かつての船泥棒

Last-modified: 2021-05-14 (金) 20:36:47

I. 囚人

エルダーズ・プリズンの深層において、エラミスはハウスを持たないケルであった。

外に出れば、ハウス・オブ・デビルズの指導者であり、トワイライトギャップの魔王であり、船泥棒でもある。

だがここに彼女のハウスはない。ここでは自身にのみ指示を出すことができる。

アリーナでは、出来損ないのエリクスニーと率いる者のいないカバルが彼女に挑戦し、彼女は錫杖の代わりに折れたアークスピアを使ってその場を支配した。それが今の彼女に与えられる最強の武器であり、彼女はそれを思いのままに操った。

エーテルを蓄えた衛兵が何度彼女を倒そうとしても、彼女は常に勝利した。彼女はチャンピオンらを殺すと、そのマスクから漏れるエーテルの甲高い音に耳を澄ませ、そのスーツから漏れるゲルを見つめた。戦いの香りが癖になり始めていた。血、汗、エーテル、そして恐怖。

彼女はいつの日か、折れた槍と逆さの王冠が描かれた旗が掲げられるのを想像した。

ハウス・オブ・アナーキー、ハウス・オブ・ライオット、ハウス・オブ・エラミス。

ハウス・オブ・ノン。

1人のケルしかいないのであれば、ハウスなどというものは必要ない。

今日、彼女は崩壊したレッドリージョンのセンチュリオンと戦った。金は天下の回りものだ。その鎧には戦闘の記憶が刻み込まれおり、武器としてウォーハンマーが与えられていた。彼はそれを高く掲げて大声を出すと、大衆にその力を誇示した。

エラミスは折れた槍を左右の手で持ち替えながら待ち構えた。2つの鋭く光る目で彼女を捕らえるのと同時に、センチュリオンが体を翻した。

ハンマーが振り下ろされ、彼女はそれを転がって回避した。さらにもう一度ハンマーが振り下ろされるが、彼女は既に背後に回っており、相手の視界の外にいた。まるで動物が背中にとまったハエを探すように、センチュリオンは懸命に彼女の姿を捕らえようとした。エラミスはアークスピアの輝く切っ先を相手のアーマーの隙間に突き刺すと、てこの原理を使ってその肩の上に飛び乗った。

憤怒と屈辱を感じた彼はニイルサイのように怒り狂い、彼女を肩から振り落とそうとした。彼女は槍を引き抜こうとしたが、彼の巨大な手に殴られ、一瞬意識を失った。槍がようやく抜けると、彼女はその切っ先を掴んだ。その手のひらをアークエネルギーに噛みつかれながら、彼女は刃の先端を彼のヘルメットと首の間に差し込んだ。

センチュリオンが悲鳴を上げた。

彼が崩れ落ちる前に、彼女は跳び退き足元から着地した。観衆は誰ひとりとして歓声を上げることなく、囁きだけが広がった。

エラミスケルを閉じ込められる監獄はない、と彼らは言った。エラミスケルは本物の悪魔だ。

エラミスケルは負けることを知らない。

II. 狼

隣の独房には狼がいた。

彼女は最初、彼のことを無視していた。彼は彼女に認知されるようと躍起になっていた。その姿は、年老いたケルに猛禽類のようについて回り、大きな声を出して自身の存在を示し、ケルの始末した獲物を巡って小競り合いをしていたドレッグを思い出させた。

エリクスニーが失ったものは他のなにものでもない、威厳だ。

最終的にその狼は彼女の注意を引く方法を学んだ。彼は自らのことをプラクシスと呼び、いくつものアイデアを持っていた。だが彼は若かった。自分の思いついたあらゆるアイデアを最高のものだと考えていた。おそらくケルと直接話をしたことがないのだろうと、彼女は推察した。

彼は機械の話を好んでした。自分の思い通りに動かすための組み立てや扱い方などについて熱心に喋った。特に大いなる機械の復活に関して狂気じみた考えを持っており、それにアークワイヤーを巻き付けて、皆に力を分け与えられるようにしたいと考えていた。彼はガウルに関する話をいくつか知っていた。

彼女は彼に話をさせ、質問をした。どの質問も鋭い内容だった。あらゆる会話がテストであり、一度でも間違えれば彼女は興味を失ってしまうだろう。

「大いなる機械はエリクスニーを偉大な存在にした。だが我々のもとを去った。その結果、我々は機械が現れた時よりも弱くなってしまった。お前はなぜもう一度その力を求める?」と彼女は言った。

「その力を取り戻すためだ」と彼は言った。2人の間にある壁のせいで、彼の声はくぐもっていたが、その傲慢さははっきりと伝わってきた。

「弱き土台の上にどうやって力を築くつもりだ?」と彼女は聞いた。全ての言葉が針のように鋭い。全ての言葉が彼に突き刺さった。

彼は口を閉ざしたままだ。

「大いなる機械はエリクスニーを強くしたのか? それとも我々から力を奪い取ったのか?」と彼女は聞いた。

再びの沈黙。

彼女は頭を後ろに傾けると、独房の暗い天井を見た。「一番の弱さは依存することにある。それを覚えておけ。お前は子供の積み木で遊んでいるに過ぎない」

彼があまりにも長い間何も言わなかったので、彼女はこんなことに時間を費やす意味があるのかと考え始めていた。すると、彼が口を開いた。「私が新たな積み木を作る」

彼女は目を閉じると微笑んだ。

III. 裏切り者

脱獄の日、エラミスは腹部の傷を治療していた。

重傷ではない。少なくとも彼女はそう考えていた。アリーナでの戦いに勝利はしたが、勝負が決したのは、あの横暴なキャプテンの剣に体の側面を切りつけられた後だった。彼女のデビルズのローブは切り裂かれ、リースの水中花を思わせる血の花が咲いた。アスリスは水中花が好きだった。

彼女がウトウトとしていた時、バリクスが彼女の独房に現れた。

「エラミス」

彼女は目を開け、すぐに目を細めた。彼女は傷に構うことなく――立ちくらみがするほど素早く――立ち上がると、独房の扉に向かった。

「裏切り者」そう言いながら彼女は出迎えた。

バリクスはたじろいだ。彼は首を振ると、目を伏せた。2人の間に扉はあったが、彼女は彼が恐怖を感じていることに気づいた。それが彼女の気分を高揚させた。

「変化が訪れる」と彼はエリクスニー語で静かに言うと、肩越しに後ろを振り返った。その目は、恐れと猜疑心によって、忙しく動き回っている。すると突然、彼はぎこちないガーディアンの共通語で話し始めた。

「変化はバリクスが起こす。変化はバリクスがもたらす。だがバリクスにも指揮官が必要だ…」

エラミスは笑った。「この私に、監獄のケルになれと言うのか?」

「違う」とバリクスは萎縮して言った。「バリクスが望んでいるのは――」

「お前の望みなどどうでもいい、『忠臣』バリクスよ」と彼女は言った。エリクスニーの中には監獄の檻の影の下で変化する者もいる。そういった者は堕落し、小さくなってしまう。だがエラミスは成長した。彼女はバリクスに、2人の間に鋼鉄が存在していても、彼のほうが小さいということを示さなければならなかった。彼は今でもバンダルのふりをしているドレッグなのだ。「この世界に正義が存在するなら、いつか残されているその最後の2本の腕を切り取って、お前を野ざらしにしてやる」

バリクスの目の中で何かが硬化した。2人の間に静かに緊張が走った。そしてようやく、彼がエーテルのように冷たい声で言った。「バリクスが助けようとしたことを忘れるな」

彼は立ち去り、エラミスは再び独房の床に座った。

その日の遅く、警報が鳴り響いた。バリクスの声をした看守が叫んだ。彼女の独房の扉が自発的に開くと同時に、熱狂状態のエリクスニーとカバルが自由を求めて監獄の中を走った。

IV. 空想家

解放されてからの最初の数か月間、エラミスは見捨てられし者、ミスラークスのことを呪った。

彼はケルになることを望む、捕虜となった裏切り者、偽りの女王にこびへつらう4本腕のドレッグであり、エリクスニーの敵に混じってごっこ遊びをしている。

さらに、何よりも屈辱的なことに、エラミスは彼に敗北していた。

彼女はZIVAの武器の入手に失敗し、ガーディアンに屈辱を与えられず、ハウス・オブ・デビルズの炎を再燃させることができなかった。彼女は自らの失敗に苦しめられていた。

彼女は今、奪取したケッチのブリッジに座り、背筋を伸ばして、前を見ていた。その視線の先にあるのは、かつて自分が過ごした場所であり、決して戻ることのできない場所だった。

議会の中で最も若いアトラクスが、部屋の反対側から彼女を見ていた。彼女が近づいてきた。

「我がケルよ」と彼女は言った。その声はまるで子供のようだ。

エラミスは必要以上に長く間を取った。そしてついに口を開いた。「お前の年齢では昔のハウスを覚えていまい。当時のデビルズがどんなものだったかを知らない」

アトラクスはうやうやしく頭を下げた。

「この失敗はお前にしてみれば痛くもかゆくもないだろう」とエラミスは突き刺すように言った。

アトラクスはまだ頭を下げていた。そしてゆっくりと、顔を上げた。その視線がエラミスの顔に注がれ、様子を探っている。「私は若すぎて覚えていない」と彼女は同意した。「ただ、目は曇っていない。私にはデビルズの未来が見える」

エラミスがアトラクスに立場を弁えさせようと口を開く、そして動きを止めた。

彼女の頭の中で何かが弾けた。

彼女は背筋を目一杯延ばすと、二番目の両腕を広げた。

「いいや」と彼女は言った。リースの雨のように明確な答えが彼女に降り注いだ。「デビルズは何者でもない」

彼女は部屋の外に向かって歩き出した。その足取りはしっかりとしたもので、その心には再び炎がともっていた。「デビルズは死んだ」

ハウス・オブ・アナーキー。ハウス・オブ・ルイン。

ハウス・オブ・エラミス。

「我々は新たな存在に生まれ変わらなければならない」

V. 悪夢

ハウス・オブ・デビルズの古い契約を解消したエラミスは、暗い夢を見るようになっていた。その夢の中で彼女はトワイライトギャップを追体験することになった。

彼女は突進して1人のガーディアンの腹部に剣を突き刺し、そのガーディアンが叫び前方に倒れるのを見ながら唸り声をあげた。すると彼女が剣を抜く前に、新たなガーディアンが彼女に向かって走ってきた。しかしその時、彼女は自分の後方からショックライフルの音がしたことに気づいた… そして素早くその弾を右に避けると、弾がそのガーディアンに命中した。

彼女が後ろを見るとそこにはクリディスがいた。サービターに守られながら、ボイドの紫の光をちらつかせている。クリディスはエラミスの姿を認めて頭を下げると、向きを変えて他のガーディアンの集団に向かって射撃を開始した。

エラミスは剣を引き抜き、そして前進した。シティを包囲しつつある。ガーディアンたちが次々と彼女の周りで倒れていく。

もう目の前だ。

背後で速い大きな足音がした――血に飢えた獰猛なフィラクスだ。大きな体躯を誇るガーディアンに向かって攻撃を仕掛けたエラミスに向かって彼は叫んだ。エラミスは身を翻し、邪魔にならないようにその場所から滑り出た。フィラクスの攻撃がそのガーディアンの頭に命中すると同時に、エラミスは剣でその怪物の側面を斬りつけた。相手がバランスを崩したその瞬間、彼女はフィラクスのほうに向かってその臀部を蹴りつけた。

このところフィラクスは常に素手で戦っていた。彼女は彼の首を折った。

エラミスは先に進んだ。

あともう少しだ…

右側から大きな笑い声が聞こえた次の瞬間、耳をつんざくようなスコーチキャノンの爆発が起こった。タニクスが機械音を響かせながら、周りの土と肉と血を吹き飛ばしていく。彼は笑い続けていた。

あと少しだ。

だがその時… 彼女の前で、目もくらむような金色の光が放たれた。銃声が繰り返し響き、彼女の目の前でエリクスニーが炎に包まれて灰となっていく。輝く光の塊が、死者の唯一の痕跡だった。その銃を振りかざすガーディアンは、まるで小さな太陽のようだ。

また銃声が響く。クリディスのサービターがやられた。そしてまた――今度はクリディスだ。エラミスは敗北を覚えている。ただこれは記憶にない。フィラクスが灰になる姿など見た記憶がない。自分が胸を撃たれた場面など覚えていない。燃えさかる炎によって四肢を吹き飛ばされることも、自分の叫び声さえも…

彼女は、驚き、息を切らしながら、目を覚ました。

VI. 使者

その夢は今も続いている。どれも古い記憶だが歪んでいた。エルダーズ・プリズンでガーディアンと戦い、その光の前に跪いた彼女の姿。彼女の睡眠ポッドを叩き、大いなる機械を呼ぶアスリス。

彼女は眠れなかった。夢の中の何かが、地球の衛星に向かうように言っていた。そして彼女はその啓示に従うことにした。

月で彼女は、死臭のするハイヴをハエの群れを蹴散らすようにしながら前進した。その悪臭は耐えられないほどで、監獄の積み上がった死体やトワイライトギャップの戦場よりも酷い臭いがした。彼らは死を喰らい、死を吐く。彼女はその息が自分にかかったことに怒り、伸びた草を刈り取るように彼らを切り裂いた。

1体のナイトが彼女に気付かれないようにしながら、その歩調に合わせて、彼女を地下墓地まで追跡していた。彼女はそのナイトに先に攻撃をさせた。そして攻撃の瞬間、その外骨格のアーマーを剣で砕いた。戦いの緊張感、そしてナイトの断末魔を耳にすることに、心地よさのようなものを感じていた。その感覚が不安な夢から一時的に解放してくれた。

彼女はハイヴの血を拭き取ることなく先に進み、ついに船の上にたどり着くと、見覚えのある景色を目にしてその場で凍り付いた。

彼女はこの艦隊を覚えていた。

これが黒い矢のように空に浮かんでいた姿を覚えていた。彼女はかつて大いなる機械が存在し、その後それが消えて空虚となった宇宙の姿を覚えていた。

それは依存に関する教訓だった。長い年月をかけて初めて気づくことができる、ひとつの教訓だ。

そして今、その黒い矢が彼女に話しかけてきた。彼女はそれがエリクスニーの言葉ではないことを理解した。地球のぎこちない言語でもなく、リーフの軽快な言葉でもなかった。むしろ、囁き声のようだ。ただ、その声は大きく、なぜか完璧に理解することができた。

待つのをやめろ、とそれは言った。

誰もお前を助けには来ない。

お前自身が自らの救済者にならなければならない。

彼女は4本の腕全てに何かを感じた。ヒリヒリとし、小さな音を立てている。折れたアークスピアの感覚に似ていた。彼女は手を握ったり開いたりしながら、船の艶やかな外装を見つめた。ここには力が存在している。自分ならその力を手に入れることができる。

だがまだだ。

白昼夢が稲妻のように彼女を襲った。彼女は別の場所へと運ばれた。月の冷たい灰色の塵が消え、身を切り裂くような氷と雪の白い大地に立っていた。それは彼女の視界を奪い、呼吸を忘れさせた。

そして再び月に戻った。囁き声は消えていた。

彼女は自分が次に行くべき場所を理解していた。

VII. 書記官

エラミスとバリクスは建造中のシティの影の中に立っていた。彼女の仲間たちは、太陽系に点在するエリクスニーの隠れ家から部品を回収し、それを黄金時代の施設の廃墟に組み込むことで、古いものから新たなものを作り出そうとしていた。それはまるで、氷に覆われたエウロパのツンドラの中で眠りについていた人類の失敗という骨格に、エリクスニーの血肉を被せるかのような作業だった。

彼女はそれを見上げているバリクスの顔を見た。その表情にはどこか見覚えがあった。長い間忘れていた、畏敬の表情だ。

「ここは新たなリースになる」と彼女は言うと、彼らの前にある足場を見上げた。「我々の新たな故郷だ。もう逃げなくていい。宇宙の片隅に住む必要もなくなる」

バリクスはようやく彼女と視線を合わせた。「デビルズはどうなる?」と彼はエリクスニー語で言った。その質問が彼女を驚かせた。

「古い名だ」と彼女ははねつけるように言った。「古い名と古い考え方はもう忘れろ」

彼女がよく知るバリクスがいつもそうだったように、彼は畏怖の念に駆られて実用性を忘れることはなかった。そして困惑した表情に変わった。「ではなぜこの場所を選んだ? なぜこの凍り付いた衛星を?」

「夢で見たからだ」

彼女は彼が懐疑的になっているのを感じた。彼女は意外なことに、彼を責めなかった――彼は脱獄してから、太陽系のどこかの忘れられた僻地にその身を隠し、審判が下る日を待ち続けていた。彼は仲間たちに自由を与えた後に、孤立する道を選んだ。彼にとっては自分の知っていることこそが全てなのだ。

「それになぜ俺を呼んだ?」と彼が聞いた。その声から緊張した様子が伝わる。「ここに至るまで様々なことがあった。エラミス、我々は既に仲間ではない」

「古い考え方だ」と彼女は再び言った。「エリクスニーが生き残るには、隔たりに関する全ての記憶を放棄する必要がある。下らない小競り合い、ハウスの政治… 私はそれらを全て一掃したい」

彼女は再び足場を見上げた。「ここは新たな世界になる、バリクス。新たなアイデア。新たな歴史だ。我々は新たな存在として知られ、記憶に残ることになる」

バリクスは彼女の視線を追った。今やその声に堅さはなくなっていた。「なぜ俺なんだ?」

エラミスは彼の顔を真正面から見た。彼は今も彼女を恐れている――彼女はその感情を、彼のこわばった肩と、わずかに逸らした視線から感じ取った。まるで直視したら目が潰れると言わんばかりだ。

「新たな世界には」と彼女は言った。「書記官が必要だ」

VIII. 議会

「古き友よ」

フィラクスはニヤリとしながらそう言うと、エラミスの手を握ってそのまま自分の胸に引き寄せた。クリディスは背筋を伸ばして幽霊のようにフィラクスの後ろに立っている。彼らはエラミスの記憶のままの姿だった。フィラクスは笑った。「私の言っていたとおりだ。どんな牢獄でも彼女を閉じ込めることはできない」

エラミスは笑った。優しく、親しげに。まるで何も変わっていないかのようだ。彼女の頭にハウス・オブ・デビルズの日々の記憶が蘇ってきた。漆黒の闇の中で任務をこなす日々。そこは昔からのたまり場であるコスモドロームの中でも最も過酷な場所だった。同行者はこの2人だけだった。彼らはその地を浸食していたハウスのメンバーを片づけ、入植者である人類を排除した。そしていつか自分たちのケルに挑戦して勝利を挙げ、そのマントをまとうことを夢見ていた。

だがクリディスの視線はエラミスではなく、その後ろに注がれていた。そしてすぐに、フィラクスもそれに気付いた。彼女は目を細めた。彼女は前に進むと、エラミスの横を通り抜け、バリクスの首を掴んだ。

「裏切り者のドレッグめ」とフィラクスは軽蔑を示すように甲高い声で言った。「この薄汚い――」

バリクスはもがきながら、罠に掛かった動物のように足をバタバタさせている。「フィラクス」と彼はあえぎながら言った。

プラクシスとアトラクスは脇によると、旧ハウスの古参兵たちの再会が終わるのを待った。彼らは何も言わずにその様子を観察している。むしろプラクシスは嬉しそうだ。誰ひとりとして口を挟まなかった。

フィラクスは手に力を込めた。

「離してやれ」とエラミスが言った。

フィラクスはエラミスを見た、そしてバリクスを離した。彼女は何も言わない。だがエラミスは彼女が不満を抱いていることを理解していた。クリディスもそうだ。彼らの頭に疑念が湧き上がる…

「彼は間違いなく罪を犯した」とエラミスは蔑むように言った。彼女はバリクスを見ていなかったが、地面を這ってフィラクスから逃げ、息苦しそうにしているその様子は伝わってきていた。「だがそれと同時に彼はハウス・オブ・ジャッジメントの唯一の生き残りだ」

「書記官は特別な存在ではない」とクリディスは疑い深く言った。

エラミスはうなずいた。「そのとおりだ。ただ、リーフのエリクスニーたちの注目を集められる書記官ならどうだ?」

フィラクスは理解したようだが、まだ完全には納得していない様子だ。彼女はクリディスのほうを見た。クリディスはその反対に、嬉しそうな表情をしている。「冷静な判断だ」と彼女は言った。

次の質問がくる前にエラミスは話題を変えた。「政治の話をするためにお前たちをここに呼んだわけではない」と言いながら、彼女は二組目の腕を動かした。「来い。我々が作り上げたものを見せてやろう」

IX. 暗黒のケル

黒曜石の船がエウロパへの着陸を開始し、エラミスは背筋を伸ばした。議会メンバー――バリクス、フィラクス、クリディス、プラクシス、アトラクス――も彼女のすぐ近くにいる。エラミスは息を殺してその到着を迎え入れた。

未知の囁き声が再び聞こえてきた。そして彼らは言った…

選ばれるまで待つな。自分で選択しろ。

救済を選択せよ。

エラミスは船に乗ると、力を選択した。

彼女がその冷たい古の力を手に入れた瞬間、ハウス・オブ・サルベーションは誕生した。

X. 戦士

私はフィラクス。かつてはハウス・オブ・デビルズの戦士であり、かつては故郷リースの子供だった。今でも散り散りになっているエリクスニーに告げる。よく聞け。二度は言わない。

ハウス・オブ・デビルズに死を! 故郷のリースに灰を! 私はこの役立たず共を放棄し、リース・リボーン、エラミス、そしてハウス・オブ・サルベーションにこの生を捧げることを宣言する!

私は多くの戦いを経験したが、エラミスケルの鋭い意思に勝る戦士はいなかった。我々は力を合わせ、その爪に握られた武器で地球のシティの防壁を包囲した! 我々は結託し、太陽系全土に勢力を拡大した。彼女の手から逃れられたケッチは存在しない! 死は彼女を捕らえることができなかった! あの惨めなリーフ生まれの者による拘束も、彼女の精神と肉体の成長を促したにすぎない。

チェルキス、スコラス、アクシス――彼ら全員を蘇らせてもドレッグに変えられるだけだ。彼女が新たに手に入れた力は彼らの能力を超越している。我々の誰しもにとって未知の力だ。

そして彼女はその力を、その旗の下に集う者に授けるだろう! 実際に、補佐官として、私は今その力を彼女と共有している。我々は今こうして並び立ち、その体は氷のように冷たいこのエネルギーで結ばれているのだ。

そのエネルギーは大いなる機械を空から引きずり下ろし、我々の新たな故郷を金属の覆いで強化するだろう! そのエネルギーは太陽系の哀れな存在を排除し、我々の子供たちに戦利品をもたらすだろう!

そしてこのエネルギーが千年を超える統治をもたらすのだ。

今この声を聞いている全ての者よ。我が名は暗黒の戦士フィラクス! リース・リボーンに命を! 暗黒のケルに勝利を! ハウス・オブ・サルベーションに栄光を!

XI. テクノクラート

私はリース・リボーンのプラクシス・テクノクラートだ。我々の仲間も増えてはいるが、多くのエリクスニーは未だに我々のケルの招待を無視し、待ち望まれていた発展を推し進める一員になることを拒んでいる。

そのことから、想定外の意見の表明を行なうことになった… いや、想定外というのは嘘だ。臆病者や頑固者、そして愚者――まあ呼び方は何でもいい――が一定数いることは想定していた。だがこれは、我々の行動にまだ説得力が伴っていなかった初期の頃の話だ。

しかし最終段階を迎え、他の者が失敗する中でエラミスケルが成功を収めた今… 残念ながら中途半端に埋め尽くされた議事堂の空席をこの目で見なければ、本当に空席があるとは信じることはできなかっただろう。あるいは軟弱なハウス・オブ・ライトによって植え付けられた疑いの囁き声を耳にすることがなければ。

そのとおり、遠くのこの衛星からでも、私はお前の通信に侵入することができるのだ、ミスラークス。他の者はお前のことを見捨てられし者と呼ぶかもしれないが、私にしてみればお前は、あの月のごとき陳腐化した存在に固執する愚者だ。子供たちに与えた教訓を忘れたのか? 不必要なものを詰め込んだケッチでは永遠に飛び立てない。

彼の言葉を信じ、我々の敵と平和を築けると考えている者たちよ… 目の前にある事実を無視するのであれば、科学者の言葉など何の役にも立たないだろう。私には目を逸らさないように励ますことしかできない。お前が味方と考える者たちが一体何を証明した? 彼らがお前との平等を望んでいる証拠がどこにある? お前は彼らから、本当に、利益を得られているのか?

その答えが「まだだ」や「分からない」であるなら、私はお前の忍耐強さに敬意を払う。私自身や我がケル、そしてハウス・オブ・サルベーションにとって、そのような些細な実験に投資するには、あまりにも長い時間が経過し、あまりにも多くの失敗が積み重なってしまった。

高みを目指すのであれば、エリクスニーはやり方を変えなければならない。暗黒のケルの軍勢に加わるか…

…あるいは退化したものたちと共に駆逐されるか。

XII. 祭司

エリクスニーよ! 祭司クリディスが虚無の向こうから呼びかける! こうしている間も、かつての船泥棒は皆との約束を果たそうとしている。我々はひとつの旗、唯一のケルのもとに集い、神ではなく我々自身の力によって、真なる高みを目指すのだ。

大嵐に立ち向かったのは誰だ? 瓦礫の山からケッチとアーマーを作り出したのは誰だ? 数世代にわたって広大な地を歩き、エーテルの滴を糧にしながら終わりのない戦いに挑んだのは誰だ? 生き残ったのは誰だ!?

ほかでもない、我々だ! あの大いなる機械でもなく、我らが創り出した偶像でもない! エリクスニーが生き残ったのだ!

ではなぜ我々は今も、我々に注がれることのない光に恋い焦がれるのだろうか? なぜ我々が生み出したサービターに跪くのだろうか?

なぜなら恐れているからだ。その理由は――そのために苦しめられ続け、長い間旅をしてきた――自分たちが、より高位の存在となり、さらなる進化を果たす運命にあるという考えに固執したからだ。大嵐があそこまで早く我々から信心を奪っていなければそうなっていたはずだと信じていたのだ。

この考えは私も信じていた。私は儀式の中で、自分たちの可能性の死を嘆き悲しんだ。プライム・サービターから施しを受けた時、自らの体が絶望という酸によって焼かれるのを感じた。涙で濡れたその目で空を見上げた先に救済が存在しなかった日の光景を何度も夢で見た。

私には何も見えていなかった。

だが、エラミスが私の目から光を消し去ってくれた。だから今の私には見える。

リースの子供たちよ、私はお前たちに請う。真実から目をそらすな! ハウス・オブ・サルベーションの栄光とそれを率いるケルを刮目せよ。そして大いに喜べ。サービターにしたように、彼女は大いなる機械も空から引きずり下ろすだろう!

今や光は我々にとって何の意味も持たない。我々は長い間、暗黒の中を歩いてきた。今こそ我々はその事実を受け入れる時だ!

XIII. ワイルドカード

我が名はアトラクス・ワイルドカード。ケルからの命令でエリクスニーの若者たちに話しかける役目を仰せつかった。彼らは私と同じく、放浪を続ける生活しか知らない。彼らにリースの記憶はなく、年寄りたちから聞かされた、輝く緑の空の下にある栄光ある都市の物語しか知らない。そしてまた、大いなる機械の影の下でしか実現することのできない、本当の平和を知らないことを嘆き悲しんでいる。

だが、私にしてみればそれはありがたいことだ! 私がそれに絡め取られる前に、大嵐がその結び目を切断してくれたことに心から感謝している! 彼らはそれによって日常が破壊されたと言っていた。だがもしそれが救済だとしたら? 彼らは深宇宙の暗闇の中で生まれた我々のことを不幸だと言っていた。だが我々は自由の中で生まれたのだ! 彼らは我々には物事を正確に見るための光がないと言う。だが我々が最初に目を開いた時、宇宙の広大な景色を阻むものは何一つ存在しなかった。

それなのになぜ我々は過去にこだわり目を曇らせてしまうのだろうか? なぜ彼らの潰えた夢を守り続けるのだろうか? 彼らは未来に背を向けたのだ! 勝手にさせておけばいい! 全てを叩き潰し、大昔に始めた変態を終わらせるほうがよっぽど簡単だ。

そうすればお前たちもリース・リボーンの一員になることができる。

XIV. スカード

ハ! ようするに、ウインターのケルはタニクス・スカードの協力を求めているのか。随分と堅苦しい話だな! つい先日までお前に利己的な屑だと蔑まれ、どのハウスにも属さぬこのアーマーにツバを吐きかけられていたのだぞ。その腕をひとつ残らずもぎ取られても文句は言えない立場だ。その足もな。

だがある日、私は気付いたのだ。お前が私の力を必要とする時が来るとな。私が貪欲な傭兵だったことが幸いしたな。今はお前に都合よく事が運んでいる。私にとっては誇りよりも報酬が大事だからな。支払いはグリマーだけではない。血と戦いもそのひとつだ。これまでどんなケルやハウスでも私の渇きをいやすことはできなかった。そんな命令であってもだ。

とはいえ… エルダーズ・プリズンからの脱獄は悪くなかった。

だがアクソールのためだと? その無能なアルコンのために、強大な戦士たちを諦めろと言うのか? 彼がピーキス・ディサバウドよりも使えると考えているのか? ピルシス・パラスベインよりも? カルザーやドレクサスよりもマシなのか?

船泥棒よりもアクソールを優先するのか!? 最後のあがきで軍を率いたエラミスよりも? 彼女は不運な光の戦士たちと真っ向勝負し、腕がまるで8本あるかのような速度で動いたあのエラミスよりもか? お前の惨めなウインターの仲間が彼女の後を追った時、彼らは彼女の作り出した血の海をかき分けなければ前進することもできなかった。

それなのにお前はまだ、私がハウスの誓約を拒否していることに疑問を感じている。例え太陽系を征服できたとしても、お前はこの独断的な習慣に固執することを選ぶだろう。アクソールはウインターに属しているがエラミスは違う。

通常の報酬の2倍だ。この料金は私の行動が制限されるためだ。エリクスニーの獰猛な戦士たちからアクソールを救出するのは簡単なことではない。