コプリー 標準 PART.14 傀儡

Last-modified: 2024-11-30 (土) 18:01:26

 コプリーセクター、生態観測所。
 暗い紫色の波紋が、波打ち際のほうから拡散し始めている。
この速度なら、すぐに海原全域へと広がるだろう。
数えきれない程のエントロピーが波穂となり、津波のように一行の足跡を覆い尽くしてゆく。
ソルたぁッ!
 ソルは錆びきった扉を勢いよく蹴り開けた。
ソルこっちは安全だ!早く中へ!
ペルシカ&ドレーシー了解!
 メンバーは次々に建物内へと入った。
最後の一人を中へ引き込むと、ソルは即座に扉を閉じた。
それとほぼ同時にエントロピーが扉に衝突し、重たく耳障りな音を立てる。
ペルシカ扉一枚ではやや不安ですね、ここは私が。
 ペルシカは扉に手を当てて、身体からオペランドを放った。
メンバーのいる部屋がシールドの中にすっぽりと収まり、
エントロピーが躯体を打ち付ける音も聞こえなくなった。
ペルシカこれでしばらくは持つでしょう。
ソルこれだけのオペランド、一体いつ溜め込んでたのさ。
ペルシカ忘れたんですか?こうなることを見越して、
ドレーシーさんにお借りしたんじゃありませんか。
ドレーシーなるほど!オペランドを欲しがったのは、このためだったんですね!
ソルペルシカ、すごい!
 安全が確認できてようやく、三名は建物の内部に目を凝らした。
ペルシカ……ここがタラナムさんの言っていた生態観測所ですね。
ドレーシーひととおり調べてみましたけど、さっきソルルンに塞がれた扉が唯一の出入り口みたいですね。出入り口さえ閉じていれば、ここは安全なようです。
ソルはぁ……やっと休憩できるよ。ヌッルヌルでベッタベタの怪物どもはもうこりごり……
ペルシカ先ほど一時的にですが、通信がつながりましたね。今のうちに教授に連絡を……
 カタッ……
ソルヒィィィーー!?
 ふいに、メンバーの背後から物音がした。
ホッとしたのも束の間、三人に再び緊張が走る。
ソルき、聞こえた?ペルシカ……
ペルシカは、はい。あの方向から何か物音が……
ソルで、ででで、でもそこ、何にもないよォォ!?
ドレーシー地下からの音ですね……
ソルま、まさか、あの怪物どもが地中から……
ドレーシーソルルン、落ち着いてください!わたしが確認してみます。
ソルい、いや!戦闘係はあたしだ!や、やっぱりあたしが先に……
 ソルは剣を抜いて、恐る恐る音のしたほうへと近づいた。
ペルシカとドレーシーは、固唾を飲んでその様子を見守っている。
 すると「カッ」という音とともに、地面に裂け目が現れた。
ソルう、うわああああ!!
ソル疾 炎 獅 子……
????待った、ソル!私だ。
ソル……斬……えっ!?
 聞き慣れた声を耳にして、ソルはとっさに動きを止めた。
ペルシカこの声は!
{教授}ただいま、みんな。
 地下通路の中から、両手を高く掲げた二人の人物が現れた。
ソルアンナ、教授!?どうして……?
{教授}話せば長くなる。とりあえず、剣を収めてもらえるかな?
ソルあっ、ご、ごめん……びっくりするじゃんか、教授!
ペルシカお二人がご無事で良かった……本当に、本当に良かった……!
{教授}言っただろ?私を信じろって。
{教授}それに、こっちだって心配したんだぞ。みんな無事でほっとしたよ。
{教授}大変だったね、ペルシカ、ソル。それと、こちらは……
ドレーシーわ、わわわ、わたし!ドレーシーと申します!あ、あなたが教授ですね!?オアシスの指導者、追放者のリーダー、人形たちの心の友の!
ドレーシーわ、わたし、ずっとずっとあなたにお会いちたくちぇ……あっ、お会いしたくて……ふぇぇ、舌噛んじゃいましたぁぁ……
{教授}えっと……君はたしか……海で私たちを助けてくれた……
ドレーシーはいはぁい、そうなんですぅ!うぁ、うぁん……覚えててくださったなんて……感激です、教授……
{教授}……ペルシカ、彼女は……?
ペルシカ本当にご存知ないんですか?
(選択)1.え……知らないけど……A
2.言われてみれば、どこかで会ったような気がするな。B
Aペルシカ本当に?
{教授}嘘じゃないよ……C
Bペルシカへっ!?きょ、教授……!?
ソルペルシカは大ダメージを受けたようだ!
アントニーナ思った通り、教授は信用なりませんね。
ソルア、アンナまで……
ペルシカいえ、きっと何かの間違いです。教授はただ「ニューラルクラウド」計画の名簿で彼女を見かけただけですよね?なにせ人形の管理は教授のお仕事の一環でもありますし……
アントニーナなるほど?どこで会ったか思い出せないような人形に、オアシスや追放者の情報を漏らしたと。その意識、メンタルのように再構築して差し上げましょうか?
{教授}……冗談だった、って言ってもまだ許されるよね?
 私は根気よく釈明し、どうにか二人の誤解を解いた。C
Cペルシカゴホン……いいでしょう。今はそれどころじゃありませんし。
ペルシカまずはお互いの……
 ふいにペルシカが言い淀んだ。
彼女がドレーシーを一瞥するのを見て、私はその懸念に気づく。
{教授}ドレーシーさん、その……
 ドレーシーはペルシカと私を交互に見ると、いつものフレンドリーな笑顔に戻った。
ドレーシーあっ……わたし、先に観測所に上がって、エントロピーの様子を見てきますね!
{教授}頼んだよ。
ドレーシーもっと教授とご一緒したいですけど……まかせてください!
 ドレーシーは名残惜しそうに私を一目見て、スキップで階段へと向かった。
背後の尻尾のようなものを軽快に揺らしながら。
{教授}……積極的すぎるのも困ったものだな……
アントニーナいいご身分じゃないですか、教授。調子に乗りすぎて、本来の目的まで忘れたんじゃないですか?
{教授}ごほごほッ……とにかく、これで情報交換ができるね、ペルシカ?
{教授}まずはこちらの経緯から説明しよう――
 
 数十分前、地底洞窟、モニタールーム。
{教授}ペルシカたちの様子は?
アントニーナ戦闘中につき、通信が一旦途絶えました。こちらの情報が役に立ったようで良かっ――
 アントニーナが言い終える前に、側面からの大きな衝撃が私たちを襲った。
頭上の照明が次々と消え、モニタールームが激しく震動しだす。
アントニーナ上の岩が崩壊したんだ!早く逃げないと……
{教授}外は駄目だ!エントロピーで埋まってる!
アントニーナ強行突破するしかないでしょう!他に方法があるとでも!?
{教授}さっきみたいにこの部屋をスキャンするんだ、早く!
アントニーナ……!?
 アントニーナは一瞬驚いたが、すぐに私の意図を理解した。
アントニーナ分析モード起動。
{教授}どれくらいかかる?部屋がもう持たない!
アントニーナ広域のスキャンは精度が低いんです、ここは運にまかせるしか!
 緑色のスキャン光線が部屋のあちこちを照らした。
揺れがますます強くなる、残された時間はわずかだ。
アントニーナだめです、部屋中を探しましたが、何も見つかりません!
{教授}アドミニストレーターが毎回海を泳いでくるはずがない、
秘密の通路がどこかにあるんだ!
アントニーナそれはわかってます!でも大雑把なスキャンじゃダメなんです、ピンポイントでないと!
{教授}何かを見落としてるんだ……どこだ、どこなんだ……
 巨大なスクリーンから放たれる淡いブルーの光が、
アントニーナの頬を染め上げている。
{教授}!!わかったぞ、これだ!スクリーンだ!
 アントニーナは即座に端末を巨大なスクリーンに向けた。
次々とスクリーン上に現れる文字列が、ハッキングの進度を表している。
アントニーナ当たりです。
{教授}あとは頼んだ!
アントニーナ見ててください!
 アントニーナは素早く端末を操作した。プログレスバーが前へと進み続ける。
 カッ――
 部屋の天井が重みに耐えきれずに裂けた。シーリングライトが次々と落ちてくる。
{教授}まだか!?
アントニーナあと少し――行けた!!
 アントニーナが最後のキーをタップすると同時に、プログレスバーが極限に達した。
次の瞬間、私はアントニーナに掴まれ、転がるようにして通路に出た。
 後方でスクリーンがゆっくりと閉じる。
私たちはその隙間から、秘密と苦痛に満ちた部屋の最期を見届けた。
{教授}……危機一髪だったな。
アントニーナあなたと死なずに済んでラッキーでしたよ。
 やがて落ち着いてくると、アントニーナはためらいつつ、眉をひそめて私に訊ねた。
アントニーナ……どうして通路がスクリーンにあるとわかったんです?
{教授}この状況下で、他の機械へのオペランド供給は止まってるのに、
スクリーンだけは正常に稼働し続けていた。
非常口である以外に説明がつかない。
アントニーナ……なるほど、あなたの勝ちとしましょう。
{教授}行こう、ここもじきに崩れる。
 
{教授}……というわけだ。
ソルそうだったんだ……さすがは教授!
アントニーナ……
{教授}それで君たちは?アドミニストレーターはどこにいるんだ?
ソルああ、あのアホミニストレーターね。ここだよ!
 ソルはデスクの下から何かを引きずり出すと、それを担いで立ち上がった。
タラナム……
{教授}……
 ソルに担がれた青い髪のアドミニストレーターは、
一本の棒に縛り付けられたまま瞳をぼんやりとさせている。
まるで焼かれるのを待つ魚のようだ。
{教授}これは……
ソルああ、また何かすると困るから縛り上げておいたんだ。便利でしょ?
{教授}……だ、大丈夫なのか……怪我はさせてないんだな?
なんだか失神してるように見えるけど……
ソルへーきへーき、もとからだから。
ソルなんともないよ、ほら。ツンツン。
タラナム……うぅ。
ソルほれ、ほれ、ツンツクツ~ン!
タラナムうぅ、こそばゆい……
アントニーナソルさん、ふざけてないで彼女をそこに下ろしてください。検査してみますから。
ペルシカ検査?
アントニーナええ。彼女の精神状態、どう見ても正常ではありません。地下で見つけた「あの記録」を踏まえると、おそらく……
 ソルはタラナムを床に横たえた。アントニーナは彼女のメンタルにアクセスし、
システムのコードを確認し始める。
アントニーナ……ビンゴ。
 アントニーナの表情が暗くなった。
ペルシカ何か見つけたんですか?
アントニーナ……ロッサムでの出来事を覚えていますね?
ソル忘れるわけないよ。
ソルチューリング……それにハンナ。
アントニーナええ。あの時、ハンナはフェイスを倒すために、ある特殊なプログラムを用意していました。
アントニーナその名も、リライトプログラム
 
ハンナなんで私を止めたの!?私がシミュレートした中で最高の計画だったのに!
ハンナ計画が成功すれば、フェイスの認識は書き換えられる、浄化者は二度とロッサムを困らせたりしなくなる!
ハンナそうなったら、自由にT1643やT1644、T1645、T1646を生み出せるんだよ……チューリングの思う存分、好きなだけ作ればいい!浄化者なんてもう関係ない!
チューリングだけど……もう一人のT1642を生み出すなんて、私にはできっこないのよ、ハンナ。
 
ペルシカ「リライトプログラム」……ハンナさんがフェイスに埋め込もうとしていた、あの……
アントニーナリライトプログラムを埋め込まれたエージェントは、メンタルを制御され、プログラムの命令に従うようになります。
アントニーナ簡単に言えば、エージェントのベースコマンドが上書きされるわけです。
アントニーナそしてこのアドミニストレーターのメンタルには、リライトプログラムが施されている。
タラナム……!?
 ずっとされるがままだったタラナムが、それを聞いて急に顔を上げた。
ソル――お前、その反応……まさか、知ってたのか!?
 タラナムは何かを言いかけたが、結局は黙ってうつむいた。
タラナム命令には、逆らえない。
アントニーナ訊いたって無駄ですよ、ソルさん。彼女はリライトプログラムの制御下にあります。末端情報を仄めかすことすら不可能でしょう。
ペルシカつまり、彼女の行動はすべて不本意だったと?
アントニーナ彼女に自立した判断能力があるかどうかは不明です。いずれにせよ、リライトプログラムに背くことはできません。
アントニーナ彼女の言う「研究」は、とっくに本来の生態研究ではなくなっていた。ここはかなり前から何者かに占拠され、エントロピーの温床となっていました。
ソルだからか……セクターに生態研究っぽいものが何もなかったのは……
 ソルはタラナムを見た。眼差しにはいくらか同情が混じっている。
ソルあんたには酷い目に遭わされたけど、そうするしかなかったんだね……
ペルシカリライトプログラムは解除できないんですか?
アントニーナ可能ですよ。ただ……彼女のメンタルはすでに空っぽですね。
アントニーナ今やリライトプログラムによって生かされる状態です。プログラムを解除すれば完全に意識を失い、それこそ本当の「抜け殻」になってしまいます。
アントニーナ――エージェントにとっては、「死」となんら変わりないでしょう。
{教授}つまり、今の彼女はゾンビのような状態なのか?
ソルきょ、教授、やめてよね、そういうこと言うの!
アントニーナま、そんなところですね。私も驚きましたよ……この技術がこうも完全に機能するなんて。
アントニーナハンナのような天才を以てしても、リライトプログラムは手に負えませんでしたから。
アントニーナプログラムを起動するだけで、エージェント一人のオペランドを吸い尽くしてしまいますからね。調整どころじゃありませんよ……
アントニーナおそらく彼女を制御する者は、一般エージェントには想像もつかないほどの膨大なオペランドを有しているはず……
 そう言って、アントニーナは複雑な視線を私に向けた。
だがすぐに自ずから首をふる。
アントニーナとにかく、何者かがアドミニストレーターを操って、あのエントロピーどもを養っていたのは事実です。結論が出たからといって、どうなるわけでもありませんが……
{教授}そうかな?私には突破口だと思えるけど。
彼女はリライトプログラムに背けないと言ったね。となれば……
 私はアントニーナに分析を中断させ、タラナムの前に立って彼女の頬に触れた。
タラナム……
{教授}大丈夫か?だいぶやつれているように見える。
タラナム……外のエージェント、ここにいるべきではない。
タラナム命令に従え……さもないと……
{教授}さもないと強行手段を取る、だね?
異質なプログラムに制御されるのは、さぞ苦しかろう。
タラナム……立ち去れ。
{教授}考えがあるんだ。君にとっての最優先命令はなんだ?
私たちを追い出すことか?それとも自身を守ること?
{教授}――どちらでもないんだろう?
君の「研究対象」を捕らえて、地底へと送り返す。
それが君の最優先事項だね、違う?
タラナム……そうだ。
{教授}やっぱりね、それなら協力し合えそうだ。
私たちの目的は一致している、こっちもエントロピーに対処しなきゃいけない。
タラナム……
{教授}セクターの情報を教えてくれないか?
それと引き換えに、私たちが君の力になろう。
でないと、セクターはエントロピーに破壊されてしまうよ。
タラナム……わかった。
タラナム命令と一致、賛成する。
 タラナムはプログラムの命令に逆らえない。彼女が同意するのは明らかだった。
だが私は、彼女があんな表情をするとは思っていなかった。
混濁し焦点を失った青い双眸には、揺るぎない決意にすら似た感情が確かに宿っていた。