少女の日記Ⅲ

Last-modified: 2022-02-26 (土) 00:36:52

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日記と契り

6月3日
最近ずっと悩んでいる…。私は隊長のことが好き。隊長は私のことをどう思っているのだろう…。隊長にとって私はただの副隊長でしかないのかもしれない…確かめるのが怖い。

6月4日
明日はレギオンリーグのエントリー開始だ。こんな思いのまま参加してもしっかり前を向いて戦えるわけがない。もう今日しかない!私はそう思って隊長に告白した。

隊長は私の気持ちを受け入れてくれた。お姉様って呼んでもいいって言ってくれた。嬉しくて嬉しくて仕方がない。これで明日からも全力で戦える!

6月5日
一晩明けてちょっと不安になってしまった。お姉様は私に気を遣っていてくれてるだけなんじゃないか?…そんな考えが振り払えなくて直接聞いてみた。お姉様はきっぱりと否定してくれた。それを聞いて私はとても安心した。

6月6日
リーグ開催に向けての話し合いが行われた。私はちょっと血の気が多い方だから戦う事しか考えてなかったけど、6日間連続の戦いともなると疲れちゃう人も居るよね…。そこまで気が回らなかった私はやっぱりダメな副隊長だ。それにひきかえもう一人の副隊長はしっかりもので本当にすごい。お姉様も本当はあの方のほうが好きなんじゃないだろうか…。私は本当にお姉様の隣に居て良いのだろうか…。

6月7日
今日から朝はお姉様の所へ行って挨拶することにした。朝からお姉様の顔を見れて幸せ。

6月8日
今日からレギオンリーグ開幕。初戦は結構ひどい負け方をしちゃった…。ちょっと気分が落ち込んじゃってる。でもまだあと5回もあるんだから切り替えていこう!

6月9日
お姉様と話すことが増えて良く分かったけど、この人は結構不器用だ。話し方もちょっと固いし、どんな気持ちなのかあんまり分からない。そういえば私のことを受け入れてくれてはいるけど、お姉様自身の気持ちはまだはっきりと聞けてない。お姉様は本当は私のことどう思ってるの…? そういえば昨日は契りを結んだ姉妹が何組も生まれたらしい。よし!私もお姉様にシュッツエンゲルの契りを申し込もう!

6月10日
断られちゃった…。やっぱり隊長は私のこと好きでもなんでもなかったんだ…。ちょっと泣いちゃった。今日のリーグや外征で顔を合わせるのが怖い…。

結局今日一日隊長は話しかけてくれなかった。そうだよね。昨日あんなこと言って困らせちゃったし…。もう私のことなんて嫌いになっちゃったかな…。

6月11日
レギオンを抜けようかな…と思った。ここに居ても気まずいだけだし。隊長の顔を見るたびに辛くなる。今まとめている報告書が完成したら隊長の所に話しに行こう。

 * * *

日記を書いて筆を置いた直後、部屋の扉がノックされた

「ちょっといいかしら?」

――隊長だ…何の話だろう…。
おそるおそる隊長を招き入れる。

「根負けしましたわ。先のことを冷静に考えて後悔のない選択をしてください」

そっか。私が学園でレギオンを抜けようか迷ってることを話してたの聞かれちゃったんだ。やっぱり私は隊長にとって特別でもなんでもなかったんだ。

「引き止めたりしないんですね。でも逆に気が楽になりました。やっぱり私は隊長になんとも思われて無かったんですね」
「うーん、根負けってそういう事にならないかしら?」
「そういう事…?」
「根負けして引き止めに来たのだけれど。言い忘れてましたけれど、本当に私のシルトになるかどうかの選択の話ですわ」

――えっ?

「完全に見送る人のセリフだったじゃないですか!どれだけ不器用なんですか!?」
「え…?」

不器用だとは思っていたけれどここまでだとは思ってなかった…。

「私がレギオンを抜けたいと言っていたから気を遣ってくれたなら、必要はありません。ちゃんと補充メンバーが見つかってから抜けます」
「そんな話初耳ですわ…」
「!?…なら根負けってなんなんですか!?」
「昨日一度もお話してくれなかったでしょう?」

空いた口が塞がらない。

「私すごく重いですよ。無理しないでください」
「私はいいですわ」
「よくないです!隊長は私のことどう思ってるんですか!?私にとってはそれが一番大事なんです!私は隊長のことが大好きです!」
「大事な副隊長ですわ」
「――結局私が副隊長だから大事という事ですか…特別な感情は何もないんでしょう?」
「フフ…どうでしょう…?私のシルトになったら分かるかもしれませんわね…」
「はぐらかさないでください!もう隊長なんてキライです!」
「お待ちになって!!…シュッツエンゲルの契りを結びまでょう!」
「……………なんでそんな肝心なところで噛むんですか…」
「やっちまいましたわ…」
「はぁ……隊長は本当にシュッツエンゲルの契りを私と結びたいと思ってるんですか?」
「色々考えた結果、結ぼうと思いましたわ」
「その色々が知りたいんです!」
「言葉で表すのが苦手で…」
「一度はっきりと言ってみてください」

「大好きですわ…」

…………

「もう私死んでもいいです…」
「死なないでくださいまし!」
「私も貴女のことが大好きです」

幸せで胸がいっぱいになる。そうだ、もう一度あの言葉を伝えよう。

「「私とシュッツエンゲルの契りを結んでください
 私のシルトとして今後もよろしくお願いしますわ」」

「息、ぴったりでしたね」
「そうですわね」
「改めてお姉様と呼ばせていただきます。不束者ですがこれからよろしくお願いしますねお姉様」
「こちらこそよろしくお願いしますわ」

 * * *

6月11日
レギオンを抜けようかな…と思った。ここに居ても気まずいだけだし。隊長の顔を見るたびに辛くなる。今まとめている報告書が完成したら隊長の所に話しに行こう。

追記

今日は記念日になった。私とお姉様がシュッツエンゲルの契りを結んだ大事な日。これから色んな困難が待ち受けているかもしれないけれどお姉様と一緒ならきっと頑張れる。私はなんて幸せ者なんだろう。大好きですお姉様。

愛しい貴方へ

愛しい貴方へ
 
「お姉様と呼んでもいいですか?」
そう言って貴方は私とシュッツエンゲルの契りを結んでくれたわね。
あの日どれだけ私が嬉しかったのか、どれだけ満たされたのか
きっと貴方には全部は伝わってないのでしょうね。私は口下手だから。
その日どんなに辛いことがあっても、貴方との夜の時間が私を癒やしてくれてるのよ。

いつも私の他愛のない話を聞いてくれてありがとう。
貴方に話すだけで
ささくれだった私の心は軽くなるの。
口下手な私に変わって毎日話しかけてくれてありがとう。
貴方が話しかけてくれるだけで
また明日も頑張ろうって思えるの。
リーグに2連敗した時に、私の軽口に付き合ってくれてありがとう。
いつも貴方が褒めてくれるから
もっと強くなろうって思えるの。
 
誰よりも大切な私のシルト
私は貴方の思いにちゃんと答えてあげられているかしら。
私の想いをちゃんと届けてあげられているかしら。
私は不器用だけれども、いつだって貴方に甘えているし
貴方が誇れるお姉様であろうと頑張っているわ。
大好きな貴方のために。

ちょっと書きすぎてしまったわね。
貴方とずっと一緒に過ごせるように
いつもと同じ、この言葉で今日の日記は終わろうと思うわ。
お休みなさい。続きはまた、夢の中で

雲の上の太陽

 
私には気になる方がいました。

当時のリリィ達はエアルムの攻略に力を注いでおり、現在より数字に見える戦力を重視する傾向にありました。
当時の私は序列2位と3位を往復する前衛を努めていました。
そしてもう一人の序列2位3位、私と拮抗していた戦力の持ち主が彼女でした。
序列1位の方には到底及ばない中、ぎりぎりの数値で抜きつ追われつしていた私は彼女の事を秘かにライバル視していたのです。
そんな彼女は人と話すときも物腰柔らかで他人への思いやりを感じる物言いをする、私にはない創作などの才能もある方でした。
優しい人…最初はそう思いました。
しかし私の中で燻りだしたのは彼女への疑問でした。
なぜ彼女はあんなに自信なさそうにするのだろう。
なぜ彼女はあのようなどうしようもない状況で自分だけを責めるのだろう。
なぜ私のライバルであるはずの貴方が…。
自分の中にこのような他人に対する激情があることを私は初めて知ったのでした。

時が流れ他のレギオンとの模擬戦が始まるころには私は後衛を務めるようになっていました。
人員が入れ替わったことで前衛希望のリリィが多くなり、私は他の前衛希望者達の成長に追いつけなくなっていたのです。
私自身それまでも後衛を何度かこなし自分には適性があること。
その方がレギオン全体の戦闘力にプラスになると理解し、納得していました。
ただその時の彼女は大成しメインアタッカーになっていました。
もう追いつけない。
彼女と競うことはもうできないだろう。
おそらく彼女は私を意識していない。
後衛になればもっと意識はされなくなるだろう…。
それだけが心残りでした。

それから特に彼女とは話すこともなくたまにレギオン用の部屋で簡単なお話をするだけでした。
そんな中、事件は起きたのです。
彼女が他人の部屋に入っていく…。
私はそれを見てしまいました。
リリィ同士の仲が良くなる。
そういったことは風の噂で聞き及んでいました。
彼女にもそのような仲のリリィがいる…。
それを肌で感じ、まざまざと見せつけられた私はどうすればいいのか、混乱してしまったのでした。

どうすればいいのか。
悩んだ私がリリィ専用の掲示板を眺めているととある方が以前から気になっていた方のお部屋に行ってお話しをすると決意を語っていました。
私はその方とお話しするころで勇気をもらい、共に明日それぞれの気になる方のお部屋を尋ねてみよう。
そう励ましあって、そして翌日彼女が時間をとれるだろう時まで待ってから、彼女の部屋を訪れたのでした。

「今朝、レギオンの方に訪ねられる夢を見たんです。貴方だったんですね」

彼女は、何時も通りの穏やかな表情で、喋り方で私を迎えてくれました。
そうしてちょっとした雑談…自分たちのレギオンの事や最近の情勢の事などを話して、そうしているうちに私の隠していた熱が、少しずつ燃え上ってきたのです。

「私、貴方の事、尊敬してるんです。大好きなんです」

そう言ってからは言葉が止まらなかった。
今までずっとため込んでいた思いが声になって溢れ出したのでした。
彼女の持つ感覚が、感性が、性格が、私の好きな彼女が、彼女の思う以上に私を感動させた。
そのことを必死に伝えました。
かなり早口になってしまって彼女を随分混乱させてしまったけど、私たちはそれから親しくなって、よくお話をするようになったのでした。
 
 
日が照って、風が薫って気分が明るくなるような日も。
雨が降って、何もする気が起きない辛くなってしまう日も。
私は貴方と一緒に居ます。
お互いがどこにいても、何をしてても、一緒です。
私は貴方が好きです。
貴方はまだ知らないかもしれないけれど、貴方が私に光をくれているのです。
本当の太陽は貴方なんです。
貴方はそのままで輝いているんです。
だから…ずっと一緒に居させてくださいね。私の愛しい人。

Result

6日間に渡るレギオンリーグが終わった。
参加した私のレギオンの評価は対外的にはそこそこ良い結果と言っていい内容だったけれど、私の心にそれほど高揚感は無かった。
なぜなら私には、レギオンリーグ最上位に名を連ねる、かつて共に戦っていたお姉様のレギオンの事しか頭になかったから。

………………………

レギオンリーグ開催の通知が学園内を駆け巡ってから、リーグ勝利を目指すレギオンが次々と新設されていた。
そのお姉様も、そうした中で私のレギオンを去り旅立って行ったリリィの一人だった。

お姉様が所属する新設レギオンの活躍は目覚ましく、リーグ開催前の定例レギオンマッチの頃には既に
「次代のエースレギオンですわね…!」「SSS級も目指せるのではなくって?」といった華やかな評判が広まっていた。
こうした噂を耳にする度に、私にはお姉様がどんどん遠い存在になっていくように思えた。実際遠かったのだけれど。
それでも、いつか対戦相手としてお姉様と対峙する際に私も立派に戦えているってところを見せたくて、レギオンマッチで研鑽を積む日々を過ごしていた。

そしてついにレギオンリーグの開催日がやってきた。

………………………

お姉様のレギオンは前評判通り、またはそれを上回る破竹の快進撃であった。
瞬く間に連勝を積み重ね、「」合ヶ丘はおろか全国でも有数のレギオンとして名を馳せていた。

一方で私はといえば、早々に敗北を喫し、「」リィ新聞の朝刊からもランク外としてレギオン名が消えることとなった。
負けたこと自体はそれほど悔やんでいなかった。私自身、煌めくエースリリィとは比べるべくもない人並みのリリィであるし、
相手レギオンの方が完全に一枚も二枚も上手だったのだから、格上相手に皆で全力で尽くした上での敗戦はむしろ誇らしい事だった。

ただ、同時に私は完全に分かってしまった。
おそらく今後もう二度と、あのお姉様の背中に追いつくことも、対戦相手として手合わせすることも無いんだと。
今まで騙し騙し誤魔化してきた考えを改めて事実として突き付けられただけなのに、なんだか無性に心が苦しくなった。

でも、これはお姉様が旅立つ際に一緒に付いていく度胸がなかった私に対する報いなのだ。
覚悟さえあれば、たとえレギオンの人数が少なくなって解散したとしても付いて行くことはできたはずなのだから。
あの時、ほんの少し勇気があれば今頃お姉様の隣で一緒に笑っていられたのかも知れない。
…なーんて、私の実力では決して辿り着くことの無い理想の光景を思い浮かべたところで、意味なんて無いのにね。

………………………

"今"のレギオンメンバーと笑顔で喜び合っているお姉様を遠くに眺めながら、私は心の中で小さくお別れを告げた。

「さようならお姉様。もう二度と会う事も、共に戦う事もないだろうけれど。どうかお元気で。」

愛しいお姉さまへ

「貴方のことをお姉様って呼んでも いいでしょうか?」

 そう聞いたのは自分に自信がなかったからでした。貴方の役に立ちたくて副隊長になったというのに、私は何もできてません。
 外征の準備だって貴方に任せっきりですし、新しいヒュージを倒すの忘れたりもしました。先に倒して皆さんの負担を減らさなくてはいけないのに。
 だから、何もできない私と貴方との間に、絶対に壊れない繋がりが欲しかったのかもしれません。

 貴方がお姉様になってから、夜が楽しみになりました。おやすみなさいと言うだけなのに、何だか楽しくて。
 朝起きてチャットの履歴を確認して、お姉様からのお返事があると一日頑張ろうって思えて。一人でいた頃よりも毎日が楽しくなりました。 

 でも、不安になることもありました。私がお姉様のことをお姉様と勝手に呼んでいるだけで、お姉様は私のことを何とも思っていないんじゃないかって。
 でもそれは杞憂でした。誰よりも大切な私のシルト、そう言ってくれましたから。

「私は貴方の思いにちゃんと答えてあげられているかしら」
 もちろんです。むしろ、私の方がお姉様に思いをぶつけすぎてて申し訳ないくらいです。

「私の想いをちゃんと届けてあげられているかしら」
 大丈夫です、しっかり届いてますよ。 

「私は不器用だけれども、いつだって貴方に甘えているし貴方が誇れるお姉様であろうと頑張っているわ」
 お姉様が不器用だと思ったことはありません。真面目だとは思いますが……。でもそんなお姉様も大好きですよ!
 私もお姉様に甘えてます、普段寝る前にお姉様に頭を撫でてもらう妄想をしてるのです。
 そのことについてお姉様にカミングアウトした時、お姉様は受け入れてくれてましたね。すごい嬉しかったです、ありがとうございます!
 お姉様はいつでも私の誇りです。でもお姉様が心配ですから無理だけはしないでくださいね。

「大好きな貴方のために」
 私もお姉さまのことが大好きです。

 好き♥好きです♥大好きです♥愛してますよ、お姉さま♥

 チャットでは記号使えないから日記に書きました。チャットでも使えるようにしてほしいですね。そしたら毎日送るのに。

 ……だいぶ恥ずかしいですね。私もお姉さまと同じようにいつもの言葉で日記を終わりにします。

 おやすみなさい、お姉さま

世界一短い激励の手紙
「?」
「!」
 ─── これは文豪ヴィクトル・ユーゴーが出版社と交わした、世界一短い手紙の文面ですって。

「はーっ、負けましたわー…」

それは誰に届けるつもりもない、ただのぼやきだったの。
私たちリリィの日ごろの研鑽の成果を一週間に渡って連日競い合う晴れの舞台、
通称レギオンリーグ。

トップを争うなどと驕るつもりはないけれど、私たちのレギオンだって結束と士気では
決して人後に落ちない自信があるわ。
普段はのんびりしているけれど、ひとたび外征や練習試合となれば、誰もが何も言わなくても
自分のベストを尽くし合って結果を出す。
その連携の堅さから、人呼んで万里の長城とかウォールマリアって仇名されてる自慢のレギオン。
え、言ってない? ……ふふっ、どうだったかしら。

話が横道にそれるところだったわね。そうそう、華のレギオンリーグ。
あれは、開幕から3日目のことだったわ。

私たちの学園は腕に自信のあるレギオンが多くて、開幕から首尾よく連勝を決めたところも、
圧倒的な力で得点を稼ぎだしたところも一つや二つじゃなかった。
私が休憩に来たときも、ラウンジにはそんなリリィが大勢集まって勝利と幸運をお祝いしてたの。
曰く、無傷の3連勝だとか。
曰く、1000を超えるレギオンの中で20位、30位に入る活躍だとか。

そんな快哉に湧くみんなの中で。
そんな中で……そう。
私たちは。

───玉突き事故みたいなものですわね。

隊長はそう苦笑してさっさと切り替えた、ように見せていたけれど。
人一倍責任感が強くて心の細やかなあの方が何も感じていなかったはずがないわ。

そう、私たちは出だしからつまづいていた。前日には負けたもの同士の試合にもまた負けて、
下から数えたほうが早いくらいの順位まで転がり落ちてしまったの。
たった6日しかない連戦のうちの、早2日。
ラムネを飲んだくらいじゃ切り替えきれないものだってあるわ。

だからあの日の私は、
あの歓びの声に満ちたラウンジの中で、
その日の試合が始まる直前まで心が落ち着かなくて、
テーブルに突っ伏してひとりで小さな愚痴をこぼしたの。

そのときだったわ。

『陰ながら応援してましてよ…!』

不意に声をかけられた気がして思わず顔を上げたけれど、見回してもこちらを見ている顔はなくて。
気のせいかと思って向き直った卓上に、それはあったわ。

『 』

とあるアルファベットただ一文字が描かれた、誰への宛名もない、メモとすら呼べない走り書き。

見間違えるはずもない。
それは一人のリリィの名前。
私たちの友人だった、あるひとりのリリィの名前。
誰もが憧れるだろう晴れの舞台を目の前にして、出場の叶わなかった貴女の名前。

そうよ。この日記は他の誰でもない、貴女に向けて書いているの。
私があれを見た瞬間の、あの想いを伝えたくて。

抱えた事情を伝えてはくれなかった貴女だけれど。
誰にも別れを告げずに旅立った貴女だけれど。
勘違いでも構わない。声をかけて下さったのが貴女でなくても構わない。
届かなくたって構わない。

私の芯に再び火をくべてくれたのは、まぎれもなく、あの何も語らない一文字の手紙。

千の言葉を尽くしてもあの一字へ応ずるには足りない文才のなさが恨めしいけれど、
貴女の『激励』は、確かに受け取りました。

無事にリーグが終わった今、そのことだけは伝えておきたくて。
貴女がその『止まり木』を再び飛び立つ日を待っていますわ。

ゴリラと呼ばないで

 
シミュレータを使い一定時間内に出現するヒュージをどれだけ倒せたか数を競うレジェンダリーバトル
そんなリリィ同士の競い合いで、お姉様はついにAグレードに到達していた。
レギオン内でもAZを担当し誰よりも強いお姉様、そんなお姉様でもAグレードは手強いらしく
挑戦するたびに険しい顔をして帰ってくる。
「正面から攻撃するだけではダメね…、あまりに防御が硬すぎる。
 弱点を狙うしかないけれど、時間をかけているとスコアが…」
ノートに色んな情報を書き足しては控室で一人悩んでいるお姉様。
出てくるヒュージを全て調べ、弱点や攻撃パターンを研究し、マギをどれだけ篭めたら無駄なく倒せるのか、
レアスキルはいつ使うのが一番効果的なのか、ノートには膨大な情報が書き込まれている。

「どうしてお姉様はそこまで頑張られているんですか?
 ランキングが出るとはいえ、ただの訓練であって実際のヒュージの数を減らしているわけでもないのに」
「んー、ただの意地みたいなものよ。それにほら、私一人だけでも上位に残れたら
 うちのレギオンにはVBのトップランカーがいるんだぞって良い宣伝になるじゃない」
「まぁ!お姉様ったら。そんな事言われたら止められないじゃないですか。無理だけはしないでくださいね」
「ええ、ありがとう。もう少しだけ頑張るわ」
 
その後もお姉様は何度も何度も挑戦を繰り返し、スコアも少しずつ伸びていった。そしてついに--
「やったわ!ついに21万オーバーのスコアが出たわよ!」
「おめでとうございます、お姉様!」
お姉様はついに50位以内にまで上り詰めていた。
「これで少しはアタッカーとして皆も自慢出来るかしら」
そう言ったお姉様の笑顔はとても眩しく見えた。
 
 
数日後、たしかにお姉様の事は少し有名になっていた。けれど…
「ほら、あれがレジェンダリーバトルランキング上位にいるゴリラよ」
「凄いわよね、あんなに硬いヒュージを相手にあれだけスコアを稼げるなんて。どんな怪力をしてるのかしら」
「きっと所属しているレギオンもゴリラだらけなんでしょうね、動物園かしら」
その噂は、お姉様が描いていた素敵なものではなかった。
暴力で全てを捻じ伏せているゴリラリリィ、それが世間がお姉様につけた評価だった。
 
お姉様は力任せに倒したんじゃない!情報を集めて何度も、何度も、諦めないで
全てが偶然噛み合うたった1回を求めて挑み続けてようやく引き当てたんだよ!ずっと頑張ったんだよ!
私がいくら声を上げても、誰も取り合ってはくれない。雑談の中での評価なんてそんなものだと
分かってはいる、それでもそんな酷い嘲笑で呼ぶなんて。お姉様の事を何だと思っているの…。
結局どんなに私一人で頑張っても、一度定着してしまったゴリラ呼びが変わる事はなかった…。
これじゃあ頑張ったお姉様が報われないじゃない…、私は無力感に苛まれながらただ泣く事しか出来なかった…。

そんな泣く私の裏で

そんな泣く私の裏で
「見事にゴリラコール一色ね。呼ばれるんじゃないかって内心思ってたけどここまでとは思わなかったわ」
「そりゃAグレードのヒュージを全部一太刀で倒していくとか運以上にまず腕力とマギの強さが必要だもの、どう考えてもゴリラよゴリラ」
「本当に必要なのはパワーよりも運なんだけどね。まぁゴリラであることは否定はしないわ」
「そういえばあんたを慕ってるあの娘、あんたがゴリラって呼ばれてる事にショック受けてたわよ」
「知ってる、後で気にしてないってちゃんと言わないとね。ゴリラだって立派な称号よ、むしろ誇らしいわ。このゴリラに勝てるものなら勝ってみなさい、なんてね」

一人ぼっち

 
発端は急に開催を告げられたレギオン同士の順位を決める大会、レギオンリーグだった。
全力で戦って優劣を決めるというその告知にわたしは辟易していた。
リリィはヒュージを倒すために切磋琢磨しているのであって、リリィ同士で競うためではないでしょうに。
他のレギオンとの模擬戦すら忌避しているわたしはリーグのエントリー期間来ても、最後までエントリーしなかった。
メンバーもわたしと同じくリリィ同士の戦闘を嫌う者同士、不参加に納得して貰えた。そのはずだった…。

リーグも終わり結果が書かれた新聞とリーグから解放されたレギオンで外が盛り上がっている中、わたしのレギオンは重苦しい空気が漂っていた。
「隊長、私達はレギオンを抜けようと思います。
 リーグに参加して切磋琢磨したいんです、それはこのレギオンにいたら出来ないから」
そう言って除隊届がわたしの前に差し出された、その数は4つ…。
「どうして…、皆あんなにリリィ同士で戦うのを嫌がってたじゃない…。
 わたし達はヒュージを精一杯倒せたらそれでいいって…」
「気持ちは変わるものなんです…、ごめんなさい」
「皆楽しそうにリーグの話をしているのに、自分達だけ参加してないのは堪えられなくて…」
「隊長もまた新しいメンバーを見つけて下さい」
「それじゃあ、隊長。お元気で」
そう言って彼女達は控室から出ていった。
レギオンルームに残っているのはわたし一人、名簿に載っているのもわたし一人…。
何ヶ月もかけて集まった5人のレギオン、なのに解散するのは一瞬だった。
また、メンバー募集しなきゃね…。大丈夫、大丈夫。最初に戻っただけだから。
また1から始めるだけじゃない。きっとやりなおせるわ…。
 
 
それから2週間経っても、メンバーになりたいという娘は一人も現れなかった。
何人かは興味をもってくれても、リーグもマッチをやらないというとそそくさと去っていく。
どうして皆そんなにリリィ同士で戦いたいの…?わたし達の敵はヒュージだけじゃなかったの…?
わたしの考えの方が間違ってるのかな…。

いくら声を上げても、掲示板を告知を出しても誰一人来てくれない毎日。
希望者どころかチャーミィすら寄り付かなくなった静かなレギオンルームに毎日座っていると
自分がこの学園にとって要らない娘になってしまった、そんな風に感じる事が増えてきた。
あんなに煩いと思ってたチャーミィにすら見捨てられたレギオン、そんなものに存在価値なんてあるんだろうか。

いっそ自分が他のレギオンに入ろうかと思ったけど、募集しているようなレギオンは
どこもマッチへの参加が条件に入っており、マッチを一切やらないような娘を拾ってくれるところは見つかるわけもなく…。
日課にしていた外征任務への参加すら、ここ数日は止めてしまっている。他のレギオンに混じるたび、一人ぼっちの自分が余計惨めに感じるから…。
誰か、誰か一緒のレギオンになってよ…。もう一人は嫌だよ…。誰かと楽しくお話したいよ…。
この学園にとってわたしは要らない娘なの…?もう辞めどきなのかな…。

そんな事ばかり考えるようになってしまっていた時、1枚の掲示物を見つけた。
『サナトリム入寮者募集中。何かお悩みがあれば婦長が聞きますので遠慮なくメッセージを』
わたしは、藁にも縋る思いでそのアドレスにメッセージを送った。

工廠科からのお知らせ

工廠科からのお知らせ
ここ数日に渡って複数のレギオンより問い合わせを受けている
夏仕様グングニルの在庫状況ですが、現在グングニル自体が工廠科に1本も残っておりません。
ユグドラシルへ急遽発注をかけていますが入荷の目処も付かない状況です。
入荷日が決まり次第工廠科から周知しますので、それまで各レギオンの皆様方は
問い合わせを控えて頂けるようお願いします。ないものはないです。
せめて塗料だけでも分けてくれないかという質問も若干ながら来ておりますが
ただ色を塗り替えたところでCHARMの性能は変わりません。
アーセナルによるルーンの加工が必要です、プラモデルではないので大人しくお待ち下さい。
 
また、急なグングニル需要に伴ってメンテナンス用資材も不足気味となっております。
もし各レギオンで、誰も使用していないグングニルがあるようでしたら工廠科に
提供して頂けると助かります。修理用のパーツ取りに使わせていただきます。
ご協力の程、宜しくお願い致します。
上記のような都合上、グングニルの修理が一時的に難しくなる可能性がございます。
今暫くの間は大丈夫ですが、出来る限り大事に扱って頂けると幸いです。
特に、六角汐里さんは他のCHARMを使って下さい。お願いします。
 
以上、工廠科よりのお知らせでした。
 
 
※アステリオンマギカノンは真島百由さんが出張中のため現在受注受付を停止中です。
 既に発注済のレギオンの方々も納品までもう暫くお待ち下さい。

ひよどり

いつもありがとう
これからもよろしくね

新生小娘の冒険

ガーデンの入学初日。お姉さま方に新入生だというとレギオンに入ったほうがいいわと言われお誘いを受けた隊の控室で緊張しつつも期待を隠しきれない私、意を決してドアに手をかける。
ガチャガチャガチャガチャ…開いてませんわ!?
狼狽して道行くお姉さま方に聞いてみると部屋の準備がまだできていないだけだそうですわ…ほっと胸をなでおろしそこらで時間をつぶしてから再び扉の前に立つ

ガチャ…今回は開きましたわ!…あれ?隊長お一人ですの?さっきは満員と…あっ名前が似ている別レギオンなんですわね…失礼しましたわ…
自分のドジっぷりに顔を赤くしつつ非礼を詫びて退室する
初日からなんでこうもうまくいきませんの…

それから小一時間、ようやくお姉さま方の隊室を見つけて中に足を踏み入れる
第一印象が大事ですわ…完璧に決めますわよ
掲示板で大体どのような雰囲気かはリサーチ済み。「日記」をみてどういう校風かも理解しているから大丈夫ですわ!

「今日からお世話になるリリィです!ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いしますお姉さま方!…ですわ!」
慣れないお嬢様言葉を付け忘れ慌てて語尾のようにつける

「よろしくお願いします」
「よろしくですわ」
「いらっしゃーい」
「やあ!僕チャーミィ!」
………思ったよりフランクというかあまり肩ひじ張ってませんわ!?
まさかあれは日記だけの事…?
耳まで赤くなりながら涙目を悟られないように俯いて無難な答えを返す…その後の記憶はあいまいだった

帰ってから枕に顔をうずめてじたばたしたのは言うまでもありませんわ!

心無い心臓

自分で言うのも何ですが、私は薄情な奴だと思いますわ。

有り体に言えばレギオン解散しましょうなんて話を、なにしろ隊長でもない私から提案するのですから。
確かに何度も隊長と間違われる程度には仕切っていたけれど、隊長は私ではなかったですもの。
もちろん悩まなかったわけではないのですが、同郷の欠員レギオン複数を埋めるのであれば、きっとこれが最善。

けれど残っていたのは結成当初から変わっていないメンバーですから、愛着もあるでしょう。
断られる可能性もあったのですが……果たして私の提案はすんなり通っていました。
妥協はあったにせよ、それぞれが自分のスタンスに合った相応のレギオンに転属していく。
当初の想像とは違う行き先もあったけれど案の定、私も含めそれぞれが収まるところに収まりました。
目ぼしい欠員も埋まった事だし、結果は上々と言って良いでしょう。

ただ気がかりな事は、今でもレギオンルームに一人佇んでいる事があるという彼女の事。
もちろん気がかりというだけで何をするわけでもないし、できる事もありません。
本人も承諾の上とはいえ、一人にさせてしまった事に何も思わないではないけれど。
それでも、いくら気にかけていようと、何もしなければ何も思っていないのと同じ事。

自分で言うのも何ですが、私は薄情な奴だと思いますわ。

貴女を想う

私が貴女と初めて会ったときの第一印象は確か「いい人そう」だったでしょうか
実際に貴女はとても思いやりに溢れていて、明るくて、いつも輪の中心に居る素敵な人でしたね
私はそんな貴女のことをいつも目で追ってしまっていました
何故か貴女のことがいつも気になってしまって、意識を向けずにはいられませんでした

私は貴女のことをどう思っていたのでしょうか…

私は貴女と仲良くなりたかったのでしょうか
私はいつも貴女が楽しそうに微笑みながらお喋りしているところを見ると何故か寂しくなっていました

私は貴女に嫉妬していたのでしょうか
私は私の欲しいものを何でも持っている貴女が羨ましくて仕方がありませんでした

私は貴女に見てもらいたかったのでしょうか
私は貴女と出会ってから目立ちたがりになった気がします

私は貴女が…

もう何もかも遅いですね
それでも私はいつか貴女のようになって、貴女の見る世界を私も見てみたい
貴女の世界に私は居ないでしょうし、私の世界に貴女は居ないでしょうけれど、せめて同じ景色をいつか見られますように…

銀の枷

 
緩んだ首輪に、傷んだ鎖。
脆く儚い、銀の枷。

ひとたび力を込めさえすれば、
首輪は容易く千切れましょう。
鎖は役目を終えるでしょう。

だけれどそうして逃げたところで、
貴女は、きっと悲しまない。
慈愛を湛え、その背中を見送ってくださるでしょう。

そんな貴女が、心寂しくて。
そんな貴女に、思慕が募る。

だから枷は、このままで。

この想いが罪なのだとしたら この苦しみは罰なのだろう

この苦しみを吐き出さずにはいられないわたしの弱さもまた罪なのだろう

ならばそれにふさわしい罰をまた受けることになるのでしょうか

貴女はきっと気付いてしまうのでしょうけど 貴女は何も悪くありません

わたしが全て悪いです

貴女は幸せになるべき人です

だからわたしの存在を貴女の中から消してください

それだけが貴女がわたしに与えることができる施しと、罰です

ごめんなさい さようなら

憧れの副隊長

窓。
ガラス一枚を隔てて鬱蒼とした緑が生い茂る。
蝉が鳴く。
そんな夏の時期。

こちら側。
殺風景な部屋は暗く、閉じている。
私は泣く。
そんな夜のこと。

私は隊長だ。
なんてことはない、ただレギオンを創設した、という証に過ぎない。
実際戦力にはなっておらず、序列も下から数えた方が早い。
でも隊長だ。
故にレギオンに係る責務は全て負う必要がある。

「肩ひじ張らずに」
そんなことを言ってくれるメンバーもいる。
けどそれは無理だ。
私はこのレギオンを立ち上げたものとして、満足のいく結果を出さなくてはいけないのだ。
気にしないようにと努めても、昼夜問わず頭に過る。
ああすればよかった。
こうしていれば。
それを拭う術は持ち得ない。
唯一、成果のみが私を救う。

慣れないヒュージとの戦い、模擬訓練、特別課題。
そのどれにおいても私は中途半端で、目立たない。
そんな私が率いるレギオンはどうだろう。
成績を見るたびに胸の中に言いようのない感情が澱となって溜まっていく。
分かる。
求めている。
誰よりも結果を、認められたいと、分不相応なことを願っている。

「たいちょー」
小さな影が小走りに近づいてくる。
両手で書類を抱えている彼女は副隊長だ。
逆境でも明るく前向き。
なおかつ今ではレギオンの作戦も実働の指揮も担っていた。
でも隊長は私。
だから彼女の提案や承認申請に判を押す。
勿論異存はない。むしろありがたいくらいだ。

思えば、いや思わなくとも事実として彼女の周りには人が多かった。
常に華やかで眩しい。
私は壁の花、あるいは日陰の苔のように遠巻きに窺うしかできなかった。
近寄りがたい、というのが理由の一つ。
レギオンを作りメンバーを募集したとはいえ、元来私は内向きだ。
だからこそ表向きな業務は全て副隊長が代行するようになっている。

それがまた更に私を孤立させているのだけれど。

控えめに見て私のレギオンは可もなく不可もなく、といったところだろう。
ポテンシャル自体はあると思う。
ただそれを発揮することは出来ていない。
申し訳ないことだと思う。
いっそ私ではなくあの子が完全に隊を掌握してくれたら、あるいは。

そんなありえもしない他力本願。
無責任にもほどがある。
けど私にも限度がある。

私は弱い。
誰かを牽引することも、過度な期待を背負うことも慣れちゃいない。
でもやらなきゃ。
そんな気持ちでこれまで頑張ってきた。
頑張ってきたつもりだった。

失敗を重ねるたびに揺らぐ自信。
ヒュージを仕留めそこなった時、模擬戦に負けた時、隊室に漂う居た堪れない空気が苦手だ。
いっそ叱責や怒号が飛び交うなら言い返すことができるのに。
大丈夫。
次がある。
頑張ろう。
優しい言葉が逆に辛い。

隙間を縫うように冷たい視線やため息を感じる。
いやそれは思い込みによる錯覚かもしれない。
だってレギオンのみんなはとてもできた人たちだ。
明らかに格下の私についてきてくれる。
支えてくれると言ってくれる人もいる。
だからこそ、私は、辛い。
こんないい人たちに報いることが出来ない自分が恨めしい。

今も副隊長が今回の敗因の分析と新たな作戦を提案している。
私はそれにただ頷くしかできない。
自然と出来上がる輪の中心。
それは私ではなく、副隊長だ。
彼女の見つめる私の視線は傍から見ればどう受け取られるのだろう。

暗い部屋。
夕暮れから夜へと変わる僅かなタイミング。
まだ諦めないとでもいうように蝉が鳴いている。
普段なら煩いと思うだろうが今はそれで構わない。
ベッドの上で膝を抱き、すすり泣く私の声をかき消してくれるから。
無力感? 焦燥感? 不安? それとも、嫉妬?
涙の理由はさまざまだけど、私においてはたった一つ。
後悔だ。

「お姉様ぁ……」

呼び声に応えるものはこの部屋にはいない。

私は隊長だ。
でも最初からそうだったわけではない。
かつては別のレギオンに所属し、今よりも気楽に過ごしていた。
他のメンバーよりもちょっとだけ要領のよかった私は、レギオン内での序列もそこそこで、自信があった。
前向きだった。
それが井の中の蛙と分かりつつも、背伸びをせざるを得ないくらいには。

今にしてみれば以前のレギオンの方が成績は芳しくはなく、互いにフォローし合っていた。
各いう私も落ち込む当時の隊長に「気にしちゃダメですよ」と声をかけていたものだ。
悪気はない。
軽い気持ちで。
本当にウソ偽りなくそう告げていた。
だからこそ今のレギオンメンバーからの言葉も疑ってはいない。
でも駄目なのだ。
言葉は便利なようで不便だ。
分かっていたって受け取るものの心次第になってしまうのだから。

つまりは私自身の問題。
それでこの話はおしまい。

「帰りたいよぉ…」

ふと漏れる。
ここが私の部屋なのに。
分かっている。帰りたいのは場所じゃない。
あの時、だ。

意気揚々と「もう少し頑張ってみたいと思います」などと言って隊を抜けた私。
残念そうにしながらも引き留めることはなかった隊長。
そうして離れ、連絡を取るのも恥ずかしくなった今、気づいた。
私はあの人の傍にいる時が一番楽しかったのかもしれない、と。
単なる思い出の美化かもしれない。
それでも、と思わざるを得ない部分がある。

仮にあのまま私があのレギオンに残って、あの人の隣で副隊長を続けていたら。
あり得ないとは思っても、期待してしまう。
お互いにお互いを補い合うような関係になれたのかも、と。

私は隊長だ。
でもそんな器じゃあない。
副隊長に憧れる。
あの日の自分に戻りたいと焦がれる。

蝉の声が止んだ。
夜はまだ長い。

太陽

私の太陽、眩しい、憧れの人
私はいつも遠くからあの人を見ている
眩しくて他の何も見えなくなる
それでも見続けてしまう、見ずにはいられない
あの太陽を目指して一歩ずつ歩いていく

夜の帳が降りてきて、私の太陽を覆い隠してしまう
太陽を見続けた私の眼は何も映さなくなってしまった
私はこれから何を目印にして歩いていけばいいのだろうか

私の心

 
貴方は雨
優しさで私を包んでくれた
私にはその雨粒の一つ一つが輝いて見えた
太陽のように輝いて見えた…

貴方の一粒一粒が、好きでした

懺悔

ごめんなさい。
あなたに言った言葉は嘘ではないんです。
でも、今日声をかけてくれたのはあの人だったから。

ごめんなさい。
あの人がいても、私はあなたに声をかけられたらまたこの手を貸してしまいます。
そしてまた、あなたを裏切ってしまう。

ごめんなさい。
あなたは私のことを「優しい」と言ってくれたけど、私は全然優しくなんかない。
本当は酷い女なんです。これでわかったでしょう。

ごめんなさい。
それでも、あなたのことを好きで居続けます。
それでも、あの人のことを愛してしまいます。

ごめんなさい。
直接言う勇気がなくて、こんなところで懺悔する私を。
どうか、見ないでください。
どうか、見捨てないでください。

ごめんなさい。
ごめんなさい。

立つ鳥跡を濁さず

 
「私、このレギオンが大好きです」

なんてことを言ってくれる隊員がいる。
気持ちを口にするのは少し気恥ずかしいけど、それでも口に出しておきたかったのだと。

そんな立派な言葉を聞く度、私は自分が少し嫌いになる。

私が今のレギオンに入った理由はなんてことはない、ただの成り行きだ。

偶然レギオンが解散し、偶然新しいレギオンが立ち上がり、偶然そのレギオンの演習時間が丁度良かっただけ。

所詮はレギオンなんてヒュージと戦う為だけの戦闘単位だ。
戦死者は出るだろうし、戦いに着いて来られず引退するリリィだってきっと出てくる。
だから隊員に情を持つなんて無駄なことだ、なんて言い訳して私は隊員と深い関わりを持とうとはしなかった。

だって、自分だって例外ではなく、いずれヒュージとの戦いに敗れて死ぬのかもしれないのだから。

その時、誰かが私の死を引きずることなんて無い様にして欲しかった。

そしてその時は意外に早く訪れた。

なんてことはない、授業の時間が変更されるという通知。
その変更が行われたら、演習時間が合わなくなるというだけの話だ。

自分がレギオンからいなくなるなら戦死だと思っていたから、それだけは意外だった。

「隊長にだけは、先に伝えておかないと」

どうせ深い関わりのある隊員なんていない。
少しだけ悲しまれて、人数が埋まるまで少しだけ不便を感じて、埋まったらその内忘れられる。
自分は新しいレギオンを探すのが少しだけ面倒なだけ。
なんてことを思いながら夜中に隊長の部屋を訪ねた。

「夜分に申し訳ありません、隊長」

思えば隊長と話すなんていつ以来だろう。
優秀な隊長だと思う。
強いリーダーシップ、的確な指示、大胆な作戦。
常にクールで冷静沈着。
そんな人だから、この件についても冷静に受け止めて特に気にしないだろうと、そう思って私は話し始めた。

「──ということで、脱退することになりました」

隊長は、暫く何も言わなかった。
悲しんでいるのだろうか、それとも怒っているのだろうか。
隊長のことだから、冷静に今後の演習の戦力を考えているだけなのかもしれない。
5分程の時間を掛けて、ようやく隊長の口から出てきた言葉は、意外なものだった。

ありがとう、という感謝の言葉だった。

あの時はありがとう。
あの時は嬉しかった。
あの時は頼りになった。
仕方の無いことだけど、違うレギオンに行ってもリリィを続けているならまたいつか会える、と。

気にされていないと、思っていた。
それぞれが自分の役割をこなしているだけだと。

なんてことはない、隊長がいつもクールで冷静沈着だと思ってたのは私の勝手なイメージで。

少し話せば分かるそんなことも、私は知ろうとしてなかったのだという事実に、そして自分の気持ちにも、今更気付いたのだった。

「隊長。私は、このレギオンが大好きだったのかもしれません」

立つ鳥は跡を濁さないものだ、だからこの言葉もきっと余計だろう。
だけど──

「もっと、もう少し、早く知りたかったです」

「もっと、このレギオンの為になるようなことをしておきたかったです」

「今まで、ありがとうございました」

強さを求めたその先に

 
今のレギオンを少しでもマッチで勝たせてあげたい
その一心で私は戦力アップに励んできた。
より大きな攻撃力を、1発でも多く受け止めるだけの耐久力を。
そうして研鑽するうち、気付けばゴリラと呼ばれるほど強くなった。
相手からも集中して狙われるようになり
思うように戦える事も減ったけれども、それだけ他のメンバーへの
負担が減ると思えばむしろ望ましいくらいだった。
自分のやってきた事は間違ってないと思っていた。
そうあの時まではそう思っていたんだ。
 
それはある日のこと
「最近ゴリラがいる相手ばかりとマッチしますわね…」
何気ない会話だった。しかし、そう言われて私は
ある事が気になってしまった。
マッチはレギオンの順位や強さによって相手を決定している。
少しでも勝率をあげようと私は戦力をあげてしまった。
他のメンバーと比べても2回りも3回りも高い戦力値。
もしその高い戦力値のせいで他のメンバーにとっては
つらいだけの相手とマッチするようにしてしまったとしたら…。
 
気の所為だと思いたかった。ただ順位が上がったから強い相手にぶつかっているだけで
負けたらちゃんと低戦力の相手と当たるようになるだろうと。
しかし、連敗しAランクに落ちてもマッチする相手の強さは変わらない…。
平均戦力20万以上、ATK7万オーバー、第1回リーグ100位以内
そんな相手に頻繁にマッチし続ける。
 
私は間違ってしまったのだろうか…。本当に皆のためを思うのであれば
1人戦力を上げたりせずに戦力アップの歩調を揃えるべきだったのでないか
少しでも負担を減らしたいと思っていたのに負担を増やしてしまったのではないか
答えはマッチを決定している教導官達しか分からない。
でも、本当に飛び抜けて強くなってしまった私のせいでメンバーがつらい相手と
当たるようになってしまったのだとしたら……。
最近、脱退の2文字が嫌に目について離れてくれない。

日記

日記を読んだ。誰の物かも分からない日記を。
私のことが書いてある気がした。
なんで直接言ってくれないの…?
なんで私たちはこんな風になっちゃったの…?
…私のことじゃないはずだ。
そんな事あるわけがない。
筆跡だってあの子とは違う気がする。
だから大丈夫…きっと…私は大丈夫…

この日記は、あの子に気付かれませんように…

真実

知ると言うことは記憶するということだ
たとえそれがどんなに残酷な真実であろうとも、一度知ってしまえば記憶に刻み付けられ、心には不可逆な傷が付けられる

あぁ、どうしてあの禁断の果実を口にしてしまったのだろう
こうなることは分かっていたのに
それでも知らずには居られなかった
後悔することは知っていた

私はいつ、失楽園となるのだろうか
なぜ私はまだここに居るのだろうか
その答えはまだ知らない

風見鶏

もともと本気でやるつもりはありませんでした
けれど古巣のレギオンが躍動する姿を見てなぜか後悔が残りました
その感情をきちんと受け止めないままに新しいレギオンでは強さを求めました
結果残ったのは積極では通用しませんがゆるふわでは浮いてしまう力だけでした
私はどこから間違えたのかしら…誰にも言えず悶々としています…
嵐が起きて私を導いてほしい…もう悩むのには疲れました…

諦めない

これはわたしの決意表明
弱虫で泣き虫で意気地なしで、一人じゃなんにもできないわたしが、自分で自分を奮い立たせるための日記
すぐに揺らいじゃうかもしれないけど、またくじけちゃうかもしれないけど、それでも今この瞬間の決意を忘れないための日記
この日記を見て、決意を取り戻せるように

わたしは絶対に諦めたくない
この感情に蓋をしたくなんかない
決して届かないとしても手を伸ばし続けたい
後悔だらけの道になるかもしれない
全て喪って何も残らないかもしれない

怖い

それでも何もせず何も得ずに後悔なんてしたくない
中途半端で満足なんてしたくない
欲しいもの全て手に入れるまで立ち止まりたくない
泣き言を言うのは…たぶんやめられないけど、これがわたしだからこれでいい
わたしはわたしのままで、自分に嘘をつかないで、頑張っていきたい

2021年7月23日
第2回レギオンリーグまであと2日
わたしが立ち止まってしまってから3か月
遅すぎるなんて分かってる
でも諦める理由になんかならない、しちゃいけない
絶対に諦めないで

すこしだけ事実

「この物語はフィクションです。
 登場するリリィ・レギオン・名称等は
 架空であり実在のものとは関係ありません」



「…腰をやりましたわ…」

ヒュージが爆散した直後に、小声で隊長がそう言った。
大声が出せない、ガチでキツイ状態の人が出す声だった…。

私「なんじゃと!?」
思わず定型で反応してしまった私

同室「…はわわ…」
素ではわわ…と言うタイプの私の同室

2番目お姉様「腰を…?」
3番目お姉様「今の戦いで私達が抜かれて、後衛の隊長に攻撃が!?」

前衛序列2番目と3番目のお姉様たちが振り返り。
ヒュージを完全に圧倒していたエースの
お姉様もさすがに慌てたように駆け寄ってきて…。

エースお姉様「まさか…骨折ですの?」
隊長「(梅様スタンプ)」
新入りの方「どっちの意味かわからなくて怖いです!?」

隊長の側にいた新入りの方のツッコミに、寡黙で冷静な後衛のお姉様達も
心配そうにうん、うん…とうなずく。

隊長「大丈夫、古傷が痛んだだけですわ…普段は問題なくて…
   たまーに激痛に襲われるだけですわ…ッ」
2番目お姉様「脂汗がすごいですよ!?」
エースお姉様「リリィは膝や腰がボロボロになりやすいですからね…」
同室「…安静にして、ガーデンに連絡して撤退した方が…」
私「(ヒール)」
隊長「ヒール゛はきかないですわね゛…」
新入りの方「(防バフ)」
隊長「なぜかちょっと効きましたわ…」

その時、寡黙なお姉様'sのスカートの裾を子猫を抱いた幼女が引っ張って。

幼女「お姉ちゃん怪我しちゃったの…?この子のママ、探せない?」
子猫「ニャー」

迷子の子猫の親を探して、廃墟区画に入り込んでしまった迷子だ。
アクシデントは連鎖するのだ。
私達はヒュージ討伐中に、迷子猫と幼女に出会い、隊長は腰をやった。

寡黙で冷静な後衛のお姉様2「!前方にヒュージ反応!ホロウタイプ!」
隊長「なん…だと…!」
親猫「フーッ!」
3番目お姉様「ああっ!ヒュージの側に他の子猫と親猫のすみかが!!」

アクシデントは連鎖するのだ!

幼女「猫ちゃんのママー!」
子猫「ニャー」

幼女と猫には悪いけれど、この場は撤退するしかない…私達がそう思った時だ。

隊長「…!」(梅様スタンプ)
CHARMを杖にして、隊長は、力強く微笑み頷いた。
もう声を出せないほどつらいはずなのに…!夕日を背にした顔に、大粒の脂汗が輝いて…!

エースお姉様「…やりますわ!隊長を安静にしつつ!ヒュージを蹴散らしますわよ!」
全員「(梅様スタンプ)」

そうだ、この程度の敵なら8人でも対処可能なのだ。
隊長のギックリ腰に動揺するあまり、正確な判断を欠いた私達を隊長は
自ら体を張って、リリィとして正しく導いてくれたのだ…!
8人でもノインベルトさえ撃てれば勝てる!

だけど、負の連鎖は決意だけでは断ち切れなかった…。

私「パスを受けとりましたわ!…フィニッシュショットじゃない!?
  ……しまった!」

本当にアクシデントは連鎖してしまうのだ。
戦闘に入った時、動けない隊長まで人数にカウントされてしまったから
このノインベルトは9人でマギを込めないと失敗判定になる!

その時だった。
──隊長が飛んだ。

暴発を恐れて、高く放り上げたパスマギスフィアを追って隊長が飛び上がり
そして夕日を受けて輝きながら、ヒュージに叩き込んだのだ。
大いなる自己犠牲をもって、隊長は不幸の連鎖を断ち切った。

夕日の眩しさに目を閉じることもなく。
今まで見た中で、一番美しく気高いフィニッシュショットを私たちは
全員で、瞳に焼き付けた……。

救護スタッフに運ばれていく隊長が、担架の上から私達を手招いて
「…逃げロって意味よ゛…あれ…ッ!」

……ごめん。

夢の終わり

第二回レギオンリーグが始まる。今回のリーグは私にとって本当に特別な戦いだ。

この戦いをもって、あらゆるヒュージを打ち倒すエースリリィのお姉様がいなくなる。
この戦いをもって、レギオンを陰ながら支えてくれていたお姉様がいなくなる。
この戦いをもって、レギオンを明るい雰囲気にしてくれていたお姉様がいなくなる。
みんな、それぞれの目指す道に分かれて歩み出していくのだ。

今にして思えば、こんな素敵なメンバーの中で一緒に戦えていた日々こそが、あまりに出来過ぎていたのかも知れない。
私の実力には過ぎた、それこそ夢のようなメンバーでした。
レギオン対抗の試合では阿吽の呼吸で連携し、強豪相手に大金星を挙げ有力レギオンに名を連ね、
外征では瞬く間にヒュージを撃破する…そのような場所に私が籍を置く機会は、多分、今後もう二度と無いのだろうと思う。

だからこそ、このリーグこそは最高の思い出にしたい。
叶う事なら結果という形で永遠に記憶に残したいけれど、少なくとも後悔はないようにしたい。

そんな思いを胸に抱きながら、ついにレギオンリーグ開幕の日を迎えたのだった。

夕映えの茵

隊室に戻ると、むっとした熱気が私を出迎えた。
鼻を働かせると感じるのは薄っすらと、しかし確かな生々しいにおい。
先ほどまで誰かと誰かがここで情を交わしていた、その動かぬ証拠だった。

窓に飛びつき、勢い開く。大窓に小窓、換気扇も回して、空気を入れ替える。
みんながくる前に、とにかく早く。いったい誰が、なんて考えはしなかった。

ばたばた動いている内にあらかた空気が入れ替わったのだろう、
いつもの隊室のにおいになったのを感じてひとまず安堵した。
あとは、現場のソファーを確認しなければいけない。

隊室の中央に鎮座する、4人掛けソファー。
隊長と選んで買ったそれを、今は選んだ時以上に厳しい目で眺めていた。
何かにおいはついていないか、どこかが湿ってはいないか……
大きな荷物を脇によけて、入念にチェックする。見落としは許されない。

十分以上かけて精査したが、痕跡のようなものは残っていなかった。
安堵してソファーの正面の椅子に腰を掛ける。これでようやく人心地。

それにしても。
今回は私が最初に入ったからいいものの、他の隊員が入って来たらどうなっていたやら。
少し考えてしまう。隊室にあのにおいが残っていたら、みんなは誰のことを想像するのだろうかと。

最初に浮かぶのはやはり、レギオン内のあのカップルだろう。
本人たちは一応隠しているが、もはや公然の秘密の二人。
お付き合いを初めてしばらく経っているから、そういうこともしているだろうし。
……いや、どうかな。あの二人なら手慣れているだろうから、こんな不始末しなさそうだ。

じゃあ、他には誰が……?
レギオン内にはほかに知られているカップルはないから、
みんなに知られていないカップルか、あるいは誰かが外から連れ込んだか……?
疑われるのはその辺りだろうか。

人懐っこいあの子とか、真面目で勉強会によく出席するあの子とか
外に相手がいてもおかしくない子はいる。
でも、隊室に連れ込んだりするだろうか。
普通に考えたら、わざわざ隊室を選ぶことはないかな。

私の愛する隊長はどうだろうか。
考えようとして、それにあまり意味がないことに気付く。
なにせ日ごろから隊長の言動には気を払っているのだ。
特定の相手がいることを匂わせるようなことは、これまで一度も言っていないはずだ。
だから多分、疑われたりはしないだろう。

……だめだな。いい答えが浮かばない。
ちょうど疑わしい人が居ないのだ。
これでは、同じような状況になったときにレギオンに混乱が生まれてしまうだろう。
これから気を付けないといけないな。

事の真相

後始末が済んで、考え事も終わったので
ソファーの上の大荷物に声をかける。
「隊長?そろそろ起きてくださいよ、もう」

何やらむにゃむにゃという声は聞こえるが、起きる様子は無かった。
珍しく、後始末は私に任せてーなんて言うからそれに甘えたのに
シャワーを浴びて戻って来たらこれである。
片付けどころかすっかり寝入ってしまって、結局私が処理することになったのだ。

腹立ちまぎれにつつ、とほっぺたを突っつく。むにゃむにゃがむがむがに変わった。可愛い。
つつきながら考える。今回はなんとかなったけど、これからは気を付けないといけない。
適当になすり付けられる人もいないみたいだし、やっぱり隊室でするのはまずかったな。
つんつん。隊長が可愛いのがいけないのよね。そもそも。それで私も思わず……
つんつんし続けると、少し苦しそうなうめき声が漏れ出た。思わず指を引っ込める。
さっきもこうやって可愛がりすぎたのかな、なんて少し反省してしまう。
隊長なのにいいようにされちゃったから、それでせめて片付けするって言ったのかな。
でも体力いっぱい使ったから、それで眠ってしまったのかな。なんて。
そういうところも可愛い。隊長は全部が可愛くて、これはまたそのうちやってしまうんだろうな。

お願い神様

「お姉様、今日も勝ちましたし褒めてください!」

 レギマと外征を終わらせるとそう言ってシルトが甘えに来る。
 無邪気に笑いながら抱きついてくるシルトを受け止めて撫でながら私は思う。
 この幸せを離したくない、と。
 でも私のシルトは可愛いうえに強くて、みんなに頼られている。いつかはきっと私の元を旅立つのだろう。
 そんなのは嫌だ。だけど彼女の前でかっこいい姉を気取る私にはそのような弱音なんて吐けない。

「お姉様……?」

 黙ったままの私を不安そうに見上げてくるシルトになんでもない、と告げて抱きしめる。
 心地のいい暖かさと確かにここにある鼓動を感じられて、幸せが溢れてくる。
 シルトから頼られると嬉しい、甘えさせてほしいと言われるともっと嬉しい。頼られて人気者な彼女がこうして甘えてくるのは私だけなんだと思うと、そんな彼女の癒しになろうと思う私とともに、彼女の傍には私だけいればいいという浅ましい私がいるのを実感する。
 こんな感情は間違っている。自覚しているけれど、感情を制御できるほど私は大人ではない。

「キス、してもいいかしら」
「お姉様になら……はいっ!」

 じぃと見つめながらシルトに問いかける。彼女は少し恥ずかしそうに了承してくれた。
 そんなところも可愛いと思いながら彼女の首筋に口付けを落とす。少し強めにキスをして跡をつけていく。隠すことができる場所と、隠せない少し上の方に。
 こうすれば、彼女は私のシルトだと知らせられる。彼女は私だけのシルトだと主張できる。そんな仄暗い独占欲を灯しているのはきっと私だけだろう。
 そう理解しながらも、私はこの衝動を止められない。この先に待つのがなにであろうと、私は彼女を手放したくない。いつまでも二人で歩み続けたい。
 だからどうか、どうかお願いします神様。私とシルトの道行きを祝福してください。

隣にいられたこと

「ごめん。私疲れちゃった」
そういって隊長だった彼女はレギオンの解散を宣言した
9人もメンバーがいればそれぞれの都合があって思いがあって…もっと強く上に行きたい娘もいれば現状がきついから緩くと言う娘もいる
笑えるわよね?ずっと見てきたつもりなのにそんなメンバーに板挟みになっていることすら気が付かないで呑気に貴女と世間話をしている私…なんて滑稽でバカなんだろう
結局隣で肩を並べてヒュージとそして他のレギオンと戦う事に満足して支えた気になって…
あれから数週間…ぽっかりとした喪失感…あの時あれをすれば、こうしていればなんて無意味な後悔ばかり頭をよぎる
ふらふらしてたら声をかけられてそのままあの娘のいないレギオンに入っていた
新しいレギオンの隊長やメンバーも優しいし不満はない…むしろ恵まれていると思う
けれど私の心は晴れなくて…ダメだな…こんなに誰かに依存するタイプじゃなかったでしょうに
憂さ晴らしにガーデンから要請のあったレストアのラージ級…なんだっけゲボイデ?行こうかな…
なんて思っていたら急に端末が着信を知らせる
「ヤッホー元気?」
「貴女…いきなりどうしたのよ…」
かつてのような能天気な声…彼女だ
「いやーこれからあのレストア倒しにいくんだけど手伝ってー」
「なに…思ってたより元気そうじゃない?」
「んー?ちょーとゆっくりしてたんだけどやっぱりヒュージ倒すのがお仕事だし?それにやっぱり君が隣に居てくれると安心するんだ!」
「…ふふっ分かったわよ、直ぐ行くから待ってなさいな」
今は違う道を歩いてるけどたまには貴女の隣に戻らせてもらう…そんな付き合いも悪くないかな…なんて
貴女の隣にいられたこと…感謝してます

自叙伝、或いは遺書

 
──わたくしの原風景は何だっただろうか。
思い当たるのは以前居たガーデンでたまたま見かけた奇異な催事。
綺羅星の如きリリィ達がCHARMを振るいあい勝者には栄誉と報酬が与えられる決闘のような催事で、主催者の先輩が
「これはリリィが成長するために必要な訓練なのよ、きっと今後の役に立つわ」
なんて熱弁をふるい体験者を募っていたのを記憶している。
そもそもリリィというのは対ヒュージの決戦兵器、人類を守るための盾であり剣だ。
リリィ同士の戦いは戦闘技術の研鑽を行うための模擬戦でありそこにランキング制度や報酬をつけて比重を置く事は間違っているはず。
一緒に居たレギオンの仲間達は
「馬鹿げてる」「リリィとしての本懐を見失ってるんじゃないか」
とその日のミーティングで口々に言っていたと思う。
けれどわたくしは、わたくしだけはその時の先輩方が戦いの中で見せた凶暴性──獣性にどうしようもなく惹かれていたのだ。
 
 
結論から言えば当時のレギオンメンバーの大半がその『レギオンマッチ』にのめり込み、わたくしも戦術を皆で考えたり当時のシルトと競い合うように鍛えあって楽しく参加していた。
今のガーデンに転校する事になった時も変わった時間帯(授業の休憩時間でも戦いたいレギオンが結構あるらしい)に決闘する事を目的としたレギオンに受け入れてもらえて……
カリキュラムの都合でそのレギオンは早々に離脱する事になってしまったのが今でも悔しい。
次のレギオンは物静かな先輩が多くて「入るレギオンを間違えたかしら」と思った矢先に
「戦いの最中は都度この端末を使って指示しますから」
前衛の副隊長からインカムを渡され、続けて
「こちらが当レギオンの戦術です、基本はこれをなぞりますから覚えてくださいね」
後衛の副隊長から何冊もの戦術ノートを渡された時、わたくし(知性のない獣の様に好き勝手に戦っていた)は『火』を獲得したヒトの様に高揚し、結局その日は眠れなかったのを鮮明に覚えている。
 
わたくしは群れを利用し狩りをする事を学んだ。
ただ力をふるうだけの、知性のない獣ではなくなった瞬間だった。
 
 
『レギオンリーグ』──レギオンマッチをより厳しくより苛烈にした大会で定められた期間毎日戦い続ける事ができる天国の様な大会。
もっともリーグ後は疲弊からか各ガーデンのレギオンで欠員はもちろん、そこから再起できず解散が相次いで開催自体が間違いだったんじゃないかと論争になった。
リーグに否定的な空気が漂う中で誰に聞かれるかもわからないのに
「馬鹿馬鹿しい、あんなに楽しい事なんて他にないのに」
侮蔑する様に吐き捨てる程度には闘争本能に頭が焼かれてどうにかなっていたんだと思う。
或いは自分の獣性を飼いならせず暴走させていたのかもしれない。
 
 
もっと戦いたいから、なんて自分勝手な理由で今のレギオンに移籍した事が、わたくしを獣以下の汚らわしくおぞましいなにかに変える最後のきっかけだった。
 
闘争への熱量を共有できる群れ、獲物を狩るための戦術、戦場を見通して的確に指示を出すリーダー、そしてあのリリィ──
『彼女』はわたくしが戦った誰よりも強くて侮りや驕りが一切混じらないただの屈服感を与えてくれる美しい生き物だった。
闘争本能のままに屈服させあって、獣性のままに優劣をつけて、負ければ次に会った時は殺してやりたい……なんて血なまぐさくて汚らわしい感情で戦うだけの獣に成り下がっていたわたくしを
少しでもヒトに戻してくれる様な衝撃を与えてくれた『彼女』はこのレギオンの絶対的なエースだった。
自分のために戦うだけだったわたくしが
「(このリリィが思う存分力を振るう所が見たい、今の戦力だと集中砲火を受けるのは間違いなく彼女だから……デコイが必要だわ)」
自分を犠牲に、他人のために自分を殺す思考をする。
彼女が望むかはどうでもよくって、これだけの力を持つんだからわたくしと同じ考え方をしているに違いない、思う存分力をふるって自分の優位性を証明したいに違いない
勝手な思い込みで尽くそうとする狂信者になってしまっていた。
 
元が知性のない獣から引き上げられたヒトもどき、やはりヒトの様に振る舞うのは難しくて。
わたくしが思いついた案といえば自分が強くなって並びたてば狙いが分散するかもしれない、結局今までどおり自分の牙を強く鋭くする事だった。
 
 
その日は珍しくガーデン内の同じコミュニティ(同盟とも言えるかもしれない)に属するレギオンとの決闘で、わたくしに『火』を与えてくれたレギオンでは叶わなかったお披露目の機会。
「(相手はきっと彼女を抑えに来るだろう、妨害され続ければ身動きが取れずに負けてしまうかも……うまくデコイにならなくては)」
ヒトのわたくしが彼女への勝手な献身を考える一方で
「(ああ、とうとうこの日がやってきた……わたくしが優れた生き物だと証明する機会がきた! 今まで居たレギオンや今のレギオンに選ばれたわたくしが、わたくしこそが優秀な牙を持った生き物なんだと喧伝する機会が!)」
獣のわたくしが自分の首輪を誇らしげに掲げる。
 
結果、わたくし達のレギオンは勝利した。
衆人に向けて今までの所属の名前を連ね掲げ対戦相手への感謝の遠吠えをあげる、この瞬間がリリィとして生きてきて一番の輝きを放っていたに違いない。
この時の思い出だけでわたくしは何があっても生きられるんだ、そう思っていた。
一日の戦いを締めくくる最後の時間帯のリリィ達がレギオンマッチに向けて各々CHARMのチェックや打ち合わせをする中で、あるリリィが通る声で観客にレギオンの解散を告げるまでは。
 
 
──まず声を聞いて、聞き覚えがあると思った。
──次に顔を見て、あのレギオンで一緒に戦っていた先輩だと認識した。
──最後に彼女が所属レギオン名を告げ改めて解散を宣言して、わたくしは今自分がどこに居るのかも今まで何をしていたのかもわからなくなった。
 
 
思わず当時の副隊長に連絡を取り事情を聞いて、あの時脱退しなければなんてどうしようもないたらればを添えて謝るだけのわたくしを、糾弾せずに仕方がなかったと言う副隊長。
レギオンメンバーの前で泣いてしまって迷惑をかけたり、数日は自分でも何をしているかよくわからなかった──今思い出そうとしてもむずかしい、当時は感情が荒れていた分なおさらだろう。
荒波が落ちついた頃、わたくしはブレーキが壊れ今までより強くなる事だけをひたすらに考える様になった。
 
──『火』を与えた神は消えヒトは狼狽え怯えるだけになり獣に食われて朽ちた。
──『火』は獣を追い払う事もなくヒトの手を離れてそれの所有物になった。
──『火』は獣では扱えないから思うまま燃え盛って、理性も使命も全て灰にした。
わたくしはヒトから獣に、獣からおぞましい生き物に堕ちた。
 
理性や使命を失ってヒトでも獣でもなくなったわたくしの空洞を新しく埋めたものがある。
『承認欲求』という生き物にとって最も必要で、最も要らない部分だ。
部分、付属品には収まらないほど膨れ上がり本体であるわたくしを蝕み食い荒らそうとする生き物。
「Good Girl(いい子だね)」とただ褒められるだけで飼い馴らせる様なかわいいものだったけれど。
わたくしは今いるテリトリーで飼い主であるレギオンメンバーに褒めてもらえればよかった。
知性はもう戦いのため以外のものは焼け朽ちていた……わたくしという生き物は、ただ褒められたかった。
群れのリーダー(残った知性では隊長と認識していただろうか?獣の部分では『彼女』以外認めていなかったと思う)に末席でもいいから群れの仲間と認識してほしかった。
 
 
この頃には食欲も失せレギオンマッチを遂行するだけの闘争本能と承認欲求で動くロボットになっていた。
もっとも燃料が無機的とは縁遠いものだったからゾンビとかが近いのかもしれないけれど。
 
そして日を重ねるごとに承認欲求は手がつけられなくなっていく、燃料としては優秀だったから無くす事はできなかった。
レギオンマッチの時間が迫る毎に涙や震えが止まらず焦燥感と嫌悪感が襲うようになって、わたくしを苦しめ続けた。
原因はわかりきっていた、燃料として消費しきれない程の承認欲求が体を蝕み続けて限界へと近づいている。
闘争本能を覆い尽くして溢れ続ける承認欲求、日に日に症状は酷くなりレギオンマッチの目的が自身の優位性を誇る事や認められ褒められる事ではなく
レギオンマッチが終わった後の「明日、対戦相手が決まるまでは許されるんだ」という解放感になった頃。
 
 
最後の日がやってきた。
 
 
わたくしがわたくしを完全にコントロールできなくなり、テリトリーを逃げる様に出ていく日が。
わたくしの中の汚らわしい闘争本能は、おぞましい承認欲求にねじ伏せられた。
──最早体にある鋭い爪や牙は無価値になり、媚びるように垂れ下がる耳と尻尾だけが価値を持っていた。
──獣として爪と牙で優位性を誇り勝ち取るのではなく他者に謙り媚びて優位性を掠めとる生き物に成り下がった。
 
 
リリィのわたくしは外側だけが残って、その内側にはヒトのわたくしや獣のわたくしが居た。
そんな頃はいつまでだっただろうか。
 
 
──今は汚らわしくおぞましいわたくしだけが居る。