「私は大丈夫だ。送信を開始しろ」――ザヴァラ司令官
I
ザヴァラが机の上にある白紙をジッと見つめた。
彼は窓に背を向けて座った。トラベラーが外で眩しく光っていたが、光の中に温もりは感じられなかった。再形成以降、ザヴァラには不思議と見慣れないもののように感じられた。その大きさのせいでなぜだか他のものが全て小さく見えた。
席で姿勢を変えて肩の力を抜こうとした。こめかみを揉みほぐそうと手を伸ばすと、歯を食いしばっているのに気づいた。首を伸ばし、手のひらを机に平らに置いた。手が冷たい。
どこで終わらせるべきかは知っているが、どう始めればいいのかが分からなかった。
「強くあれ。勇敢であれ」――ザヴァラ司令官
II
オシリスはまるで自分の部屋であるかのように、全く躊躇せずにオフィスに入ってきた。ザヴァラは顔を上げ、取り掛かろうとしていた白紙を横に追いやった。
「オシリス」と彼が答えた。「追放というものを真面目にとらえていないようだな」
「お前がそれに与える効力と同程度の扱いをしているだけだ」と、ウォーロックは腕を組みながら鼻であしらった。
ザヴァラは眉を上げたが、オシリスの目じりには笑みが見られた。また椅子にもたれかかり、彼に話を続けるように合図した。
「予想もしていなかった情報提供者が希望が持てる話を持ってきた」とオシリスが喋り出した。「修道士バンスという名の私の信者が水星にいて、無限の森のすぐ外に駐在している。彼の視点は個性的だが、私が期待していたよりも遥かに貴重なものかもしれない」
オシリスが手のひらを広げると、小さな投影が映し出された。ピラミッド艦の艦隊だ。
「トラベラーの再形成以降、修道士バンスはそういった事象が起きたという予言を研究してきた。ピラミッドを阻止する方法を発見したという話だ」
曲線の網目が投影を縦断した。閃光が走ると、ピラミッド艦はオシリスの手のひらで溶けた。
ザヴァラが前かがみになった。「彼は現実のシミュレーションを研究してそれを発見したのか?」
「具体的には、ピラミッドが我々の太陽系を侵略し、トラベラーが再形成するという現実をな」とオシリスが答えた。「シティが生き残る全ての現実において、修道士バンスはある共通点があると思っている」
「バンスのことは… 私も知っている」とザヴァラが注意深く言った。「我々の未来を彼に託して良いのか?」
オシリスは反射的に苛立つ素振りを見せたが、平常心であるかのような仕草をすぐに見せた。「我々は既に数多くの未来を見てきたと思わないか? コミュニティの力を通じてそれを成し遂げてきた」ウォーロックは指を組んだ。
「修道士バンスは確かにただの男だ。だがお前もそうだった。私にしてもな。彼の未来の可能性を無視するのは賢明ではない」
「トラベラーと我々が、必ず皆を守る」――ザヴァラ司令官
III
ザヴァラのオフィスの静けさは通信機から放たれた雑音で中断された。
アシェル・ミルの鼻声がスピーカーからけたたましく響いてきた。「イコラがいなかったぞ!」と気短に言った。
「アシェル」とザヴァラが通信機に向かって話した。「報告したいことは何だ?」
「いや、侵略してくるピラミッドに対処する最善の方法について熱弁しようかと思ってな。バンガードがそういうことに興味あるならだが」とアシェルが答えた。
「続けろ」とザヴァラが話した。
「トラベラーが最近発している不可解な鼓動の因果を超越したショックウェーブを分析した。あの凶悪な多面体を不活性化できる機械を組み立てられそうだ」アシェルが話を中断した。「あるいは、脆弱にできる、かな。興味はあるか?」
「どういう仕組みなんだ?」ザヴァラが尋ねた。
アシェルは強い不満が混じった声を発した。「機械を作るか、その機械の目的を説明することもできる。どちらも同じくらい時間はかかるがね」
ザヴァラは笑みを浮かべた。「なら作ってくれ」と答えた。「必要なものは何かあるか?」
アシェルはしばし考えた。「いや。許可さえもらえればいい。この会話ができただけでも嬉しいよ」と、あまり嬉しくなさそうにアシェルが言う。「私はいつもどおりやるだけだ。答えを見つける。そして見つけたらそちらに共有して、そっちはそっちで何かしらの計画を立てればいい。どうだ?」
ザヴァラは一呼吸した。「ああ」
「よし。まあ、あまり先走るな」とアシェルがそっけなく答えた。信号が途切れ、ザヴァラは再びオフィスで1人になった。
ザヴァラは通話を切断し、目の前にある白紙を見つめた。音声システムが強制的な再接続によってまた激しい干渉音を響かせた。
「それから、あー… 感謝する」とアシェルがスピーカー越しに言った。「以上だ!」
「現在、太陽系の隅々までガーディアンを派遣している」――ザヴァラ司令官
IV
スロアン副司令官がため息をつきながらザヴァラのオフィスに入ってきた。彼の向かい側にある椅子へと倒れ込み、頭を下げ、肘を膝に当てた状態でしばらく動かずにいた。
彼女はやっと口を開いた。「誰かがハンガーでプレッツェルを売ってる。今は売り切れてるみたいだけど、停泊した時に良い香りがした」
ザヴァラは白紙の束の方へかがみ込んだ。「美味いぞ」と漏らした。「ビールマスタードが入った小さい容器までくれるんだ」
スロアンは顔を上げて信じられないという風に頭を横に振った。「ここを離れてる時間が長すぎた」と言った。
「会えて嬉しい」とザヴァラが言った。スロアンは椅子の上で身体を伸ばした。かなりくつろいでいる様子だ。
「頼みたいことがある」と彼が話し始めた。「君は長いことタイタンでフォールンと戦ってきた。少しは気分転換がしたいんじゃないかと思ってな。エウロパの暴動のことは聞いているだろう。力を貸してくれると助かる」
彼女は彼を品定めした。彼女の乾いた唇に笑みが広がった。
「また前線に行ってほしいと?」と彼女は聞いた。「かなりの脅威みたいだな」
ザヴァラを目線を下にやった。「自分で行けるなら行きたい」と言った。「全方位から攻撃されている。この太陽系をギリギリのところでまとめているというのが正直な感想だ」彼の口はしっかり閉じていたが、目では懇願していた。
スロアンは前かがみになり、手を彼の机の上に置いた。「大丈夫」と彼女が言う。「これまでにも色々な恐怖を乗りこえてきた。今回のも耐えてみせようじゃないか」
「ガーディアンは成し遂げる」――ザヴァラ司令官
V
ドアを優しくノックする音が聞こえ、技術者が恐る恐るオフィスへ顔をのぞかせた。「システムの準備ができました、司令官」
ザヴァラは机の先を見た。彼の過去の残響が呼びかけているわけでも、罪悪感から生まれた白昼夢でもなかった――司令官の邪魔をするのを恐れている、シティから来た青年がいるだけだった。
ザヴァラは立ち上がり、しばらくの間腕を大きく広げた状態で机に手を付いていた。彼は一呼吸し、頷いた。
技術者はオフィスのシステムを同期して放送を開始し、ザヴァラが近づくと横へ避けた。
「司令官」彼が急かすように囁き、机に放置された丁寧に積まれた紙の束を指差した。「演説をお願いします」
ザヴァラは紙の束をそのままにして話し始めた。
「シティの人々よ。人類は危機を耐え抜いてきた…」