コプリー 標準 PART.2 決断

Last-modified: 2024-11-30 (土) 17:04:21

 空を覆い尽くすほどのダークブルーが、私の視線を遮った。
 支えを失った身体が、波によって押し流されてゆく。
クラウド上に呼吸の概念はない。
だが目の前に迫る深淵に、私は本能的な恐怖を感じていた。
ソル教……授……
 温かい手が、私を捉えた。
 海水が耳元を流れ、視界が徐々に鮮明になってゆく。
ソル教授!
{教授}ソル……
ソル大丈夫!動かないで!身体の力を抜いて、足で水を蹴るの。ゆっくりこっちへ……
 私はソルの指示に従い、少しずつ前へと移動した。
 ペルシカとアントニーナはすでに手をつなぎ、互いに寄り添い合っている。
私たち四人は輪になった状態で、波間に漂っていた。
ソルみんな、手をつかんでバランスを取って!なんとかして岸に向かうよ!
アントニーナ待ってください、ソルさん!あれを!
 アントニーナは必死にバランスを保ちながら、遠くの海面へと皆の視線を促した。
 見れば、怒れる荒波の中に、巨大な潮が渦巻いているではないか。
周囲の海水が、渦の中心へと力強く流れ込んでゆく。
ソル津波の渦潮……!
ソル近づかないで!捕まったら終わりだよ!
アントニーナ待って!渦潮の中を見てください!
ペルシカ……あれは……穴、でしょうか?
 海水が吸い込まれるにつれ、渦潮の中心にある海底の岩間が陽の光に照らし出された。
そこに想像していた平坦さはなく、突起のような岩が徐々に押し広げられてゆく様子は、
さながら海底に開く巨大な口のようだ。奥では深淵がゆっくりと頭をもたげている。
ペルシカ岩が……動いてる……
ソルみ、みんな、お、落ち着いて……地圧による地殻変動のせいだよ、きっと……
ソル小さい海域の津波なら、すぐに止むはずだから、ここでじっとし……
 突然の波がソルの言葉を遮った。
ひとしきり海水に押し流された後で、私たちはようやく海面から顔を出した。
ソルげほッ……こんな津波が立て続けに起こるなんて……ありえない……
アントニーナ常識に囚われないでください、ソルさん!ここは現実じゃない、何もかもオペランドで出来てるんですよ!
アントニーナ波が来ます!気をつけて!!
 アントニーナがそう言ったとたん、巨大な波が私たちへと攻め寄せた。
アントニーナうっ……
ペルシカアン――
 ペルシカの叫びは、海面へと叩きつける波に瞬時に呑み込まれた。
 際限なき海水が再び視線を覆い、冷たい海水が体力を奪ってゆく。
混乱の中でも、ソルが私の手を強く握りしめているのがわかった。
ソル落ち着いて!力抜いて!あたしが助けるから!
 ソルが私の身体を支えた。徐々に海面へと浮き上がってゆくのを感じる。
入り乱れる流れから正しいものを見つけたらしく、
ソルは私たちを引いて渦潮から少しずつ遠ざかった。
{教授}ぷはっ――
ソルこれにつかまって!
 再び海面へと顔を出した瞬間、ソルは私を何かへと押しやった。
私はとっさにそれをつかむ。太い木の枝だ。
ペルシカ教授!ご無事ですか!?
{教授}げほッ、げほッ……な、なんとかね……
 ペルシカとアントニーナのほうを見ると、
彼女たちも同じ木の枝でバランスを保っていた。
ペルシカが私の手を握る。彼女の手は冷たい。
ソルダメだ……この木の枝じゃ全員の重さに耐えられない!
ソルこうなったら……
 ふいに、ソルは私の手を放した。
だがアントニーナが素早く彼女の手をつかむ。
アントニーナ冗談やめてください!
ソル心配ないって!浮かぶのは得意だから!
アントニーナダメです、危険すぎる!他に方法があるはずです!
 その時、進退窮まる私たちに予想外の事態が起きた――
 早くつかまって!
 
{教授}……!?
 聞き慣れない声が遠くから響いた。
続いて、縄のようなものが迅速かつ精確に、私の腰へとまとわりついた。
 手触りはゴムのように滑らかだった。だが、単なる物体だとも思えない。
私が触れたとたん、それは微かに身震いしたのだ。
まるでデリケートな小動物のように。
{教授}これは……
 顔を上げると、他のメンバーも似たような縄にまとわりつかれていた。
???皆さん、大丈夫ですか?
 先ほどの声がまた響いた。
声を追って岸を見ると、淡い緑色の髪をしたエージェントが立っていた。
片手で海辺の大きな岩礁をつかみ、もう一方の手を仰々しく振っている。
 岸から離れている上に、波しぶきが飛び散るせいで、
相手の容貌はすぐにはわからなかった。だが服装が独特であることは判別がついた。
クラウド上のエージェントとは違って、現実での装いに近い身なりをしている。
 奇妙なことに、そのエージェントは手に何も持っていない。
どうやってこの縄を操ってるの……?
???あ、あの……長くは持たないんです!
???今、皆さんを岸へと引き上げています!でも、わたし一人じゃ……
ソル十分だよ、ありがとう!!
 ソルは岸にいるエージェントに向かって叫んだ。エージェントはソルの言葉を聞いて、安堵したようだった。
ソル教授、あたしがこの縄でみんなを岸に送る。でも、一度に連れて行けるのは一人だけだ!
ソル教授、まずはあたしと一緒に……
{教授}先にペルシカを連れていって、私なら大丈夫だから。
ペルシカいけません、教授……
(選択)1.あなたの温調システム、正常な体温を保てなくなってる。
今は遠慮してる場合じゃないよ。
A
2.私のことは心配しないで。たかだか前後の問題だもの、みんな助かるよ。B
Aペルシカ……そうですね。教授、どうかくれぐれもご無事で!C
Bペルシカ……どうか、くれぐれもご無事で!岸でお会いしましょう!C
C{教授}私を信じて。
ソル教授、アンナを頼んだよ。
{教授}わかった。
 ソルは先にペルシカを抱きとめ、
木の枝の空いた位置にアントニーナをつかまらせた。
ソルアンナ、教授とここにいて。岸に戻ったら、すぐに助けに来るから!
アントニーナ……わかりました。
 アントニーナの答えを聞いて、ソルはようやく彼女の手を放し、
岸にいるエージェントに向かって叫んだ。
ソル縄を伝っていくから!しっかり引っ張ってて!
???おまかせください!
 ソルは片手でペルシカを抱きかかえると、
もう一方の手と両足で縄を手繰り寄せ、岸へと向かって行った。
 波が凪いでゆく。ソルとペルシカが順調に岸へと近づいているのを確認し、
私は波に揺られているアントニーナの手を引いた。
{教授}アントニーナ、私につかまって。より安定するはずだよ。
アントニーナ……待って、放してください!
 アントニーナの激しい抵抗に遭い、私はすぐに手を放した。
{教授}えっ……ごめん、こうしたほうが安全かなと思って……
アントニーナ違います!オディールの信号です!捉えたんですよ!
 アントニーナは懸命に空いた指を使って緑色のスクリーンを呼び出し、
変化し続けるデータと曲線を追った。
アントニーナあの渦潮の下だ……!
 アントニーナの言葉を聞いた私は、渦潮の中心を見た。
波が小さくなるにつれ、岩の裂け目がゆっくりと閉じられてゆく。
裂け目の先にぼんやりと、紫色の液体が波打っているのがわかった。
アントニーナ岸に上がったら、ソルによろしく言っておいてください、教授。
{教授}アントニーナ?何を――
 アントニーナは腰に巻かれた縄を振りほどいた。
岸から緑髪のエージェントの驚いた声がする。
 次の瞬間、彼女は収束しつつある渦潮に飛び込み、波の下へと姿を消した。
(選択)1.アントニーナを追って地底に向かう。D
2.アントニーナを引き留める。E
D 迷っている時間はなかった。私は躊躇なく腰の縄をほどき、
アントニーナが消えたほうへ泳いだ。渦潮の威力は弱まりつつあった。
泳ぎは訓練で身についている。この程度の流れなら、進む方向を制御できるはずだ。
 私は渦潮の周辺にたどり着いた。
真下にある岩の裂け目は、人が一人通れるだけの幅へと狭まりつつあった。
残された時間は少ない。
 周囲を見渡しても、アントニーナの姿はなかった。
きっと岩の下へと潜ったに違いない。
F
E 私はアントニーナを止めようと、とっさに水面下へと潜った。
だが渦潮の流れに沿って進む彼女との距離は、あっという間に開いてしまう。
 迷っている時間はなかった。私は躊躇なく腰の縄をほどき、
アントニーナが消えたほうへ泳いだ。渦潮の威力は弱まりつつあった。
泳ぎは訓練で身についている。この程度の流れなら、進む方向を制御できるはずだ。
 私は渦潮の周辺にたどり着いた。真下にある岩の裂け目は、
人が一人通れるだけの幅へと狭まりつつあった。残された時間は少ない。
周囲を見渡しても、アントニーナの姿はなかった。きっと岩の下へと潜ったに違いない。
 前へ進むか、それとも退くか。
だがアントニーナを放ってはおけない。選べる道は一つだ。
F
F 私は海底へと潜りながら、ペルシカに連絡を取った。
 【通信接続中……】
ペルシカ教授!何があったんですか!?まさか、アントニーナさんが波にさらわれて……!?
{教授}ううん、彼女が自分から潜ったの。
地底からオディールの信号が検出されたみたい。
ペルシカそんな……身勝手な!
{教授}うん、私もそう思う。
でも、アントニーナはやみくもに動くようなタイプじゃない。
{教授}冒険してみる価値はある。
ペルシカ教授、まさか……
{教授}2人の方が勝算はあるし、4人よりも犠牲が少なくて済む。
ペルシカアントニーナさんを追うつもりですか!?いけません、危険すぎます!!
{教授}心配しないで、なんとかなるから。それに、上にはあなたたちがいるでしょ?
{教授}あなたとソルはセクターのアドミニストレーターを探して。
その道のプロなら、海底のこれだけ大きな穴に気づかない道理がない。
{教授}アドミニストレーターなら、岩を開く方法を知っているかもしれない。
もう一度裂け目が開けば、必ず合流できる。
ペルシカ……はい、わかりました!
ペルシカこうなったら、あなたの判断を信じるしかありません。
ペルシカくれぐれもお気をつけください、教授!アントニーナさんを見つけたら、こちらに連絡を……
{教授}わかった、連絡する。
 通信が切れた時、私はすでに閉じかけている裂け目へとたどり着いていた。
 私は黒紫色の洞穴を見据えると、覚悟を決めて中へと飛び込んだ。
 やがて、視界は虚無へ帰した。
背後からは、穏やかな波の音がかすかに聞こえていた。