コプリー 標準 PART.16 嘱託

Last-modified: 2024-11-30 (土) 18:20:51

 アドミンセンターへ近づくにつれ、道を塞ぐエントロピーの数も増えていった。
 エントロピーの行動原理を把握したおかげで、
一度に大量のエントロピーを相手せずに済んだはいいが、
高頻度の連戦はひどく骨が折れた。
ソルチッ……面倒だ!
 ソルは襲い来る触手を斬り伏せ、紫色の波の中に一筋の道を切り開いた。
ソルもうすぐだよ!みんな、頑張って!
アントニーナあれは……アドミンセンター?
 建物の外はエントロピーに埋め尽くされており、本来の容貌はわからなかった。
建物とおぼしき暗色の物体がエントロピーの海に静かに佇み、
不吉な紫色の光を放っている。
ソルくそっ……なんて数だ!障壁のコンソール、まだ生きてるの!?
タラナム生きてる。アドミンセンターにはファイアウォールがある、しばらくは破られない。
タラナム正面ゲートはエントロピーが多すぎる、裏門から……ゴホゴホッ……
 タラナムが激しく咳き込んだ。体がやや透明化している。
ソルおい、ガリ勉。こんな時に冗談やめてよね!
アントニーナ待ってください、まさか……
 アントニーナはタラナムのメンタルに強制アクセスした。
アントニーナ自分のオペランドでファイアウォールを維持してたんですか!?もしかして、さっきの津波も……
アントニーナアドミニストレーターなら、セクターのオペランドを扱えるはずじゃ……どうして……
タラナムケホッ……エントロピーを制圧するのが最優先。セクターのオペランドを節約しなくては……
アントニーナこれじゃ生命を削ってるも同然です!私のオペランドを……
アントニーナ……ダメだ。私じゃリライトプログラムを迂回できない。
ソルタラナム、手出して。
タラナム……?
ソルいいから早く、あたしが背負ってあげる。優先順位だかなんだか知らないけど、あんたをここで死なせるもんか!
タラナム……うん。
 
タラナム着いた。
ソルあれが裏門?長いこと使われてないみたい。
タラナム……ここは研究スタッフが模擬生物を運び入れるための特殊ルート。今まで多くのエージェントが……
 タラナムは黙った。傷を負ったかのような苦痛の表情を浮かべて。
ソル多くのエージェント?あんたの他にもエージェントがいたの?
タラナム言え……ない……
 タラナムは顔を背けてソルの視線を躱した。
その動きはぎこちなく、危うくソルの背中から落ちそうになった。
アントニーナが手を伸ばして彼女を支える。
アントニーナ妙ですね、稼働が追いつかなくなってる。
ソルとにかく、まずはアドミンセンターに入ろう!
アントニーナ待って!そこの灌木に気をつけて!
トゥイナーギギッ!
 アントニーナの警告とほぼ同時に、数体のエントロピーが灌木から飛び出してきた。
ソルこの怪物ども……ちょっと、ガリ勉、大丈夫!?
タラナム問題ない。下ろせ、お前の邪魔になる。
ソル何言ってんのさ、これくらいへっちゃらだって!
 ソルとアントニーナはすぐさま迎撃態勢を取り、先頭にいたトゥイナーを倒した。
 だがすぐに、付近の草むらで待ち伏せていたエントロピーが次々と現れる。
ソルあっちの石山が掩体になりそうだ!そこまで撤退するよ!
 私たちは石山の後ろに隠れ、迎撃姿勢を取った。
だがエントロピーたちはこちらを追おうとはせず、裏門の前で留まった。
私たちがアドミンセンターに舞い戻るとわかりきっているかのように。
ソル正面ゲートほどじゃないけど、こっちもすごい数だ……
{教授}だがここのエントロピーは戦術を理解している、これは重要だぞ。
{教授}私の推測が正しければ、彼らは地底にいたエントロピーとは無関係だ。
アントニーナおそらくは。姿かたちが異なりますし、余剰コードの程度も違う。着目すべきは、戦闘力が地底のエントロピーを遥かに上回る点です。
アントニーナここのエントロピーは、芸術セクターで遭遇したものとよく似ています。
ソル芸術セクター……つまり、こいつらはオディールのエントロピーってことか!あいつめ……ずっとアドミンセンターで待ち伏せしてやがったんだ!
ソルちっくしょ~、こっちの行動筒抜けじゃん!
ソルアンナ、トラッキングとかでオディールの奴を引きずり出せない!?
アントニーナエントロピーは上から下への樹状ネットワーク構造を成しています。デミウルゴスが死ねば、オディールは上位からの制御を失い、他のエントロピー同様に動きを止めるはず。
アントニーナもしくは……いや、ありえない。
ソル制御を失う……ってことは、オディールがもとに戻るってこと?
アントニーナ試してみる価値はあります。
アントニーナまずはデミウルゴスを倒しましょう。オディールに対処するのは、その後でも遅くありません。
ソルよし!要は、アドミンセンターに入って障壁をどうにかすれば、マルっと解決するってことだね?
ソルガリ勉、どうやって入るか教えな。あたしが突っ込む!
タラナムアドミニストレーター権限がないと、扉は開かない。
アントニーナつまり、タラナムさんでないと開かない……彼女を掩護しながら、私たちだけでエントロピーの海を進むのは困難でしょうね。
タラナム……エントロピーがいなかったら、ここからアドミンセンターまでどれだけかかる?
ソルそんなの楽勝だよ!5秒……あ、でもあんたを背負ってるから、まぁ……長くて10秒ってトコだね!
タラナムわかった、よろしく頼む。
ソルえ……
 ふいに激しい狂風が目の前を掠めたかと思うと、
裏門の表面を這っていたエントロピーの一部が、空へと巻き上げられていった。
 ソルに背負われているタラナムが、胸元をぎゅっと押さえて小さく呟く。
タラナムあと……10秒……
{教授}行くぞ!ソル、残ったエントロピーを頼む!アントニーナは援護を!
 私たちはほぼ無意識にアドミンセンターへと走り出した。
ソルの燃え盛る剣がエントロピーの残党を一掃する。
タラナムの権限を感知して、裏門がゆるやかに開いた。
ソルみんな早く!
 全員がアドミンセンターに入ったのを確認すると、
最後尾にいたソルが扉を手早く補強した。
かくして野獣のような叫び声は、扉の外へと隔たれた。
ソルおい!ガリ勉!?どうした、しっかりしろ!
 タラナムはもはや自分の体を支えきれない。ソルは彼女をそっと地面へ下ろした。
タラナム……成功だ。
アントニーナやっぱり……また自分のオペランドで気候をコントロールしましたね!?これではもう……
タラナムかまわない……これは……私の願い……
ソルこら、寝るな!アンナ、あたしのオペランドをこの子に!
アントニーナ言ったでしょう、彼女のオペランドはリライトプログラムから来ていると。制御権限を持つ者だけが、彼女にオペランドを供給できる。
アントニーナオペランドの供給もなく、このまま消耗し続ければ……コンソールを操作するどころか、身動きさえできなくなってしまいます。
ソルあんたって奴は……おい、セクターのエントロピーを殲滅するんだろ!?寝るな、寝ちゃだめだ!
タラナムお願……い……
タラナム私の……権限で……
タラナムアドミニストレーター、の権限、で……コンソールを操作……
アントニーナダメです。アドミニストレーター権限は、すでにリライトプログラムに結びつけられてる。
タラナムそれなら……リライトプロ、グラムを、解除……
アントニーナ……自分が何を言ってるのか、わかってるんですか?
アントニーナリライトプログラムを解除すれば、あなたは抜け殻になってしまうんですよ。
タラナムかまわない……
タラナム最優先項目……エントロピーの制圧……
タラナム二次優先項目……自身の保護……
タラナム優先順位から……リライトプログラムを放棄し……アドミニストレーター権限、委譲するべき、と判断……
ソルだめだ、そんなことできない……
 タラナムはソルの手を握った。
タラナムこの日を……ずっと、待っていた……
タラナムどうか……私の願いを、叶えて……
ソルでも、でもあんたは、消えちゃうんだよ……?
 ドンッ、ドンッ――
外ではエントロピーが、ファイアウォールの解かれた扉を攻撃し続けている。
アントニーナ扉が破られるのは時間の問題です。
ソルわかってる。
アントニーナ誰も諦めたくない、その理想はわかります。ですが現実は……
ソル現実は……選ばなくちゃいけない。でなきゃ、もっと失うことになる!
ソル理想は……ぜんぶ実現できないから、理想なんだよね。ようやくわかったよ。
アントニーナ彼女は最期に、あなたに願いを託しました。
 ドンッ、ドンッ、ドンッ――
エントロピーの攻撃はますます激しくなってゆく。
アントニーナソルさん……
ソル……わかった。アンナ、お願い。
 ソルがそう言うと、タラナムは初めて微笑んだ。
タラナムできたら……アドミニストレーター、の部屋に……戻りたい。
タラナムあの、思い出たち……と、一緒に……
タラナムありが……とう……
 
タラナム【リライトプログラムを解除しました】
【残り稼働時間:1%未満】
【コプリーセクターのアドミニストレーター権限を移行しました】
 タラナムは彼女を囚えていたリライトプログラムを失い、最後のオペランドをも失った。
眠りにつく直前、彼女の瞳は混沌に濁るどころか、
いまだかつてないほどに澄み渡っていた。
タラナムあの日以来、初めて……命令じゃなく自分の意思で、行動できた……
タラナムこれでやっと、あの子たちと同じように、虚無へと還ってゆける……
タラナムあとは、どうかお願いね……
タラナムありがとう、それから、ごめんなさい……
 
 彼女の最期の声が、稼働停止とともに泡となって、徐々に散っていった。
アントニーナ……
ソル……アンナ、先に制御室に行ってて。
アントニーナ一緒に行かないんですか?
ソル少し、時間がほしい。
アントニーナ……わかりました。
 アントニーナは頷くと、先ほど手に入れたアドミニストレーター権限を見て、
拳を強く握りしめた。やがて、彼女は足早に制御室へと向かう。
ソル……教授。この子の望み通り、アドミニストレーターの部屋に連れてくよ。
ソルいつか、この子のメンタルを貪った黒幕を見つけ出せれば……
ソルまた、意識が戻るかもしれないし……
ソルありえないってわかってるけどさ。こんなところに置いてけないよ……
(選択)1.彼女の願いを叶えてやれ。A
2.彼女にはまだ数多くの秘密がある、安全な場所に運んであげよう。
私たちもまたいつか、ここに戻ってくるかもしれないし。
A
A 私たちはタラナムの抜け殻を運んで、アドミニストレーターの部屋へと向かった。
 
 アドミニストレーターの部屋は、長らく使われていないようだった。
壁には様々な写真が張ってある。
 タラナムはベッドに静かに横たわっている。まるで疲れて眠っているかのように。
{教授}……ソル。
ソルあたしは平気だよ。
ソル命令をちょうだい。アンナのために時間を稼がなきゃ。
ソルデミウルゴスさえ倒せば、ぜんぶ終わるんだ。
コプリーも、オアシスも、みんな助かる。
{教授}……ああ。
 ドンッ――
 扉がついに極限を迎え、その隙間からエントロピーたちが侵入してきた。
 ソルは剣を抜いた。燃え盛る炎が、暗い海を切り裂いた。