少女の日記Ⅳ

Last-modified: 2022-03-19 (土) 02:29:07

title02.jpg

敗北の味

負けた。
レギオンで別れの挨拶をするみんなを尻目に一人走り去る。
負けた。
床に倒れ伏し、思い切り唇を噛む。それでも、堪えきれない嗚咽が耳障りな音となって歯の隙間から漏れ出る。
負けた。負けた!負けた!!
私達は負けた。今日のレギリは完敗だった。どれだけ強化をかけても、回復させても、相手を弱らせても、ただの一撃で前衛のお姉様がバタバタと倒れていく。私はそれを、黙って見ていることしかできない。
そのうちに、自分がどこで何をしてるのかすらわからなくなってきた。今かけた強化はあのお姉様にかけるべきだったのか?ここで回復を切る意味があるのか?私は何を使い、何を温存すべきなのか?いや、そもそもそんな作戦に意味なんかあるのか?
どうせ、私達は負けるのに。
そして、全てが終わった。どうなったかを見る気にもならない。普段なら覗くレギチャとレギリの結果画面も開くことなく、自室に戻った。しばらく床にうずくまり、聞くに堪えない音を喉から垂れ流したあと、おもむろに冷蔵庫からラムネを取ってきた。それを、一気に煽る。
味なんかわからない。ただシュワシュワと炭酸の刺激が喉を突き刺して、私はそれにしばし酔いしれる。
突き刺せ。思う存分、私を苛め。その間だけは、忘れられるから。
無理やり飲み込むように喉にラムネを叩きつけ、胃の底に落とす。出てこないように。吐き出さないように。
それでも、炭酸の泡のように、言葉がポツリと弾けて飛び出した。
「…勝ちたかった…」
このレギリ期間が終われば、一人のお姉様がこのレギオンを去る。彼女と出来るレギリは、ただこの一度だけなのだ。
普段は私達の自主性に任せてくれる隊長も、色々と作戦を立案してくれて、他のお姉様と日夜反省会をしている。
それでも、負けた。言い訳できないほどに、完膚なきまでに、徹底的に、負けた。
私は、私達は、弱かった。だから、負けた。負けて、しまったんだ。
「か…勝ぢだがっだ…!勝ぢだがっだぁ…!あああああ…!!」
敗北と後悔が、ゆっくりと頬をつたって、床に落ちた。

Revive

 
戦場を統率された獣の群れが駆ける。
獣というには知性があり、獣というには体躯が華奢だ──人類を脅かさんとする外敵に対抗する最後の希望『リリィ』、それが獣たる彼女達の正体だった。
 
その戦場にヒュージの姿はなかった、リリィだけが存在する戦いの場──レギオンマッチで彼女達は己の爪と牙をぶつけ合っていた。
統率のとれた群れ同士の戦いだが地力の違いが徐々に出始めていた、一騎当千の動きをするリリィを擁する側が優勢に立ちそのままジリジリと戦況が傾いていく。
追い詰められながらも起死回生を狙い、倒れた振りをしたリリィの銃弾がその一騎当千の将を穿とうとするが
──ガキィィン
目標ではないリリィに希望を乗せた銃弾は弾かれ、そのままぐんと接敵された後とどめを刺される。
──それと同時に試合終了のブザーが鳴る、所謂コールドゲームで決着がつき各々健闘を称え合い戦場から去っていく。
とどめを刺された後呆然としていたリリィを誰かが助け起こそうとした。
それは自分を挫き敗北を与えた張本人だった、少し釈然としない気持ちのまま礼を伝えようと顔を上げると
戦場で見た時は手に負えない獣の様で気のせいか時折笑っている風にも見えたが
目の前のリリィは深い隈と憔悴しきった目、悲痛そうな表情をしていて今ここに居るのもやっとという様子だった。
「──大丈夫ですか?」
助け起こされる側が思わず声を掛ける程度には具合が悪そうで──
そのリリィは倒れていたリリィが起き上がるのを一瞥した後、仲間の後を追って去っていった。
 
 
──限界だ、もうレギオンを抜けよう。
わたくしがまともに食事や睡眠をとれなくなってどれくらいたっただろうか、戦いに楽しみを見いだせなくなったのはいつからだっただろうか。
時間の感覚も薄れつつある、知らない間に授業が終わり級友達と談笑する間もなく寮の自室へ引きこもる。
隊室に居るとこれからを考えて気が狂いそうになる、自室に居ると今までを思い出して気が狂いそうになる。
どちらもわたくしを苦しめるだけだったが、救いのない未来を直視したくないから過去へ逃げ込む。
今日の戦いが終わったら隊長へ伝えよう、もう一緒に戦うのが辛くて苦しいからこの群れにはもう居る事ができないのだと正直に。
 
 
その日はコールドゲームでいつもより早く戦いが終わってしまった、相手との実力差が大きすぎて戦術会議もそこそこに夜間外征に赴き日課が終わる。
隊室の清掃を終え時計を見ると、まだ日付は変わっていなかった。
今なら隊長はまだ起きているだろう、夜遊びに出かける人でもないから自室に居るだろうか。
急げ、急げ、誰かに見つからないうちに隊長だけに打ち明けろ──自分の中で声がする。
最近は神経が研ぎ澄まされて戦場で相手の息遣いやインカムでやり取りする声も聞こえやすくなっていた、隊室へ向かう時に通る廊下での談笑なんかも聞きたくもない内容だって聞き取れてしまう。
隊長の部屋へ向かうため人通りの少ないルートを通っていた時、話し声が聞こえた。
「──っていうレギオンができたらしくて…興味あるんだよね」
「ふぅん、入ってみたらいいんじゃない?移籍するとか言ってなかったっけ」
「そうだね、明日にでも申し込みだけしておこうかな…」
「私も入ろうかな、一緒に書類書こうよ──」
別のレギオンの隊室だ、複数のリリィの話し声が聞こえる。
移籍の話を今所属しているレギオンの隊室でするのか……モラルも何もないな、と何故か苛立つのがわかる。
しかし、そのレギオン名は聞いたことがあった。
以前所属していた、今はもうないレギオンと同じ時間帯で──レギオンマッチに対して積極的に活動しているのだったか。
あの時間帯はそもそも人が少なくて、新しくできたレギオンならなおさら人手が欲しいだろう──あんなモラルのない人間たちでも喉から手がでるだろうな。
今の群れを抜けた後どこかで野垂れ死ぬつもりだったから入ろうとは思わなかったけど、信頼できる級友が移籍の話をしたら勧めるくらいはしようと思った。
 
 
──はぁ、とため息がでる。
結局わたくしは隊長の部屋のドアをノックする事ができず一時間ほどドアのそばで座り込んだ後、自分の部屋へすごすごと引き返したのだった。
朝、教室へ向かう前に隊室棟へ寄り今日の相手を確認する。
対策という対策は必要ないが、ノーガードの殴り合いになりそうな相手だった。
こういう時は考える事が少ないから一日が比較的楽に過ごせる、今日は固形物だって食べられそうだ。
食堂の隅にあるスペースで柔らかめの食事──といってもスイーツの部類だけれど──を頂いていると話し声が聞こえてきた。
この声は昨日の移籍がどうのと言っていたリリィだろうか?
「もう書類書き上がったから今日出しちゃうんだ、私って行動力あるからさ……」
「名残惜しいけど明日からは別のレギオンだね!なんちゃって……」
そういえばあのレギオン、募集人員は一人ではなくて前衛後衛も不問だったか。
隊室棟に張り出されていた募集の張り紙を思い出す、あのリリィが前衛か後衛かは知らないけどあんなのが自由に振る舞ったらめちゃくちゃになりそうだな……
どうせ死ぬなら今も後も変わらないし、アレの性根を叩き直してからにしようか。
隊長と話をした後にまだ募集していたら申し込んでみよう、と最後の一口を食べ食堂を後にする。
 
 
勝てなかった、力で押し負けたのではなく対策を練らなかった事が敗因だった。
相手が予想外の行動を──いや、予想はできていたが対策もなしに真正面から当たったのが全ての元凶だった。
嫌な予感がした段階で提言しておけばよかった、確証はなくとも可能性を示すだけでも意味はあったかもしれない。
後悔が体をじわじわと焦がしてくる、慟哭が出そうになるのを抑える。
心がどす黒くよくないものが沈殿していくのがわかる……
衝動的に自室を飛び出す、人気のない廊下を走る、戦場では何でもないくらいの速度なのに息が途切れて苦しい──
知らず知らずのうちに隊室棟に辿り着いていた、今日は反省会の後皆眠ってしまったからもう誰も居ないはずだ……
自室に居ると過去の事ばかり考えて眠れなくなる、隊室なら未来の事──あのリリィをまともにしてやる事を考えて少し気が楽になる。
そういえばここを曲がれば一番遅い時間帯の隊室のエリアだな、とそちらへふらふらと歩を進める。
隊室棟は古い建物を再利用しているとかで取り壊した部分や増築した部分が複雑で迷いやすい構造になっている、初めて立ち入った時は地図にない部屋に立ち入ってしまって遭難を覚悟したりもした。
遅い時間帯の隊室は明かりが外に漏れにくい様により入り組んだ所へ固められているから尚の事迷いやすい、あの時副隊長が探しに来てくれたっけ──
心の一番深い傷が疼く、今あの隊室はどこが使ってるんだろう?それだけ確認したら自分の隊室へ行こう──間接的な自傷行為を行う。
まだ日付が変わったばかりだからかぽつぽつと明かりのついた隊室がある、廊下は最低限の明るさなので寂しさを感じるが時折聞こえる話し声が一人ではないと実感させてくれる。
 
 
──ああ。
あの隊室はまだそこにあった、鍵はかかっていたけれど隊のネームプレートやドアノブが綺麗に拭かれている。
それを気にかける誰かがまだ居るんだ、と安心する。
「よかった──」
もう自分の場所ではないのに何故か涙が出る、心が安らいでいく。
贖罪は終わる事がないけどまだ人が居たんだという事実で救われた気持ちになる。
 
 
30分程泣いた後やっぱり自分の部屋へ帰ろうと踵をかえす、そういえば隣の隊室は明かりがついてるけど声がしなかったな……
消し忘れだろうか?級友や知り合いのレギオンなら端末で教えてあげようか、とその部屋についているネームプレートを確認する。
件の新設レギオンだった、そう目が認識した時に
「(ああ、じゃあ道に迷う事もないな)」
──心はもう決まっていた。
 
 
募集要項を見ると書類を提出の後、隊室ではなく隊長の部屋へ赴く必要があるみたいだった。
この間見た時にはなかった「ご相談だけでも是非」の文言、まだ隊長に話すらできて居ないし前段階を踏んでおくかと匿名の予約表に記入しアポイントメントをとる。
夜、日課が終わった後それほど迷う事もなく10分ほどの余裕を持って件の隊長の部屋にたどり着く。
名前くらいは聞いた事があるけど初対面だから緊張するな──手持ち無沙汰に廊下に掛けられている絵を見ていると
「──あの。」
バッと振り返ると知らない上級生が居た、目的地のドアが開いている──そこから出てきたならこの人がそうなのか。
気配を感じなかった、レギオンマッチ程周りを気にしていないとはいえあの距離で気付けないのは実力の差を感じる。
今の隊長含め、人を率いる人間は立っているステージが違うんだと思わされる。
「えっと、予約されていた方ですよね?」
「あ、はい、そうです。」
よかった、どうぞこちらへ──と手招きされ部屋に入る。
少し薬品の匂いがするけど怪我でもしているんだろうか?もしそうだとしたら怪我をしていて尚気配を感じさせない様な動きができるのはすごいな──脳が相手の力量に屈服していくのがわかる
以前ならCHARMを構えてしまったかもしれないが今はもう何もしないまま促されて椅子に座るだけだった。
 
まず、まだ隊長には脱退の意思を打ち明けていない事と何故脱退したくなったかを触りだけ伝える。
ヒト扱いはしなくていいから群れの仲間とだけ認識して欲しいと、褒められ承認されたいんだと伝える。
 
 
彼女が何を考えたのかはわからないけれど、要求をそのまま飲んでくれた。
いきなり手が伸びて頭に置かれた時、振り払うよりも先に涙が出た。
昨日も今日もずっと泣いてるな、と思いながらただ泣き続けた。
 
 
その日から彼女とは移籍の話など端末で連絡を取り合う様になった、日中直接会って話すのは引き抜きだとか変な噂が立ちそうだったから。
ただ、時折話を聞いてもらって頭を撫でてもらう──それだけはやめられなかったので深夜、お互いの日課が終わった頃に時間を作ってもらっていた。
姉妹関係の人が居るのは聞いていたので線引ははっきりしていた、ただの飼い主と犬の関係だ──言葉の響きが悪いけど中身はからっとした何でもない関係だ。
もちろん隊長としての仕事や大事な人との時間など──そういったものを優先してもらった上で余った時間だけ使ってもらう。
それぐらいの気軽な関係だった、けれどそれだけで救われていた。
 
 
夜、いつもどおり部屋に伺ってすぐ
「──隊長にお伝えしてきました、後日話し合いましょうと言われたのでまだどうなるかはわかりませんが。」
変に照れて顔を背けて伝える。
 
やっぱり移籍辞めますなんて言わせないようにレギオンのいい所をアピールしなきゃ、と彼女が笑う。
くすぐったい様な気分になる、リップサービスでもそんな風に言われると隊長を振り払ってでも今すぐ彼女に降りたくなる。
手が伸びてきたので頭を気持ち低くして目をつぶる、もう何度となく繰り返されたルーチン。
ちゃんと伝えられて偉いですね、わしゃわしゃと頭を撫でられる。
最初の時より大分粗雑というか荒っぽいというか、壊れ物に触れる様な撫で方ではなくなっていた──立居振舞は清楚というか、粗暴さの対極に居るんだけどな。
移籍に関する事務的な会話より雑談が増えた頃から、そういう面に気付く様になったと思う。
立っている場所が違うと思っていた隊長達も、普段はうまく隠していただけでこういう親しみやすい側面もあるんだと得心する。
 
 
数日後隊長との話し合いは終わって、正式に移籍が決まった。
「近々行われる第二回目のリーグ後に離れる事で納得してもらえました。」
そう伝えると近所?迷惑になりそうな歓声をあげた後ハッとした様に口に手をあて
「じゃあこれからはうちの子ですね、よろしくおねがいします」
手を差し伸べられる、その手を取って
「ええ、移籍したらよろしくおねがいしますね──ご主人様」
 
 
この時、一匹の獣が蘇った。
群れではなく主人に従う猟犬になって。

りばいぶのあと

 
「ごす!ごす!おはようございます!」
「はい、おはようございます」

「ごす……ラムネおいしいです!」
「あの、私授業中なんですけど……あてつけですか?」

「ごす!今日も相手ぽこぽこしました!ほめて!!」
「よしよしえらいですね~」

「……あら時間も時間ですしそろそろ寝ますね、おやすみなさい(わしゃわしゃ)」
「ごす、今日も一日お疲れ様でした……おやすみなさい」

Heart+Heart

日記っていうのは主観で思いをつづるものだから私もそうするけど。

第2回レギオンリーグ開始前に

「レギリ終わったら、脱退しますわ」

うちのレギオンでトップエースのお姉様がそういった時に
私は、なんじゃと!? スタンプしかしなかったけど
できることなら、今のレギオンの条件や待遇の不満点を聞き出して
報酬について交渉したかったですわ。私は打算的な人間なので。

できなかったですけどね。
うちはまったりレギオンですし。レギマのためじゃなくて
毎日を「」リィとして過ごす楽しさのための集まりですから。

「もっと違う戦いをしてみたいの」
そう言ったエースお姉様に、レギオンのみんな応援しこそすれ
反対はしませんでしたわ。
だって、楽しさは人それぞれですから。
まったりレギオンから楽しさの追及を奪うことはできません。

「彼女は元々、レギマガチのレギオンにいて。
 条件が合わなくなって…それでうちにきたんだよね」
「そうなんですのね…」
結成当時からいる「」リィのお姉様が教えてくれました。

つまり、彼女は自分の牙を研ぐためだけに私達といたのでしょうか…。
私は、そうは、思いたくなかったのです。

初めてレギオンマッチに参加した時の、エースお姉様の力強さは
いまでもはっきり覚えています。
戦局を俯瞰し、対戦相手の力を正確に測る判断力。
そして、他のLGのリリィ達にも負けない圧倒的な戦闘力。

私は、そんなあなたに憧れて、自分の任されたポジションで
他の「」リィから、畏怖される程に、強くなろうとしてきたのに…。

他のLGでも、そうは居ないぐらいの戦闘力の後衛になったけど
あなたが、興味本位で浮気する戦いにも私はついていけるぐらい
強いのに…。

でも……。

「もっと違う戦いをしてみたいの」

あなたの出した答えに、変わりはなくて。

私は、あなたの求める強さの中には入れてもらえなかった。
それも受け入れなきゃいけない。
私達は、他の人の楽しみ方を否定しては成り立たない存在だから。

レギオンリーグが始まって。
あなたの強さに憧れた私は、結局、自分のポジションに特化することしか
できないので。

そして迎えた最終日。
とつぜん、ガチレギオンみたいな作戦を提示したあなたは
「うまくいかなかったら、”私とコイツが腹を切ってお詫びいたします”」
って私を連帯保証人に巻き込んだのだから。

「なんじゃと!?」
って私はぐろっぴスタンプでしたわ。

正直言って、頭悪くて、戦力だけ無駄に高くて、回復特化で。
一生懸命だけど、いつもミスばっかりで正直鬱陶しいかなっていう枠で
それでも、あなたみたいに強くなりたいって思ってた私を。

あなたが冗談のネタにしてくれたのは、すごくうれしかったですわ。
私は、笑いのネタに出来る程度には、仲間だったんですのね。

いつかまた会いましょう。
わたしはあなたを、あなたはわたしを、お互いに敵に回さなければよかったと
思うような「」リィになりましょう。

私の憧れたあなたの前途に、勝利と栄光のあらんことを。
そして、いつかあなたを迎え撃つ私の心に響く歌は…

prayer -プレイア-

様々な別れを見てきました。

このレギオンリーグが終わればここを去ることになると、悲しげに告げたお姉様も。
もっと上に行きたいのだと、さらなる強さを求めて抜けて行ったお姉様も。
どうしても時間が合わなくなって、またねと手を振って行かれたお姉様も。
レギオンの方針に反発して、喧嘩別れのように去ってしまわれたお姉様も。
二人で手を繋ぎ、駆け落ちのように新天地に向ったお姉様達も。
墓所を守るかのように、かつてのレギオン跡地で一人佇むお姉様も。
閑散とした控室で、寂しそうに解散を宣言したお姉様も。
そして、CHARMを置き、リリィそのものを引退されたお姉様も。

様々な別れを見てきました。

悲しい別れもありました。
辛い別れもありました。
必要な別れもありました。
出逢いに繋がる別れもありました。

私は今、ここで祈っています。
ほんの僅かだけ巡り会えた糸の先にいる貴女達が。
もう二度と結ばれることのない糸の先にいる貴女達が。
ただただ、幸せであることを。
残された私は、祈っています。

かりがね

いつもの外征。ノインヴェルト戦術が始まる。
初弾はAZ左方。うちのエースだ。
慣れた手つきで専用弾をセットし、撃つ。

パスの先にいるのは、私。
AZ右方。そこが私の定位置。

CHARMでマギスフィアを受ける。
不安はない。当然だ。このメンバーで、何度も成功させてきた。
マギを込め、いつも通りに後ろにパスをまわす。

隊長副隊長のいるTZを経由し、マギスフィアはBZへ。
迷いなく正確に。

マギスフィアが宙を舞い、空中に光の軌跡を描く。
リズムを崩さずに、流れるようにパスが繋がっていく。
それはまるで、皆でひとつの曲を奏でているようで。

ロンド。

どこで聞いたのだったか。
ぽつり、そんな言葉が頭に浮かんだ。

リリィの戦いは今日で最期かもしれない。
例え不幸が無かったとしても、リリィそれぞれの人生がある。生き方がある。
いつか、必ず、別れの時はやってくる…。

でも、その時が来るまでは

今の皆で、このロンドを…

フィニッシュショットの閃光で我に返る。
ヒュージの姿はもうなかった。帰路に就く。
なんて事のない、繰り返される日常。
今はそれが、私の宝物。

塗り重ねた大切な色

全身の感覚が鋭敏になっているようにも感じるし、全身から力が抜けていくようにも感じる。
まるで体中から大切なものが抜け落ちていってしまったかのようだ。
私はこの感覚を知っている。
あの時と同じこの感覚。
もう一度味わうつもりなんてなかったあの感覚。

いろいろなことがあの時と同じように思えてくる。
あの時も今も、出来事はあっという間に進んでいった。
あの時も今も、その時になるまで自分がこんな感覚を覚えるだなんて思ってもみなかった。

たぶん毎日少しずつ、世界に色を塗り重ねていたのだろう。
毎日知らないうちに、大切なものを積み重ねていたに違いない。
自分がそんなことをしているなんて思っていなくても
自分にそんなことをしているつもりがなくっても
自分がそんなことをしたいと思っていなくても。
そして自分でも気づかないうちに、世界は取り返しのつかないほど色付いている。
あの時も今も
だからこんなにも、心が動揺してしまうのだろう。

でも、あの時と今が全て同じなわけじゃない。
今はまだ全てが無くなってしまったわけじゃない。
だから大丈夫
大丈夫だよ。

あの時は全てが無くなってしまったように感じた。
それでも、また立ち直ることができた。
今すぐには無理でも、時間がかかったとしても
きっとまた立ち上がることができるようになる。
だから
大丈夫だって、信じさせて。

現れた最大の敵

 
「…何だったの?今の」
いつも通り、外征に向けて訓練シミュレータを借りて
ラージ級相手の模擬戦に来たら、新しいヒュージが追加するので
試してみないかと言われ早速挑戦してみたのだけど…
「ノインヴェルト戦術する間もなく終わってしまいましたね…」
「ちょっとこれ欠陥品じゃありません?訓練になりませんわよ」
「…楽なのはいいんだけどねー…」
 
前衛の娘達が工廠科へと文句を言うのも分かる、
新しく追加された『ヴェスティエ』
どんなものだろうと気合を入れて挑戦してみれば、前衛が数度射撃しただけで
近付く事もなく倒せてしまったのだ。
ノインヴェルト戦術どころかオーダーすら使う事がない、こんな事は初めてだ。
これではミドル級と大して変わらないし訓練にもならない。
「あっれー?おかしいわねー…。ちょっとパラメータ見直してみるから
 また明日来てちょうだい。今度はちゃんとしたヒュージ用意しておくから」
 
次の日、また私達はシミュレータルームに来ていた。
部屋には”ヴェスティエ大幅強化して正式実装!もう欠陥品なんて言わせない”と
デカデカと張り紙が張られている。他のレギオンからも散々言われたのかな。
「取り敢えず試してみましょうか」
開始のお願いをして、シミュレータが起動された。
 
------------------
 
「ちょっと、これは極端すぎじゃないかしら…」
「こちらの攻撃を受けてもすぐに倒れなくなったのはいいのですが、
 あちらの攻撃力は通常のヒュージの比ではありませんわね…」
「2回掠っただけで動けなくなっちゃった…。つらい…」
再戦したヴェスティエは、驚くほど強くなっていた。
こちらの射撃を物ともせずに突っ込んでくるようになり、ようやく通常の
ラージ級よりも少し高い耐久度に設定されたようだった。
そしてなによりも特筆すべきなのはその攻撃力、今までシミュレータで戦うことの出来た
どのヒュージよりも圧倒的な攻撃力をしており、たった数度の突進を受けただけで前衛は全員倒されてしまった。
「ちょっと作戦会議します!皆集まって」
 
(どうする?前衛のあたし達でもあの攻撃は数回受け止めるのが限界よ)
(後衛から出来るだけヒールを飛ばしますので、マギ切れを起こす前に速攻しましょう)
(支援や妨害はかける余裕もなさそうですわね。後衛は全員ヒール中心にしますね)
(出し惜しみなしで行きますわ。最初からヘリオスフィアを展開するので前衛は怯まず突っ込んで下さい)
(私は皆より防御フィールド薄いからまた最初に倒れちゃうかも…。少し後ろから射撃するね…)
(レジスタも開幕から全開で行きますわ。隊長はノインヴェルト戦術を始めるタイミングの見極めをお願いしますわ)
(了解、動きが少しでも止まったらパス回しを始めるから皆も準備をしてて)
 
「お待たせしました、再挑戦するのでもう一度シミュレータの起動をお願いします!」
結果としては、また失敗してしまった。
油断せずに最初から全力で仕掛けノインヴェルト戦術を始めるところまではいけたのだが
パス回しによって緩んだ攻撃と回復の隙を付かれ前衛が倒されてしまい、一気に戦線が瓦解し
フィニッシュショットまで間に合わなかったのだ。
課題は迅速なパス回し
その攻撃力の高さから長時間戦線を維持する事は恐らく無理だろう。
アールヴヘイムのように、素早く隙のないパス回しを実現出来ないと今回のヒュージは倒せない。
シミュレータの利用可能時間を過ぎても私達は検討を重ねた。
これはきっと工廠科から戦場に出るリリィへの挑戦だ、負けるわけにはいかない。
最適なパスコース、足止め方法。相手は1体だからパスさえ回せば限界になった前衛は引いても構わない。
1秒でも早くマギを篭めパスを回すことを意識して…
 
------------------
 
次の日、シミュレータが使える時間になると同時に私達は駆け込んだ。
「今日こそは負けないわ!『ヴェスティエ』のシミュレータ起動をお願いします」
開幕から突っ込んでくるヴェスティエをヘリオスフィアを展開して足止めする。
動きが止まったところでレジスタと天の秤目による弱点の集中攻撃で一気に体勢を崩し
即座にノインヴェルト戦術を開始する。1晩みんなで必死に考えたパス回し、
間違いなく今までで最速のパスで前衛から後衛へとパスが繋がれていく。
そして-----
 
「勝ったー!勝ちましたわー!!」
私達はついにヴェスティエを打倒した。工廠科が送り出してきた最大のヒュージを
倒せたのだ。レギオンのみんなも一様に笑顔を浮かべて達成感に溢れている。
あくまでこれはシミュレータ、実際にヒュージを倒して数を減らしたわけではないけれど
大きな自信にはなった。他のレギオンにも自慢出来るだろう。
 
そうしてまだ興奮冷めやらぬ私達の横を工廠科のリリィが通り過ぎ、新しい張り紙を張った。
”設定ミスってたわ、ごめんごめん!攻撃力の桁が1つずれちゃっててねー。
 今日からは正しい数値に戻ってるから安心してね!"
私は、無言でその張り紙を破り捨てた

妹との話

 
突然だけどわたくしの妹の話をしようと思う。
出会いから今に至るまでの長い話は今度するとして、現在のちょっとしたお話だ。
まず前提として妹はなんというか、直情的というか表現がストレートでたまに受け答えに困惑してしまう事がある。
わたくしはあまり気持ちを伝えるのが得意な方ではないから、そういう点は羨ましいと思いつつもう少し慎みを持って欲しいとも思っていて……。

妹が副隊長をするレギオンは立ち上げたばかりでまだ事務処理等が覚束ない、新入生だけで構成されているから当然といえば当然で。
だからサポートのために仮所属という扱いで手伝いに来ているのだけれど、一緒に居る時間が増えたせいかちょっと困る事が多い。

今まではわたくしもどちらかと言えば忙しい方のレギオンに居たから普段は端末で軽いやり取りをするだけで、たまの自由な時間で夜遅く眠気と戦いながらお茶をする程度で満足できていたんだと思う。
けれど今はどうだろう、流石にレギオンの仲間の前ではやたら目が合ったりとか手が当たるとかその程度だけれど……問題は隊室から他のメンバーが一時的でも居なくなった時。
 
他人の目がなくなった時、妹はちょっと手に負えなくなる。

 
「お姉様……好きです。」
ずい、と妹との距離が近くなる、近くされる。
隊室のソファも所属人数が少ないからあまり大きいものは調達できなくて、狭いからかすぐに距離が埋まる。
「お姉様……。」
書類を触っている手に妹の手が重なる、少しでも抵抗したいから書類をめくるついでに手を振り払おうとする。
「……。」
機嫌がよかったり本当に一瞬の時間しか猶予がなければここで引いてくれるけれど、残念ながらメンバーはそれぞれ所用があって今日は隊室に顔を出さないしそもそも妹は機嫌が悪いみたいだ。
前者はわたくしがどうこうできる問題ではないから仕方がないとして、後者──妹が機嫌を損ねている理由、完全にわたくしが原因だから仕方が「ある」訳で。

 
───
話は変わるがこれも前提として必要なので説明させてほしい。
立ち上げたばかりのレギオンには居ないけれど、メンバーが集まると工廠科ではお馴染みのマスコット『チャーミィ』が現れる。
現れる……と言っても現実に居るわけじゃなくてレギオン用のコミュニケーションツールについてきて時折アイスブレイク的に話題を投げてくれる。
交流好きなリリィが多いレギオンならともかく、口数は少ないけど喋りたい──引っ込み思案のリリィ達にとっては天の助けに見えるだろう。
まあ、なんだろう……ちゃぶ台を返す様だけどそういう便利機能とか関係なしにわたくしは『チャーミィ』さんがひどく好きなのだった。

原因の話に戻るが隊室で一人事務作業をしている時に自作した『チャーミィ』さんのぬいぐるみ(大体50cmくらいで綿ぎっしりですごくかわいい……)を
抱きしめたり話しかけたりしているのを妹にばっちり目撃されていただけでなく、それを黙って見逃していてくれたのに妹の目の前で端末の『チャーミィ』さんにうっかり話しかけてしまって……
そこから妹はすごくすごーく機嫌が悪くなってしまった。
いやでも待って欲しい、妹の事は人間として好きなのであって『チャーミィ』さんはイヌネコというか……とにかくそういう好きでしかなくて。
お昼ごはんの報告だって『チャーミィ』さんには言わなかったけどやっぱり小腹が空いて食べたゼリーとか、そういうのも妹には報告してるのに!
……とにかくわたくしが『チャーミィ』さんをかわいがっているのがダメみたいで、一切の会話禁止を言い渡されてしまい
それを理不尽に感じたので「それなら『イマジナリーチャーミィ』さんを作って会話する」とわたくしも変に挑発して……。
このくだらない諍いはその時に終わったからいいけれど……やっかいな後遺症は残ってしまった。
他人の目がなくなった時わたくしが『チャーミィ』さんを抱きしめたりしないように、妹が今まで以上にグイグイ来る様になってしまったのだった。
───

 
「お姉様、好きです……。」
今度は振り払えないくらい強く手を握られる、この時点で書類事を諦めた。
腕が腰に伸びる、体重がかかる、耳元で声がする──
「アイツより私を見て下さい……お願いします。」
……今は全面的にわたくしが悪いと反省しているから噛みつかないけれど、『チャーミィ』さんをアイツ呼ばわりは妹でもちょっとムカっとする。
「だから、貴女は人間として……その、好きだと言ってるじゃないですか……。『チャーミィ』さんは本当にそういうのじゃないんですって。」
少し身じろぎする、頭を撫でられるのは好きだけどパーソナルスペースを過剰に侵されるのは好きじゃない。
人に触れられるのは得意じゃない、戦う事ばかり考えていた人間に相手を害さない接触は難しいから。
──本当は『チャーミィ』さんにするみたいに、もっと抱きしめたりしてあげたいけれど。

妹の腕が背中に回り、所謂抱擁の格好になる。
「好きです……大好きです……。」
他人の体温が心地よい、程よい力で抱きしめられ耳元で囁かれる声が陶酔感を生む。
「……わたくしも、好き、です。」
力づくで振り払えば容易に逃げられるけど、正直なところこういう事をするキッカケが欲しかったから──反省のポーズを取ることにした。

 

……というのが少し前の話で、今現在はというと──
「メイド服、ですか?」
何を言ってるんだこの妹は──天を仰ぐ。
「二人きりの時だけ着てみて欲しいな、なんて……。」
妹の暴走が止まりません。
先程はダシにして申し訳ございませんでした、なのでたすけて『チャーミィ』さん。

熱、看病、膝枕。

ある日のこと。
姉からの個チャを受け取った私は、足早に彼女の部屋に向かっていた。
『訓練に行きたいのに…行けないの…!このままでは私はダメになってしまうわ…!』
「お姉様がこんなことを言うだなんて…どうしたのかしら…?」
いつも凛々しくてカッコよくて素敵な姉がこんなことを言うだなんて、何かあったに違いない。思わず脳裏によぎる嫌な予感に身を震わせながら、部屋の扉をノックした。
「お姉様?私です。失礼いたしますね」
「あぁ…来てくれたのね…ありがとう…」
ベッドに腰掛ける彼女を見て私は驚いた。頬にいつもの艶はなく、額には大量の汗を流し、浅い呼吸を繰り返している。明らかに体調が悪そうだ。
「丁度よかったわ…実はさっき訓練をし終えたのだけど、気分が悪くなってしまって…。心細くなってつい貴女に個チャを送ってしまったの…」
「えっ!?そんな状態で訓練されたんですか!?」
フラフラとした足取りで立ち上がろうとする姉を慌てて止める。握った掌の熱さにギョッとした。
「勿論よ…リリィたるもの、毎日訓練するのは当然のことよ…」
「真面目なお姉様も素敵ですけど、無茶です!倒れちゃいます!具合が悪いなら安静にしててください!」
よく見れば身体は小刻みに震え、声を出すのも辛そうだ。ご病気だろうか。負のマギの溜まりすぎ?それともまさか…ヒュージに何かされた?不安がる私を見て、優しい姉はニコリと微笑み、
「心配してくれてるのね…ありがとう…。でも大丈夫よ、病気にかかってるわけではないのだから…。日課を休むわけにはいかないわ…」
「病気じゃないなら何なんですか!?どう見ても体調不良じゃないですか!」
私がそう問い詰めると、姉は
「これは…昨日ワクチンを打ってきたのだけど、一日経ったから大丈夫かと思ってハードトレーニングをしてきたのよ…。そうしたら少し気分が悪くなっただけ…。だから病気じゃないわ…」
と、当然のように言い放つものだから、私は一瞬の間を置いたあと、天を仰ぎながら
「いいからとっとと休んでください!」
そう叫んだのであった。

「いいですかお姉様、今日は絶対一日安静ですからね」
「はい…そうします…」
姉の頭を膝に乗せ、所謂膝枕の体勢を取りながらそう告げると、幾分か大人しくなった彼女からシオシオと反省した声色で答えが返ってきた。そういえば一昨日ワクチンを打ってくると言っていたのを思い出す。あれだけ事前に貰う説明書に「接種後は激しい運動はお控えください」と書いてあったというのに、この訓練中毒者(ジャンキー)は…。そんなことを思っていると、膝の上から恥ずかしそうな声が聞こえてきた。
「あの…一つお願いがあるのだけど…」
「何ですかお姉様?」
「その…悪いのだけど…ぎゅーってしてくれないかしら…。ネットで有名な選手の訃報を見てたら怖くなってしまって…」
普段の頼れる凛とした声とは違う、弱々しくて幽き声に、何故かほんのり胸がときめく。
「ぎゅーもしますしナデナデも付けます!今日はゆっくり休んで身体を労ってください…」
姉の頭をぎゅっと抱きしめたあと、ゆっくりと撫でる。私の手の動きに合わせて、段々と身体の力が抜けていくのが伝わってきた。普段中々見せてくれない姉の年相応な姿に、どうにも胸が昂ってしまう。
「よしよし…私がそばにいるから怖くないですよお姉様…」
「ふふ…ありがとう…。ちょっと慄然としていたのだけど、貴女といると不安が消えていくわ…。私もぎゅー、しちゃうわね」
そう言って身体の向きを変えると、私のお腹に顔を埋め背中に手を回された。なんだかこそばゆくて、ドキドキする。赤くなった顔を見られないように姉の頭を撫で続けながら、私は彼女を元気付けるように言った。
「お姉様の不安なんて、私が丸めてゴミ箱にポイしちゃいますね!だから今日は思う存分甘えてください!」
そうして撫でていると、次第に姉の瞼がトロンととろけ、微睡み始めた。
「いいんですよ、このまま眠ってしまっても。お姉様が眠りにつくまで、ずっと頭を撫でてあげますから…。よしよし…怖くないですからね…」
「ありがとう…安らぐわ…。体調も悪いし、このまま貴女の膝で休ませて貰うわね…」
「えぇ、ゆっくり休んでくださいお姉様…」
膝に姉の重みを感じる。この重さは、証だ。普段甘えて頼ってばかりの私が、姉の支えになれているという、証。それは私にとって、途轍もなく嬉しい重さだった。
「ふふ、これではどちらが姉かわからないわね…。でも幸せよ…」
「はい。私も幸せですお姉様…」
そのうち、彼女の呼吸が穏やかな寝息に変わる。そっと彼女の額に触れ、少し熱が下がっているのを確認した私は、
「そのまま目を閉じてリラックスしておやすみくださいお姉様…。大好きですわ…。ちゅっ」
彼女の耳におやすみの口付けを落とすと、真っ赤になった耳に気付かないフリをしながら、そのまま頭を撫で続けた。

場違いになってしまった戦場

 
司会開始のブザーと共に相手のリリィが襲いかかってくる。
いくら模擬戦で本当に傷付くことはないと言ってもCHARMで攻撃された時の
衝撃は体に残り続ける。正直とても痛い。
体に残る痺れに似た感覚を抑え込みつつこちらも手に持ったCHARMで反撃する。
こちらの攻撃が当たっても大して効いていないのか、特に膝を付くこともなく
そのまま私達の中で一番手練のリリィを狙って全員で攻撃をしかけている。
あの娘が苦痛で悲鳴を上げているのが聞こえる、きっとCHARMを何度も打ち据えられているんだろう。
そうして何度攻撃されて膝を付いても、後衛のリリィが痛みを消してくれたら再び立ち上がって
また総攻撃を受ける。
たまにCHARMを振って相手を倒しても、相手もまたすぐに後衛に治療されて起き上がってきてしまう。
そんな状況を私は蚊帳の外にいるような気持ちで眺めていた。
 
他の前衛リリィと比べて少し戦力が見劣りしている私は最近相手から直接狙われる事が
めっきり減ってしまった。強い人から真っ先に倒して私のように弱いリリィは余力で倒す、
とても理にかなっているのだけど、おかげで私はいつも仲間が倒されていくのを見せつけられる羽目になっている。
勿論、この手に持っているCHARMで少しでも助ける事が出来たらと精一杯相手を攻撃している。
でも、他より非力な上に相手の後衛から送られてくる妨害のマギによって私のCHARMに篭められているマギは
著しく減退させられてしまっている。本来赤く輝くはずのクリスタルが青色に鈍く輝いているのがその証拠だ。
どんなに頑張って振り回しても当たった相手の防御フィールドにほとんど威力を削がれてしまい足止めにもならない。
私なんて歯牙にも掛けないで仲間への攻撃を続けて、仲間が全員倒れたら最後は私の番。
全員倒れて中断しても、全員回復し起き上がったらまた再開。こんな事を15分間繰り返してようやく終了のブザーが響き渡る。
 
勝てる時だってあるけれど、私が本当に貢献出来ているか最近分からなくなってしまった。
こちらが優勢でCHARMにも支援のマギが十分にのっている時でさえ、仲間は攻撃1回で相手を倒しているのに
私の攻撃では多少怯ませるか倒れかけの相手をようやく倒せるくらい。1人で攻撃していると何時までたっても相手を倒すことも出来ない。
「居てくれないと困る、攻撃してくれているだけで十分貢献してくれているよ」といくら言われても
実際に戦闘で力の差を見ていると別に私じゃなくてもいいじゃないかと無力感しか感じられない。
 
多分もう戦っている世界が違うんだろう、このレギオンが戦うような戦力帯は私の攻撃力が通用するような場所ではなかったのだ…
もっと強くなりたい…、でもそれ以上にもっと攻撃しているって実感出来る相手と戦いたい…。
そう思いながらも、今日も開催されるリーグの会場に向けて足を向ける、その手に飾りとしか思えなくなったCHARMを抱えながら

悩めるあなたへ送る私の独りよがり

 
ごきげんよう
もしあなたの悩みが戦力やレギオンマッチの貢献度といった数値のことならば
少し私の話を聞いてください。

突然ですが私はあなたに好感を持っています。
私はチャットであまり発言する方ではありません。
あなたはどうでしょう。よく発言をする方でしょうか、それともあまり発言をしない方でしょうか。
ひょっとすると、私とあなたはほとんど言葉を交わしたことがないかもしれません。
それでも私はあなたに好感を持っています。
あなたに同じレギオンにいてほしいと思っています。

私はみんなと一緒に戦うことを楽しんでいますし、負けたときはもちろん悔しいです。
それでも、私の勝敗へのこだわりは比較的緩い方だと思っています。
そんな私でも、圧倒的に上位の相手と戦って
現実の数値としての差を目の当たりにさせられたときには、自分の無力さを感じます。
ですから、私よりも真面目な多くのリリィたちはそういったことをもっと頻繁に、もっと深刻に感じているのかもしれません。
あなたもきっと、その中の一人なんだと思います。

レギオンマッチにおいて、誰もいないよりは誰かがいた方がいいとはよく言われていることです。
あなたも聞いたことがあると思いますし、もしからしたらあなたが言われたこともあるかもしれません。
この意見は多くの人が賛同するものだと思いますし、私ももちろんそう思います。
でも、私があなたに同じレギオンにいてほしいと思っているのはそういった理由からではありません。

私とあなたの間にはどんな関係があるでしょうか。
もしかしたら、私とあなたが言葉を交わしたことはほとんどないかもしれません。
一緒に外征に行き、一緒にレギオンマッチを戦い、そして月に一回一緒にレギオンリーグを戦う。
私とあなたの関わりはそれだけかもしれません。
それでも、あなたと一緒にいた今までの時間が
これからもあなたに一緒にレギオンにいてほしいという私の気持ちになっているんです。

世の中には当然、強いレギオンやリリィがたくさんいます。
でもだからこそ、今の私たちでは逆立ちしたって勝てない相手がいるということを事実として認めてしまえば
自分が戦いの中で無力さを感じたとしても、悲観しすぎたり思いつめたりしなくてもいいのではないかと私は思っています。

もちろん負けることは悔しいことです。心の中に負の感情が生まれることだってあると思います。
だからこそ、負けたとしても嫌になったりはしないこと、そして勝てた時は嬉しいということを
私ももっと、伝えていけるようになりたいと思っています。

私がこれまで書いてきた考え方は緩いものだと思います。
多くの物をかけ、真剣に戦っているリリィの中には受け入れられない方もいるかもしれません。
それでも私がそう思っていることに違いはありません。

だからもし、あなたの悩みが戦力やレギオンマッチの貢献度といった数値のことであるのなら
もし、まだあなたにとって今のレギオンにいることが辛いことばかりでないのなら
これからも私と同じレギオンにいてください。
そうしてくれたら、私はとても嬉しいです。

恋に恋して

 
あの人が隊を抜けて数日が経った。
私がお慕いしていた、あの人。

私の胸にはまだぽっかりと穴が開いたようで
レギマにも外征にも身が入らない。

今思えば一緒にいた間、何もできなかったなって思う。

結局のところ、あの人にとって私はただの一隊員でしかなかったし
それで別にいいと思ってた。
想いを伝えたいとも思わなかった。

むしろこの想いは絶対に知られたくなかった。
あの人が私の想いを知ったらきっと気持ち悪いって思うだろう。
大して接点もない相手から重い感情を向けられていたら普通は困惑するに違いない。
だからレギオン外のリリィの集まりの場以外ではずっと隠してた。

それに、本当はわかってるんだ。

これは本当の恋じゃないって。

リリィ達の恋バナなんかを聞いているうちに
わたしも彼女らみたいに恋をしてみたくなって。
でもコミュ障な私じゃそんなこともできなくて。
片思いって形でなら、こんな私でも恋をすることができるかもって。

恋に恋する乙女。そんなごっこ遊び。

そのごっこ遊びのお相手にあの人を体よく利用していただけなんだ。

「…救いようがないな」

自嘲気味に呟いて、いい加減ごっこ遊びは卒業するときかもしれないなって
そう、わかってるのに。

でもなんで。

なんでこんなに切なくなるのかな。

ちがう。

それも錯覚だ。

ごっこ遊びをやりすぎたせいだ。
しばらく経てば忘れてしまう泡沫の夢なんだ。

そう必死に自分に言い聞かせる私は

本当に…救いようがないのかもしれないね。

紫色のアネモネ

 
私には憧れている方がいます。安直な例えになりますけれど、その方は影である私を照らしてくれるようなまるで太陽のようなお方です。
ずっと一緒に居たかった。居られると思っていた。でも違った。
このままでも良いと自分に嘘を付いてまで納得させていた。でももう堪えきれない。抑えれられない。もう、吐き出さざるを得ない。
だから私はここに綴ります。内に秘めていた、私の卑しく大きく重い想いを。貴女へ。

#1)

 
私がリリィとして活動を始めてからおよそ半年が経っていた。
半年も経てば自ずと自分の能力も定まってくる。元より前に立つことが苦手だった私は、前衛として戦うつもりはなく後衛として戦ってきた。
自己評価ではあるが決して自分が弱いとは思っていない。ただ、私には特別な才能なんてものは無いから特別強いわけでもない。要は中間ラインにいる、中途半端なモブのようなものだ。
 
どこもそうだとは思うが、私がいるガーデンはレギオンに所属することを推奨していた。
レギオンに所属することで多くのメリットがある。というよりかは無所属であることのメリットがない、と言った方が近いかもしれない。そうなれば私にとって所属しないという選択肢は無かった。
一度レギオンに所属したリリィは余程の理由がない限りはそこに居続ける人が多いようだったが、私の場合は短い周期でレギオンを転々としていた。
大した理由はない。ただ、一か所に留まっていられない性質だっただけ。
だから飽きたら抜けて、そして適当な所を見つけては所属して飽きたら抜ける。それを繰り返す日々だった。
いま思えば目標や目的が無かったからそんな日々を過ごしていたのかもしれない。
私にできることは少ない。後衛として戦ってきたと言っても、そこで人をまとめたり作戦立案したりするなんてことは私にはできない。私は与えられた指示を忠実にこなすだけだった。
もちろんリリィとして戦っている以上、そういったことができるようになれたらきっと素敵だろうなと思うし、そういったことができるようになりたいと思ったこともある。
でも私では無理だとすぐにわかった。何度か試してみたことがあるけれど、失敗しかしなかった。やはり私には向いていない。自分がそれをしている姿はやはり想像できるものではなかった。
 
ある日、私は今までと同じように次のレギオンを探していた。
そこはたまたま目についたレギオンだった。できたばかりのレギオンで、戦闘を重んじるのではなくレギオンメンバーと切磋琢磨するような、そんなレギオン。
戦い明け暮れる日々にも疲れてきた頃合いだったので、ちょうど良いかと思い申請を出した。
私のような中途半端なリリィでも受け入れてくれるか少々の不安はあったけれど、申請はすんなり通りみんな私のことを歓迎してくれた。
彼女と初めて会ったのはその時だ。
 
初めて貴女にお会いした時、一目でわかりました。貴女はとてもすごい方だと。私なんかとは違う。とても高いところにいるお方だと。
 
そういった人は今までに何人も見てきた。でも自分とは違う世界にいるから自然と遠ざけてきた。だってそんな方と一緒にいると中途半端な自分の惨めさが際立つような気がして。
だから近寄らないようにしていたし、そういった方々も私のことなんて眼中になかったと思う。いいのだ。人には適正な立ち位置というものがあるのだから。
でも彼女は違った。私なんかでも周りと同じように接してくれる。それどころか対等に扱ってくれているような気すらした。———いや、これは気のせいかもしれないけれど。
初めは困惑した。だって雲の上にいるような人が私を見てくれたのだ。
接し方がわからなかった。だから私は違う自分を演じて接することにした。うまくいっていたかは分からないけれど、それでも何とか自然にコミュニケーションは取れていた。と思う。
 
新たなレギオンに所属して数日が経ち、共に活動する機会も増える内に私は貴女への興味が増していきました。
 
リリィとしての圧倒的戦闘力。聡明で戦術眼もあり、周りを惹きつけまとめるカリスマも持っている。
私が持っていない全てを持っていて、私が欲した全てを持っていて、私が成りたかったリリィとしての姿がそこにあった。
 
きっと貴女にこんなことを面と向かって言ったなら買い被りすぎだと謙遜する余裕すらあるのでしょうね。
 
だから興味が憧れに変わっていったのは必然だった。
 
 


 
疑似姉妹契約─────。
そういった契約があることは知っていたし、それを結んでいるリリィも何人か見たことがある。
私には到底縁のない話だと思っていたし、そもそも今まで疑似姉妹になりたいと思えるリリィと会うことがなかった。
 
でももし貴女と結べたなら?
私は貴女のようになれるでしょうか…?
 
ふと、想像してしまった。案外悪くないのかもしれないなどと考えてしまった。
折を見て訊いてみようとまで思ってしまった。私の姉になって頂けないか、と。
しかし、流石にそれは勢いが過ぎると思い踏み止まった。結果としてそれは正解だった。
彼女は既に別の方と疑似姉妹契約を結んでおり、シルトがいたのだ。
私はこの時ほんの少しだけそのシルトに嫉妬をしてしまった。嫉妬し、そして嫉妬という感情を抱いてしまった自分を嫌悪した。あまりに、おこがましいと。
そのシルトは私も知っている人で、二人のやりとりはとても楽しそうだった。幸せそうな二人を見ている内に何だか私も楽しくなり、そこにちょっかいを出すこともあった。
それが楽しかった。だから結果としてこれで良かったと納得した。
私は見ているだけでよかった。
 


 
 
貴女の戦闘力は類を見ず、いろいろなレギオンからお声が掛かっていたのではないでしょうか。
よく傭兵として他所に出かけておりましたね。
 
彼女が他所へ出かける際、本当は私も一緒に行きたかった。
少し怖かったのだ。
このまま他所に出たまま戻って来ないのではないかと。出て行ったまま、もう二度と会えなくなるのではないかと。
でも私の能力では足手まといになるだけだと理解していた。
だからいつも笑って見送った。自分の能力の低さを噛み締めながら。悔しさを感じながら。一生懸命に笑顔を作って。
隣じゃなくてもいいから、せめて見えるところに居たかった。
 
その時はこんな心配は杞憂だった。
いつも笑って帰ってきてはシルトと仲睦まじそうにしていた。
その光景が私は好きで、見ているだけで私も幸せだった。
 

#2)

 
ある日、それは唐突にやってきた。
いや、思うにこれは唐突などではなく、必然だったのだと思う。いくつかの前触れがあり、おそらくそれが重なった結果だったのだ。
私は眼前に広がる美しい光景だけを見て、浮かれ、そこしか見ないようにしていたから気が付けなかったのだ。
 
だから貴女がレギオンを去るつもりでいると知らされたとき、私の心は瞬く間に曇天と化しました。
 
去る理由を淡々と説明してくれるが、うまく頭に入って来ない。
何を言っているのか理解するには今まで以上の時間が必要だった。
ひたすらに鼓動が速くなる自分の胸に手をやりながら冷静であろうと心掛け、話を聞く。でも私の頭は真っ白だった。
初めの方は何を言っているのかさえわからなかった。それでも必死に真っ白な頭に言葉を入れていく。発せられる言葉の一つ一つを必死に拾い上げては返そうとする。
しかし、降りかかってくる言葉たちは理路整然としており、それを拾い上げる度に私は少しずつ理解も納得もできるようになってしまった。
その結果、返せる言葉が無くなった。何一つ。説明される言葉の一つ一つが、彼女の気持ちや感情が、私には理解できてしまったから。
私が唯一返せる言葉は、理屈なんてない、感情に由来した言葉しか残されていなかった。
でもそんなものを返しても何も変わらない。その程度を理解できるぐらいには私も大人だ。だからただただ耳を傾けることしかできなくなってしまった。
 
このままでは貴女が居なくなってしまう。
何か、何か言葉を返さないと。貴女を繋ぎとめるキッカケを。
 
次第に話の終わりが見えてきたが、必死に考えても溢れてくるのは涙だけだった。
 


 
自分が泣いていると知ったとき私の中で何かが壊れ、そして自覚した。
私の想いは日々を重ねる毎に少しずつ少しずつ大きさを増し、それは憧れではなく、もっと卑しく邪な重い想い。
 
私は貴女のことが好きだったのです。
憧れなどという清い幻想で誤魔化してきたけれど、本当は私は貴女のことがずっとずっと好きだったのです。
 
それを自覚し、壊れた私から放たれた言葉は、理性が止めていた感情論だった。
 
行かないで欲しい。出て行かないで欲しい。私の前から居なくならないでください。
だって、私は貴女を─────。
 
私の口はもう歯止めなんて利かない。
ポツポツと溢れ出す言葉は私の意志とは関係無しに本心を紡ぎ出す。
 
私は貴女のことをずっとお慕いしておりました。
だから、これからもずっとここにいて欲しい。
 
きっと困惑したに違いない。
当然だ。お慕いしているなどと、そんな素振りは一切見せてこなかったのだから。
私はずっとこの想いを胸に秘め、他人どころか自分にすら憧れなどという嘘を吐いて隠してきたのだ。誰も私の本心を知ることなんてできない。
そんな私が唐突に、しかも突拍子も無いことを言ったのだ。困惑しないわけがない。
 
気持ちは嬉しい。でも私はもうここには居られない。彼女はそう言った。
意志は揺るがなかった。既にこれは決定事項なのだ。私の自分勝手な想いをぶつけたところで繋ぎとめられるわけなどない。
もちろんそんなことはわかっていた。わかっていたのだけれど、私は言わざるを得なかったのだ。
一度零れ出した水は止めらないように、私の想いもまた止まらなかった。
 
ならばせめて、私を近くに置いてください。
今すぐじゃなくていい。貴女の隣じゃなくてもいい。貴女が見える所に私はいたい。
だから、いつかで構わないから、どうかお願いします。
私はあなたから離れたくありません。
 
卑しいことを言っている自覚はあった。
この方にはシルトがいる。懇意にしている戦友だっているだろう。私よりも関係の深い人は大勢いるのだ。たまたまレギオンが一緒になっただけの私など、今まで知り合ってきたリリィの数ある内の一人にしか過ぎない。
そんな私が他を差し置いて近くにいたいなどと、傲慢にも程がある。
でも私にとっての貴女は数ある内の一人などではない。たった一人の、唯一無二なのだ。
 
約束はできない、そう告げられた。
だがもしこの先ずっと腰を据えたいと思える場所が見つかったなら、そんないつ見つかるかもわからない、遠い未来になってもまだ気持ちに変化がないのなら呼んでもいい、と。
 
私はその言葉を頂けただけでも嬉しかった。
そんな不確定な未来ですら私にとっては救いの言葉となり得たのだ。
彼女の記憶の片隅にでも私を置いて頂ける。たったそれだけのことでも、私はそれを信じてこれからも戦える。貴女のことを想うことができる。
 
 
────────────いや、嘘だ。私はまた自分に嘘を吐いた。嘘で自分を守ろうとした。
 
違う。私はそんな言葉じゃ足りない。私はその程度では満足できない。
本当は常に一緒にいたい。出て行かれるのなら一緒に出て行きたい。そのまま旅に出られるのなら、その旅路を一緒に歩みたい。
見ているだけなんて嫌だ。貴女と共に肩を並べて戦いたい。貴女を支えたい。貴女に必要とされたい。私は、あなたの"シルト"になりたい。
いつかなんかじゃない。いますぐに、これからも、ずっとずっとずっとずっと、貴女と一緒に…!
 
溢れる。溢れ続ける想い。私の貪欲で醜い本性が、止めどなく。
言いかけた。言ってしまえたのなら、きっと楽になれた。溢れる想いをそのまま言葉に乗せて。
自分の本当の想いに気付いたのだから正直に伝えるべきだったのかもしれない。
でも言わなかった。言えなかった。
ただでさえ、離れたくないなどと浅ましいことを言ってしまっているのだ。
これ以上私の我がままを言ってしまうと彼女をより困らせてしまう。それは本意ではない。
だから私はこの想いを内に秘めることにした。
胸が苦しくなるのを感じながら、それでも彼女を想うからこそ、私はこれ以上踏み込むことをやめた。
 
貴女が安らぎを感じられる場所が見つかることを、私は心よりお祈りしております。
そして、いつかもしそんな場所が見つかったなら、ぜひ私をお呼びくださいね。
 
これ以上泣いてしまわないように堪えながら、言葉を紡ぐ。
私のことを覚えていてもらえるか不安になりながら。
そんな日が本当に来るのか恐れながら。
それでも私は彼女が気持ちよくレギオンを去れるように心がけることにした。後ろめたさを感じながら去ってもらうのは避けたかった。どうせ去るのなら、少なくとも楽しい思い出とともに。
必死に笑顔を作った。作ったつもりでいた。もしかしたらぎこちない笑顔だったかもしれないけれど。彼女の心の片隅にいる私は、笑顔の私でいて欲しかった。
 
私は弱くないだなんて、どの口が言えたのだろうか。
本当はこんなにも弱かったんだ。
 

#3)

 
ついに彼女の旅立つ日がやってきた。
いつも通り模擬戦をこなし、いつも通り外征任務に赴き、いつも通り一日が終わろうとしていた。
そのいつもの日常が、今まさに終わろうとしていた。
 
彼女の背中が見える。
いつも後ろから見てきた背中。
今日が終われば見られなくなる背中。
終わってしまう。終わってしまう。終わってしまう。今まで続いていた幸せな日常が。
泣きそうになるのを必死に堪える。もはや笑顔を作る余裕なんてなかった。目頭が熱くなる。口が震える。手が震える。想いの分だけ、私の身体が反応する。
 
彼女がメンバーの前に立ち、挨拶を始めた。
彼女の顔を見ることができない。耳を傾けることすら身体が拒絶する。
彼女の顔を見たら私はきっと耐えられなくなる。そうなればきっと私は赤ん坊のように泣きじゃくり、彼女を心配させてしまうだろう。温かく送ろうとしている他のメンバーにも影響を与えてしまうだろう。
それは避けなければならなかった。だから私はひらすら俯き、涙だけは流すまいと必死に堪えた。
しばらくすると聞きなれた声が聞こえなくなっていた。挨拶はもうとっくに終わっていたのだ。彼女はもう部屋から出て行こうとしているところだった。
このままでは彼女の最後すら見届けられない。貴女に映る最後の私が俯いたままなんて、そんなのは駄目だ。どうせ泣いてしまうにしてもやはり最後はちゃんと向き合わなければ。
急いで彼女の方を見た。すると彼女はこちらに振り返り、
 
また、お会いしましょう。
 
そう言って、私の方を見ていた。気のせいではないはずだ。間違いなく、目が合ったのだから。
返事がしたかった。はい、と。ただ一言だけ。でも私の口は震えるばかりで言葉が出なかった。
口をパクパクしていると、私が言葉を返すよりも先に彼女は部屋を後にした。
返事ができなかった後悔が残ったが、期待も残された。何よりも、私に取り憑いていた不安は無くなった。
 
 
貴女の目を見て確信しました。
貴女は誠実な人だから。私が懸念していたことなんて起きない。
貴女は必ず約束を守ってくださる。貴女は私のことを覚えていてくださる。
きっと貴女は居心地の良いレギオンを見つけます。そしてその時には必ず私を呼んでくださる。
ならば私は貴女を信じてお待ちします。もうこの心に迷いも不安もありません。
そして、いつかもしその時が来たら、どうか貴女のことをこうお呼びすることをお許し頂けないでしょうか。
 
 
『お姉さま』と。
 
 

喋るCHARMの作り方

 
喋るCHARMを作って欲しいとレギオンメンバーに言われた。
どうやら食堂でリリィと会話しているCHARMを見掛けたらしい。
CHARMが喋る…、そんな機能は1つだけ心当たりがある。
早速コアクリスタルへ組み込んでみよう。
 
頑張って徹夜して入れたチャーミィ君が即削除されて返ってきた。
どうやら要望していたのはチャーミィ君ではなかったようだ。
ウザいものをいれないでくれと言われてしまった、ひどい…。
しつこいけど愛嬌あって可愛いと思うんだけどなチャーミィ君。
ともあれ、チャーミィ君でないのであればそんな機能に心当たりはない。
出来れば一度現物を見てみたいのだが…。暫く食堂を観察してみようかな。
 
アーセナル間の情報網で真島百由様が件のCHARMを解析したという話が流れてきた、ずるい!
早速百由様に喋る機能について質問してみた、新技術が使われているというなら是非学びたい。
しかし結果は無理だという返事だった。
非常に特別な技術で作られてて、この学園ではまだ再現は難しいらしい。
最新技術が集まっているこの学園ですら再現出来ないなんて、どこの秘匿研究所産なんだろう…。
しかし、メンバーからの依頼はどうしようか…。
 
噂のCHARMを持っているリリィをようやく見掛けた。どう見ても小学生にしか見えない上に
リリィとは少し違うような佇まいをしているように見える。
特別な事情の強化リリィというのにも納得だ。関係を持っている百由様が少し羨ましい。
依頼をくれたメンバーのCHARMには、チャーミィ君の見た目と口調だけ差し替えて渡してみた。
いまのところ好評のようだ、いいのかそれで…。
いつか私もチャーミィ君ではなく、対話出来る相棒のようなCHARMを作ってみたいな

私の幸せ

私にはお姉さまがいます。
とっても優しくて、何でも受け入れてくれる私の大好きなお姉さまが。
今までは別々の部屋で過ごしていましたが、新しい部屋に引っ越して私とお姉さまは同じ部屋になりました。
お姉さまが帰ってくると私は「おかえりなさい♡」とお出迎えします。そうするとお姉さまは「ただいま♡」と返してくれます。
同じ部屋になったので毎日一緒に眠ります。こうして一緒の時間を過ごせるだけでも幸せなのですが、私は欲張りなのでもっとおねだりしちゃいます。

一回目のレギオンリーグが終わるとき、お姉さまにご褒美が欲しいとお願いしました。お姉さまはお願いを受け入れてくれて、ご褒美としてお姉さまと触れ合いました。
その味が忘れられなくて、私はレギオンリーグが終わるたびにお姉さまにご褒美をおねだりしました。
「もう、仕方ない子ね」なんて言いながら受け入れてくれるお姉さまが大好きです。

もらってばっかりではダメだと思い、お姉さまにも何かご褒美は欲しくないかと聞きました。すると、お姉さまから手料理を作ってほしいと言われました。
ほとんど料理したことのない私は、簡単なチョコケーキを作ろうと頑張りましたが出来上がったのはチョコムースでした……。
お姉さまはおいしそうに食べてくれましたが、甘いチョコの味とは裏腹に私の心には苦い思い出が残りました。

次の日、お姉さまはお返しに私が作ったケーキと同じレシピのチョコケーキを作ってくれました。お姉さまのケーキはちゃんと形になっていて、しかも私の名前が入ったプレートまでついてました!

それからは、その日食べたおいしかったものやお互いの好きなアニメ、ゲーム、小説を紹介しあいました。
私のことを知ってもらうのも、お姉さまのことを知るのも、仲良くなれた気がしてうれしかったです。

お姉さまと過ごしていると心が幸せでいっぱいになります。これからもっと、たくさんの幸せを作っていきましょうね!

もう私はお姉さまなしでは生きられません。だからずっと一緒にいましょうね、私の大好きなお姉さま♡

幸せな夢

お姉様っ!
昨日お姉様が学園の掲示板に貼られていたドールの写真、すごく素敵でした!
あの…もしよろしければ私のドールも見ていただけますか?
恥ずかしいので掲示板には貼らないんですけど…お姉様にだけ見てほしくて…

えへへ…かわいいですか?よかったぁ、お姉様に喜んでもらえて。
この子たちもきっと喜んでますっ!

ねえお姉様、こないだ購買部で販売されていたオーダー、私奮発して5つ買っちゃったんです!
まあ…これで当分お小遣いはすっからかんなんですけどね…でもっ!もっともっとお姉様のお役に立ちたいから!

えっ!お姉様もこのアニメ見てたんですか!?
ですよね!すっごく素敵ですよねっ!特にこの女の子どうしの絆が…そうそう!そうなんですっ!
えへへ…なんだかうれしいなあ…お姉様と同じものを好きでいられて。これって奇跡ですよねっ!

ねえ、お姉様

お姉様っ

おねえさまぁ~

お姉様…

………

……

お姉様、今日はご一緒のお部屋で寝てもいいですか?
あっ、その…大したことがあったわけじゃないんですけど…少し、眠れなくて…

私、怖い夢を見たんです。

お姉様がレギオンを抜けて私の元から去っていく、そんな夢を。
お姉様、お姉様はどこにも行きませんよね?ずっと私と一緒にいてくれますよね?

「そんなの当然だわ。私はあなたとずっといっしょよ」

お姉様の優しい声が私を包み込む。
お姉様…
好き…好きです。離れたくない…
私はお姉様の胸の中でぐしゃぐしゃに泣いてしまった。
お姉様が私の頭を優しくなでてくれている。
その心地よさに、身を委ねて…

ああ…どうか。
今はまだ覚めないで。
もう少しだけ、見させてください。
このどこまでも幸せで…どこまでも残酷な夢を。

あなたに夢中

ーーーあなたのことを思うと、胸が熱くなります。
私より頭一つ高い身長。アスリートのように鍛えられた身体。私を褒めてくれる声。私を撫でてくれる手。私を抱きしめる熱い両腕。私を見つめる優しい瞳。常に鍛錬を怠らない真面目なところも。たまに見せる天然なところも。
そして、キスをするときの甘くて柔らかい唇も。
あなたの所作の一つ一つが、私の心をときめかせる。あなたを想うだけで、こんなにも心が弾む。
「お姉様…」
いつも夜になるとこんな風に、好きが溢れて止まらなくなる。触れ合えた日も。会えなかった日も。幸せでいっぱいの日も。寂しさに泣いてしまった日も。
「お姉様…お姉様…っ」
好き。好き。大好き。もっとぎゅってしてほしい。ちゅっとしてほしい。裸のまま抱き合って、その手で強く愛してほし……
「っうわーーーーー!!駄目!!これ以上は駄目ですわー!!」
そこで私は、綴っていた筆を無理やり止めた。今まで夢心地で気付いていなかったが、我に返ってみれば自分の書いた文章のあまりの恥ずかしさに顔が真っ赤になる。
「し、深夜に日記なんて書くものじゃありませんわね…。続きは明日になってから書くことにして、今日はもう寝ましょう…」
汗だくで火照った顔を落ち着かせるように手でパタパタと扇いだあと、深呼吸をして鍵付きの引き出しに日記をしまいベッドに潜った。
「おやすみなさいましお姉様…。夢で会えたら嬉しいですわ…」
おやすみなさい、私のシルト。続きはまた、夢の中で。そんな姉の声を聞いたような気がしながら、私はゆっくりと眠りに落ちた。
……その夜、夢の中で本当に姉に日記の続きをされてまたも奇声を上げて飛び起きることになるのだが、それはまた別の話。

姉から妹へ

 
今日もルームであの娘が来るのを待つ
何時からだろう、こうして待つ時間も楽しくなったのは
今日はどんな話を聞かせてくれるのだろう
今日はどんな表情を見せてくれるのだろう
そんな事ばかり考えながら扉が開くのを待っている
シュッツエンゲル制度で私が姉になるなんて
入学した時には思いもよらなかった。ずっと大好きなお姉様の妹でいられたら
それだけで十分だとあの時は思っていたのに
 
お姉様は私に沢山の事を教えてくれた。リリィのとしての心構えや戦い方だけでなく
仲間と過ごす時間の尊さ、大事な人を想う気持ち、互いに支え合うとはどういう事なのか
こうしてレギオンを作って1年以上戦い続ける事が出来たのもお姉様のおかげだ
そんなお姉様ももうすぐ卒業だ、お忙しいのか最近はお会いする機会も少し減ってしまったけれど
お姉様が私にくれたものはこうして私の胸の中に全部残っている
 
…足音が聞こえる、この弾むような音はきっとあの娘だ。今日も楽しいことがあったんだろう
まだリリィになったばかりでまだまだ危なっかしい動きが多いあの娘
ヒュージとの戦いにちゃんと生き残れるように、私のように大事な仲間を沢山作れるように
私がお姉様から教えて貰った大切な事を1つ1つ伝えていこう
お姉様も私と一緒にいるときは同じような気持ちだったのかな?
こうして姉妹の愛情と絆は繋がっていくのね、自然と優しい笑みを浮かべそんな事を思いながら
元気よく扉を開けて入ってくる私の大切な妹を私は迎えた
 

お姉様へ

拝啓

お姉様

最近めっきり寒くなりましたね。お姉様はいかがお過ごしですか。
私は朝お布団から出るのがつらいからおこたでお休みしたいですなんて言ったら
レギオンの皆様に笑われちゃいました。

新しく入隊させていただいたレギオンは本当にいい人ばかりです。
こんな私にも優しくかまってくれて。

隊長がすっごく料理上手な方なんですよ!
今いろいろとレシピを教わってる最中なんです!

いつか、お姉様にも作って差し上げたいな、私の手料理…。

あのレギオンにいた頃はあまりそういうお話はできませんでしたね。
でも私は満足でした。
お姉様と一緒にいられるだけで。

あっ!ごめんなさい、今のレギオンが嫌なわけじゃないんです。
むしろ皆優しくて、幸せで…
お姉様との記憶がいつか思い出の彼方に霞んでしまうんじゃないかって…怖くなってしまうくらい。

でも、私は絶対に忘れません。
お姉様と過ごした日々を。

今は別々の道を歩んでいるけれど
目指す先は一緒だと、そう信じています。

ずっとずっと大好きです、お姉様!

ラストレター

ねえ、と彼女は言った。
視線を向けると、彼女は自分のCHARMを見つめながら独り言のように呟いた。

「どうしてみんな、同じままでいられないのかな」
「同じ?」
「だってそうでしょ?レギオンのメンバーは理由は違えど一人、また一人って去っていく」
「確かにお別れは悲しいけど…でもその代わりに新しいリリィが仲間になってくれているじゃない」
「そのリリィだっていつかはいなくなってしまう。レギオンそのものだって…永遠じゃない」

永遠。
彼女は最近、よくその言葉を口にする。

「あの子が隊を抜けたのを気にしているの?」
「ええ…でもその事だけじゃないわ。みんなそれぞれのレギオンで絆を育んで、ずっといっしょ。それが一番幸せだと思わない?」
「それは…理想かもしれないけど現実はそうはいかないよ。みんなそれぞれの想いや立場で戦ってるんだ。ずっといっしょなんて、それは…停滞だよ」
「停滞…。そうだね。でもそれって悪いことなの?」
「悪いことって…わからないよ、そんなの」

がたり、と彼女は椅子から立ち上がった。
そして踊るようなステップを踏みながら語りだす。

「私はね、この学園が好き。みんなのことが好き。リリィたちが奏でる物語が大好き」

「この世界の、この時間が、こんなにもきらきら輝いていて…はじめてなの、こんな気持ち」

「この儚い夢のような時間をリリィのみんなごと切り取って氷漬けにして、永遠に留めておきたい」

「そう願うのは…そんなにも罪なことなの?」

「この世界もいつかは終わる。何年後か…いつになるか分からないけれどいつかは必ず終わってしまう物語なの」

「そのときには貴女も、あの子も、私自身さえそこにはいなくて」

「廃墟になった世界が幕を閉じる。そんな、ただただ空虚な幕引き」

「そんなの、私には耐えられない」

いつの間にか彼女は私の目の前にいた。

「――何を言っているの?」

私には彼女が何を言っているのかわからなかった。
世界の終わりなんて大げさすぎる比喩でしかないと思った。

私に向けられた彼女の掌には縦一本線のルーン文字が浮かびあがっている。

「それって…」

「うん…だからね。もう一度、ううん、何度でも。繰り返すの」

ルーンの輝きが増し部屋全体が真っ白な光に包まれる。
その光で…意識が…遠のいて…
ああ…そういえば…彼女のレアスキルは…

「ごきげんよう。それではまた、あの眩しい第1回レギオンリーグで
                         ――お会いしましょう」

ただいまを言える場所

忘れもしない、あれは5月の初めの頃。
私がいたレギオンは解散した。苦戦に苦戦を重ね、なんとかレギマで勝利を掴み、皆で祝杯を上げた、その矢先の出来事だった。
一人、また一人とレギメンが抜け、正式に隊長に解散を告げられる。余りにも唐突な解散に途方に暮れ、路頭に迷っていた私を拾い上げてくれた人がいた。それが、今のレギオンの隊長だった。
初めて隊の控室に顔を出した時はギョッとした。まずメンバーが少ない。私を入れて僅か4人。前レギオンが解散した時より少ない。聞けばただでさえ人数が集まらなかった上に隊長が新しい人に代替わりしたばかりで、内部はガタガタなのだと言う。籍を置くだけの幽霊部員をメンバーに入れたら6人だから…と言い張る隊長とレギメンを見て、私はここに来ることになった我が身を呪った。

レギオンを移ってから数日が経ち、私は連日疲弊しきっていた。前レギオンでは回復担当だった私が、ここでは人数不足で回復に加え支援妨害もマルチに組み込みバランス良く行わなければならなかった。それでも数の差は如何ともし難く、レギマでは良くて辛勝、悪ければ蹴散らされてコールドゲームだった。慣れない立ち位置に慣れない戦術。前レギオンが懐かしくて、涙で枕を濡らした日すらあった。
それでもレギオンを、あるいはリリィそのものをやめなかったのは、ひとえにレギメンのおかげだと思う。
ある人はとても映画好きで、レギマの日にすら映画のために休んだことがあった。流石にそれには愕然としたが、しかし彼女が映画について話すときはとても楽しそうで嬉しそうで、聞いてるこちらも温かな気持ちになれた。
またある人は忙しい隊長に代わって指示を飛ばし指揮を執り、後衛として戦線を支えてくれた。たった二人の後衛メンバーだったこともあり、私はすぐに懐いて彼女を凄く頼りにしていた。
そして隊長。忙しいため普段はメンバーの自主性に任せると言いながらも、必要な時はキチンと決めてくれたり、レギメン募集のためのポスターを作ってくれたりと、激務の合間を縫って裏では日夜レギオンのために頑張ってくれていた。そんな穏やかで優しい姿とは打って変わって、レギマでは誰よりも高い戦力と作戦立案能力の高さで暴れ回り、ポイントを稼いでいた。
皆がレギオンのことを愛していた。私も、段々とその熱に絆されていった。

それからまたしばらく時が経った。私達のレギオンも無事にフルメンバーが揃い、今では強豪として名を馳せている。最近入ったメンバーに至っては、このレギオンに入るのが憧れだったと言う。それを聞いて思わず笑ってしまったが、同時にとても嬉しく思った。
ここに入ってから様々なことを経験した。初めて9人揃った日。初めてSランクに上がれた日。激闘のレギリを制し、新聞に載れた日。メンバーが抜けた日。メンバーが入った日。日記をめくる度、記憶が溢れ出す。一つ一つの思い出が、私にとって何よりも大切な宝物だ。
きっとこれからも色々なことが起こるだろう。前レギオンのことも、決して忘れはしないだろう。それでも。
今の私は、このレギオンで、このメンバーで、前に進むと決めたから。
私は、大好きなみんなのいる控室の扉を開けて、叫んだ。

「ただいま帰りましたわー!」

私の日常

私が今のレギオンの所属になってからもう半年近くが経ちましたわ

結構みんなと仲良くなれたような気がするけど、みんなは私のことどう思ってるのかしら…?
いつも元気いっぱいなあの子や、しっかり者のあの子とはよく隊室でお喋りしてるけど、他の子とは事務的なやりとりがほとんどなのよね

もっとみんなと仲良くなりたいですわね…
同じ学園のとあるレギオンではレギオンで映画鑑賞したいりしてるそうですわ
うらやましいですわ…やってみたいですわ…でも急にそんなこと言われても困るでしょうし…

ひとしきり考えても特にいいアイデアは思いつかなかったので普段通りに行くことにしましたわ

「ごきげんよう!」

みんなが挨拶を返してくれる
何人かとお喋りしたり、今日の試合の作戦会議をしたりしてまた今日も一日が終わっていく
色々考えたけどやっぱりこのままでも十分楽しいわね
私はこのレギオンが大好きですわ!

メンバー募集中!

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
後衛1名大募集!
明るくアットホームなレギオンです!
ノルマなし!
未経験の方大歓迎!初歩から丁寧に教えます!
だから安心!安全!
アットホームで戦いやすいやりがいのあるレギオンです!
応募はこちらまで!
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

「見てくださいまし!私が書いた完璧な求人広告ですわ!」

「こんな求人で本当に人が来るんですの?」
「アットホームを強調しすぎてブラックにしか見えませんね…」
「半月くらい戦闘力上がってなかったら詰められそう」
「レギマのあと反省会してミスした人つるし上げてそう」

「きーっ!それならあなた達が書けばいいですわ!」

「…こういうのはシンプルな方がいい」

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
求ム。
 後衛。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

「これだけ?」
「シンプルすぎる…」
「せめて募集要項くらい書きませんこと?」

「皆様わかってませんわね。この人材不足の中、インパクトがないと埋もれてしまいますわ!印象付けるにはズバリ!個性!つまり語尾ですわ!」

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
ごきげんようぷりん☆
当レギオンでは後衛一名募集中なの☆
レギマは週3で22時、外征は22時15分からだっぴ♪
戦力は不問!初心者の方も歓迎だヴぃんち♪
申請は隊長か副隊長まで個チャをお願いプリンセス☆
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

「プリンセス…?」
「うわキッツ…ですわ」
「頭が痛くなってくる文章ですわね」
「せめて語尾は統一しなさい」
「次っ」

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
この求人を読んでいるそこのあなた…
そう、あなたです…実はわたし…ずっと前からあなたのことをお慕いしていました。
お姉様って…呼んでもいいですか?
お姉様に私のレギオンに入って頂きたくて…勇気を出してお声がけしました。
ええ、知ってます!お姉様後衛ですもんね!
ちょうど後衛の方を探していたんです!
これって運命…感じますね。お返事、待ってます。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

「いや、面識ないのに怖いですわ」
「急に刺してきそう」
「小娘化もここまできたか…」
「小娘ってこういうのでしたっけ?」
「次っ」

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
最近戦闘力が伸び悩んでいる…
欲しいメモリアや衣装があるのにマギジュエルが足りない…
シュッツエンゲルの契りを結びたいけど出会いがない…
そんなお悩みをお持ちの方はいらっしゃいませんか?
なんと!そんな悩みをすべて解決してくれるレギオンがあるんです!
このレギオンに入るだけで戦闘力はぐんぐん上昇!
マギジュエルがどんどん貯まる!
憧れのシュッツエンゲルも可愛いシルトもよりどりみどり!
実際に加入したレギメンから感謝の声多数!
さあ今すぐあなたも!このチャンスに乗り遅れるな!
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

「うさんくさっ!」
「詐欺の匂いがしますわね…」
「こうなるとさっきのも美人局的なものだったのでは?」
「次っ」

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
!!!重要!!!
ウイルスを検知しました
貴様のiphoneはウイルスに感染しています
このままではアサノレトリリイラストバレットのデータが全て破壊されます
ウイルスを除去するには
今すぐ↓↓↓↓↓にアクセスして「加入申請」のアイコンをタッチ
>>>>こちらから<<<<<
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

「貴様!?」
「だから詐欺なんですって」
「もはやただのスパムですわ」
「焼いて食べると美味しいです」
「次っ」



「…なかなか決まりませんわね」
「途中から大喜利になってませんでした?」
「お題は"こんなレギオン求人は嫌だ"でしたっけ」

「皆さん何騒いでますの」
「あ、隊長~、ちょうどいいところに。今レギオン求人の文面をみんなで考えてたんです」
「求人?それならさっき掲示板に貼り出しておきましたわ」
「えっ」
「さすが隊長ですわね、仕事が早い」
「いつも外征に遅刻して副隊長が代わりに外征の手配しているあの隊長が」
「一言多いですわ」

「で、どんな求人ですの?」

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
ごきげんようお姉様方
後衛1名のお姉様を募集しますわ
レギマは週3回22:00~ 外征22:15~で基本自由参加ですわ
まったりレギオンですので戦力は不問ですわ
ただし一週間放置で除隊の掟があるのでお気をつけあそばせ
興味のある方は隊長までお声がけくださいませ
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

「めちゃくちゃまともですわ…」
「ひとまずこれでよさそうですわね」
「あれ、でもこれ肝心のレギオン名が書かれてなくありません?」
「連絡用のIDも記載されていませんわ」

「…まあ、人間ですものこういうこともありますわ」
「本人がそれ言います?」

「またやり直しですわ~~~~~」

また逢う日まで

 ごきげんよう 

 今日も隊長の一言で一日が始まる
ごきげんよう、ごきげんようとレギオンのみんなもあいさつを交わしていく
ただ一人、あの人の声だけ聞こえない
このレギオンの後衛で一番強い人は誰? と聞かれたら私は絶対あの人の名前を挙げる
私も後衛だけど、あの人には敵わない
とても強くて頼りになるそんな人

 お疲れ様

 隊長の一言で今日の任務は終わりを告げる
今日もあの人とは会えなかったな
最近どうしてるんだろうと少し不安になる
私にとって、憧れであると同時に目標であるあの人と、これからも一緒にいれたらうれしいな

 
 その日の夜に、ふと目が覚めて散歩をしていたら隊室に明かりがついていることに気が付いた

 ごきげんよう
 
 その声はあの人のものだった
衝撃だった
誰もいない隊室で一人、あいさつをしていたのだ
誰からもあいさつが返ってこないなんて、どんな気持ちなんだろう……自分だったら、辛くて耐えられない
部屋の明かりが消えて扉が開く音がする
急いで柱の陰に隠れたが、バレてしまった

「誰かいるの?」
「に˝ゃ~」
「下手すぎてバレバレですよ?」
「ごっ」
「ご?」
「ごきげんようっ!」

 猫のようにダッシュで逃げた
頭の中にあったのは謝罪の言葉じゃなくて、ごきげんようただそれだけだった
自分勝手だと思う
でも、悲しいじゃないか、寂しいじゃないか、このまま帰したくなんてない
だから私はごめんなさいじゃなくて、ごきげんようと言ったのだ
 
 数日後、あの人がレギオンを抜けると言った
時間が合わなくなったそうだ
目標だったあの人が、頼りにしていたあの人がいなくなる
でも、これで終わりじゃない
一緒のレギオンにはいられなくなったけど、二度と会えなくなるわけじゃない
だから、私の言う言葉は決まってる
最後にあなたにかける言葉は決まっている

 ごきげんよう

意味は「お元気でお過ごしください」

マッチングが壊れてるんです

 
キッカケはリーグ明けの休息期間でマッチを休みランクがBに下がった事でした
ランクBになった事は残念だけど今の実力なら
すぐにSまで戻れるだろうとメンバーみんな楽観視していました
そこから3戦、ランクCを告げるアナウンスが無情にも響き渡りました
金CHARM持ち、リーグ50位常連、リーグ5位以内
そこは魔境でした。自分達よりも格下の相手は一人も居ない
それどころかAやSですらマッチしたこともないような上位レギオンと
ばかり対戦が組まれる日々
一体どうなっているのでしょう、ランクは実力を表すものではなかったのかしら…
 
ランクCになっても状況は変わらず過去最大の連敗数も記録
マッチ運が悪かったと笑っていられたのも最初だけで
今は試合当日の対戦相手発表が死刑宣告のように聞こえてきます
ランクCですよ?最底辺のランクにどうしてそんなレギオンがいるんです…
自分達よりも遥かに弱いレギオンが上のランクに常駐しているのに
Cのマッチング相手には勝てず、ずっとCから上がれない毎日
そんな日々がメンバーの心を少しずつ削っていくのが分かる、分かるのに何も出来ない
 
実力がちゃんと反映されていないランクはおかしいです!
ちゃんと同じような順位の相手と戦えるようにルールを見直して下さい!
教導官にいくら訴えてもこれが今のルールですの一点張り
出来るのはこの壊れてしまっているマッチングを見直して下さいと投書する事だけ
いつこの地獄は終わるんだろう、どうして学院は問題視してくれないんでしょう
せめてランク報酬に差がなければ良かったのに
こんなに頑張ってくれているレギオンメンバーには最低報酬しか渡せていないのに
9人揃っていないようなレギオンでも最高報酬を貰えている
そういう事もあると頭では分かっていてもやっぱりモヤモヤします…
 
いつかは勝てる、いつかはまた上のランクにいける
そうメンバーとチャットで励まし合いながら今日もマッチの反省会を始めます
お願いです神様
明日こそ、明日こそは勝たせて下さい…