吸血鬼の夢

Last-modified: 2008-09-30 (火) 22:11:51

吸血鬼の夢/穂実あゆこ

423 名前:吸血鬼の夢 1 投稿日:04/06/06 18:51 ID:???

 彼とであったのは十子が13の時。東京が帝都と呼ばれた時代。
警官から隠れていた十子は、茂みの中で無数の鼠の死骸を発見する。
その傍には鼠の血を吸う異国の男が。彼は十子に驚き倒れてしまう。
十子は彼を仲間達のもとへと運び、彼の脈が止まっている事に気付く。
彼は鼠の血を吸っていた。もしや吸血鬼じゃないかと十子は疑う。
しかし、吸血鬼ならば恐れるはずの十字架を、彼は首に下げている。
十字架を首からとり、彼の顔に当てる。すると彼の顔が焼け焦げた。
本物の吸血鬼だ。


 焼けたショックで彼は起き上がり、カルロス・デロ・バンデスと名乗る
職業は神父だという。十子たちは彼を「おカルちゃん」と呼んだ。
 おカルちゃんは吸血鬼だが怖くなく、情けなく思えるほどだった。
十子も十子の仲間達も、そんなおカルちゃんを自然と受け入れた。
おカルちゃんは十子の事を「トコさん」と呼ぶ。十子とは自分でつけた名だ。
親にかくれんぼだと言われ、十数えているうちに棄てられたのが由来だ。
「トコさん、生きていれば必ずいい事がありますよ。わたしはそう信じています」
荒んだ目の十子に、日傘を差したおカルちゃんはそう言った。


 十子と同じように親のいない仲間達は生きるために何でもした。
スリ、かっぱらい、悪どい商売。そして一番得意とする事は、
行方不明の子供や孫を探している金持ち相手の詐欺だ。
 老夫婦には駆け落ちの末死んだ息子がいた。夫妻は残された孫を探している。
十子は孫のふりをし、嘘の涙を流し、少しずつ信用させ金をふんだくる気だ。


427 名前:吸血鬼の夢 2 投稿日:04/06/06 18:59 ID:???

 警察に尾けられている事に気付き、仲間達は別れて逃げた。
帰ると笑顔のおカルちゃんがいた。
おカルちゃんは本当に不思議な吸血鬼だ。
日傘で太陽をよけながら、身を焼く十字架を首に下げ、神様の話ばかりした。


 吸血鬼のくせに血を吸う事を嫌い、倒れてばかりのおカルちゃんに
十子は捕まえた鼠を差し出す。我慢せずに食べろと。
「ボロボロじゃないか。あんたこのままじゃ死んじまうよ。吸血鬼だっていつか死ぬんだろ?」
十子はすねたように顔をそらす。
「あたし、あんたの神様なんか大嫌いだ」十子に神が信じられるわけはない。


「トコさん、わたしは昔 信心の足りない神父でした。
 若かったせいもあって神様を疑っていました。
 そんな わたしの気持ちを吸血鬼に見抜かれて、
 わたしは仲間にされてしまったのです。
 はじめは神様を呪いました。
 たくさんの人を殺してその血を吸いました。
 でも そうやって神様や自分を呪いながら 永遠に生きるのは つらすぎる。
 わたしは神様を信じたい。信じていればきっと 神様のお姿が見えるとそう思う事にしたんです」
おカルちゃんは笑みながらそう言い、十子が出て行ったのを確認した後に
涙を流しながら鼠の体から血を吸った。おカルちゃんの事を思い十子は悲しむ。


 十子は老夫婦から綺麗な服と美味しい紅茶をもらう。
「この年になってこんないい事があるなんて。生きててよかったわ。こんないい事 他にないわ」
十子を孫だと信じきっている老婆はそう言って涙を流す。彼女を騙している事に罪悪感を感じる。
「あたし……ごめんなさい!あなたたちの孫なんかじゃないの!」
十子はそう言って家を飛び出す。そこへ警官が。
捕まりそうになる十子をおカルちゃんが助け、2人は暗い路地裏へと隠れる。


428 名前:吸血鬼の夢 3 投稿日:04/06/06 19:04 ID:???

十子を探す警官の気配。何人もいるようだ。
「あたしカモに正体ばらしちゃった。バカだよね。あたし、神様なんて信じないけど、
 あんたの信じてる事はあたしも信じたいよ。生きてればきっと、いい事があるって」
十子はおカルちゃんを抱きしめる。そこへ警官達が走ってくる。
「平気だよ。捕まったってすぐ出てこれるし。また仲間を集めて商売するから。
 その時は今より もっとマシな事出来るといいけど。行って。あんたのいい事が見つかるように」
警官に捕まった十子は笑顔でおカルちゃんを逃がす。おカルちゃんは言う。
「それはもう見つかりました。あなたです」


 その時のおカルちゃんを今でもはっきり覚えています。
 おカルちゃんはゆっくりと光のさす場所へ歩いてゆき、
 空に向かって日傘を高く放り投げ 笑って消えていったのです。


 しばらくして十子は外の世界に戻った。
十子が騙していた老夫婦は、十子を引き取りたいといった。
「あたしは仲間と悪さやってる方が似合ってる」
そう言って十子は仲間達のもとへと帰った。
十子が捕まった後、おカルちゃんの姿を見た者はいない。
しかし十子にはおカルちゃんがどこにいるか、わかるような気がした。
「おカルちゃん、そこにいるの?」空をあおぎ十子はつぶやく。


 そうしてわたしは 吸血鬼に夢をもらって 生きていこうとしたのでした。


 <完>