型発電施設を含む近隣の都市は、全てがレムレースによって制圧されている事が分かっている。
 マリアが向かおうとしている施設は、ここから最も近く、隔壁に遮られた4つの都市と資源運搬用通路を抜けた先にあった。
 マリアは市民たちに厳しい言葉を投げかける。

 「……このままではいずれジリ貧になる。これ以上、皆に日々の生活を切り詰めさせるわけにはいかない。今すぐ動かなければ、私たちが取れる選択肢は減っていく。そうなる前に、どうか皆の力を貸してほしい」

 市民たちの中には現状維持を願う者もいたが、結果的に多くの者がマリアの言葉を信じた。

 「マリア様がそこまで言われるのでしたら、我々に突っぱねる理由はありません」
 「そうだ! 俺たちの生活を支えてるのも、レムレースにとりつかれずに済んでるのも、マリア様のお陰なんだ! そのマリア様の頼みを断るわけにはいかないだろ!?」

 市民たちの中から上がった声は、次第に広がっていき――やがてマリアの願いを叶える方向へと転がっていったのだ。

 「私は、マリア様に未来を託しています! それはレムレースから逃れてここにたどり着いたあの時から、何も変わっていません!」
 「抗うなら、最大限に抗おう!」
 「私たちも戦います! マリア様!」

 マリアはこの時ほど、市民たちのために尽力してきた自分を褒めてやりたいと思った。
 それと同時に申し訳なく思う気持ちが湧き上がり、思い上がった自分の考えを塗りつぶしていく。
 何故なら、マリアが本当にやろうとしている事が、“彼らを救うとは限らない”からだ――。


EPISODE5 深淵の底から


 マリアを隊長とする部隊は、3日目にして大型発電施設へとたどり着けた。
 道中で遭遇したレムレースは拍子抜けする程少なく、取りつかれた者もほとんどが餓死している状態で、彼らを“処理”する必要もなかったのだ。
 念のため都市の中をくまなく探してみたものの、レムレースの影は何処にもなかった。
 マリアは、大型発電施設がある区画に続く隔壁へと視線を移す。

 (……都市を繋ぐ隔壁は、いずれも開け放たれたままだった。おそらく多くのレムレースがこの先に集結しているだろう)

 マリアの考えは、副隊長にも伝わっていたらしい。
 副隊長の男は軽く頷くと、他の隊員たちに向かって最大限に警戒するよう命令した。
 そして、いよいよマリアたちは大型発電施設への突入を開始する。

 「照射装置班、前へ!」

 副隊長の指示で数名の隊員が隔壁の中へと進む。その後にマリアと副隊長の前後にプラズマ放射器を構えた部隊が続いた。
 隔壁から真っ直ぐに伸びた通路の先には、ソラリスに匹敵する程の広さがある発電施設がそびえ立っている。
 赤い非常灯の明かりにぼんやりと照らされた通路は、まるでマリアたちを地獄へといざなうかのようにおどろおどろしい。
 その空間を切り裂くようにして、四角柱状の照射装置を腰だめに構えた男たちが前身していき――直後、照射装置が描いた光の軌跡の中に、青白い光を帯びた無数のレムレース の姿が浮かび上がった。
 ソレは、人の頭部程の大きさから上半身程の大きさの個体まであり、曲線的な、空中を泳ぐ軟体生物のような見た目をしていた。
 その中心部には、眼球のような丸みを帯びた窪みがある。
 小さくて短い触手のような足をうねうねと動かす姿は、それだけを見れば赤ん坊のような愛らしさすら感じられた。
 だが、そんな姿をしていても、彼らは人の命を簡単に奪えてしまうのだ。
 思わず目を背けたくなる程のレムレースの群れに、男たちは怯む事なくプラズマ放射器で迎え撃った。
 プラズマ放射器は、放射した瞬間から威力が減衰してしまうが、広範囲を一度に焼けるため、レムレースにはうってつけの対抗策である。
 加えて、照射装置は姿を消して素早く近づく彼らの特性を無効化できるため、こちらの数を優に超える群れと戦っても、無事でいられたのだ。
 上から迫るレムレースを排除したマリアは、施設の入り口へと先行した隊員たちと合流し、施設の扉を解除した。

 施設内部に留まっていたレムレースを排除しながら、マリアは制御室へとたどり着き、速やかに施設を再起動させる。
 施設が通信不能になったのは、長時間ここを管理する者がいなくなった事で、主電源が自動的に落ちた事が原因だったようだ。

 「……ふぅ……ひとまず目標は達成した」

 後はここの安全を確保し、数名の人員を残さなければならない。
 ここまでのルートは確保できている。あとは、電力の安定供給が可能かどうか調べればいい。
 そこでマリアは、制御室から発電機の状態を確認しようとして、隊員たちにそこへ向かうよう指示を下す。
 徐々に施設内の電力も復旧し始め、部屋に明かりが戻っていく。そこでマリアは、モニターに映る発電機が激しく損傷している事に気がついた。
 ちょうど発電機がある部屋に隊員が到着し、照射装置で辺りを照らしだし――。
 ふとマリアは、戦闘の痕跡が残る発電機を見つめたまま、ふと違和感を覚えた。

 「そういえば……レムレースと戦った者たちは何処へ……」

 ここに乗りこんでから、マリアはまだレムレースにとりつかれた人間を見ていない。
 地下都市は200人程が集団生活できるだけの広さがあるが、その広さに匹敵するこの区画にも、施設を支える人員がそれなりの数で配属されていたはずだ。

 「マリア様、目的は果たしました。施設内の掃討が完了し次第、ソラリスへ……マリア様?」

 副隊長の言葉はマリアには届いていない。
 彼女はモニターに映りこんだ不気味な形状をした赤黒い何かを食い入るように見つめていて、動けずにいたのだ。

 『ひぃぃぃッ!?』

 発電機がある部屋にいた隊員が、赤黒い何かに気付いた途端、大きく後ろにのけぞり、床に尻もちをつく。

 「マリア様! 大丈夫ですか!?」

 肩を掴まれてハッと我に返ったマリアは、悲鳴を上げて後退していく隊員へと視線を戻す。
 いったい、彼は何に怯えているのだろうか。マリアは彼の視線を追うようにして照射装置の光が照らし出す空間を見つめる。
 壁際まで届くはずの光の軌跡は、部屋の中心で唐突に途切れている事に気がついた。

 「……なんなんだ、あれは?」

 ひび割れた空間に生まれた小さな穴。
 そうとしか形容できない真っ黒な穴が、空中に浮かんでいたのだ。
 それは照射装置の光を飲みこみながら、ゆらゆらと揺れ始め――不意に“身震い”した。

 「まさか……生きて――」

 マリアが言い終わらぬうちに、穴の中から何かが飛び出す。その何かは勢いよく四方八方へと伸びていき、部屋の中にいた隊員たちに絡みついていく。
 彼らはなすすべもなく引きずられ――穴の下に転がる赤黒い何かとひとつになった。

 「あれは……施設にいた――」
 「うっ……!」

 マリアに続いて何かに気づいた男が、思わず吐き気をこらえるように口元を押さえて膝をついた。
 それは、行方が分からなくなっていた施設の人間と思しき者たちで作られた肉の塊だったのだ。
 あまりにも歪で醜悪な肉の塊が、突然蠢き始めた。
 肉の塊が独りでに人の形へと変わっていく中、

 「総員、撤退しろ!」

 耳をつんざくような副隊長の声が辺りに響きわたった。

 「マリア様も! 早く!」

 男に腕をつかまれてもなお、マリアの意識はモニターに映る穴へと向けられている。
 人の形をした何かの上に収まるように佇む穴は、モニターの向こう側にいるマリアに気づいたのか、カメラへと真っ暗な穴を向けていた。

 ――あれは、危険だ。

 マリアの頭の中で警鐘が鳴っている。
 早くこの場から離れるべきなのに、何故かマリアはあの得体の知れない穴を調べたい衝動に駆られていた。

 「マリア様ッ!」

 マリアは、穴の中で蠢く何かと“目が合った”。
 意識が……溶けていく――。

 「ぁ――――い、――リ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」


EPISODE6 這いよる絶望


 「――――っ! アイリーニ!?」

 マリアは目を覚ました。

 「良かった! 気づいたんですねマリア様!」

 身体が縦に揺れている事に気づいて目をこらす。
 どうやら、自分は副隊長に背負われているらしい。
 何故こんな状況に? 記憶が完全に抜け落ちていて、何も思い出せそうにない。
 次第に視界がハッキリしてきて辺りを確認すると、周りには傷だらけの隊員たちが見えた。
 その数は、出発時の半分以下にまで減っている。

 「どういう事だ? いったい、何が起きたんだ?」
 「マリア様は、制御室で意識を失ってから丸2日眠っていたんです」
 「……え?」

 男は大型発電施設で何が起こったのか話してくれた。
 発電機があった部屋に、レムレースを操る正体不明の個体が出現した事。
 それはマリアがいた制御室を目指し、隊員たちを次々と惨殺した事。
 そして、何人もの隊員の命を犠牲にして、辛うじて制御室を脱出した事を。
 副隊長は、その個体と遭遇した時に感じた事をマリアへと語った。

 「あれは照射装置を優先的に破壊しにきました」
 「明確な意思を持った個体だとでもいうのか?」
 「……はい」

 副隊長の表情は見えなくとも、苦々しい思いが切実に伝わってくる。

 「マリア様、申し訳ありません。あのあと制御室がどうなったのか確認する事ができず……」
 「……気に病むな。むしろ謝るのは私の方だよ。君たちは、ここまで引き返すために寝ずに進み続けたのだから」

 幸い、制御室はあの個体に破壊されなかったようだ。行きは暗かった通路が、今は通電していて明るくなっている。
 とはいえ、この状況がいつまでも続くわけではない。発電施設は長時間が無人で稼働させる事ができないからだ。

 「あの個体は、何故今になって現れたのでしょう」
 「……分からない。ただ、あの肉塊が個体の依り代として使われたのは明白だろう」

 マリアは答えのない問答を止めて、自分たちが置かれている状況を確認する。

 「あの個体は、まだ私たちを追っているのか?」
 「はい」

 副隊長は、各都市に隊員たちを残しながらここまでマリアを運んできていた。
 ソラリスは、今進んでいる都市を抜けた先にある。
 隔壁までたどり着きさえすれば、マリアの目的は達成したも同然だ。

 ――ゴゥン!

 背後から、くぐもったような大きな音が鳴り響いた。
 何度も何度も叩きつけられる音は、次第に大きく激しくなり、今にもこちらに襲いかかってきそうだ。

 「やはり……止められないのか……」

 副隊長はそう言うと、その場でマリアを降ろした。

 「マリア様、ここでお別れです」

 マリアの返事を待たずして、彼は数名の隊員たちに指示を飛ばすと、彼らと共に激しい物音が鳴る隔壁に向かっていく。

 「後の者は、マリア様を必ずソラリスへと送り届けるんだ」
 「皆……」
 「マリア様、我々は、貴女があの個体に打ち勝つ方法を見つけだすと信じています」
 「どうか、ソラリスをお救いください」

 彼らは皆、使命に燃えていた。
 彼らの顔に死への恐怖はない。マリアに対する盲目的なまでの信頼と使命感が、彼らを死地へと向かわせる。

 「…………ごめんなさい」

 マリアがどうにか絞り出せた言葉は、懺悔の言葉だけだった。
 男たちは頷きかえすと、プラズマ放射器を構えて都市に散っていく。
 彼らの背中を直視できなかったマリアは、残された隊員たちと共に足早にソラリスへと急ぐのだった。

 隔壁を抜ける際に、マリアは聞いた。
 命を賭してあの個体に立ち向かう男たちの、魂の雄叫びを。


EPISODE7 決壊


 天国の方舟<アルカ・カエラ>の名を持つ共同体は、今や阿鼻叫喚の地獄と化していた。
 マリアたちがソラリスに帰還してから暫くして、あの個体が攻めてきたからだ。
 マリアは困惑する市民たちに「逃げて!」と言うほかなかった。
 もはや、説明している時間すら惜しかったのだ。

 一方その頃。
 部屋から一歩も出られず絵本を読んでいたアイリーニは、ソラリスがにわかに騒がしい事に気づいた。

 「……?」

 本を閉じて部屋の外へと向かうと、外で待機する護衛の男たちへと問いかける。

 「あの、何があったんですか?」

 男たちも詳しくは分かっていないらしい。ただ、ソラリスの隔壁付近で何かあったと話してくれた。

 「お母さん……」

 母の無事を願い、目を伏せるアイリーニ。
 そこへ、願ったばかりの人物の声が響いた。

 「アイリーニ!」
 「あっ、お母さん!」

 アイリーニは男たちの間を抜けてマリアの下へと向かうと、いきなり抱きしめられてしまう。
 自身を抱きしめる母の力は、まるで何処にも行かせないとでも言わんばかりに力強い。
 これ程までに強く求められる事自体、初めてだった。

 「ど、どうしたの、お母さん?」

 アイリーニが恐る恐る聞くと、そこには必死な形相を浮かべる母の姿が。

 「直ぐにここを出る! そこの君たちも、私についてくるんだ!」

 そう言うと、マリアはアイリーニの反応を待たずに何処かへと向かっていく。
 護衛たちに両隣を護られながらマリアの後を追っていると、唐突に背筋が凍るような悲鳴が響き渡った。

 「――いやあぁぁああああぁッ!!!!」
 「っ!?」

 あの方向には隔壁があったはず。
 咄嗟に走りながら背後を振り返ってしまったアイリーニは、自分が進んでいた方向に人がいた事に気づかず、ぶつかってしまう。

 「きゃっ!?」

 足がもつれてバランスを崩すアイリーニだったが、その身体が地面に倒れる事はなかった。
 誰かの手が、背中に回されていたからだ。

 「怪我はない?」

 緊迫した状況には不釣り合いな穏やかな声がした。

 「お、おかあ……さん?」

 アイリーニはマリアが支えてくれたのかと思ってほっと胸をなで下ろす。だが、その直後に通路の奥から自分の名を呼ぶマリアの声が聞こえてきて、顔を赤くしながら口早に礼を言った。

 「ご、ごめんさい! それと、あ、ありがとうございましたっ!」
 「良かった。ここは危険よ、すぐにお母さんと一緒に避難しなさい」

 そう言うと、女は隔壁の方へと向かっていき、すぐに姿が見えなくなってしまう。
 迷うことなく進んで行った彼女を心配するアイリーニだったが、それは耳元で聞こえたマリアの声に遮られた。

 「何を立ち止まってるんだ! アイリーニ!」

 半ば強引に手を引かれながら、アイリーニはその場を離れていく。

 「お、お母さん、どこに行くの?」
 「ソラリスの底よ」


EPISODE8 あなたが幸せでありますように


 ――カン、カン、カン。

 鉄の床に打ちつけられた靴の音が鳴り響く。
 吐く息は白く、身体が芯から凍えるような寒さの中、非常灯の光に照らされて赤く染まる通路を、先頭に立ったマリアが突き進む。
 その直ぐ後ろには、マリアに手を引かれたアイリーニと護衛の男たちが追随している。
 通路の突き当たりにある扉までやってくると、マリアはカードキーを取り出して扉のパネルに触れた。
 小さな電子音が鳴り、音もなく扉が開かれる。
 護衛たちに向かって、マリアは簡潔に指示をだす。
 これから加速器という装置を起動し、あの個体に対抗する事、起動までに時間がかかるため、入り口を死守する事を告げると、護衛たちの返事を待たずに起動準備に取りかかった。

 ――ッ!

 通路の奥から何かが爆発する音が響く。
 あの個体と目が合ったせいなのか、あの個体はマリア自身を狙っているのかと思ってしまう程、正確に後をつけてくる。

 「マリア様ッ! 一刻も早く加速器の起動を!」

 マリアは一心不乱に準備を進めていく。

 「アイリーニ! そこの計器を確認して!」
 「うん!」

 アイリーニはマリアの指示に従って機械の状態と数値を読みあげた。
 マリアはホッと胸をなで下ろす。大型発電施設で施した設定は今も生きていて、全電力がソラリスの地下へと供給されていた。

 「お母さん! 次は何をすればいいの!?」
 「こっちに来て!」

 マリアはそう言うと、部屋の奥に鎮座する球体状の機械へと向かう。その機械はパイプと太いケーブルで繋がれていて、「ゥゥゥ……」と鈍い振動音を立てている。球体の中心部にある取っ手を掴み、ハッチを開くと、遅れてやって来たアイリーニに告げた。

 「この中に入りなさい」
 「中……?」

 さあ早く、とマリアに急かされたアイリーニは球体の中へと入りこんだ。内部の様子をひとしきり眺めていたアイリーニが、何かに気づいて振り返る。

 「これって……まさか――」

 こちらの真意に気づいたらしい。
 マリアはわずかに表情を和らげると、恐怖と緊張で震える手をアイリーニの手にそっと重ねる。

 「おかあさ……」

 マリアは何も言わず、アイリーニの手を強く握った。
 続けて呆然とした表情を浮かべるアイリーニから手を離し、球体のハッチを閉じた。
 アイリーニの痛切な声が聞こえた気がしたが、マリアは一度も振り返る事なく、起動装置の前へと向かう。
 そして、加速器を起動させると、球体に繋げた通信回線を開いた。

 「……アイリーニ、私たちに残された時間は短い。だから、今から私が言う事を、よく聞きなさい」

 娘との想い出を噛みしめるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 「ソラリスは陥落する。私たちの世界は滅亡の未来を回避できなかった。けれど、私は、貴女にはこの世界と同じ道を歩んで欲しくなかった」

 球体が光を帯び始めた。
 この段階まで進めば、もう誰にも邪魔をされる事はないだろう。マリアの“本当の”願いは、今この瞬間に成就した。

 その直後、背後で複数の銃声と怒号が鳴り響く。
 レムレースを引き連れたあの個体が、この部屋にたどり着いたらしい。
 様々な音が矢継ぎ早に駆け抜けていくが、マリアにはもうどうでもよかった。

 「貴女は、これから別の世界へと旅立つ。一緒に行けなくて、本当にごめんなさい。もっとあなたと叶えたい事、たくさんあったわね…………んッ!?」

 胸に違和感を覚えた。恐る恐る視線を向けると、禍々しい突起物が生えた触手が胸を突き破って蠢いているのが見える。

 『お母さん? ねえどうしたの? お母さん!』

 不思議と痛みは感じない。
 それよりも、身体を急速に造り変えられていくような得体の知れないおぞましさの方が上回っていた。
 マリアはアイリーニに伝えていない事を思い出して、気力を振り絞って言葉を紡いだ。

 「これ……だけは、覚えていて。私は、いつでも貴女のしァわセ……ヲ、ネガって………………』

 それ以上言葉が出てこなかった。
 いくら声を上げようとしても、気泡が弾けるような不気味な音が響くだけだ。
 マリアは、人ではなくなっていく己の姿を他人事のように眺めながら、ゆっくりと目を閉じた。

 ――愛しているわ、アイリーニ。




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WORLD'S END
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無印 / AIR / STAR / AMAZON / CRYSTAL / PARADISE
NEW / SUN / LUMINOUS / VERSE
マップボーナス・限界突破
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称号 / ネームプレート
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コメント

  • よく見たらかなり可愛いんだよな…… -- 2025-12-02 (火) 21:49:22
  • 飛び立っていく蝶(娘)を見送るのに手を伸ばさないの、母親の矜持を感じる -- 2025-12-03 (水) 17:27:25

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