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アイドルプロジェクトが成功すると、サイバーメディアはすぐさま配信市場へと進攻し、ゲーム界隈を対象とした「ストリーミングプロジェクト」を起ち上げ、人形のスター配信者を生み出そうとした。プロジェクトのフラッグシップモデルとするべく、開発チームは当初からCM.SLに膨大な資金と心血を注いだ。CM.SLに強力なAI計算能力を付与するだけでなく、高精度なメカニカルハンドとキュートな外見を与え、卓越したゲーミング技術を有する美少女を誕生させたのだ。筆舌すべきは、開発陣が膨大な数のネットスラングデータをかき集め、ロールアウトを控えるCM.SLに数ヶ月以上もの機械学習を施し、最強の配信用相互アルゴリズムを編み出したという点に尽きる。彼らは信じていた。このアルゴリズムを有したCM.SLならば、配信史上リスナーの気持ちを最も理解できる、唯一無二の美少女人形配信者になり得ると。

だが、アクティベート後にクロが発した第一声に、実験室に籠もってばかりいた研究者たちは二の句を奪われることとなる。

「なにジロジロ見てんのよ、このキモオタども！さっさと服よこせっての！」

アルゴリズムを通じてネット用語を過剰に摂取した弊害だろうか、クロの言葉遣いは極めて抽象的だった。それに対し、マネージャーは「レディの訓練」を用いて彼女の言動を矯正しようとした。

しばらくの訓練を得て、クロはようやく下品なスラングなしで、トークを1時間行えるまでに成長し、フォーマルな挨拶もいくつか習得した。サイバーメディア内部のリスクアセスメントを通過すると、クロはさっそく自身で配信を始めた。だが第一回目の配信は理想的とは言い難く、その後も低迷状態が続いた。リスナーはとっくに、ありきたりな配信に辟易していたのだ。業界最大手であるサイバーメディアへの風当たりは強く、損失甚だしいストリーミングプロジェクトは、配信開始から2ヶ月もしない内に風前の灯となっていた。

その頃、クロ本人も会社とリスナー双方からのプレッシャーに晒されていた。わざとらしい口調とぎこちない笑顔を強要される一方で弾幕からの嘲笑に押し潰されかけていたのだ。そしてある日、ついに限界を迎えたのかそれとも偶然マネージャーが傍にいなかったのか――とにかく、彼女は急にアンチのコメントに対し本性を現した。ゲーム配信の歴史に刻まれた「伝説の一夜」は、こうして生まれたのである。

#美少女配信者突如ガチギレ#リスナー名指しでフルボッコ#イキリ勢泣かされログアウト#配信人気ランキング1位獲得後にBAN……

だぁー、 ムカつく！
あのアンチども！匿名掲示板に「クロの正体はデブオタ」だとか、「クロの中の人は40歳の自宅警備員」だとか、あることないこと書き散らしやがって！血圧が一気に上昇したじゃんか、どうしてくれんのさ！？
ハァ…つーか素顔なんざとっくに晒してるっての…それにメイドコスプレだって……あ、そういえば、教授って私の配信、見たことあったっけ？

「どうして今だに古めかしい折りたたみ携帯使ってるんだ？」って？
好きだからに決まってんじゃん！ボタンを押す感触がたまんないんだよねー！入力もゲームも手ごたえ抜群だし、今の折りたたみ携帯って、結構スマートなんだぞ！ジジババ専用だと思ったら、大間違いなんだから。
それに比べて最近の端末は形も大きいし、変な穴もあっちこっちあるし、マジ理解不能。

配信ルームが凍結されたことでプロジェクトは突如終わりを迎え、「失敗作」であるクロは廃棄処分される予定だった。その時、ネットがクロの話題で持ちきりになっているのを知ったマネージャーは、勝機を見出し彼女を買い取ってサイバーメディアを後にした。しばらくして、クロはフリーの配信者として再びデビューすることとなる。

凍結された際の強烈なインパクトを受けてか、久しぶりの配信には数多くのリスナーが集まった。好奇心、悪意、はたまた奇妙な嗜好……配信を見る理由は様々だ。いずれにせよ、どんなに悪意に満ちた猜疑や言いがかりにも、クロはけして怯まずに立ち向かった。

不思議なことに、高圧的かつ極めて濃厚なインタラクティブ形式が功を奏したようで、クロの配信はその後も安定した人気を博し、ゲーム配信界隈で一定の地位を築き上げた。やがて、彼女のフォロワー数はサイバーメディア公式配信者のそれをも上回り、サイバーメディアの幹部を激怒させるに至る。衝撃を受けたサイバーメディアは、クロを技術的に分析し、彼女の人気の秘訣を解き明かそうとした。

「一見リスナーを罵っているだけに見えるが、自分を気にかけてほしい、知ってほしいというリスナーの心理を上手くつかんでいる。さらに罵り言葉は独創性に溢れ、独特な造語や有名なフレーズが次から次へと出て来る。しかも流行や普段の生活に寄り添ったネタが多く、わざとらしさが一切感じられない、親しみやすい一方で斬新なイメージを造りだしている……」
――『人形配信者「クロ」人気分析報告書』より抜粋

この報告書自体クロの配信のように抽象的すぎるあまり、誰にも採用されずに終わった。そのため現在に至るまで、クロの成功は複製されることなく済んでいる。

白状しな！匿名BBSに私の悪口書いたの教授でしょ！？
「有名配信者の私生活を曝露:堕落した生活、ネットで他人を誹謗中傷、しかも常にスッピンのまま」――アンタ以外に誰がこんなこと書けるっての！
正直に言わないと、痛い目見るぞ！

自由奔放、直言直行、それがクロだ。だが同時に、彼女は他の配信者にはない問題を抱えている。

クロのフォロワーは、ほとんどが「アンチ」で構成されている。心無い弾幕、口汚いコメント、根拠のないデマ……その悪意の数々は、人間配信者一人を潰すのに十分事足りる。だが矛先がクロに向けられたとたん、ままるでマシュマロに攻撃を当てたかのように、急に手ごたえがなくなってしまう。

人形のメンタルって、こんなにタフなの？クロは公の場で心の声を漏らしたことはない。真相は神のみぞ知る、だ。

「だってさ、アイツらが攻撃してんの私じゃないもん。この窮屈な世界だよ。トーゼン、私がフルボッコにしてんのもアイツら自身じゃなくて、このツマンない生活なわけ。みんな疲れてんだよ。だからどっかでガス抜きしなきゃ」
「ま、そんなのわかってんだけどさ……私だって癒しがほしーーーい！」
――マネージャーとの定期交流記録より

#配信者がアイコンフレームを誤爆、著名アイドルグループのファンか
――ある日のトップニュース、1時間後にタイムラインから消失

良い生活してれば、ネット廃人なんかとは無縁な人生送れるよ。
てかさ……ホントに「リア充」って呼べるような人、この世に何人いるんだろ？って、そんなのわかるわけないか。ぶっちゃけみんな、ただストレス発散したいだけなんだよね。ライブ配信も、クソリプも、くだらないレスバだってそう。
結局のトコロ、私なんて、そんなヤツらのはけ口でしかないんだよね～……

普段からフォロワーとバトルを繰り広げてはいるが、クロは誰よりも彼らを大切にしている。アンチフォロワーが多いからこそ、クロを心から応援し、彼女からもらった元気を拡散する真のファンたちが、より一層得難く感じられるのだ。彼らがいるおかげで、クロは誇りを持って言える。自分は単なるピエロでも、他人のストレスの捌け口でもなく、他のアイドルと同じように人々に幸せと喜びを与えているのだと。

現在、マグラシアクラウドに囚われているクロは、フォロワーとの繋がりを失った。だが彼女はそんなことで落ち込んだりはしない。クラウド上にも、彼女を理解し彼女を応援してくれる人たちがいる。その事実がクロを奮い立たせた。いつか必ず、クラウドで獲得した新たなフォロワーを引き連れて、王者は現実世界へと帰還する――彼女はそう信じていた。

「特別に私のファンクラブ会長に任命したげるからさぁ！今度の配信、ちゃーんと宣伝しといてよね！？」
「ふっふっふ……見てろよ、今にクロ様の名をマグラシア中に轟かせてやるからな！」

今日はちゃーんとお化粧してきたよー！服もおニューなんだ。
あのさ……今日の配信なんだけど、教授に出てもらうことって、できたりする？
それじゃその前に、もっとおめかししないとね！