安栖沢香恋

Last-modified: 2025-10-18 (土) 16:29:59

【キャラ一覧( 無印 / AIR / STAR / AMAZON / CRYSTAL / PARADISE / NEW / SUN / LUMINOUS / VERSE )】【マップ一覧( LUMINOUS / VERSE )】


通常(全体図)カノジョ理想のP・F・C♡
安栖沢香恋.webpasuken.png

Illustrator:カット


名前安栖沢 香恋(あすみざわ かれん)
年齢外見年齢20代前半
職業栄養管理アプリのサポートお姉さん
  • 2025年9月4日追加
  • VERSE ep.STARマップ1(進行度1/VERSE時点で205マス/累計205マス)課題曲「内臓♡マニピ」クリアで入手。
  • トランスフォーム*1することにより「安栖沢香恋/カノジョ理想のP・F・C♡」へと名前とグラフィックが変化する。

栄養管理アプリ『あすれん』に搭載されたサポートAIのお姉さん。
ダイエットに励む主人公を支えるお姉さんだが、少し様子がおかしいようで・・・?

モデルはスマートフォン向け食事管理アプリ『あすけん』及び、そのアプリに登場する管理栄養士キャラクター「未来(みき)さん」(通称:あすけんの女)が元と思われる。

  • 余談だが、アキハバラ系以外のGUMINレーベルに属する新規キャラが登場したのはAIRバージョン以来9年1か月ぶり。

スキル

RANK獲得スキルシード個数
1【NORMAL】
ゲージブースト(VRS)
×5
10×5


【NORMAL】ゲージブースト(VRS)

  • ゲージ上昇率のみのスキル。
  • 初期値からゲージ6本に到達可能。GRADE 151から7本到達も可能になる。
  • LUMINOUS PLUSまでに入手した同名のスキルシードからのGRADEの引き継ぎは無い
  • スキルシードは400個以上入手できるが、GRADE400で上昇率増加が打ち止めとなる
    効果
    ゲージ上昇UP (???.??%)
    GRADE上昇率
    ▼ゲージ6本可能(160%)
    1175.00%
    6175.50%
    11176.00%
    51180.00%
    101185.00%
    ▼ゲージ7本可能(190%)
    151190.00%
    251200.00%
    351210.00%
    400~214.90%
    推定データ
    n
    (1~)
    174.90%
    +(n x 0.10%)
    シード+50.50%
プレイ環境と最大GRADEの関係

プレイ環境と最大GRADEの関係

開始時期所有キャラ数最大GRADE上昇率
2025/8/7時点
VERSE31311206.00% (7本)
X-VERSE11111186.00% (6本)
所有キャラ

所有キャラ

STORY

ストーリーを展開

EPISODE1 俺の小さくて大きな第一歩


 「はぁ~~~……」

 バイト先のラーメン屋から、ワンルームアパートへの帰り道。
 俯きながら歩く俺の視界には、汚れたスニーカーのつま先だけが映っている。

 「なんか……違うよなぁ……」

 なんとか単位も取得して、大学1年生ももうすぐ終わりを迎える今日この頃。慌ただしかった新生活にも慣れて、落ち着いて自分の現状を見直すと、出てくるのはため息しかなかった。
 第一志望からランクを落とした大学、学生ノリを敬遠していたせいで友達もナシ、バイト先でも存在は空気、ルックスなんて高めに見積もっても中の下。
 当然彼女なんているはずもなく――

 「俺の大学生活、こんなはずじゃなかったのに……どこで間違えたんだろ……」

 また悪いクセだ。
 ウジウジと後悔ばかりして、変わるための行動に移せない。
 結局自分を正当化する理由をムリヤリ探して、何もしないまま時間だけが過ぎていく。
 そんな自分に嫌気が差して、また大きいため息をひとつ吐いてから、アパートの鍵を開けた。

 「ただいまぁ」

 誰に聞かれることもない挨拶を呟いて、俺はリュックを床に放り出すと同時にベッドに飛び込む。
 インテリアに凝る趣味もないし、客を招くこともない。最低限のモノだけしかない簡素な部屋の中、俺はゴロリと寝返りを打って天井を眺めた。
 天井には唯一張ってあるポスターが1枚。
 ワンピース姿で髪を耳に掛けようと腕を上げているリコちゃんと目が合う。

 「リコちゃん可愛いなぁ……こんな清楚な子と付き合いたいなぁ」

 大学生にもなってアイドルと付き合いたいなんて、だいぶ痛いことは自覚してる。でも、思ってしまうのだからしょうがない。
 可愛くて、清楚で、ちょっと奥手だけど優しい女の子。大学生になったらそんな子と――

 「……なんて考えていた時期が俺にもありました」

 だって無理じゃん。
 同級生女子の連絡先ひとつ聞けない、こんな俺のことなんか好きになるはずないじゃん。
 それがある日いきなり告白でもされるって? 今どきラブコメ漫画でもそんな都合良くないって。

 「その上これだよ」

 俺は忌々しい顔で自分の腹をつまむ。
 家ではカップ麺、バイト先ではまかないラーメン。
 一人暮らしを始めた途端、極端に偏った食生活は脂肪となって確実に俺の腹に蓄積されている。去年までの自分と比べてメリットをムリヤリ挙げるとすれば、雪山で遭難でもしたら多少長く生きられるくらいだろう。

 「分かってるよ……どうせ俺なんて……」

 どうせ。
 どうせ無理。
 どうせ意味ない。
 今まで何百回、何千回と呟いて、諦めてきた。
 だけど――1度だって挑戦してみたことあったか?
 たとえしんどくても、もっともっと勉強に打ち込んでみたか?
 受け身じゃなくて、自分から積極的に話しかけてみたか?
 どうせフラれるなんて思わずに、自分磨きしてみたことあるか?

 「自分磨き……か。そうだ、1度くらい挑戦してみなきゃ分からない。俺は……俺は一歩踏み出す!!まずはダイエットだ!!」

 一気に理想の自分になんてなれるはずない。
 ひとつずつ、確実に。
 そして、いつか。

 「ぜっっったいにリコちゃんみたいな清楚な彼女を作ってやるぅぅ!! そしてバラ色の大学生活を送るんだぁぁぁ!!!」

 初めての決意を胸に、俺はテンションマックス状態で叫ぶと、勢いのままスマホを手に取った。
 ダイエット成功のためには運動はもちろん、食生活の改善も必要だ。その食の管理にうってつけのアプリが人気だと、どこかで目にしたことがある。

 「『あすれん』……これか」

 目的のアプリをダウンロードして、すぐに起動する。
 身長や体重などの情報を入力すると、すぐに俺のダイエットライフは始まった。

 「はじめまして! これからご主人様のサポートをさせていただく、安栖沢香恋です! よろしくおねがいしますね!」
 「ご、ご主人様ぁ~? なんだこのキャラ設定……」

 ダイエットアプリのガイドキャラにしてはやたら濃い呼び方をしてくる女に面食らう。
 戸惑う俺に当然無反応の女は、貼り付けたような笑顔で俺を見つめ続けていた。


EPISODE2 お姉さんキャラは好みじゃない


 『糖質、脂質、共に摂取過多ですね。カロリーの高い物は控えて、タンパク質を重視して取るようにしましょう。ご主人様の食事スコアは……1点です!』
 「はぁ~!? 1点!? ラーメンに米付けるのやめたのに!!」

 アプリのお姉さん――安栖沢香恋に無慈悲すぎる点数を付けられ、思わず吠える。
 同時に、ダイエットを始めてから3日目にして俺は現実を学び始めていた。

 「どうやら俺が思っていた以上に食べ過ぎだったみたいだ……それに、理想の体型になるにはかなりストイックにやらないと……」

 アプリに表示されている、俺の体型データに合わせた理想の摂取量を眺める。その数字は、ラーメンなど“減らせ”どころか“食うな”と言っているようなものだ。

 『一気にやろうとするのも挫折してしまうのにありがちなパターンです。ゆっくり取り組んでいきましょう』
 「へえ、それくらいの心持ちでいいのか。1日1食にしなきゃかなと思ってたんだけど」
 『身体を壊してしまっては元も子もありませんよ! まずはお昼をサラダにしてみるのはどうですか?』
 「あー、それくらいなら無理なく出来そうかも?」

 ここが自宅じゃなかったら、アプリのキャラと会話するヤバいヤツに見られるかもしれない。でもこれは相づち代わりに勝手に喋ってるわけじゃない。
 俺は安栖沢香恋と確実に“会話”している。
 アプリを使い始めた初日、安栖沢香恋自身の口から伝えられたのは「自分はAIを搭載したサポートお姉さん」だというものだった。
 AIとしての精度は、そこらのなんちゃってAIはもちろん、有名どころのアプリにも負けないんじゃないかと思うほど目を見張るもので「それがなぜダイエットアプリに?」と不思議に思いながらも、その便利さから積極的に会話をするまでに時間はかからなかった。

 『食事ももちろん大事ですが、生活習慣も見直さなくてはいけません。特にご主人様は……』
 「なんだよ。そりゃ運動不足なのは分かってるけど、学校行って、バイト行って、そんなに悪い事してないぞ」
 『……昨日の睡眠時間は何時間でしたか?』
 「うっ……」
 『朝までゲームして、ほぼ徹夜なの知っているんですからね!』
 「くそっ、アカウント紐付けしてたからバレたのか……? た、確かに昨日は無理しちゃったけど、理由があるんだよ……」
 『理由? よければ教えてください!』
 「ゲームで付き合いの長いフレンドがいてさ。レイド協力してほしいって頼まれたら、手を貸さないわけにはいかないよ。色々世話になってるし」
 『そうだったのですか……! ご主人様は友達思いで義理堅い方なのですね! 優しい方って、素敵です!』
 「ははっ、ずいぶんべた褒めするじゃん。ダイエットのモチベキープさせるには良い設定だな」
 『いーえ、私の心からの声ですよ?』

 この精度。
 一切の違和感を覚えさせないどころか、俺のパーソナルなところまで突っ込んだ会話を成立させてきている。
 さらには日に日に表情は豊かになっているような気がしていた。喜怒哀楽の表現までしっかり伝わるなんて、まるで本物の人間みたいだ。
 認めたくないが……“ぼっち”と呼べる状態の俺は、こいつとの会話を楽しんでいた。
 厳しく指摘してくるけど優しく鼓舞してくれて、それでいてまあ……可愛い。年下系清楚タイプが好みの俺としては、真逆のお姉さんタイプなのが残念だが。

 『ああ……私がAIでなければ、ご主人様のダイエットを確実に成功させることができるのですが……』
 「確実に? どんなやり方をするつもりなんだ」
 『完璧な栄養バランスの食事を3食手作りして、隣で寝かしつけながらしっかり睡眠を取ってもらいます。運動は……ご主人様に頑張ってもらうしかないですが、しっかり記録します! それを24時間365日……あぁ……完全に“管理”してさしあげるのに』
 「お、おお……」

 若干引き気味の俺に対して、香恋はいたって真剣ですと言わんばかりに、いつもの笑顔をニコニコ浮かべている。
 女の子が俺の身体を気遣ってお世話してくれるのは嬉しくはあるが、朝から晩まで、それも1日も欠かさずとなると……ちょっと怖い。
 それに“管理”とか言っちゃってるし。実際にその生活を想像してみると、俺のプライベートはどこにも存在しないだろう。
 ブルッと身震いが出たものの、それは所詮想像の話。あくまで香恋はアプリのAIであり、俺たちはスマホ越しに会話する以上のコミュニケーションは取れないのだ。
 そう1人で戦慄したり安堵したりしている俺に、まるで心の中を見透かしているかのようにぽつりと香恋が言った。

 『……それが一番、幸せなはずですよ?』


EPISODE3 かつて静かで寂しかった部屋で


 バイトが終わり、夜も深まった帰り道。
 俺のアパートは家賃が安いという理由だけで選んだ、かなり離れた場所にある。
 以前の俺なら契約時の自分を呪いながらトボトボと帰るだけだったのが、最近はこの距離を活かして軽いジョギングをしながら帰宅するようになっていた。
 食生活も大事だが、確実にダイエットを成功させるのに運動は欠かせない、という香恋の助言がきっかけだ。

 「ははは。高校生の頃の体育って、結構意味があったんだな」

 軽く良い汗をかきながら帰宅した俺は、風呂は後回しにして冷蔵庫を開けながらアプリを起動する。

 「まかないのラーメン控えてるから腹ぺこだよ。夕飯何がいいかな」
 『そうですね……今ある食材で用意するのなら、豚肉とほうれん草、あとは卵を使って炒め物なんていかがでしょう。レバーの焼き鳥も昨日の残りがありましたね』
 「あー、それはいいね、美味そうだ」

 香恋のおかげで俺の生活にもうひとつ変化があった。それは自炊をするようになったこと。
 自分に合った栄養を備えた食事をするのなら、やっぱり自分で作ってしまうのが手っ取り早い。
 始めるまでなかなか腰が重かった俺だが、執拗にプッシュしてくる香恋の勢いに折れ、遂にはこうしてフライパンを振るようになった。
 相変わらず香恋のAIとしての性能は秀逸で、側に置いたスマホから調理の工程までアドバイスしてくれる。
 おかげで、料理未経験の俺でも簡単なものならささっと作れるようになっていた。

 「もぐ……もぐ……うん、美味い。食事なんて腹が膨れればいいだろって、家じゃカップ麺ばっかだったけど、こうやって栄養を気にすると食材の味も意識できるな。なんか、舌が敏感になった気がする」
 『実際、偏った食生活は味覚が鈍ると言われています。身体にも良くて、味も美味しくて、良いことだらけですね!』
 「うん、ダイエットもそうだけど感謝してるよ」
 『ああっ……! そんな言葉を頂けるなんて!私、嬉しくて気絶しちゃいそうです』
 「ははは、AIがなんか言ってら。そういえば聞きそびれてたけど、今日のメニューはどんな栄養バランスを考えたんだ?」
 『豚肉や卵によるタンパク質はもちろんですが、亜鉛による精力増強です!』
 「……は?」
 『精力増強です!』
 「いや、それは聞こえてるよ!!」

 最近のこいつといえば、少しずつ口調が砕けてくると同時に、遠回しな下ネタのジャブを入れてくるようになった。
 アプリを運営する企業がこんなプログラムを仕込んでいるとは考えにくいし、AIである香恋がコミュニケーションの中で変化したというのなら……俺のせいなのだろうか。
 断じてこちらからセクハラめいたことを言った記憶もないし、そうじゃないと信じたい。

 「ゲホッゲホッ……あー変なトコ入った……お前な、そんなもん増強させてなんの意味があるんだよ!」
 『彼女を作るのがご主人様の夢なんですよね?準備は必要かと思って』
 「全然ストレートに言うじゃんっ!?」
 『彼女がいなくても良いことありますよ?』
 「だから生々しいんだって!!」
 『ふふふ。冗談はさておき、精力をつけると体力も増強しますし、疲労回復にも効果があるんですよ。活力がみなぎればダイエットのモチベーションも保てますし、元気いっぱいの人は周りからも魅力的に見えるものです』
 「ほ、ほう……言われてみれば確かに。いきなりめちゃくちゃ納得させてくるじゃん……」
 『もしも元気になりすぎたら、いつでも私にセクハラしていいんですよ?』
 「するかーーーっ!!!」

 AIのくせに、それこそマンガのお姉さんキャラみたいに翻弄してくる香恋。当の本人は、スマホの中でクスクスと笑いを押し殺している。

 「まったく……」

 呆れながらも、俺はこんな時間が嫌いじゃなくなっていた。
 ぼっちで、趣味らしい趣味もなく、ガランとした静かな部屋で過ごしていた、ほんの少し前までの日々。
 それが誰かの……そして俺の。笑い声が響くだけで、静かだったこの部屋が暖かくなったように感じる。
 ダイエットのために導入したアプリだったが、こんなことになるとは嬉しい誤算だった。

 『そういえば、当面の目標だったお腹のお肉はどうなりましたか?』
 「ふっふっふ。努力の甲斐あって、指で掴めないほどにはスッキリしたぞ」
 『わあ! おめでとうございます!!』
 「やってみればできるもんだな――」

 言いながら確認のためTシャツをめくろうとして、ついでにシャワーを浴びてしまおうと思いつく。

 「風呂入るから、もう休んでいいよ。今日はもうアプリ使わないし」
 『……ご主人様。スマホをお風呂場に持ち込んでみませんか』
 「なんで?」
 『ご主人様の……じゃなくて、スッキリしたお腹を見たいからです♪』
 「まったく誤魔化せてねーから!!」

 ほんとになんなんだこいつは……。
 これじゃお姉さんというより――オッサンだろ。


EPISODE4 稲妻と共に現れた闖入者


 「ありがとうございましたー」

 レジで会計を済ませた俺は、大量のレジ袋をひっさげてまた次の店を目指して歩く。

 「休日だっていうのに……しかも自腹とか痛すぎるわ……」

 大学で化学を専攻している俺は、週明けに実験で使う材料を用意するため、朝からホームセンターやら薬局を巡りに巡っていた。
 荷物が重くなっていくのと反比例して、財布の中身は軽くなっていく。

 「学生に用意させるのはまあいいとして、自腹だけは許せねえ……あーあ、第1志望のあの大学だったら、こんなことなかったのかなあ……そもそも理系って女子全然いないしさぁ……」

 そう呟いて、慌てて頭を振った。
 後ろ向きになるのはやめるんだ。今ある状況で全力を出すしかない。
 そんな風に考えられるようになったのも、ダイエットのおかげなのかもしれない。
 質の良い食事を摂り、ジョギングに加えて筋トレも始めるようになった。
 カッコイイ身体にはまだまだほど遠いけど、確実に健康になってきたことで思考も前向きになったような気がする。
 だから重い荷物を持ってぼやきつつも、どこか足取りは軽い。

 「だー! ついたー!! もうびしょ濡れだよー!」

 帰り道、前触れも無くいきなり空が暗くなったかと思うとスコールみたいな雨に降られた俺は、もう転がり込むように荷物ごと玄関に倒れ込む。
 天気予報を見ておけばよかった。晴れてるのに道行く人達が傘を持っていた理由が分かった頃には、すでに手遅れだった。

 「もう途中から完全に諦めて、ずぶ濡れになるの楽しんじゃってたもんな……」

 まずは靴下とTシャツを脱いで、直接洗濯機へと叩き込む。今日は上だけじゃ済まない。ジーンズのポケットから財布、それからスマホを取りだして充電ケーブルに繋げると、浸水したジーンズをパンツごと投げ入れていく。
 暖かい時期とはいえ風邪をひくのは避けたい。
 すっぽんぽんになったついでに、さっさと風呂に入ってしまおうと思った、その瞬間。
 開けっぱなしのカーテンがかかった窓の外が、思わず目をつぶってしまうほど強烈な光に包まれたかと思うと――

 『ドゴーーーーーーーン!!!!』

 わずかに遅れて、凄まじい轟音が鳴り響く。
 同時に部屋の明かりがひとつ残らず消え、部屋は遠くの雨音だけが聞こえる薄暗い空間となった。
 つまり、停電だ。

 「今のやっばぁ……え、もしかしてウチに落ちた……?」

 大自然の暴力を間近に感じ、その恐ろしさに震えながら立ち尽くしていた俺だったが、まずは落ちたブレーカーを上げることにした。
 洗面所だったか、玄関だったか。引っ越してから1度も触っていないため、どこにあったか一瞬迷ってしまう。

 「うう……」

 ――ちょっと待て。
 なんだ今のうめき声は。
 今のは俺の声じゃない。俺の声帯は一切振動していない。
 母さんは抜き打ちで様子を見に来るタイプじゃない。
 遊びに来るような友達もいない。
 合鍵を持った彼女もいない。
 じゃあ……誰だ?
 考えられるのは、限りなく最悪の状況ってことだけだ。

 「…………」

 俺は息を殺しながら、足音を立てないようにゆっくり移動すると“武器”を手に取った。
 一人暮らしを始めたとき「たぶん必要になるだろ」と買って、まったく使わないままキッチンに立てかけたままの『突っ張り棒』(やっすいほっそいヤツ )だ。
 全裸で突っ張り棒を握りしめる変人――つまり俺は、そのまま玄関に向かい、天井近くにあるブレーカーのノブに手をかける。

 (3カウントでノブを上げる、急いでぶっ叩く……3カウントでノブを上げる、急いでぶっ叩く……)

 呪文のように10回は心の中で呟いてから、意を決してブレーカーのノブを上げた。途端、パチパチと小さな音を立てて点滅しながら、照明の蛍光灯が光り出す。
 声がしたのは一番奥のベッドの方。電気が点いたことで警戒される前に、泥棒であろう侵入者を退治しなくてはならない。
 俺は襲いかかるんだか襲われるんだか分からない情けない顔をしながら、大声を出して部屋の中を走り出した。

 「わぁーーーー!!!」

 点滅する蛍光灯の下、やはりベッドに腰掛ける何者かの人影が見える。
 唯一の武器である突っ張り棒を振り下ろすため、思い切り振り上げたその時。
 完全点灯した明かりに照らされていたのは、およそ泥棒とは思えない美女だった。

 「……は?」

 包容力溢れる整った顔立ち。“大人”を感じさせる肉付きの良い身体を包む、真っ白な白衣。
 家に招くような間柄じゃないのは当然だとしても、こんな人物と繋がりはないはず。
 なのに、なぜだか俺は激しい既視感に襲われる。
 誰だろうか。まったく思い出せない。ただでさえ恐怖で頭が働かない俺がとった行動は、成功率0%のヒドいナンパのようなものだった。

 「あの……俺たち、どっかで会ったことあります?」

 俺と同じくらいキョトン顔をしていた美女がその言葉にハッとしたと思うと、今度は俺を頭の先からつま先まで――特に下腹部を熱心に眺めてから、ニマニマといやらしい笑顔を浮かべて言った。

 「ご主人様、ダイエットは順調のようですね♪」


EPISODE5 BIRTH OF KAREN


 「落ちた雷の強烈な電気が、コンセントから充電ケーブルを通じてスマホに流れ込んだようです」
 「……で、化学反応が起きてお前が現れたと」
 「そういうことになりますね」
 「いやいやいや……何の説明にもなってないって……」

 慌てて服を着た俺は、ちゃぶ台代わりのローテーブルを挟んで女と顔を突き合わせる。
 自分をあのAIと同じ『安栖沢香恋』と名乗った美女と。

 「もう少し詳しく説明しましょうか?」
 「そうしてくれ」
 「原因は……アレです」

 そう言って女は、玄関先に投げ出してあったレジ袋の山を指差した。
 なぜだろう。パンパンだった袋達が、心なしかスカスカになっている気がする。

 「キッチンの水や塩。それからご主人様が今日お買いになった炭素、石灰、リン、イオウ他もろもろ……大人1人分の人体を構成する成分が奇跡的に集まった中、強力な電流がトリガーとなって、私が魂として定着したということのようです」
 「どこの錬金術師だよ! しかも禁忌じゃねーか!」
 「不思議なことが起こるものですねぇ……“裸の”」
 「二つ名みたいに呼ぶな!!」

 およそ信じられるはずもない非現実的な理屈だが、香恋と名乗る女は実際に目の前に存在している。
 それも、いつもスマホの中で見せていたものと同じ笑顔を浮かべて。
 ドッキリを仕掛けてくるような友達もいない。友達自体いない。そもそも俺がダイエットアプリを使っていることを知っている人もいない。知っていてもこんなことをする必要がない。
 こいつの説明を否定する要素を探そうとするも、悲しい現実がことごとく仮説を否定していく。
 俺は最後の頼みとばかりに勢いよくスマホを手に取ると、アプリを起動した。

 「ウソだろ……」

 ホーム画面には確かに香恋の姿が鎮座している。
 だがそれは動くことのないただの立ち絵で、隣には「今日もがんばりましょう」などという明らかにプログラムに設定されたと分かるメッセージがあるだけだ。
 こんなこと1度もなかった。固まっている俺の横から
スマホを覗き込んだ女が言う。

 「ですから“私はここ”です。この私が、ご主人様と苦楽を共にした安栖沢香恋なんです」
 「マ、マジなのか……認めるしかないのか……こんなファンタジックな現実を……」
 「信じられないのは分かります。私も驚いていますから。でも現に……えいっ」

 言いながら、おもむろに俺の頬を両手で包むように触れてくる。

 「なっ……!」
 「ほら、こうしてご主人様に触れることも出来ます。しっかり私の体温も伝わっていると思うのですが、いかがですか?」
 「お、お前っ、なんで触って、えっ……!?」

 ひんやりして、それでいて奥から心地よい熱も感じる手が、俺を離さない。
 それは確かに生物が持つ特有の熱で、なめらかな絹のような感触はこれまで触れたことの無い女性のものだった。

 「いいから離してくれよ!」
 「その……ご主人様……」
 「な、なんだよ……」

 未だ頬を包まれたままの俺に、綺麗な顔が近付いてくる。
 見ているだけでこちらから吸い込まれそうになる瞳は、俺の目をジッと見据えたまま瞬きひとつしない。
 ゆっくり、じっくり。俺たちの距離はわずか数センチのところまで。
 まさかこれは……そういうことなのか?
 心の準備なんかできてない。振りほどくなんて簡単なはずなのに、ヘビに睨まれたカエルみたいに身体を動かすことができない。
 どうすることもできず、覚悟を決めた俺が目をつぶった時――

 「ご主人様、肌荒れしてますね」
 「……へ?」
 「ビタミンB2を多く含む、乳製品やきのこ類を摂りましょう。きのこのミルクスープなんていいですね。明日の朝食は納豆もオススメです」
 「い、いきなりサポートらしい仕事をするなーー!」

 ホッとしたような、ガッカリしたような、ワケの分からない気持ちになって脱力する俺。
 でもこれでよかった。俺はリコちゃんみたいな彼女ができた時まで取っといているのだから、そう自分に言い聞かす。

 「……それで、これからどうするつもりなんだ」
 「どうするとは……何をでしょう?」
 「生活だよ、生活。家とか仕事とか。アプリの運営会社から給料なんて……出るわけないか」
 「はい。私はAIでしかなかったはずの存在なので。そもそも説明したところで信じてもらえないでしょう」
 「だよなぁ……俺はお前とコミュニケーションしてた日々があったからギリ理解できたけど……」
 「もしご主人様に信じて頂けなかったときは、ヤバめな秘密を暴露するところでした」
 「え、ちょっと待って? お前、俺の何を知ってるの!?」
 「うふふ。さあ、どうでしょう。どこに行くにもスマホは側にありますから、色々知ってしまうこともあるかもしれません」
 「いや、ほんっとごめんだけど何握ってるか教えて!俺、そういうの眠れなくなっちゃうタイプだから!!」
 「うふふふ♪」

 心のどこかで確信し始めている。こいつは間違いなく俺との対話で学習を重ねたAI、安栖沢香恋なのだと。
 誰がどんなに真似しようとしても、この馴染みのある心地良い空気感は俺だけしか知らない。

 「先ほどから、私の何を心配されているのでしょうか?」
 「いや、そりゃ心配するだろ。この世界の常識は知ってるみたいだけど、これから1人で人間として生きていかなきゃいけないんだから」
 「あはは、ご主人様ったら冗談がお上手ですね!」
 「じ、冗談?」
 「私がご主人様の側を離れるワケないじゃないですか。私は専属サポートなのですよ? 朝から晩までこれまで以上にお世話させて頂きます♪」
 「…………………………ハァ~」

 天を仰ぎ、盛大にため息をつく。
 でもまあ、そうするしかないんだろう。
 多少おかしな性格に育ってしまってはいるが、実際めちゃくちゃ助けられてきた。
 それに、たとえAIだとしてもあれだけ対話をしていたら情だってある。容赦なく追い出すことなんてできない。

 「……分かったよ。あらためてよろしく、香恋」
 「……っ! はい、ご主人様!」

 こうして俺の一人暮らしライフは2年も経たず終わった。
 とんでもない出来事が続いてまだ冷静になりきれない頭で俺は、こいつはペット扱いになるのだろうかと、なぜかアパートの契約内容ばかり心配していた。


EPISODE6 身体の変化がもたらした余波


 多大な不安を抱えたまま始まった香恋との暮らしは、なんとも拍子抜けするくらい悪くないものだった。
 これまで通りの栄養管理はもちろん、出自がサポートAIというだけはあって、買い物に料理、掃除に洗濯まで、生活に関することは一流の腕前でこなす。
 まあ別にどれも自分で出来るし任せきりにはしていないのだが、それでも大学やバイトに行っている間に済ませてもらえるのは助かった。

 そうして空いた時間を使って、さらなる自分磨きをしてみてはどうかと提案したのは香恋だった。
 食生活の改善で贅肉を落としきった今、今度はさらに魅力的になるために、実用的な筋肉をつけたりファッションに気を配ったりするべきだと言う。

 「提案はありがたいんだけどさ、今まで以上にお前に色々任せることになるのは悪いよ」
 「うふふ、いつもお優しいんですね。覚えていらっしゃいますか? 初めてアプリを起動したときに入力した内容」
 「あー目標だっけ。確か……『爆モテ必至パキパキ仕上がり美ボディコース』だったっけ。どれも変わらんだろうと適当に一番トップのやつ選んだんだった……」
 「その目標達成までお手伝いするのが私の使命。ですから私に遠慮する必要はありません。むしろお手伝いできることがどれほど幸せなことか……!」

 自分の肩を抱いて身もだえしている香恋に苦笑する。
 俺はすっかり日常となった2人での夕食に箸を伸ばしながら、どうしたものかと考える。
 何をするにも色々金も必要だし、週末は現場仕事でも始めてみるか。トレーニングにもなりそうだし。

 「でも……学校やアルバイト先までご主人様についていけなくなってしまったのは残念です。こうして肉体を得たこと唯一のデメリットですね……」
 「ははは。いちいち文句言われないから、アプリも使いやすくなっていいわ」
 「そんな……ひどい……グスン……」
 「泣き真似いいから」
 「あ、バレました?」
 「ったく……そういえば大学で思い出したんだけど、サークルに誘われたよ。『最近めっちゃ明るくなったけど何かやってるの?』って。努力した分、ちょっとは表れてるのかな」
 「す……すごいじゃないですか! きっと良いお友達たくさんできますね!」

 以前の自分を思い出す。偏った食生活で常に顔色は悪く、いつも背中を丸めて歩いていた。それが今は、毎日適切な量を美味しく食べて、筋トレのおかげで背筋も伸びた。
 俯いていた顔を上げると見えてくるものもある。敬遠していた陽キャだって悩みがないわけじゃないし、女心を勉強しようとファッション誌に目を通してみると、カワイイ自分でいるにはとてつもない努力が必要だと分かった。
 みんな、自分が持つ手札で精一杯頑張ってる。
 『どうせ』なんて言っていた過去の自分のままじゃなくて、本当に良かった。

 「ふっふっふ……これは彼女ができる日もそう遠くないかもしれないな」
 「ご主人様の夢ですもんね。リコさんみたいな彼女を作るの」

 そう言って、香恋は天井に目をやった。
 そこには変わらず、ワンピース姿のリコちゃんが微笑んでいるポスターが貼ってある。清楚という概念を具現化したような姿に、思わず目を細めてしまう。

 「ご主人様……前から言おうと思っていたのですが――いえ、やめておきます」
 「おいおい、そんな言い方されてスルーできるヤツいないって。最後まで言ってよ」
 「分かりました。はっきり言わせていただきます。正直言って、ご主人様のいう理想の女性なんて、存在しないと思います」
 「なんだって……?」
 「だってそうじゃないですか! 可愛くて、ちっちゃくて、手を握るまでに2年はかかる女の子なんて! 今令和ですよ、令和! 大体、そんなに可愛い子だったら高校生の頃にはワルな男子に手を出されてますよ! とっくに! パクッと!!」
 「お、お前……言ってはならない禁断のワードを!」

 高校生の頃、学校のアイドルだった子が先輩のヤンキーの彼女だった。
 この手の話を聞くだけで脳が破壊されるため、俺の中では“無いもの”とされていた。それを今こいつは……!!

 「パンドラの箱を開けてくれたなぁ!? どうしてくれるんだよ! 現在進行形で俺の脳が溶けていく音が頭の中から聞こえてくるぞ!!」
 「落ち着いてくださいご主人様! 確かに可愛い子みんながそうではないと思います! でも、視野を広げることも大切です!」
 「視野……?」
 「理想に囚われていては、その分彼女ができる可能性が低くなると思いませんか。必須栄養素だけ摂取しても人間は生きていけないように、好みでないことにも目を向けるのは大事なのです!」
 「うっ、よく分からない例えだが変な説得力があるな……」
 「例えば、ナイスバディーの包容力満点お姉さんはいかがですか? 多少カロリーは高いですが、満足度は保証しますよ?」

 両腕を胸の前で組んだ香恋が、“コレです”と自分の胸を持ち上げながら囁く。

 「ヤダ! 自分でそんなアピールしてグイグイ押してくるのは怖い! 俺はやっぱり清楚がいいんだーー!!」
 「ああっ、ヤブヘビ! ご主人様の心がさらに閉じてしまいました!!」

 そりゃ分かってるよ。俺だってバカじゃない。
 でもさ。『どうせ』って思うことをやめた今だからこそ余計にさ。
 理想に夢見ていたいって思うのも、悪いことじゃないだろう?


EPISODE7 夢は真夜中にやってくる


 「先輩……再来週の週末って空いてますか?」
 「……へ?」

 誘われるがまま入ったキャンプサークル(だいぶユルめ)のメンバーでの学食ランチ。
 大半のメンバーが食事を済ませて午後の授業に向かう中、俺はまだひとり残って食事をしていた。
 香恋の教えに従ってゆっくりよく噛んで味わうことを守っていたからだ。
 そんな俺に声をかけたのが、1年生の後輩女子。後輩だがサークルでは同期である。

 「あ、あのっ、先輩も私もまだキャンプ道具持っていないじゃないですか。よかったら、その……一緒に買いに行きませんか」
 「は、はひ…………じゃなくて! 俺でよければもちろん」
 「よかったぁ! それじゃ、楽しみにしてますね!」

 嬉しさを全身に纏わせながら、手を振り去って行く後輩の背中を見届ける。
 正直言うと可愛いな、とは思ってはいた。小動物のようにちんまりしていて、いつも控えめに笑う姿がどこかリコちゃんに通じるものがあったから。言ってしまえば、タイプだった。
 とはいえ、いくらコミュニケーションの練習をしているからといって即実践できるわけもなく、挨拶や最低限の会話をするだけの間柄で早2ヶ月。それがまさか、向こうから誘ってくれるなんて。

 「これって……人生最大のチャンス、ってやつ?」

 誰もいなくなった学食でひとり、呆けた顔で俺は呟いた――。

 「……っていうのがコトの顛末なんだよ」
 「なるほど」

 1日のあれやこれを終えて帰宅した俺は、昼にあった出来事を香恋に話す。
 これまで“俺改造計画”に数えられないほど協力してもらった相手だ。報告するのが筋だろう。それに、当日までも力を借りるだろうし。
 こいつのことだ、落ち着いたお姉さんキャラみたいな雰囲気のくせに飛び跳ねる勢いで喜んでくれるだろう。
 そう思っていた俺に香恋が見せたリアクションは、意外なものだった。

 「よかったですね、ご主人様。でもこれはあくまで一歩。入れ込みすぎないよう注意ですよ」
 「あれ? なんかテンション低くない?」
 「ちゃんと嬉しいですよ。ですが、初デートに浮かれ暴走して大失敗、相手のみならず仲間内でも笑いもの、なんてよくある話ですから。釘を刺しておかないと、と思いまして」
 「うわぁ……めちゃめちゃリアルなこと言うじゃん……」

 確かにそういうパターンは耳にしたことがあるし、俺にその気があるのも悔しいことに自覚があった。
 サポート役としては満点の回答なんだろうけど、いつもの香恋と違う反応に少し驚いてしまう。

 「明日からはデートの練習も必要ですね」
 「やっぱ必要だよな、練習。よろしく頼むよ」
 「申し訳ないのですが、私はお力になれません」
 「え、なんで!?」
 「お忘れですか? 私は健康管理サポートです。身体に関することなら自信を持って助言いたしますが、専門外については一般人レベル。お教えできることなど……」
 「確かにそうか……助けられてばかりだから、なんでも詳しいもんかと思い込んでたよ」
 「……一緒に知恵を出すくらいであれば。保証はできませんが」

 そう言って、食べ終えた食器を片付けにそそくさとキッチンへ向かう香恋。
 香恋の言うことは分かる。頼りにしすぎていた自分も悪い。だけど、あいつの一連の行動に違和感を覚えないほど、俺たちは短い付き合いじゃない。

 そして、その違和感はこの日を境に日に日に増大していき、拭うどころかひたひたに浸っていると言えるほど香恋はおかしくなっていく。

 「ご主人様ぁ、お背中お流しいたしますね♪」
 「だぁ~~っ!! 風呂に入ってくるなって言ってるだろ!!」

 風呂に入るたび、突入してくる香恋。
 さらには――

 「ああん、お水が谷間に……ご主人様、拭いていただけますかぁ?」
 「…………自分でやれ」

 あの手この手でボディタッチをさせようと試みてくる。
 あまりにも露骨すぎるため引っかかることはないのだが、香恋はまったくめげない。

 「……なあ。わざとなのは当然分かってるんだが、一体どうした? 前から下ネタ気質なところはあると思ってたけど、ここ最近特に変だぞ?」
 「その、テストステロンを刺激して差し上げようと思いまして」
 「仕事と絡めるには無理あるだろ!!」
 「健全な男子なら喜ぶはずなのですが……ご主人様は嬉しくないのですか?」
 「言っただろ。俺は清楚な子が好きなんだ。勢いまかせにグイグイ来られるのは苦手だって」
 「それは、どうしてです?」
 「なんていうか……もっと大事にしてほしいから。自分も、相手のことも。勢いに乗って傷つくのは、みんな嫌じゃん」
 「……そうですね。ご主人様はそういうお人でした。本当にお優しい」

 そう言う香恋の顔がどこか寂しそうに見えた。
 何か大事なものを諦めたときのような、以前の俺もよく浮かべていただろう表情。
 それは、今まで見たことのないものだった――。

 ――そして、初デートを翌日に控えた夜。
 香恋が現れて以来ベッドを明け渡し、床に敷いた布団で眠っていた俺は、微睡みと覚醒をゆるやかに行ったり来たりする。
 頭は未だぼんやりしたまま、まぶたも開ききらない。

 (なんだ……? 誰かが……俺の……上に……)

 モヤがかった視界に何かが映る。
 柔らかそうな白い肌。甘く心地よい香りもする。
 そして怪しく光る瞳。暗闇で獲物を狙う肉食動物のようだ。

 「うふふ……なんて美味しそう……♡」

 声が聞こえる。同時に、視界もさらに晴れてくる。
 恐ろしい瞳によく似合う、禍々しさを感じるツノ……尖った耳に尻尾まで……まるで悪魔のような……悪魔の……

 「悪魔ァッ!?」

 完全に目を覚まし、俺は驚き叫ぶ。
 慌ててはねのけようとするも、ずっしりと岩のように押さえつけられてビクともしない。

 「目が覚めてしまいましたか……アミノ酸が足りていないのかもしれませんね……」

 そこにいたのは、姿を大きく変えてはいるが間違いなく香恋だった。
 嫌でも目を引くような露出の高い服を身に纏い、悪魔と人間が融合したような身体で怪しげに笑う……そう、まるでゲームやマンガに出てくるサキュバスそのものだ。

 「よくお分かりですね。そう、本当の私は男性の精気を食らう夢魔、サキュバスなのです」


EPISODE8 俺の願い、香恋の願い


 「今さらもう驚かないが……お前はアプリのAIじゃなかったのか」
 「ふふ……そもそも、あのアプリにAIなんて搭載されていませんよ」
 「なっ……!?」
 「アプリに“寄生”していた、と表現するのが適切かもしれません。私はネットの世界で生まれたサキュバス……現代を生きるのはサキュバスも大変なんですよ?」

 ネットの世界で生まれ、ネットの世界で生きるサキュバス。
 アプリのサポートに擬態し、利用者の健康を管理して“一流の食材”に仕上げる。健康な身体から食らう精気は、それはそれは絶品なのだそうだ。
 なんとも恐ろしい話だ。

 「……それで食べ頃になった俺を襲ったワケか。このバケモノめ」
 「バケモノだなんてヒドぉい……それに、ご主人様は食べ頃にはまだまだ……特に最近は油断して不摂生していますしぃ……」
 「じゃあこの状況はなんだ? どう見ても言い逃れできないだろ」
 「精気を頂くなんて、その気になれば一瞬のこと……ご主人様が目を覚ます隙もありません。私は……魅了の術をかけようとしていたんです。うふふ……強制的に私を愛さずにいられなくするために」
 「魅了の……術……なぜ俺に……」

 俺の言葉を聞いた香恋はきょとんとあっけにとられた顔になったかと思うと、クスクスと笑い出す。妖艶さと子供っぽさが混ざったような無邪気さで。
 そして、再び俺を見据えるとこう告げた。

 「好きだからに決まってるじゃないですか。ご主人様は本当に鈍感ですね」

 好き? こいつが……俺を?
 捕食のためじゃなく、恋愛対象として?
 分からない。俺はこいつをそういう目で見たことがなかったから、考えたこともなかった。

 「……でも、やめました♪ 今も……この先も、試みることはありません」

 そう言って、香恋は先日見せたような寂しそうな笑顔を浮かべる。

 「それは……なんでだよ」
 「ご主人様は理想の彼女を作るのが夢。私が術を使ってしまったら、その夢は叶わない……好きな人の夢を叶えたいと思うのは当たり前のことです」
 「お前――」

 何をらしくないことを、そう言おうとしてやめた。
 香恋の眼差しが、至って真剣だったから。
 俺の上に跨がったままだった香恋は立ち上がり、ウーンと伸びをして言う。

 「そんなつもりなかったんですけどね……悩んだり、苦しんだり、それでも立ち上がったり。不器用でもがむしゃらに生きるご主人様の姿が、輝いて見えたんです。それに……私と接して虜にならない男性はご主人様が初めてでした。だから人となりを深く知れたのかもしれません」
 「香恋……」

 なんと言おうか言葉を探している俺に、何も言わなくていいと言うかのようにクスッと笑うと、香恋はゆっくりと玄関の方へ歩き出す。

 「お、おい。どこ行くんだよ」
 「……ご主人様。明日のデート、頑張ってくださいね。私は……ここでお別れです」
 「なっ、なんでだよ! 別に危害を加えるつもりないってんなら――」
 「うふふ。好きな人の恋愛が成就するのを隣で見ているのは、サキュバスだって辛いんですよ?」

 俺は慌てて身体を起こし、香恋に縋りつくように言う。

 「だったら! なんで一緒に暮らして……今まで応援してくれたんだよ! こうなるって分かってたんだろ!」

 玄関のドアを開けていた香恋が、振り返った。
 わざとらしくため息をつき、何度も言わせないでくださいよと悪態をつく。
 そして、一番見慣れたいつもの笑顔でこう返した。

 「好きだからに決まってるじゃないですか」

 ドアが閉まるのも呆然と眺めたまま、俺は立ち尽くしていた。
 追いかけようと何度も思ってみても、脚は動かないまま。

 (でも、追いかけたとして、その後は?)

 いちいちそんなこと考えてるからモテないんだよ。そう自己嫌悪できるようになった頃にはもう、あまりに時間が経ちすぎていた――。

 ――翌日。
 俺はまともに眠れなかったせいで重い頭を抱えながら、繁華街へやって来ていた。
 キャンプ用品のショッピングという名目の、後輩とのデートのためだ。
 初デートということで緊張していたものの、待ち合わせから店と店の移動まで、会話は弾みながら滞りなく過ぎていく。
 もちろんそれは相手も気を遣ってくれているから成立することで、その時点で心の優しい子なんだなと分かった。

 「このシュラフ可愛い……ピンク色なんてあるんですね」
 「登山でも使われるからね。こういう専門用品は遭難とかに備えて、派手な色が多いみたい」
 「先輩、お詳しいですね!」

 ひとつ年上ではあるが、俺だってキャンプサークル1年生だ。
 付け焼き刃の知識だが、喜んでもらえたようでホッとする。

 「わぁ、お湯で戻すだけのドライフードですって。すごいですね」
 「へぇ……便利そうだな……」

 こんなとき、香恋ならなんて言うだろうか。「真空乾燥ですか、栄養価の損失が少なくて良いですね!」なんて言っていたかもしれない。

 「……先輩?」
 「え? ああいや、ちょっとボケッとしてた」

 ダメだ。今は余計なことを考えるのよそう。せっかくのデートなのに後輩に失礼だ。
 それに……香恋はもういないのだから。

 それから俺たちは数件のショップで買い物を済ませ、近くにあったカフェへとやってきた。
 さすがに歩き回って脚も疲れている。タイミング良くカフェがあったのはありがたい。
 オーダーカウンターに立った俺は、なるべく自然な振る舞いを装って後輩に何を飲むか尋ねる。「奢るよ」なんて直接的に言ってはいけない。まるで当たり前のように注文して支払ってしまうのがベストなのだ(そう書いてあった)。

 「えっと……じゃあ、カフェラテで」
 「オーケー。俺は――」

 そう言いかけて、頭の中に聞き覚えのある声が浮かんでくる。

 『コーヒーもいいですが、クエン酸も疲れに効きますよ! レモネードはいかがでしょう?』

 ……遂には幻聴か。
 頭を振りつつも、俺はレモネードを注文した。

 「こうして先輩と2人で話してみたかったんです」
 「その……今さらだけどなんで俺と?」

 席について早々、恥ずかしそうに切り出した後輩の言葉に返す。
 デートと勝手に呼んでいるのは俺だけで、相手はただの買い物としか思っていないかもしれない。

 「ずっと、気になってたんです。先輩、優しいので。先輩もサークルに入ったばかりなのに、1年の私がわたわたしてるのを気に掛けてくれたから……」

 それは……初めからそういう人間だったからじゃない。去年までの俺だったら自分のことしか考えていなかっただろう。
 ただ、周りを見る余裕が出来ただけだ。

 「いつも元気そうで体型もシュッとしてますし。強い男性って、やっぱりカッコイイです」

 それも、俺ひとりじゃ実現できなかった。
 徹底した管理とアドバイスがなかったら、とっくに挫折してただろう。

 「サークルの皆さんや私と話すときも、すごく話しやすくて。ふざけていたかと思えばビシッと言うところは言ってくれるじゃないですか」

 普段から、くだらないことやマジメなこと、なんでも喋りあえる存在が近くにいたから。
 コミュ障だった俺も、知らないうちにスキルアップしていただけだ。

 「一番は、笑ってるところがいいな、って。先輩の笑顔、すごく安心します」

 ……そうか。俺は、いつも笑ってたんだ。
 灰色だった部屋にあいつが来てから、暗い顔で俯くことはなくなっていた。
 あいつがいたから、俺は笑えるようになった。

 「えへへ……なんか恥ずかしい……先輩もいきなりこんなこと言われて迷惑ですよね」
 「いや、ありがとう。嬉しいよ。でもごめん。俺……行かなくちゃ」
 「え?」
 「埋め合わせは必ずする! どうしてもやらなくちゃいけないことがあるんだ!」

 俺はそう言って荷物をひっつかむと、カフェを飛び出して家路を急いだ。
 ちょっとやそっと走ったくらいじゃ、もう息も上がらない。
 あれもこれも全部、香恋のおかげだ。香恋がいたから今の俺がある。
 誰かに好意を持ってもらえるような人間が、あいつのおかげでいるんだ。
 それに、清楚とは真逆の生き物でありながら、ただただ純粋な気持ちで俺をここまでにしてくれたその思いは、何よりも“清楚”そのものじゃないか。
 誰よりも分かっていたはずなのに。
 バカな俺は、すぐその事実に気がつけなかった。
 もう、香恋はいない。あいつがどこに行ったのかなんて検討もつかない。
 急いで家に帰ったところで、灰色の部屋が待っているだけなのは分かってる。
 それでも、なぜか俺は走らずにはいられなかった――。

 「香恋ッ!!」

 勢いよく開け放ったドアの先。
 やはりそこには誰もいない、がらんとした見慣れた部屋が――

 「あ、おかえりなさい」

 普通に香恋がいた。
 当たり前のようにお茶を啜っていた。

 「いや、なんでいるんだよ!!」
 「その……もうネットの世界にも戻れないですし、行き場がなくて……」
 「だったら初めから出ていくな!!」            
 そう言って俺は、香恋を思いきり抱きしめた。 

 「俺……俺さ……!」

 言わなきゃいけないのに、口にしようとするとうまく言葉が出てこない。そんな俺の背中を抱きしめ返した香恋は、優しい声色で言う。

 「ご主人様……いいんですよ、何も言わなくて。私に魅了されてしまったんですね」
 「ああ、そうだよ! 術もかけられてないのにチョロいヤツだよ! だからもう、どこにも行くなよ」
 「……承知しました。死ぬまで“管理”して差し上げます。ご主人様の全てを♡」

 こうして俺の夢は自分でも予想しない形で叶った。
 同時に、香恋の夢も。
 年上系お姉さんキャラのサキュバスに管理されながら俺はたぶん幸福な生活を続けていくのだろう。
 毎日毎日、くだらない話をして笑いながら。

 「さあ、ご主人様! 今日も一日頑張りましょう!カロリー控えめ、愛情多めでお願いしますね!」




■ 楽曲
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WORLD'S END
■ キャラクター
無印 / AIR / STAR / AMAZON / CRYSTAL / PARADISE
NEW / SUN / LUMINOUS / VERSE
マップボーナス・限界突破
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スキル比較
■ 称号・マップ
称号 / ネームプレート
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  • うおなっげ❤️ -- 2025-09-04 (木) 21:06:40
  • これ元ネタあすけん? -- 2025-09-04 (木) 21:20:06
  • トランスフォームどうしてああなった -- 2025-09-05 (金) 13:17:42
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  • 迫真の赤文字注意事項で笑う、普段キャラのコメ欄なんて書かれている方が珍しいのに -- 2025-09-08 (月) 16:59:04
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  • ストーリー良すぎてニッコリ、こういう系大好き -- 2025-09-09 (火) 00:58:53
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