工事中 案隠し
プロローグ1「計画」
~1931年 8月4日 海軍庁本部・海軍会議室~
稜千が強い国力を維持していた当時のことである。
その日、会議室は海軍の要人が所狭しと埋め尽くしていた。
海軍大将・九鬼 守隆を陣頭に、海軍大臣・足利 光正や海軍工廠総合統括指令部長・細川 敬之、戦略海軍司令部長・西郷 丘八郎、連合艦隊総司令官・川本 八十九、さらには首相の尊氏、発案者・船田秀次郎中尉を含め、延べ20人弱が円陣を組み、白熱の議論を繰り広げていた。
「部外秘」とマークがついた議題を示す暖簾を見てみれば、「海軍中枢思案・一○六計画之詳細議亊」とある。海軍に全く詳しくない尊氏が参加しているのはこのためである。今後の国家方針・軍事予算の方向を決定する重要な会議である。とくに、今回の計画には大将が強い興味を抱いており、議論の行方が注視される。
秀次郎中尉「大戦艦の配備が今後の国には必要不可欠なんです!大泉洋の波を受けても全く動じない大きさ、敵の雷砲撃を受け付けない装甲、敵機をはじく対空火力、艦載機運用能力。極めつけは敵戦艦を一撃で粉砕する大火力・・・。」
中尉が熱弁する。大艦巨砲主義の真骨頂。史上最強の戦艦を建造せんとするその熱意は周囲を圧倒するものがあった。
彼の心には従軍軍人として「祖国を護る」という強い思いが燃えている。
如何にすれば祖国に絶対的安全を与えられるか?
如何にすれば我が国の海軍力をさらに強化できるのか?
...それに対する彼なりの答えが「大戦艦の建造」なのである。
.....無論、巨大な戦艦の醸し出す"ロマン"も彼を動かす力の一つだろうが。彼は大の戦艦好きである。猛勉強の末に海軍士官学校に入ったのは「戦艦の艦長になりたい!」という思いだった、ということが後の彼の自伝に記されている。
秀次郎中尉「各国、主にアザラリ合衆国は我が国の大泉洋における台頭をよく思っていません。」
秀次郎中尉「彼らが現在行っている政策、つまり海軍力強化、相次ぐ経済制裁などを鑑みるに、彼らはいずれ我が国への侵略を考えているでしょう。」
彼は続様に言った。
西郷 丘八郎「それを撃退するのが我が軍の任務たるものでは有るまいか!海豹如きに我が艦隊が敗けるか!左様に言われるとは、我が軍の信頼も地に落ちたものだな。」
西郷 丘八郎「我が軍の士気はいかなる国にも負けぬ。何千の戦艦でも相手しようぞ。」
大の根性主義者、西郷指令部長が言った。彼はかつての戦いで劣勢な稜千艦隊を指揮し、強大な敵艦隊を果敢に討伐した経験をもつ。彼にしてみれば、やる気を持って奮励努力すれば叶わぬことはないのである。実に、彼はこれまで数々の困難を自らの努力のみで切り開いて来たのである。
川本 八十九「士気や戦術ではどうにもならぬ場合もありえよう。彼らの工業力は我が国を越えるものがある。現実を見よ。」
川本 八十九「『やる気は極めて重要』とは言えども、世の中はそううまくいかない。例えば、千石舟で戦艦に戦いを挑んでも無理であろう。」
西郷 丘八郎「しかし...」
極端な例であるが、事実である。呆気なく丸め込まれてしまった。
秀次郎中尉「ですから、一隻で一国を相手できるような大戦艦が必要なのです!」
秀次郎中尉「艦は大きければ大きいほど費用対効果が向上します。例えば、我が軍の最新式航空戦艦『永戸』は旧式戦艦二隻分のコストで新型超弩級戦艦一隻と正規空母一隻に匹敵する戦力を発揮します。同様のことが我々の新型巨大戦艦にも言えることでしょう。」
西郷 丘八郎「それが撃沈されてしまった場合の被害も大きかろう。」
...
秀次郎中尉「絶対に撃沈されない戦艦をつくればよいのです。」
室内が沈黙に包まれる。絶対に撃沈されない戦艦。改めて言われると、その言葉には圧巻される。
そのような戦艦の実現は可能なのだろうか?
九鬼大将「そのようなものの実現はそもそも可能なのか?」
尊氏「」
大将が初めて口を開く。率直な疑問である。普段の圧倒するような威厳のある口調とは180度変わり、どこか抜けたような口調であった。顔もどこか威厳がない。鬼が九つではなく、鬼虎魚が九つの間違いではなかろうか?顔もどこか河豚のようなぽかんと間抜けでどこか愛嬌のある顔をしている。
首相があからさまに拍子抜けしている。困惑を隠しきれないようだ。
秀次郎中尉「ええ、可能です。理論上、1000mm以上の装甲があれば61cm口径の魚雷や機雷をを余裕を持って防げます。甲板も600mmあれば500kg航空爆弾によるいかなる損傷をも防げるでしょう。」
秀次郎中尉「念のため、余裕をもって装甲を取れば、いかなる爆弾をも防ぐ不沈艦ができることでしょう。各種装備に隔壁を設け、万一内部に達したとしても被害部位を最小限にするとよいでしょう。」
自信を持って中尉が言う。絶対に沈まないという自信を持っての発言だろう。
その目は光輝いている。
稜千の明るい未来を映しているかのような、清んだ目であった。どこか女性的に思えるが、キリッとしたその眼形はまさに軍人の物である。
九鬼大将「ほう...」
少し声が低くなっている。おそらく先ほど抜けてしまったことを気にしているのであろう。致し方ない。
尊氏「プッ...」
九鬼大将「あ゙ぁ゙ん゙?」
尊氏「アッスイマセン」
思わず首相が笑ってしまう。微笑ましい(?)光景である。
彼の緊張感のなさには困ったものである。だが、このようなところが案外彼の徳政に繋がっているのかも知れないとも思える。
九鬼大将「あとで殺すからな...」
尊氏「文民統制に反していると言われて失脚させられるぞ?」
尊氏「国民がお前の悪政で苦しむ様なぞ想像したくもない。」
九鬼大将「それもそうだな。」
九鬼大将「だが我輩には関係ない。」
尊氏「やるにしても徴兵制だけは置くなよ?税金もふやすなよ?」
九鬼大将「へいへい。」
ニヤリとしながら言う。彼なら失脚しようとするものを本当に潰しにかかるかもしれない。
問題児の多い国である。
光正海軍大臣「論点を戻しましょう。」
尊氏「..そうだな。」
つい論点がずれてしまった。話が脱線するのは悪い癖である。
尊氏「コストはいくらかかるのだ?」
秀次郎中尉「永戸型8~10隻程度にはなるかと... 計算しておきます。」
自信無さげに言った。実のところ、中尉は理論的計算をあまり得意としていない。最低限の計算のみで物事を進めるのである。
しかしながら、彼の熱意は本物である。多少の傷は許せよう。
尊氏(我が国の造船技術であれば作れぬことはないだろう... 考えてみるか...)
尊氏は考えた。この計画は本当に成功するのだろうか?国のためになるのだろうか?国の安全をさらに保証するものになるだろうか?
いや、しかし巨大戦艦の存在は少なくとも抑止力にはなろう。彼は考えた。
実際の戦力となりうる上、そもそもの戦争をかけられないための抑止力にもなりうる。
しかも、巨大な戦艦は国の威信にも関わる。国民感情の鼓舞と国民意識の高揚に繋がるだろう。国民の安心感は何にも変えられぬものだろう。
後日、詳細な議論を海軍大臣・大将と行い、国民投票を行おう。それに国民の意思は反映されるだろう。
国民が賛成するのであれば、建造はメリットの他ない。小型艦を多数建造するよりもはるかによい結果を得られるはずだ。
・・・決めた。
彼はそう呟くと、声高らかに言った。
尊氏「私はこの計画に大きく賛成する。後日、大臣・大将と議論を重ねた上、国民投票を行う。」
尊氏「あくまで、国民のためである。国民の意志が固ければ、必ずやよい結果が待っているだろう。」
歓声が会議室に響いた。それも、外に漏れるのではないかと心配されるほどに。
特に、秀次郎中尉の満身に浮かぶ会心の表情はこれまでに見たことのないものであった。
彼は涙を流して喜んだ。これで夢が叶う。これで国民の安全は確固たるものになるものだと。
彼のあられもなく泣き崩れて喜ぶ様は見ているものにも感動を呼ぶものであった。
それこそ、真の「漢泣き」と言えよう。
会議の後、御前会議で以下のような書簡が提出された。
あ
会議の結果は「国民投票を行い、国民の1/2以上の賛成を得た場合、可決する」とのことであった。
国営放送局の仲介のもと、本投票は帝国議会の前で行われた。
衛生投票も各地方議会で行われている模様である。
一票、また一票と票が投函されてゆく。
秀次郎中尉は連合艦隊旗艦「稜千」上艦長室の白黒テレビでその生中継を見ていた。
その様子から伝わる緊張感は何者にも変えられない。
秀次郎中尉「頼むぞ...」
彼は祈るようにして言った。
後日、いざ開票作業である。
一票、また一票と票が開かれていった。
時間と共に増える賛成票。圧倒的な差で賛成派が上回った。国民は強大な海軍を求めているのである。
「っしゃああああああ!!!」
秀次郎中尉のその声が稜千中に響き渡る気がした。彼の喜びと国民一同の歓声が共鳴し、国内は祝福のムードで包まれていた。
超大型航空戦艦「イセ」の建造が始まったのはそのすぐ後である。
プロローグ2「建造」
~1931年/9月4日 海軍工廠総合統括指令本部・部長室~
斯くして建造が決まった艦こそ、イセ型航空戦艦一番艦・イセである。
私は海軍工廠総合統括指令部長・細川 敬之である。
その設計図には荒唐無稽とも言えるようなひどい船が乗っていた。
巨大な戦艦と空母に艦尾が飛行甲板の衛星航空戦艦が二隻、重巡クラスの六隻というおびただしい数の艦が一つに合わされている。まるで妄想から飛び出した「最強の船」である。外面露出部はおろか、内部にも分厚い装甲が張り巡らされ、これでもかというくらい厳重に守られている。
51糎三連装砲6基に艦載機200機もあり得ない数字である。
公称は46サンチ三連装主砲3基に50前後の艦載機に遥かに薄い装甲というんだから笑える。
...といっても、実際のところ、完成するのが楽しみで仕方がない。一からこんなものを建造できるのかというのも疑問である。...というより、建造できるドックが現状のところなく、南方の総督府が巨大なドックを作ってくれているんだかなんとか。用意がよいものである。
諸外国にたいしては「複数の艦を同時に整備できるドックを作る」としている。疑う余地もなかろう。
建設資材は着々とドック予定地へと運ばれる。
輸送艦が一隻...二隻...三隻...計12隻休みなく稼働中である。出港しては1日後に帰還し、再び資材を積んでは出港する。淡々としたその作業も、御国の希望を運んでいるように見える。感動ものである。
敬之「いつ完成するんだかなあ。」
部下1「10年程度はかかると予想されています。」
敬之「だよなあ...」
それほど巨大なものを作る以上、無理はない。通常の正規空母でさえ三年、規模的には別に長いわけではないのかもしれないが、やはり長く感じられてしまう。人間の感じる時間とは、よくわからないものである。長いと思えば短く、短いと思えば長い。すぐに死んでしまうし、なかなか死なないのである。
しかし、それでもいずれ完成はするのである。それを思えば、なんでもできるような気分になってくる。
人間とは素晴らしい生き物である。いかなることも時間をかけてはやり遂げるのである。少し感動を覚えてしまったかもしれない。
作業員たちに期待を膨らませる。
~同日、ドック建設予定地~
プロローグ3「開戦」
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