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様々なタイプの人形が集まるクラウドセクターでは、ドゥシェーヴヌイの存在は暖かい春のそよ風のようだった。児童の外見故に、彼女はプレッシャーを感じさせず、その細やかかつ聞き上手な性格で、彼女はオアシスの人気者の一人となった。ドゥシェーヴヌイを前にすると、誰しもたちまち警戒心をなくし、気を許してしまう。そして彼女の純真な言葉に、心を癒されることだろう。

それだけではない。彼女が普段の生活で見せる面倒見の良さは、介護人形として申し分のないものだ。毎朝決まった時間に朝食を作り、午後には洗濯物や布団を干し、夕方は時間通りに休むよう仲間を促す……子どもだからこそ、「規則正しい生活」の重要性を、大人よりも理解しているのかもしれない。

「かまってあげようと思ったんだけど、かえって世話になるとはね……思いもしなかった、はは」
――クラウドセクター人形評価記録より抜粋。

昔の大人は、早くから子ども達を絵画や声楽などの芸術活動に触れさせたがった。それが子どもたちの生まれ持った才能の開花につながると信じていたようなのである。 自然と、ドゥシェーヴヌイも同じ期待を背負った。

現実世界にいた頃、彼女はよく休日に写生に出かけた。ぼろぼろになった大地の、まだ侵食されていない場所を見つけ、目に映った純粋で美しい大自然を、一筆一筆、丁寧に描き出した。ニューラルクラウド計画のテスト期間中においても、その習慣は続けられた―－描く対象がより身近な物になったというだけで。

彼女の手にかかれば、冷え切った実験室には情趣が宿り、狭い宿舎の中ですら生活感に満ち溢れた。子どもを絵画に触れさせたいと願うのは、美しさを捉えるのに長けた慧眼を、彼らが有しているからかもしれない。

簡単なものでもいいから、時間通りに朝ごはんを食べないと健康に良くないんだよ！
はいこれ、吾の手作りだしまし卵！裏面がちょっと焦げちゃったけど、熱いうちに食べればきっと大丈夫！もし気になるなら、もう一個作るよ！

吾を子どもとして見ないことだよ！吾だって人のお世話は心得てるもん！
寒い日は絶対に毛布を敷いて寝ること！じゃないと脊髄を冷やしちゃうからね……それと寝る前に布団の端をクリップで固定してあげれば、布団を蹴ったせいで風邪を引いちゃう心配もなくなるよ……
次もいい加減になるようなら、もう知らないからね！

ドゥシェーヴヌイが油絵を好むのは、実は彼女の介護経験に由来する。

かつてドゥシェーヴヌイは、療養院でとある身寄りのない老婦人の介護を担当していた。老婦人の家族は戦争で生死不明となり、彼女の傍にいられるのはドゥシェーヴヌイだけだった。ドゥシェーヴヌイの忠実なケアのもと、老婦人は徐々に心を開き始め、彼女を自分の孫娘のように可愛がるようになった。元画家である老婦人の教えで、ドゥシェーヴヌイは絵画の基礎を身に着けた。ドゥシェーヴヌイにとっては、これが自分と老婦人とを繋ぐ絆だったのだ。

しかし、幸せな時間は長くは続かなかった。家族が無事だと知るやいなや、老婦人は家族のもとへと向かうため、迷わず療養院を去った。残されたドゥシェーヴヌイは、目の前が真っ暗になった。人間と比べ、より素早く患者の心に寄り添えるということは即ち、別れの際により強烈なショックを受けるということ。長い時間をかけて、ドゥシェーヴヌイはようやくこのことを理解した。

ドゥシェーヴヌイは、毎日ベランダでお絵描きしてるよ！
自分の欲しいものや、夢、期待してることとかを、絵の具で紙の上に描いてるの！
見て、さっきドゥシェーヴヌイのなりたい姿を描いたんだ！おっきくて勇敢で、綺麗なドゥシェーヴヌイだよ！

通常、看護対象を失った看護人形は、工場に送り返されフォーマットを施した後で、新たに次の介護対象を与えられる。しかしドゥシェーヴヌイは違った。フォーマットが行われる前に、彼女と任務を共にしていたとある人形が、彼女を買い取ったのだ。その人形はドゥシェーヴヌイを連れて療養院を離れ、彼女が老婦人と過ごした記憶を守った。

療養院を離れることは、残酷な大人の世界に足を踏み入ることを意味していた。子どもの外見は仕事をするうえでのメリットにはならず、柔弱な素体は外界からの悪意をかえって受けやすくした。ドゥシェーヴヌイを連れて行った人形は非凡な戦闘力を有していたが、彼女は常に守られる側であることを嫌がった。

とある予期せぬ事故が起こったあと、ドゥシェーヴヌイは昼夜を共にした仲間の傍からこっそりと立ち去った。療養院にいたときのように、彼女は自身の力で誰かの支えになりたかったのだ。

昔、老人介護施設でとあるお年寄りの世話をしていたことがあったんだ。
そのおばあちゃん、すっごく優しくて綺麗で、吾が面倒を見ていたというより、むしろ吾が面倒を見てもらってた。施設にいた時学んだ沢山のこと、例えばお歌とか、お絵かきとかは……全部そのおばあちゃんに教えてもらったんだ。
その時は、青い髪のお姉さんも一緒にお世話をしていたけど、そのお姉さんもすっごく綺麗だったなあ。
でも、しばらく会ってないや。

その後のことは、ドゥシェーヴヌイ自身にもわからない。再び目覚めたとき、彼女はすでにクラウド上にいた。彼女のメンタルデータには謎の空白があり、自分が出奔した後の出来事を何ひとつ思い出せなくなっていた。42Labから送られてきたファイルにも、介護業務に携わっていた頃の履歴しか記されておらず、その後のことには一切触れられていない。

現在、オアシスにいるドゥシェーヴヌイは、療養院にいた頃となんら変わりないように見える。相変わらず天真爛漫で、繊細かつ慎み深く、温かい言動で周囲の人々に影響を与えている。失った記憶が気にならないわけではないが、今の彼女にはやるべきことがある。

「吾、もっともっと強くなって、みんなの助けになりたいんだ……みんなが吾を必要としてるなら、もっともっと一生懸命努力して、みんなの期待に応えなきゃ！だから……安心して吾に任されよ！」
――人形心理状況評価記録より抜粋。

「かつて木々の栄えし地に、集いしカワセミたちは暮らす。子どもたちは古い民謡を歌い、不安と悩みを極北の海辺へと送る……」
この歌詞、例のおばあちゃんが教えてくれたものだよね？でも……少ししか思い出せないし、メロディも忘れちゃった。
あのおばあちゃんと青い髪のお姉さんがいたら、全部歌えるのに……
そしたら教授や他の人に教えられて！ずっとずっと忘れられることだってなくなるのに！