九蓮宝燈

Last-modified: 2024-10-16 (水) 16:20:30

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通常白蛇の欲
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Illustrator:亞門弐形


名前九蓮宝燈(ちゅうれんぽうとう)
年齢自称1112345678999歳
職業雑貨店「心願公司」の経営者

神舞伎町の何処かにある異界、「裏新宿」で雑貨店を営む人ならざる女。
今宵も一人、願いを求めた人間が迷い込む。

「九蓮宝燈」は麻雀の役の一つで、年齢も成立時の並びが元ネタ。和了ると死ぬと言われることすらある超激レア役。

スキル

RANK獲得スキルシード個数
1コンボエクステンド【LMN】×5
5×1
10×5
20×1


コンボエクステンド【LMN】 [COMBO]

  • 一定コンボごとにボーナスがあるスキル。
  • LUMINOUS初回プレイ時に入手できるスキルシードは、SUN PLUSまでに入手したスキルシードの数に応じて変化する(推定最大100個(GRADE101))。
  • スキルシードは300個以上入手できるが、GRADE300で上昇率増加は打ち止めとなる
    効果
    100コンボごとにボーナス (+????)
    GRADE上昇率
    1+3500
    2+3505
    3+3510
    21+3600
    41+3700
    61+3800
    81+3900
    101+4000
    ▲SUN PLUS引継ぎ上限
    141+4200
    181+4400
    221+4600
    261+4800
    300~+4995
    推定データ
    n
    (1~)
    +3495
    +(n x 5)
    シード+1+5
    シード+5+25
プレイ環境と最大GRADEの関係

プレイ環境と最大GRADEの関係

開始時期所有キャラ数最大GRADEボーナス
2024/05/23時点
LUMINOUS15181+4400
~SUN+281+4900
GRADE・ゲージ本数ごとの必要発動回数

GRADE・ゲージ本数ごとの必要発動回数
ノルマが変わるGRADEのみ抜粋して表記。
※水色の部分はWORLD'S ENDの特定譜面でのみ到達可能。

GRADE5本6本7本8本9本10本11本12本
1611162128354352
7611162128344351
13611162127344351
16611162127344251
21510152027344250
29510152027334250
33510152027334150
36510152027334149
40510152026334149
51510152026324048
59510151926324048
67510151926324047
69510151925324047
71510151925323947
73510141925323947
76510141925313947
84510141925313946
91510141925313846
10159141824303845
11259141824303745
12059141824303744
12959141824293744
13259131824293744
13559131824293644
13659131823293644
13959131823293643
14959131723293643
15959131723283542
17459131722283542
18059131722283541
18459131722283441
19059131722273441
20148121622273440
21148121622273340
21648121621273340
22548121621263339
23948121621263239
24948121621263238
26148121520253238
26948121520253138
27448121520253137
283~48111520253137
所有キャラ

所有キャラ

ランクテーブル

12345
スキルスキル
678910
スキル
1112131415
 
1617181920
スキル
2122232425
スキル
・・・50・・・・・・100
スキルスキル

STORY

ストーリーを展開

EPISODE1 願望 ネガイ 「アタシは願いを叶える手助けをしてるだけ。金はいらない、ただ、アンタの情欲を分けてくれればいい」


 裏新宿(うらしんじゅく)。
 それは、新宿の一大繁華街・神舞伎町の路地の何処かにあると噂される“異界”の名だ。
 異界にたどり着く条件は誰にも分からない。
 ただひとつ分かるのは、裏新宿にたどり着けた者は、どんな願いでも叶うという事だけ。
 今宵も、そんな噂に魅せられた者が誘蛾灯に群がる蛾のように神舞伎町を訪れていた。

 「…………ほ、本当に、こんな所にあるのかな……」

 色とりどりのネオンライトと夜闇が溶け合って幻想的な空間と化した神舞伎町の路地を、1人の少年が肩を縮こませながら歩いている。
 本来ならば、こんな時間にいてはいけない年頃だ。
 爪弾き者が集う神舞伎町において、彼のような存在は異質に映る。見つかればどぶ臭い裏路地に引きずりこまれて酷い目に遭うだろう。
 だが、彼には危険を冒してでも成しとげねばならない理由があった。

 『いいか、ボッチ。見つけるまで帰ってくんなよ?』
 『うん、頑張って探すよ。“友達”の頼みだもんね』
 『ああ。友達は、友達の頼み事を断らない』

 裏新宿の入り口を見つけてくる事。
 それが「ボッチ」というあだ名で呼ばれる少年――暮地一人(くれちかずんど)が交わした約束だった。

 「見つける……僕が、絶対見つけるんだ……」

 人目を避けるように路地を練り歩くうち、ふと暮地は足元の影がまるで別の生き物であるかのようにぐにぐにと蠢いている事に気づく。

 「――ひっ!?」

 暮地は思わず尻もちをついた。
 大きく開かれた足の間で蠢いた影は突然、

 “ぬぅーーーー”

 と伸びて、細く長い道を作ったのだ。
 影でできた道の先には、濃く暗い闇が大きな口を開けている。
 暮地の不安はますます高まり、今にも心臓は恐怖で張り裂けそうだ。

 「……?」

 だが、ふとした瞬間、鼻腔をくすぐる匂いが漂ってきた事に気づく。
 不安が解きほぐされていくような、甘い、甘い匂いだった。
 目を閉じて意識を集中すると、あれほど高鳴っていた心臓が嘘のように落ち着いていく。

 「いったい、どこから……」

 匂いを頼りに闇の中を進んでいくと、不意に景色がガラリと変わった。

 「っ!?」

 煌々と灯る極彩色のランタンに、古風な寺院や建築物。
 ガヤガヤと何処からか聞こえてくる賑わいの声は、暮地にある光景を想起させる。

 「祭……?」

 自分は確かに神舞伎町にいた。そのはずだ。
 では、ここはいったい何処なのか。
 一瞬だけ頭が真っ白になる。
 暮地は慌てて背後を振り返ってみたが、そこには神舞伎町に冷たくそびえるビル群も硬いアスファルトも無い。

 「まさか……ここが……」

 ――ふわっ。

 暮地を導いたあの匂いが、再び鼻腔をくすぐった。
 見れば、ランタンの灯りに紛れて薄紫色をした煙が遠くの方まで糸を引いている。
 暮地は駆けた。
 異国のものと思われる記号的な文字が書かれた屋台やトタンでできた家屋が建ち並ぶ中を突っ切っていく。
 そうしてたどり着いたのは、木製の看板に「心願公司」と書かれた古めかしい建物だった。
 よく見ると、建物の扉がわずかに開いている。

 「隙間から煙が……誰か……いるのかも」

 ここに漂着してから暮地は一度も人影を見ていない。
 暮地は恐る恐る扉を開け、中に足を踏み入れた。
 内部は間接照明の温かな光がさし、仄かに薄暗い。
 視界いっぱいに広がるのは、古ぼけた小物だった。

 「なんだろう……」

 見渡すかぎり、店の中には誰もいない。
 少しの気まずさを感じながら、猫のように足音を立てずに店の中を歩き回った暮地は、店の隅っこにある棚の中に置かれた水晶玉に興味を示す。
 そして、そっと手を伸ばそうとして――。

 「呪われるぞ?」

 突然、少年の耳元で女の声がした。
 その声に、脳を直接舐められたような気がして、一瞬で暮地の肌が“ぞわっ”と逆立つ。

 「――ぅわあああああああぁぁぁぁっ!?」

 驚いて尻もちをついた暮地を見下ろしながら、女がケタケタと笑う。
 暮地は恐る恐る女を見上げた。
 自分よりも頭2つ分は高そうな背丈に、長い脚が映える異国風の華やかなドレス。そして何よりも暮地を捉えて離さなかったのは、彼女の眼だった。
 黒目は黄色く、白目は黒い。
 女の眼は、人間のソレではなかったのだ。

 「ぁ……あ、あぁ……あの……」

 暮地が上手く言葉を紡げずにいると、女は手に持つ扇子をシャッと広げた。

 「『心願公司(シンユァンゴンスゥ)』へようこそ、人間。我が名は九蓮宝燈、この店の主だ」

 見定めるような視線が暮地へと注がれる。
 女の瞳が、ぼう、と妖しく光った。

 「アンタの願いはなんだ? このアタシが叶えてやるぞ」
 「ね、願い……じゃ、じゃあ、やっぱり、ここが――」

 裏新宿――神舞伎町の中に潜む“異界”。
 そして、暮地の目の前で妖しく笑う人外の女こそ、ここが異界たる証明に他ならなかった。


EPISODE2 盟約 チギリ「回りからどう見られているか耳を傾けてみるといい。他人は自分以上に自分の事を知ってるかもしれないよ」


 薄暗い店の中、暮地は九蓮宝燈と名乗る女を見上げ
 ながら、口早にまくし立てた。

 「ほ、ほんとうに、どんな願いも、かな、叶えてくれるんですかっ!?」
 「どんな願いでも」
 「すごい……!」
 「ただし、アタシが叶えてやるのは、そいつが心の底から願ったものだけさ」
 「心から……」
 「アンタは何を願うんだい?」

 暮地は心の声に耳を傾けるように目を閉じると、絞り出すような声で願いを口にする。

 「友達が欲しいんです……!」
 「友達、ね」

 黄色く輝く九蓮宝燈の瞳が、暮地の心を覗きこむかのように見開かれた。
 その光景は、蛇に睨まれたカエルそのものだ。
 彼女に丸呑みにされるような気がして、暮地は聞かれもしていない事をペラペラと喋り出した。
 暮地は学校でいつも孤独だった。そんな彼の心の穴を埋めてくれたのが、学年内の序列で上位に位置する男女のグループ。
 彼らは少々荒っぽかったが、クラスで馴染めずにいた暮地を快く迎え入れてくれたのだ。
 彼らが溜まり場に連れて来られた暮地は、なぜ自分を仲間にしてくれたのか問うた。
 彼らは言った。
 『俺ら、丁度いい玩具が欲しかったんだよね』と。
 それ以来暮地は、彼らの玩具として学校生活を送っている。

 「だから僕は……あんな友達じゃなくて、本当の友達が欲しいんです!」
 「……願いは聞き入れた。お前に相応しい物をくれてやろう」

 そう言うと九蓮宝燈は薬箱のような棚からある物を取り出して暮地へと渡す。
 手のひらの上には、大きさの違う2つの赤い石が転がっていた。

 「これは『契り石』。永遠の契りを交わしあった者の亡骸から抽出した結晶体さ」
 「えっ、死体から……?」
 「遺物は縁起物なのさ。持っているだけで、気持ちが昂る気がするだろう? アンタが友達になりたいヤツに片方を渡すといい」
 「本当に、こんな物で願いが叶うんですか?」
 「信じるも信じないも、どう使うかもアンタ次第さ」

 九蓮宝燈の顔が暮地の目と鼻の先にまで近づく。
 すべてを見透かされているような気がして、暮地は思わず目をそらした。

 「う…………あの、これ幾ら払えばいいですか?」
 「金はいらない。その代わり、お前から情欲を頂戴する」

 情欲。
 それは、人を人たらしめるもの。
 心から湧き上がる欲をどうやって頂戴するのか見当もつかなかったが、暮地はゴクリと喉を鳴らした。

 「……わ、分かりました」
 「ケケ、契約成立だ」

 暮地は契り石とともに店を去る。
 彼は知る由も無かった。情欲という対価の重さを。

 翌朝。
 暮地は学校へと向かう道すがら、昨夜の出来事を思い返していた。

 「あれは……夢じゃなかった」

 ブレザーのポケットから小さな契り石をひとつ取り出し、太陽へとかざす。石は光を浴びて内部で複雑な軌道を描いている。
 キラキラと瞬く石の中は、小さな宇宙のようだ。

 「実は、もの凄く高いものだったりして――」

 その時、暮地の肩に何かがのしかかった。

 「ひ……っ!?」
 「なぁにビビッてんだよ、ボッチぃぃ!」
 「……あ、ぁぁ、つ、剛(つよし)くん。おはよう」
 「なあ、さっきの見せてくれよ。どこで手に入れたんだよ?」
 「な、なんの事か僕には…………いッ!?」

 剛が暮地の首に腕を回すと、脇に抱えて一気に締め上げた。体格が一回りも違う剛にこうされてしまうと、暮地には成すすべがない。

 「俺たち友達だろ? その石、まさか裏新宿で見つけてきたのか?」
 「ち、ちが……これは、朝ひろ、って……」

 暮地は呆気なく契り石を奪われてしまった。

 「うお、すげーキレーじゃん。ありがとな、ボッチ。さすがは俺のダチだぜ」
 「えっ、だ、ダメだよ! それは僕がもらったもので……」
 「テメー、さっき拾ったっつったよなぁ!! 友達に嘘ついたのか? どうなんだよ、おい!」

 剛に凄まれた暮地は、裏新宿に言った事をあっさりと白状した。

 「放課後いつもの場所に集合な。ボッチ」
 「う、うん……」

 どうやって剛から石を回収しよう。
 そればかりが頭の中で堂々巡りし、気づけば放課後を迎えていた。
 授業以外で使われる事のない準備室が集う最上階。
 その一番奥にあるカビ臭い準備室で、暮地は友人たちからの制裁を受けている。

 「ねー、ボッチー、聞こえる~?」

 パチン! パチン!

 延々と腹や背中を蹴られて意識がぼんやりとする中、剛の悪友の女――巴里桃姫(はりぴーち)が、暮地の目の前でしきりに指を鳴らしている。

 「……ぅ、ぁあ……」
 「どーすんの、剛。これじゃ裏新宿の行き方ぜんぜん聞けないっしょ?」
 「そいつが悪いんだよ、さっさと吐かねえから」

 暮地は、具体的な事を話さなかった。
 それを話してしまったら、自分の存在価値が無くなると思ったからだ。
 暮地が痛みよりも彼らとの関係を優先する理由は、いくつかある。居場所を失うくらいなら名ばかりの友達に囲まれている方が幾らかマシだし、彼らの“時間”を占有できる。彼らとつるんでいれば、彼らの玩具にちょっかいを出す者もいない。
 それに、何よりも。

 「ぅ……ぅぇ、へへ……」
 「キッモ、人がせっかく心配してやったのに、スカートの中覗いてんじゃねーよ、ヘンタイ!」

 見た目だけなら学内で1、2を争うほどの人気を誇る派手な女子――巴里を、近くで見られるからだ。

 「気分悪いわ。あーし帰るねー、あとよろしく」
 「おい、もう帰るのかよ」

 巴里は「バイト」と適当に答えると部屋を出ていった。
 あとに残されたのは、暮地と剛、そして暮地を玩具にしていた友人たちだ。

 「ピーチも帰っちまったし、そろそろ再開しよっか。俺が思うに、俺たちもーっと仲良くなれると思うんだ」
 「……」

 暮地は身を縮こませて押し黙る。沈黙を貫くのは彼の得意技だ。

 「無視かよ。おい、こいつ立たせろ」

 男の指示で、暮地は両脇を抱えられた状態で無理矢理立たされる。
 別の男が、すかさず暮地のズボンへと手を掛けた。

 「記念写真なんだから、ちゃんと笑えよー」

 精神を踏みにじるような“じゃれ合い”も心を殺して耐えてきたが、強固な意思は身体の痛みに遮られてしまう。
 だから暮地は、無意識のうちに願っていた。

 「助けて」と。

 その時、暮地にスマートフォンを向けていた男が、派手に“吹き飛んだ”。
 宙を舞う男はそのまま頭から壁に激突し、ピクリとも動かなくなった。
 さっきまで男が立っていた場所には、怒りの形相を浮かべる剛がいた。

 「ちょ、何やってんだよ剛クン!!」

 ボス猿の突然の凶行に、男たちが抵抗する。
 だが、彼らは成す術もなく一瞬にして排除された。

 「つ、剛くん……?」
 「――大丈夫だったかい、暮地くん! もう君を苦しめる悪い奴はいないよ!」

 そう言って剛はにこやかに笑う。
 その顔に、その拳に、友人たちの返り血をべっとりと浴びながら。
 剛のあまりの変貌ぶりに思わず身を引いた暮地は、剛の首元で煌めくソレに気づき、ハッと我に返った。
 彼は、『契り石』を紐で結んだ即席のネックレスを、首から掛けていたのだ。

 「ま、まさか――」

 暮地が願った事が、現実になった。
 あの石には、他者の意識を操る力がある。
 それも、とてつもなく凶悪な。

 「へ、へへへ……すごいよ、この石……!」

 暮地はこれまでの恨みを全て吐き出すように笑い、床にうずくまる男たちを蹴り続けた。
 しばらく蹴って満足した暮地は、「あ、そうだ」とつぶやくと、貼りつけたような笑みを浮かべて直立する剛に命令する。

 「剛くーん、責任取ってくれない?」
 「うん、わかった!」

 そう言って剛は準備室の窓から飛び降りてしまった。
 彼が飛び降りた場所は校舎の裏手。無意識のうちにそうしたのかは分からないが、誰かに目撃された心配はなさそうだ。
 暮地は難なく契り石を回収すると、重傷を負った剛に笑いかける。

 「ビックリしちゃったよ。そんな責任の取り方ある?しかもまだ生きてるなんて」
 「ボ……ッチ、たっ……け、て――――」
 「じゃあね、剛くん。今までありがとう」

 暮地の足音が遠ざかっていく。
 ガァガァと鳴く鴉の声が、夕暮れの校舎に虚しく響いた。


EPISODE3 友達 イイナリ「それがどれだけ歪んだ関係でも、それにしかすがれない奴もいる。友達ってのは厄介だねえ」


 翌日。
 あれほどの惨劇が起こったにも関わらず、学校は思いの外静かだった。
 1人も死者が出なかった事もあり、不良グループの内輪もめによる“ゆき過ぎた”暴行事件という形で、穏便に処理される事となった。
 校長室で教師たちに事情を説明した暮地は、廊下に誰もいない事を確認したあと、声を押し殺して笑う。

 「ひひ……これがあれば、僕に逆らえる者はいない」

 人気のない廊下を進む暮地の足は軽やかだ。
 今回の件で契り石の力に味をしめた暮地は、すでに新たな標的に狙いを定めていた。

 「巴里さん……いや、桃姫(ピーチ)。お前で――」
 「誰が、なんだって?」
 「うわっ!? は、巴里さん!? 今は自習中だよ、どうして……」
 「どうしてじゃねー! あんたが剛たちにあんな事したんだろ!? っ……ざっけんなッ!」

 怒りを露わにした巴里が暮地の胸倉をつかんだ。

 「は、巴里さんっ! ここじゃ目立つから、別の場所に行こうよ、ねっ?」
 「あーしに命令すんな! キメーんだよ!」

 誰かが駆けつけるのも時間の問題だった。
 そこで暮地は、ポケットから契り石のネックレスを取り出すと、隙を突いて巴里の首にかける。
 暮地が念じた瞬間、巴里は電池が切れた玩具のように動かなくなった。

 「ヒヒ、じゃあ行こうか」
 「……はい」

 まさか自分から飛びこんでくるとは。
 ほくそ笑んだ暮地は、巣に飛びこんできた蝶を捕食する蜘蛛の気分を味わうのだった。
 暮地は巴里と2人きりになれる場所へと向かう。
 目的地は、剛たちの溜まり場の1つでもあるプール更衣室だ。
 更衣室について早々、暮地は巴里に命令する。

 「じゃあ桃姫、早速だけど脱いでくれるかな」
 「はい、わかりました」

 “友達”の頼み事を叶えるため、巴里は淡々とシャツのボタンを外し始めた。
 ここに、暮地の邪魔をする者はいない。

 「裏新宿の噂話を教えてくれたのは君だったよね。おかげで僕は、願いを叶えられたよ」

 ふと、九蓮宝燈の言葉が思い浮かぶ。
 情欲――人が持つ欲望。人を人たらしめるもの。

 「もしかして、僕の願いに気づいてた? いや、今はそんなのどうでもいい。僕は、桃姫の“友達”になってあげないといけないんだからね!」

 下衆な笑みを浮かべた暮地が、制服を脱ぐのに手こずっている巴里に近づこうとしたその時。耳元で、女の声が響いた。

 「――それがアンタの本当の願いだね?」
 「ッ!?」

 うなじの辺りに身の毛もよだつような冷気を感じる。
 暮地は、背後を振り返る事ができなかった。
 両肩に血色の悪い真っ白な手が乗っかっている。その肌には、ひし形の鱗がうっすらと浮かび上がっていた。

 「ち、九蓮宝燈……さん……? ……ど、どうして、ここに……!?」
 「臭いさ。アンタの中から溢れ出した情欲が、アタシをここに導いたのさ。くふ、良い臭いだ……」
 「ひッ!?」

 首筋に冷たい何かが押し当てられ、徐々に喉へと伸びていく。それは、九蓮宝燈の長い舌だった。
 先端が割れた舌が、左右別々の生き物であるかのようにチロチロと動き回る。

 「ぼ、僕をどうする気ですか!? 僕はまだ、願いを叶えてない……!」
 「もう十分叶っただろ? “虐げる側に立ちたい”という願いが」
 「え……」

 暮地は、剛と歪な友人関係を築いた事で彼を“羨ましい”と思うようになっていた。
 言う事を聞く下僕たち、言い寄ってくる女子たち。
 いつしか暮地は、自分よりも弱い者を従える事で人の尊厳を踏みにじる快感を得たくなったのだ。

 「人が生きる原動力は、情欲だ。それがあるから人は願い、欲する。アタシが願いを叶えてやるのは、その情欲を高めて喰らうためなのさ」
 「イヤだ! 僕はまだ死にたくない! おいピーチ!この女をどうにかしろ!」

 九蓮宝燈を排除するよう、強く念じる。
 だが、彼女は無数の蛇に絡めとられて身動きが取れなくなっていた。

 「ん……んんん……っ!」
 「な、なんなんだよこれぇ……!」
 「さあ、少年。情欲をいただくよ」
 「や、やめ――」

 ――プツリ。

 九蓮宝燈の牙が、暮地の肌を突き破る。
 暮地は情欲をじゅるじゅると吸い取られ、やがて動かなくなった。

 「――ふぅ。やはりこの年頃の情欲は、新鮮で、まとわりつく“えぐみ”があって格別だねぇ」

 恍惚とした笑みを浮かべて悦に浸る九蓮宝燈。
 直後、少女の甲高い悲鳴が鳴り響いた。

 「きゃああああああぁぁぁぁぁぁ! な、なんであーしが裸になってんの!?」
 「おん? 契り石が外れたのかい」
 「だ、誰!?」

 尻を床につけたまま逃げようとする巴里だったが、身体を這う蛇と女が抱きかかえている暮地に気づき、再び悲鳴を上げる。

 「ひぃ……っ! 人殺し!」
 「別に死んじゃいない。こいつは願いを叶えた、アタシはその対価を頂戴しにきただけさ」

 見る影もないほど痩せた暮地を床に放り投げると、九蓮宝燈はおもむろに巴里へと近づき、床に転がる契り石を回収した。

 「え……ね、願いって……嘘!?」

 無数の蛇が九蓮宝燈の脚を登って服の中へと消えていく中、巴里は叫ぶ。

 「待って! もしかして、あなたが裏新宿の――」
 「九蓮宝燈。願いを叶える商人さ」
 「ほ、本物……マジで……」

 巴里は思わず息をのむ。
 そして、意を決したのか暮地を指さした。

 「お願い! あいつに復讐させて!」
 「好きにしな。あいつに抵抗する力は残っちゃいない」
 「嫌! ボッチはあーしの仲間を滅茶苦茶にした。今度はあーしがこいつの人生を滅茶苦茶にする番!そーでしょ!?」

 九蓮宝燈は、睨むように真っすぐな視線を向けてくる巴里を見定める。彼女の瞳の奥に眠る、どす黒い情欲のうねりを。

 「その願い、このアタシが叶えてやろう」

 剛たちが起こした暴行事件から数週間後。
 行方不明になっていた暮地と巴里が、山奥にある廃墟で変わり果てた姿で発見された。
 暮地の全身には生々しい傷がいくつもあり、それが引き金となったのかは分からないが、人語を話せなくなるまで追いつめられたようだ。
 巴里は、酷く衰弱した状態で亡くなっていた。
 2人の首筋には、大蛇にでも噛まれたかのような傷痕があったという。


EPISODE4 香水 ヒヨク「変化を恐れる事は、別に悪い事じゃない。変化に立ち向かわなければ、望みのものは得られないがね」


 永遠の夕闇と祭の喧噪が鳴り響く異界・裏新宿。
 その一角に店を構える九蓮宝燈の下へ、新たな客がやってきた。
 今宵の客は、切り揃えられた前髪が印象的な20代半ばの女性だ。

 「『心願公司(シンユァンゴンスゥ)』へようこそ、人間。我が名は九蓮宝燈、この店の主だ」

 九蓮宝燈は女を見定めるように目を細める。

 「アンタの願いはなんだ? このアタシが叶えてやるぞ」

 問われた女が上目遣いに九蓮宝燈を見つめ返す。
 緊張した面持ちできゅっと唇を結んでいたが、やがて話を切り出した。

 「わたしは出雲美輝(いつもみてる)って言います。わたしの願いは、片想い中の男の人に愛される事です」

 それは、九蓮宝燈が叶える願いの中でも特に頼まれるありふれた願いだ。対価として頂戴する情欲も代り映えしない。
 しかし、だからといって客を無下に扱うような真似はしないのが彼女の流儀だ。
 九蓮宝燈の沈黙を肯定と捉えたのか、出雲は口を開いた。

 「わたし、まだ彼に告白した事もないんです。周りは告白したらって言うけど、告白した瞬間に今の関係性は変わってしまうじゃないですか。だから、ここで願いを叶えられるって聞いて、居ても立っても居られなくて」

 何かにつけて理由を述べているが、結局のところ、彼女の言葉の端々には我が身可愛さからくる行動が透けて見えた。

 「占いとかじゃなくて、もっと確実なものが欲しいんですっ!」

 出雲はずっと貯めこんでいたのだろう。
 すべてを吐き出した彼女は肩で息をしていた。

 「確実なもの、ね」

 九蓮宝燈は出雲に相応しい道具を見繕う。

 「お前にこれををくれてやろう」

 九蓮宝燈が取り出したのは、掌に収まる程の小ささの薄紅色の瓶だった。瓶は鳥がモチーフなのか胴体部分に一対の羽の意匠が見られる。
 中でも目を引くのは、2本の首が胴体部分から半円を描いて上へと伸び、頂点で口づけを交わす造形だった。
 まるで生きているかのような、繊細な造りだ。

 「わぁ……かわいい! なんですかこれ?」
 「『比翼鳥』。どんな人間も恋に落ちる香水だ。これを限られた場所で使えば、お前の願いは叶う」

 魔法を目の当たりにした乙女のように、出雲はぱぁっと眼を輝かせた。

 「じゃあわたし、傷つかなくて済むんですね!」
 「ただし、効き目は一晩しかもたない。比翼鳥が見せるのは、一夜限りの夢だけだ」
 「で、でも、もう一度使えば――」

 すがるような出雲の言葉に、九蓮宝燈はピシャリと言い放つ。

 「一度使った相手には二度と効かない」
 「え……」
 「刹那の愛を取るか、変化を恐れずに立ち向かうか、お前が決めるといい」

 出雲の眼前に比翼鳥を差し出す。
 彼女はためらう事なく、それを取った。

 「契約成立だ」
 「ああ……これで茂手木(もてぎ)さんと……」

 まだ願いを叶えてすらいないのに、出雲はすでに夢見心地だ。
 九蓮宝燈の言う対価の話も、比翼鳥を使う上で気をつける事も、彼女の耳には届いていない。
 出雲は比翼鳥を大事そうに抱えて裏新宿をあとにする。
 異界から戻ってきた出雲は、直ぐに茂手木に連絡をとると、ディナーの約束を取りつけるのだった。

 「ふふ……早く貴方に会いたい……」

 ――
 ――――

 出雲は高層階から夜景を一望できるレストランに男を誘い、夢にまで見たディナーを満喫していた。
 彼女は満面の笑みを浮かべながら、男に熱い眼差しを向ける。
 まだ比翼鳥は使っていなかったが、思いのほか会話が弾み、すべてが順調に進んでいた。
 少なくとも、彼女の中では。

 コースは間もなく終盤。
 だが、男は食欲がないのか料理にはほとんど手をつけておらず、給仕が新たな皿を運んでくる度に回収するよう頼んでいた。
 俯きがちな茂手木の表情は、どこか固い。
 不安を感じているのか、彼はしきりに指輪をいじり、何度も足元に視線を落としている。
 そんな茂手木の気持ちなど知ろうともせず、出雲が顔を上気させたまま言った。

 「わたし……茂手木さんともっと夢の続きが見たいなって思うんです。実はここに――」
 「もう、止めてくれないか」
 「え?」

 我慢の限界を迎えた茂手木が、努めて冷静に、相手に誤解を与えないよう言葉を紡ぐ。

 「僕は、君が話に応じると言うからここまで来た。僕たちは全然親しくないよね、どうして会社で少し喋っただけの僕に、こんなにつきまとうのかな。僕には妻と子供が――」

 ――ギィィィィ!

 茂手木の言葉は、出雲が椅子を勢いよく後ろに引いた音にかき消された。

 「き、君は……またそうやって」
 「ちょっと、お化粧を直してきますね」

 その声色には、有無を言わさぬ迫力があった。
 事を荒立てて目立ちたくもない茂手木には、それ以上どうする事もできず、ただ最悪の時間が流れるのを待つしかなかった。

 地獄の時間が終わり、エレベーターを待つ2人。
 茂手木はやけに大人しくしている出雲に違和感を覚えた。
 会話は一切なく、気の遠くなるような沈黙だけがこの場を支配している。
 数分後、ようやくエレベーターが到着した。
 わずかな時間とはいえ、密室の中で2人きりになる状況に警戒感を抱く茂手木だったが、重い足取りでエレベーターへと乗りこんだ。
 続けて出雲が乗りこみ、扉が閉まる。
 エレベーターが動き出したその時、茂手木は室内に甘い香りが立ちこめている事に気がついた。

 「茂手木さん……わたし、ちょっと飲みすぎちゃったみたいです」
 「や、やめてくれ! 僕は――」

 胸に飛びこんできた出雲を引き剥がそうとした茂手木は、それきり抵抗しなかった。
 彼は、慈愛に満ちた笑みを浮かべながら出雲を優しく抱きしめていたからだ。

 「冷たい態度を取ってしまってごめんね」
 「も、茂手木さん……? すごい……本当に効いてる……」
 「何か言ったかい?」
 「ううん、なんでもない。そんなことより、わたしに夢の続きを見せてくれますよね」

 出雲の体温と結びついた『比翼鳥』の香りに酔いしれてしまった男は、普段の彼ならば決して口にしないような歯の浮いた言葉を紡ぐ。

 「もちろんさ。君の笑顔を曇らせてしまった罪を、僕に償わせてくれ」
 「嬉しい……愛してます、茂手木さん」

 2人は口づけを交わした。
 1階に到着すると、出雲はエレベーターから降りずに別の階のボタンを押す。
 行き先はレストランではない。彼女が予め取っていた部屋だ。

 「あ、茂手木さん。お願いがあるんですけど――」

 2人が去ったエレベーターの中には、画面が粉々に砕けた茂手木のスマートフォンと、結婚指輪が捨てられていた。


EPISODE5 愛情 エイエン「香りは記憶を呼び覚ます。そこにいなくても、確かに感じる事ができるんだよ」


 ラグジュアリーホテルの一室で茂手木との一夜を過ごした出雲は、ベッドの上で独り寂しく泣いていた。
 部屋に茂手木の姿はない。
 朝早くに目覚めた彼は、出雲への怒りと自己嫌悪で多いに荒れた。
 比翼鳥の効能は、九蓮宝燈が言ったように一晩しかもたなかったのだ。

 「ぅ……茂手木さん……」

 出雲は昨夜の出来事を思い返す。

 『君は……僕に薬を盛ったのか!?』
 『そんな事しません! 昨日の夜は、茂手木さんが求めて来たんですよ!?』

 出雲は既成事実を利用して茂手木を引き止めようとしたが、出雲が近寄った瞬間に激しい反応を見せ、暴れだしてしまった。

 『茂手木さん! 待って……!』

 部屋を出て行こうとする茂手木に、出雲はもう一度比翼鳥を使って効果を上書きしようと試みた。
 しかし、いくら自分に振りかけてみても結果は変わらない。
 比翼鳥にもう一度はなかった。

 「…………フ、フフ、あはは――」

 泣いていた出雲が、ゆっくりと身を起こす。
 その顔に、もう悲しみの色はなかった。今あるのは、傷ついた心を別の誰かで癒したいと渇望する、欲を知ってしまった女の顔だ。

 「わたしには比翼鳥がある……これがあればわたしは何度だって愛される……男なら他にたくさんいる……」

 出雲はカーペットに転がっていた比翼鳥を拾うと、身支度を済ませて部屋をあとにする。
 彼女の足は、自然と神舞伎町へと向かっていた。
 あの繁華街には、身目麗しい男が多く集う。
 そこならば出雲好みの男に会える確率もぐんと上がるはず。
 相手の男がどんな性格だろうと関係ない。
 茂手木がそうだったように、比翼鳥の力で虜にした男は、従順になると分かったからだ。

 「もっと……わたしにはもっと愛が必要よ……」

 出雲は神舞伎町へ向かうべく駅を目指す。
 だがこの時、出雲のあとを追っている者がいるとは、彼女は思いもしなかった。

 駅に到着した頃には、時刻は正午を回っていた。
 出雲が改札を抜けようと端末に近づいたその時、行く手を阻むように誰かが立ち塞がった。

 「……あの、通れないんですけど」

 文句を言って横を通り抜けようとしたが、相手も同じ方向に動いて再び立ち塞がる。
 何度も同じ事をされて苛立った出雲は、相手の顔を確かめた。

 「え?」

 相手は陶酔したように頬を緩ませた男だった。
 男の不気味さに驚いたわけではない。その表情を、昨夜見たばかりだったからだ。

 「――やっと追いついたよ」

 背後から聞こえた声に出雲は振り返った。
 そこには、出雲を取り巻くようにして何人もの男女が列を成していた。
 皆が皆恍惚とした笑みを浮かべ、熱い眼差しを出雲へと送る。

 「比翼鳥……どうして!?」

 鞄から瓶を取り出してみると、首の片方に小さな亀裂があった。茂手木を引き止めようとして突き飛ばされたあの時、ヒビが入ってしまったのだ。
 比翼鳥は鞄を通じて出雲の衣服に染みこんでいた。

 ――ドクン。

 危険を知らせるように心臓が高鳴る。
 出雲が改札へ向かうのと、背後の男が出雲に迫ったのは同時だった。

 「や……っ!?」

 出雲は男を避けようと無理な体勢になり、その場に倒れこむ。

 「ぅ、うぅ…………」

 痛みに呻いている暇はない。直ぐにでもここから離れなければ、比翼鳥の香りに魅せられた者たちが次々と押し寄せてしまう。
 早く、比翼鳥を洗い流さなければ――。
 出雲が身体を起こそうと床のタイルに手をつけたその時、腕に鋭い痛みが走り、悲鳴を上げた。

 「い……ッ!?」

 血だ。右腕から血がぬらりと滴り落ちている。
 彼女の足元には、彼女の血で染まった比翼鳥の瓶が、砕けた状態で転がっていた。

 「――――ぅぅ、があああぁぁぁぁぁ!!」

 男の獣じみた雄叫びが辺りに響く。
 その声に共鳴するように、周りにいた男女までもが叫び出す。
 出雲の体温と血とが溶け合い、比翼鳥の香りがより一段と濃いものになったのだ。
 彼らの顔に、茂手木のような甘い笑顔はない。
 一本の蜘蛛の糸に群がる、亡者のそれだった。
 命の危機を感じた出雲が、迫りくる男をかいくぐって改札を抜ける。
 亡者たちは何人かが改札のバーに引っかかってその場に足止めを食らっていたが、誤差の範囲でしかない。

 「待てぇえええええええ!!」
 「ひ……っ!?」

 出雲の横を通り過ぎた女も、駅員も、出雲を追ってくる。
 こんな状況では、とてもトイレには逃げこめない。
 彼らに捕まったら、何をされるか分かったものではないのだ。

 『間もなく、終点○○行きの電車が発車いたします』

 がむしゃらに逃げる出雲の耳に、アナウンスが舞いこんだ。
 行き先が神舞伎町から遠ざかろうと関係ない。
 一刻も早く、このピンチを乗り切らなければ。
 駆けるように階段を下る。段差に足を取られた者たちが転倒し、背後から呻き声と鈍い音の洪水が押し寄せてくる。

 「いや、いやぁあああああああ!!」

 出雲が階段を降りきった直後、電車の扉は今にも閉まろうとしていた。

 「待って、待って――!!」

 電車が駅を発つ。
 出雲を追ってホームまで押し寄せた亡者たちは、彼女の匂いが突如かき消えた事で、徐々に理性を取り戻していくのだった。

 「――ハァ、ハァ……ゃ、った……これで、もう誰も追ってこれない……」
 「どうしたんですか? そんなに慌てて!?」

 肩で激しく息をする出雲へと、スーツ姿の男が声をかける。
 車内は、衣服が乱れ、血を流した女が入ってきた事でにわかにざわつき始めていた。

 「ちょっと……おかしな人たちに追いかけられてしまって……」
 「それは災難でしたね。立てますか?」
 「いえ、もう大丈夫ですから……」

 やんわりと断ろうとしたが、男がしつこく食い下がる。

 「まぁまぁ、そう言わずに。1人では心細いでしょう、あなたが安心するまで、私が『をご利用いただきまして、誠にありがとうございます』」
 「え? 今なんて――」

 男の声がアナウンスにかき消された。
 出雲は言い知れぬ不安に駆られ、恐る恐る振り返る。

 『この電車は特急○○行きです』

 案の定だった。出雲へと声を掛けた男も、近寄ってきた女たちも、皆が皆同じ顔へと歪み――やがて、あの亡者たちのように雄叫びを上げ始めたのだ。

 「ぁ……アハ……」

 『次の停車駅は終点○○、終点○○――』

 淡々と流れる無慈悲な知らせ。
 走る密室の中に、逃げ場はない。

 「アハハハハハ――」

 出雲の匂いに魅了された乗客たちが、一斉に彼女へと迫る。群れは瞬く間に彼女を飲みこみ、やがて見えなくなった。

 『――ご乗車いただきありがとうございます。お忘れ物のないようご注意ください』

 ――ぷしゅぅぅぅ。

 電車が終着駅に到着した。
 程なくして扉が開かれ、中から満足そうな表情を浮かべた乗客たちが降りてくる。その中に出雲の姿は見えない。
 人の気配が途絶えた車両内にも、彼女はいなかった。

 「――ケケ、まさかこんな事になるとはねぇ、恐れ入ったよ」

 いつの間にか車内の椅子に九蓮宝燈が腰かけていた。
 彼女は閉じたままの扇子を手に打ちつけていたが、その表情は少し不満そうだ。
 極限にまで膨れあがった出雲の情欲を回収するべくやって来たのだが、一歩遅かったらしい。

 「何はともあれ、願いが叶って良かったじゃないか。“一生”分の愛をもらえただろう?」

 ニヤリと笑い、床のある一点に視線を向ける。
 放射状に床へと広がった“赤い染み”は、何かに“舐めとられ”でもしたのか、かすれて消えかかっていた。

 「良い臭いだ。この残り香を肴に、一杯やるのも悪くないねぇ」

 人々を駆り立てた魅惑の香水、比翼鳥。
 その使用者である出雲はもういない。だが、彼女と結びついた香りは、彼女を愛した者たちの記憶の中に留まり続け、永遠を生きるのだ。


EPISODE6 仮面 ショウドウ「人間は誰しも仮面をつけている。けど、その仮面から紡がれる言葉がすべて真実とは限らない」


 「ロン!」

 室内に高らかな声が響いた。
 ここは、神舞伎町にある雑居ビルの一室。キセルの紫煙が立ちこめる室内では、4つの影が1つの机を囲み、麻雀に打ちこんでいた。

 「今日は俺の日だなぁ! 日頃の鬱憤を晴らさせてもらおうか! おやぁ……? そっちはまだ焼き鳥か、九蓮の」
 「ハン、ピィピィ五月蠅いよ。アンタみたいな奴は、最後に泣きを見るって決まってるのさ」

 九蓮宝燈の向かいに座る虎の半獣人が、牙を見せて威嚇する。だが、卓上の牌をじゃらじゃらと混ぜる九蓮宝燈は、男の方を見もせずに鼻先で笑うだけだ。
 次の局に入っても半獣人の男は調子が良いのか、ニヤニヤとせせら笑う。

 「リーチ! この局ももらったぜ!」
 「……それだ、虎(フー)」
 「は?」
 「ロン、九蓮宝燈」
 「は……??? ふざけ――」

 虎と呼ばれた男は、卓上に展開されたダブル役満『九蓮宝燈』の牌姿をぎょろりと睨みつけたまま、動かなくなった。
 神舞伎町の情報交換を兼ねた“同胞”との麻雀会は、虎が素寒貧になった事で解散となった。虎と個人的に賭けていた道具をすべて頂戴した九蓮宝燈は、店に帰ろうと席を立つ。
 そこへ別の男が声をかけた。黒(ヘイ)と呼ばれる化け猫の情報屋だ。

 「全然嬉しそうじゃないですねぇ~、お嬢。九蓮……それも純正で上がったのですから、もっと喜んでもいいでしょうに」
 「なぁに、長く生きてりゃこんな事のひとつやふたつあって当然だろ?」
 「はぁ~、違いありません。ワタシもその運にあやかりたいものです」

 九蓮宝燈は適当に相槌を打つと雑居ビルを出た。
 裏新宿へと戻る道すがら、黒たちから聞いた話を思い返す。
 最近の話題は、神舞伎町に現れた別勢力で持ちきりだった。
 その勢力は街の浄化をうたい、一方的に街の暗部を排除しているらしい。暗部の側に属する九蓮宝燈たちにとって、あまり喜ばしい状況ではなかった。

 「アタシの邪魔をしようってんなら、その時は潰すしかないが……おや?」

 九蓮宝燈はふと強い気の流れを感じて立ち止まる。
 気配をたどっていくと、裏路地へと続く通りに面した空き店舗の前に、帽子を目深にかぶった怪しげな男が立っていたのだ。

 「そこの。何をしてるんだい?」
 「ひっ!?」

 急に声をかけられた男が慌てて振り返った。正確な年齢は分からないが、おそらく40歳前後だろう。

 「お、俺はただ、星を眺めていただけで……っ!」
 「この路地で星なんか満足に見られるわけないだろ。つくならもっとマシな嘘をつきな」

 男が小さく舌打ちしたのを、九蓮宝燈の耳は逃さなかった。
 何かよからぬ事でもしようとしていたのだろう。
 それは男から漂う気配と、臭い立つような情欲からも分かる。

 「お前、良い臭いをしているね」
 「ち、近寄るんじゃない! 何を勘違いしてるのか知らないが、俺をそこいらの屑共と一緒にしないでもらいたい!」

 相手が女だと分かるやいなや、男が態度を変えた。
 九蓮宝燈の華美な姿に勘違いでもしたのか、男は侮蔑に満ちた眼差しを向けてくる。
 九蓮宝燈は男の瞳の奥に鬱屈した感情を見出した。

 「何か、不満がありそうじゃないか。このアタシが願いを叶えてやるぞ」
 「フン、そうやって俺を陥れるつもりだろ。この辺りには詐欺を働く店が多いからな」
 「おや、ずいぶん詳しいね」

 男は自らの素性を明かした。
 彼――湯上正義(ゆがみまさよし)は、欲望に満ちたこの神舞伎町への配属を志願した警察官であり、街の治安を維持する役目を担っているという。
 だが、彼が担う仕事はほとんどが雑用に等しく、街にはびこり続ける巨悪に何もできない事に不満を募らせていた。
 そんな日々を過ごすうちに、勤務時間外で悪の尻尾を追うようになったのだ。

 「俺は、雑用で人生を終わらせるような男じゃない。この神舞伎町を変えたいんだ!」
 「アンタ、正義の味方にでもなりたいのかい?」
 「ああそうだ! 俺は……ヒーローになりたい!」
 「ヒーロー、ね」

 九蓮宝燈は小さく笑い、「相応しい物がある」と続けた。
 自分の願いを笑わなかった相手は初めてだったのか、湯上は呆気にとられた表情を浮かべている。
 そんな彼に九蓮宝燈が見せたのは、虎から回収したばかりの物だった。

 「仮面?」
 「これは『イプキスの仮面』だ。装着者の願いに答え、心から望んだ姿に変えてくれる。ヒーローになりたいアンタにはうってつけだろ?」

 縦の縞模様が入った緑色の仮面は、儀式や祭事などで使われていそうな、趣のある模様が刻まれている。
 落ちくぼんだ目と、ぽっかりと開かれた口元も相まって、どことなく哀愁を感じさせた。

 「これをつけただけで変身すると?」
 「疑うなら、この場でつけてみるといい」

 仮面を手渡された湯上が仮面の裏側に視線を落とす。
 本当にそんな事ができるのか。いや、揶揄われているだけかもしれない。湧き上がる好奇心と疑念は、湯上の中に“もしかしたら”という希望を抱かせる。

 「…………くっ!」

 だが、湯上は仮面を装着しなかった。
 女の前で恥をかきたくないというちっぽけな見栄が、好奇心に勝ったのだ。

 「これは家でじっくり調べさせてもらう。まだ調査の途中だからな」

 契約は、成立した。

 ――
 ――――

 神舞伎町の路地裏を練り歩いた湯上は、結局なんの成果も得られないまま、帰路についていた。

 「クソ……今日も収穫なしか」

 手持ち無沙汰になった湯上は、イプキスの仮面を見やる。
 ネオンライトに照らされた仮面の裏側は、角度と光加減のせいか、こちらを嘲笑っているかのようだ。

 「クソッ、ふてぶてしい顔しやがって!」

 ――ドン。

 その時、仮面に気を取られて前を見ていなかった湯上が、誰かにぶつかった。
 彼は「悪いな」と小さく手を振って謝罪したつもりだったが、その態度が相手の癪に障ってしまったようだ。

 「謝罪もできないのかよ、オッサン」
 「なになに、ど~したの?」

 暗がりから続々と仲間たちが現れた。
 彼らは湯上よりも背が高く、シャツの上からでも分かるほど筋肉が盛り上がっている。
 至る所に脂肪がついた湯上とは正反対だ。

 「何か言えよオッサン!」

 予備動作のない男の拳が、湯上を突き飛ばす。
 湯上は受け身を取る暇もなく、アスファルトの上に倒れてしまった。

 「ぐ……ッ……お、俺は……」
 「もごもご言ってちゃ聞こえねーよ!」
 「だっせぇ~野郎だな。どうしたぁ~、言いたい事があんならかかって来いよぉ~」

 下卑た笑いを浮かべる男たちを前にして、湯上は俯いたまま仮面を見やる。
 赤い光に照らされた仮面が、俺をつけろと湯上を誘う。

 「あぁああぁあああッ!」

 湯上は仮面を装着した。
 その瞬間に感じたのは、顔に“吸いつく”ようなフィット感と、自分が自分でなくなるかのようなおぞましい感覚だった。

 翌日。
 窓から漏れる朝陽で目を覚ました湯上は、ベッドから身を起こした。

 「うぐ……ッ!? か、身体が痛い……」

 どういうわけか、湯上の身体には無数の傷があった。
 昨日の出来事を思い出そうにも、記憶が定かでない。

 「俺は……神舞伎町をさまよっていたはず……」

 いくら記憶の糸をたどっても、そこから朝の間に何があったのか思い出せなかった。
 いったん冷静になる必要がある。湯上はベッドから手を伸ばすと、棚に置かれたテレビのリモコンを取り電源を入れた。

 「――昨夜未明、神舞伎町で少年たちが重傷を負う事件が起きました」
 「え?」

 現場で中継する女性リポーターの背後では、何人かの警官たちが映る。

 「現場付近では“仮面”をつけた不審者が目撃されており、新宿署はその人物が事件と深く関わっていると見て捜査に――」
 「……か、仮面だって? まさか……」

 ――バババババババン!

 枕元に置いていたスマートフォンから爆撃音が鳴り響いた。上司からの着信だ。

 「あ……やっちまったッ!!」

 時刻は正午。出勤時刻をとうに過ぎていた。
 痛みに悲鳴をあげる身体にムチを打ち、湯上は身支度を済ませる。
 足場もないほどに散乱したゴミを避けながら玄関へと進むうち、湯上は違和感に気づいて立ち止まった。
 壁に、見慣れない黒いトレンチコートとソフト帽が掛かっている。
 どちらも買った覚えがない。だが、その組み合わせを忘れた事は一度も無かった。

 「ナイトパニッシャー…………まさか!!」

 空の弁当箱が詰まったゴミ袋を蹴飛ばしながら進み、コートのポケットに手を突っこんだ。
 引っ張り出されたイプキスの仮面には、赤黒い血がびっしりとこびりついていた。


EPISODE7 正義 セイサイ「自分と似ても似つかない奴を真似るだけじゃ、ただの愚行さ。それをどう活かすかは、アンタ次第だよ」


 『神舞伎町にナイトパニッシャー出現!?』

 湯上が仮面を手にしてから数日後。
 複数の動画配信サイトやSNSで、神舞伎町の夜を駆けるナイトパニッシャーが連日話題になっていた。
 ナイトパニッシャーとは、優れた身体能力を武器に悪と戦う架空のヒーローである。
 彼の悪に対する容赦のなさは、一部のコアな層にはウケていたのだが、ヒーローとは思えないその暴力性が取り沙汰されてしまい、彼は一年経たずに姿を消した。
 そんな素性も相まって、ナイトパニッシャーの名はセンセーショナルに報道されたのだ。

 「ははは……いいぞ、最高だ!」

 すっかり上機嫌になった湯上は、SNSにアカウントを作り、ナイトパニッシャーとして活動を始めた。
 活動して早々、彼を「推し」として公言する者も現れ、複数のアカウントから発言をまとめた動画の作成と収益配分の許可を求めるメッセージが続々と寄せられてくる。
 湯上は、一躍時の人になったのだ。

 「クク……俺は、ようやく社会から認められた! 俺が世界を変えてやるんだ! ワハハハハ!」

 だが、有頂天になった湯上がナイトパニッシャーの活動に比重を置けば置くほど湯上としての時間は減る。
 当然、昼の仕事では普段以上に些細なミスが目立つようになり、上司の巡査長から叱られる回数が増えていった。

 「また居眠りか! この馬鹿者が!」
 「…………」
 「なんだその態度は。不満があるなら、ちゃんと俺の目を見て言え! そんな態度だから、いつまでも出世できない事が分からないのか!?」
 (……ふん、お前らより俺の方が世の中の役に立ってるだろ)

 湯上は上司に叱られた怒りを仕事に向けるのではなく、悪へとぶつけていく。
 その行いはもはや正義ではなく、憂さ晴らしに近い。
 イプキスの仮面はそんな湯上の心情を慮るように残虐さに拍車をかけていき――とうとうその日が訪れた。

 「クソ! 俺が殺人鬼だと!? ふざけるな!」

 世間の風当たりが変わったのは、時計店を襲った犯人グループの容疑者とされる少年に、湯上が制裁を加えた事が引き金だった。
 湯上はいつものように制裁する光景をネット上にアップしたが、その後少年が関与していない事が判明。
 その事実はネットを中心に瞬く間に拡散され、湯上は針の筵(むしろ)となった。
 自分を取り上げていたまとめ動画チャンネルは、こぞって批判側へと回り、誰が最も再生数を伸ばせるか過激な見出しで競いあう始末。

 「俺が神舞伎町の屑共を排除してやってるんだ、たかが1人間違えたくらい、どうって事ないだろ! そもそも疑われるような奴は素行に問題あるんだよ!」

 とばっちりを喰らったテレビの液晶が、派手な音を立てて砕ける。ひび割れた画面に映る湯上の顔は、怒りで歪んでいた。

 「この状況を打開するには、より凶悪な悪が必要だ。それこそ、法では裁けないような巨悪が!」

 だが、そう都合よく極悪人が現れるわけではない。
 現実にいる悪の親玉は、ナイトパニッシャーの物語に出てくるヴィランのように単純明快ではなく、自分に危害が及ばないよう立ち回る力があるのだ。
 そういった人物を裁くには、時間が必要だった。
 だが、対応が遅れれば遅れるほど、こちらの立場は悪くなる。

 「悪だ……悪を探さねば……! 誰もが知る明確な悪を……」

 頭をかきむしる湯上の動きがピタリと止まった。

 「…………そうだ。いるじゃないか、悪人が」

 彼の目は、イプキスの仮面へと注がれていた。

 その日の夜。
 湯上は神舞伎町へと向かった。
 今日はナイトパニッシャーとしてではなく、湯上本人としてある人物に会いに来ていた。

 「君が『ナイトパニッシャー強火オタク1号』さんかな?」
 「はい! ま、まさか中の人に会えるなんて……光栄であります!」

 そう言って湯上に握手を求めてきたのは、様々な誹謗中傷から湯上を擁護してくれた、数少ないファンの男だった。
 男は同年代か幾らか上の世代に見える。
 SNSで話してみて分かったのは、彼もまた社会に不満を抱える人物であり、湯上と驚くほど共通点があった事だ。
 彼は、まさに湯上が求めていた人材だった。

 「――それで、湯“下”さんはどうして自分と会おうと思ってくれたんですか?」
 「俺の名誉挽回には、君のようなファンの協力が不可欠だと思ったからなんだ」

 湯上は男に嘘をついた。
 自分が悪の組織の陰謀にはまり、非難されている事。
 組織は強大で、とても1人では太刀打ちできない事。
 奴らを出し抜くためには、囮が必要である事など、男がこちらの言い分を信じるまで嘘を並べたてた。

 「だから、俺に君の力を貸してほしい!」
 「すごい……自分が、仲間に加われるなんて!」

 男は興奮冷めやらぬ様子で、湯上のでっちあげ話を信じこんだ。何をすればいいのかと問う男に、湯上は言った。

 「俺がいいと言うまで、俺を殴れ」
 「え?」
 「これも奴らの目を欺くために必要なんだ、さあ、早く俺を殴れ!」

 男が冷静になる前にたきつける。
 何度も煽られた結果、男は湯上を殴った。

 「よし、もういいぞ!」

 良い感じに顔が腫れてきたところで男を止めると、湯上はイプキスの仮面を装着する。
 湯上の身体は、バキバキと音を立てながら姿を変えていき――ナイトパニッシャーへと変身した。
 突然背格好が変わった事にファンの男は興奮した面持ちで拳を握る。
 その男の顔面に、湯上は拳を振るった。

 「ぶへぁッ!?」

 一瞬の出来事に抵抗する事もできないまま、男はアスファルトの上を転がっていく。

 「……ぅ……あぁ?」
 「無傷でナイトパニッシャーを捕まえられるとはってないんでね」

 湯上は男が喋れなくなるまで痛めつけた。

 「ぅ…………ぁ、…………あぁ……っ」
 「クク……ハハハハハ! 馬鹿なヤツめ! だが、君のお陰で、俺は社会から認められる!」

 湯上は、ファンの男をナイトパニッシャーに仕立て上げるために人気のない路地へと呼びつけた。
 ナイトパニッシャーは今やヴィランとして名を馳せている。
 ならば、そのヴィランを「湯上正義」が捕まえてしまえば、湯上がヒーローとして社会から認められるのだ。

 「俺の踏み台になってくれて、ありがとう! アハハハハハハハ!!」

 湯上は最後の仕上げに取り掛かった。
 イプキスの仮面を男の手に握らせるべく、装着中の仮面へと手をかける。

 「ん? なんだ?」

 だが、いくら外そうとしても仮面が外れない。

 「な、何故外れないッ!?」
 「――その仮面は、アンタを主として選んだんだよ」

 その時、路地の暗闇の中から九蓮宝燈が現れた。

 「貴様、いつから……!」
 「ケケ、己の罪を他人に被せるか。ずいぶんと欺瞞に満ちた正義の味方だね」
 「う、うるさい! お前に正義の何が分かる!」
 「どうでもいい話だ。アタシはお前から情欲を頂戴しに来ただけだからね」

 口角を吊り上げて笑った九蓮宝燈の口元から、鋭い牙がのぞく。月明かりに照らされた彼女の瞳が、妖しく光り輝いた。

 「な……その眼……怪人か!? ならば!」

 ヒーローの相手にはちょうどいい。
 彼女を一方的に悪と決めつけた湯上が迫る。
 九蓮宝燈は未だに構えの1つも取っていない。鋭い拳が九蓮宝燈の顔を貫いたかに見えたその時、不意に彼女の身体が真横にズレた。

 「――!?」

 否。ズレたのは、湯上の方だ。
 彼は真横から丸太で殴られたかのような衝撃を受け、ビルの壁面へと激しく叩きつけられていた。

 「ぐァ……ッ!?」

 そして、陥没した壁から脱出する間もなく、再び別の壁へと叩きつけられる。
 何度も、何度も。湯上が抵抗する気を失うまで。

 「たかが玩具ごときで、アタシに勝てるとでも思ったのか?」

 身動きひとつ取れない湯上の顔を、九蓮宝燈は閉じた扇子でべしべしと叩き続ける。
 両手は湯上に触れてすらいないが、彼の身体は宙に浮かんだままだ。

 「バ……バケモノ……め……ッ」

 苦痛に顔を歪ませた湯上が見たのは、蛇のようにしなる九蓮宝燈の下腹部。
 湯上を好き放題していたのは、彼の身体に巻きついた巨大な尻尾だった。

 「アタシが化物なら、お前はなんなんだい?」

 九蓮宝燈は先が割れた長い舌をチロチロと見せて、嗜虐的な笑みを浮かべる。
 下半身をくねらせて目線を湯上が見下ろせる高さに調整すると、口を開いた。

 「お、俺を……食うつもりか……?」
 「人を殺す趣味はない。アタシはただ、お前の情欲を味わいたいだけさ」
 「ひっ……や、やめ――」

 湯上の首筋に、牙が突き立てられた。

 「――ぷはっ! 熟成された情欲はまろやかで格別だねぇ」

 ひと思いに湯上の情欲を吸い上げた九蓮宝燈がケラケラと笑う。

 ――カタッ。

 不意に、湯上の顔からイプキスの仮面が外れた。
 仮面もまた、男を用済みと判断したのだろう。
 九蓮宝燈は仮面を拾うと、光すら届かない深淵なる闇の中へと消えていくのだった。

 ――
 ――――

 湯上が目を覚ましたのは、九蓮宝燈が行方をくらましてから数十分後の事だ。
 全身に満ちる高揚感は消え失せ、自分の核たる部分をごっそりと抜き取られたかのような喪失感だけが彼を苛む。

 「う……ぅぅ……」

 湯上は、自然と明るい方へと向かっていた。
 力を入れなければ今にも折れてしまいそうな脚で、神舞伎町の中心部を目指す。

 「あの蛇女……俺を、いいように使いやがって……」

 すぐにでも復讐してやりたかったが、今はその時ではない。とにかく、弱った身体を休ませなければ。
 そうこうするうちに、湯上は中心部にたどり着いた。
 刺すような鋭い光が湯上を真横から照らす。

 「いたぞ! ナイトパニッシャーだ!!」

 悲鳴や歓声に紛れて、緊迫感のある声が響いた。
 その声は、湯上を遠巻きに取り囲んだ警官の1人が発したものだ。

 「観念しろ! お前はもう包囲されている!」
 「ち……違う! 俺はナイトパニッシャーなんかじゃない! 俺は――」

 その時、湯上は警官たちの頭上にそびえる大きな街頭モニターを見た。
 モニターはどこかの放送局が実況中継しているのか、神舞伎町中心部の街並みが映っている。
 そして、映像の中心には――。
 黒いトレンチコートにソフト帽。
 ネジのようにひどく“ねじれた”顔。
 それは、ナイトパニッシャーが最終回で晒した素顔と同じ顔だったのだ。

 「なん、で……俺の顔……」
 「かかれぇーーーッ!!!」

 わっと押し寄せる警官たち。
 湯上は呆気なく制圧されるのだった。

 『ナイトパニッシャー逮捕。決め手はファンの男性の配信か』

 街の片隅に捨てられていた新聞には、そんな見出しと共に元ナイトパニッシャーファンの男の写真が掲載されていた。
 彼は懐にスマートフォンを忍ばせていて、会話音声を配信していたという。
 満面の笑みで写る男は、ヒーローとしてテレビなどの取材に応じ、忙しい日々を送っているようだ。

 「ケケ、ヒーローの誕生に立ちあえて良かったじゃないか、ナイトパニッシャー」

 新聞がたちまち青い炎に包まれた。
 一瞬にして塵と化した新聞は、風に乗って神舞伎町の闇夜へと消えていく。
 欲望渦巻く混沌街は、今日もどこかで新たな影を産み落とす事だろう。


EPISODE8 追憶 カイコウ「ご愛顧いただきありがとうございます。心願公司は、今宵もアナタのご来店を心よりお待ちしております」


 九蓮宝燈は多くの人間の願いを叶え、肥大化した欲望から醸成された情欲を奪って生きてきた。
 彼女が与える道具は、結果的に人々を破滅へと導く。
 一度たがが外れてしまった人間は、面白いように坂を下る。

 「愚かだねぇ……」

 彼女はしみじみとつぶやいた。
 ふぅーーっと息を吐くと、キセルの紫煙が心願公司の店内に立ちこめる。
 彼女は目を閉じると、まだ自分が九蓮宝燈と名乗る前の事を振り返った。

 まだこの世界にまともな通信手段がなかった時代。
 九蓮宝燈は別の街に根を張り、人々の願いを叶える日々を送っていた。
 そんなある日、九蓮宝燈は1人の青年と出会う。
 彼の名は闖(チゥアン)と言い、その言葉通りに真っ直ぐで向こう見ずな男だった。
 彼は金に困っていて、黒い髪も衣服も薄汚れている。鼻が曲がりそうになる悪臭は他者を寄せつけない。
 だが、彼の瞳の奥には、くすぶり続けている感情のうねりが垣間見えた。
 とびきりの情欲を奪えると思った九蓮宝燈は、チゥアンに声をかける。

 「お前、叶えたい願いがあるだろう? このアタシがお前の願いをなんでも叶えてやるぞ」
 「いらん」
 「……は?」
 「いらんと言っておるだろう」

 誰も彼もが貧しい時代。
 甘い言葉に乗らない人間などいなかった。だが、チゥアンだけはあっさりと誘いを拒んだのだ。
 こんなに邪険に扱われた事は一度もなかった。

 「なぜだ? お前の目が雄弁に語っているぞ、叶えたい願いがあると」
 「確かに、オレには願いがある。だが、誰かの力で叶えられた願いに、オレは価値を見いだせない」

 チゥアンの意思は強固だ。
 九蓮宝燈は聞かずにはいられなかった。

 「そうまで言わせる願いとは、なんだ?」
 「オレの願いは、麻雀で九蓮宝燈を上がる事だ!」
 「……麻雀? なんだそれは」
 「お前……麻雀を知らんのか!? 信じられん! だったらオレが教えてやるぞ!」

 チゥアンの瞳が少年のように輝く。
 結局、九蓮宝燈は彼の勢いに負けて、麻雀の手解きを受けるようになった。
 何度か彼と麻雀をするうちに分かった事だが、彼はそれほど麻雀が上手いわけではなかった。
 すぐに負け越すようになって悔しがるチゥアンに、九蓮宝燈は「ハァ」とため息をつく。

 「本当に馬鹿な男だねえ。そんな腕で、九蓮宝燈をあがれるのかい?」
 「やってみなけりゃ分からんだろう! それにだ、オレはこの過程自体を楽しんでるんだよ」
 「楽しい、ねえ……」

 九蓮宝燈の手にかかれば、牌を操作する事など造作もない。だが、彼女はチゥアンと同じ時を過ごすうち、本当に自力で願いを叶えられるのかどうか、純粋に興味を抱くようになっていた。
 その時に得られる情欲は、いったい、どれほど格別なものなのだろうかと。

 だが、チゥアンがその願いを叶える事はなかった。
 麻雀の腕を磨くうちに勝てる日が増え、金を稼げるようになったある日、野盗に襲われてあっさりと命を落としてしまったのだ。
 それ以来、彼女は九蓮宝燈と名乗っている。

 「――フ、愚かなのはアタシの方かもしれないね」

 ありきたりなお伽話を顧みる事を止めた九蓮宝燈は、もうもうと立ちこめる紫煙に息を吹きかける。
 すると、紫煙はたちまち扉から店の外へとゆらゆらと流れていった。
 今宵も噂を確かめに神舞伎町に足を踏み入れた者が、甘い匂いに導かれてやってくるだろう。

 人の願いは千差万別だ。
 混沌を極めた今の時代に生きる人々は、心の奥底に本当の願いを隠している。
 そんな人々の願いに耳を傾けるのが、九蓮宝燈の役割だ。
 彼女は今宵も客人を迎え入れる。
 愚かで愛しい、人間たちを。




■ 楽曲
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WORLD'S END
■ キャラクター
無印 / AIR / STAR / AMAZON / CRYSTAL / PARADISE
NEW / SUN / LUMINOUS
マップボーナス・限界突破
■ スキル
スキル比較
■ 称号・マップ
称号 / ネームプレート
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