いくつもの奔流が激しく入り乱れ、くぐもった耳鳴りが聴こえる。 体勢を整えようとしたが上手くいかず、暗流に捕らわれたまま、 暗闇へと引きずり込まれてゆく。堕ちる……堕ちる。明るい海面がいよいよ遠のく。 | |||
洞穴の下は巨大な空洞となっていた。冷たい空気が皮膚に触れる。 とっさのことに反応できず、私は地底の水溜りへと落ちた。 | |||
一縷の光を呑み込むようにして、頭上の岩が重たい音を立てて閉じる。 | |||
{教授} | …… | ||
水溜りは深くない、顔を水面に出した状態でも足がつく。 | |||
ひとしきり模索した後で、私は水溜りの淵へとたどり着いた。 | |||
仄暗い環境に、だんだんと目が慣れて来る。 やがて私の前に、巨大な地底洞窟がはっきりと姿を現した。 私は周囲を見渡した。アントニーナの姿はない。 | |||
(選択) | 1.名前を呼んでみる。 | A | |
2.あたりを探してみる。 | B | ||
A | {教授} | アントニーナ!どこにいるんだ、アントニーナ―― | |
声は洞窟の中を駆け抜け、何層ものこだまとなって返って来た。 | |||
数秒後、彼女の声が聞こえた。 | |||
アントニーナ | ……教授、どうしてここに…… | ||
声をたどると、すこし離れた場所の岩の上に、小さな影を見つけた。 | |||
アントニーナ | この障壁をハッキング中です。教授、ご自分で上がって来てください。 | ||
{教授} | 障壁?ここに障壁があるのか? | ||
{教授} | ……見えた、数分だけ待ってくれ。 | C | |
B | 地底の情況はわかっていない。 私はむやみに声を出さずに、アントニーナを目で探した。 | ||
洞窟内はがらんとしている。 ほんの少し視線を巡らせただけで、少し離れた場所の岩の上に人影を見つけた。 周囲をたゆたう緑色のスクリーンからして、アントニーナに違いない。 | |||
{教授} | アントニーナ?君なのか? | ||
アントニーナ | ……教授?私です。 | ||
{教授} | どうしてそんな場所に?上に何かあるのか? | ||
アントニーナ | ここには障壁が張られています。今、ハッキングを試しているところです。 | ||
{教授} | そっちに行くよ、数分だけ待ってくれ。 | C | |
C | |||
数分後。 | |||
アントニーナのいる岩は、そう高くはないように思えた。 しかし実際に登ってみると、下とはかなりの高低差がある。 | |||
{教授} | 結構険しいな……どうやって登ってきたんだ? | ||
アントニーナ | ちょっとしたコツがあるんですよ。 | ||
アントニーナ | 本当に数分で登ってこれるとは意外ですね。てっきり見栄を張っていたのかと。 | ||
(選択) | 1.私なんて、か弱い研究員に過ぎないよ。 | D | |
2.学術研究に身体トレーニングは欠かせない。教授になれたのも、そのおかげだ。 | D | ||
D | アントニーナ | ……話が過ぎました。 | |
アントニーナ | それで、どうして来たんです? | ||
(選択) | 1.君を放っておけなくて。 | E | |
2.誤って落ちて来てしまったんだ。 | F | ||
E | アントニーナ | この際、綺麗ごとは結構です。 | G |
F | アントニーナ | あなたがそんなミスを?ありえない。 | G |
G | アントニーナ | まったく……でまかせのプロに訊いた私がバカでした。 | |
アントニーナ | これを見てください、教授。 | ||
私はアントニーナに近づいた。ふと、緑色のスクリーンに照らされる彼女の身体から、 ゆっくりとオペランドが零れているのに気づく。 | |||
{教授} | 待った、怪我してるのか? | ||
{教授} | 何かに襲われたんじゃ…… | ||
アントニーナ | ま、そんな所ですね。口で言うのは面倒です、この岩を攻撃してみてください。 | ||
(選択) | 1.戦術スキルを使う。 | H | |
2.アントニーナに攻撃させる。 | I | ||
3.…… | J | ||
H | 戦術スキルの光が瞬き、上の岩から小さな音が聞こえた。 | ||
次の瞬間、攻撃を当てた岩が微かに発光し、 私の腕にナイフで切りつけられたかのような痛みが走った。 | |||
{教授} | ……この岩、反撃するのか? | ||
アントニーナ | そう、私たちの攻撃を反射するんです。それもごく短時間で。 | ||
{教授} | なんで教えてくれなかったんだ? | ||
アントニーナ | 何事も試したほうが早いでしょう? | K | |
I | {教授} | アントニーナ、やっぱり頼む。 | |
アントニーナ | 仕方ありませんね…… | ||
そう言って、彼女は小走りに私から遠ざかった。 | |||
{教授} | なぜそんな遠くに? | ||
アントニーナ | すぐにわかりますよ。 | ||
アントニーナ | DDoS攻撃、開始! | ||
アントニーナの攻撃が闇へと吸い込まれた。岩は動かない。 | |||
だが次の瞬間、攻撃が当たった岩が微かに発光し、 オペランドが私へと襲いかかって来た。ふいに目の前が暗くなる…… | |||
アントニーナ | ……授……教授?大丈夫ですか? 目を覚まさないようなら、物理的に叩き起こしますよ。 | ||
{教授} | ま、待った!起きたよ……さっきのはなんだ? | ||
アントニーナ | 岩が私の攻撃を反射して、あなたに命中したんです。 | ||
アントニーナ | どうです?私がなぜ怪我したのか、おわかり頂けましたか? | ||
{教授} | アントニーナ……わざとじゃないだろうな? | ||
アントニーナ | そんなまさか~!アントニーナはぁ、世界でいっちばん信頼できるネットワークエンジニアなんだからね~? | K | |
J | アントニーナ | どうしました、教授?試してみないんですか? | |
{教授} | 怪我をしてる君が、私にあれを攻撃させるということは…… 君のことだ、おおかた攻撃を跳ね返しでもするんだろう。 | ||
アントニーナ | チッ、騙されなかったか。 | ||
アントニーナ | ええ、そういうことです。 | K | |
K | アントニーナ | このセクターの海底岩は、特殊なオペランドで構成されていて、恐ろしく高密度なんです。 | |
アントニーナ | ペルシカさんとの通信を試みましたが、失敗しました。おそらく、ここの緻密な構造が信号を遮断しているんでしょう。 | ||
{教授} | つまり、この障壁の脆い箇所を見つければ、 ペルシカたちと連絡できるようになるのか? | ||
アントニーナ | 理解が早くて助かります。当然、そんな箇所があればの話ですけど。もし見つけられたら、すぐにでもここから出してあげますよ。 | ||
アントニーナ | 外と通信するには二つに一つ。脆弱性を見つけるか、岩が再び開くのを待つか…… | ||
アントニーナ | 通信を試みてきましたが、脆弱性は一向に見つかりません。そこで、障壁に穴を開けようと思ったら、このザマです。 | ||
{教授} | 地底は何度か訪れているけど、こんなこと初めてだ。 | ||
{教授} | このセクター特有の機能なのか? | ||
アントニーナ | まさか。セクターの機能だったら、岩に偽装させる理由がありません。 | ||
アントニーナ | 本来、セクターは目的や用途に応じてデザインされます。信号をジャミングし反撃する機能を持つセクター、これはまるで…… | ||
{教授} | まるで、閉じ込めた何かを逃がさないようにしているみたいだ。 | ||
アントニーナ | その通りです。まぁ、ハッキングを通じて私たち二人分の通り道は確保できそうですが、今はそんな時間もありませんし。 | ||
アントニーナ | それと、もう一つ。 | ||
{教授} | オディールの信号か? | ||
アントニーナ | わかってるのなら話は早い、説明は不要ですね? | ||
{教授} | だったらなんでオディールを追わずに、こんな所で壁を研究してたんだ? | ||
アントニーナ | マジでムカつくな、こいつ…… | ||
アントニーナ | オディールの信号に強力なジャミングがかかってるんです。 | ||
アントニーナ | 今のままじゃ、相手との距離はぼんやりとしかわかりません。 | ||
アントニーナ | まぁ、収穫がないと言えば嘘になりますけど。 | ||
私は海底で見た、おぼろげな紫色の液体を思い出していた。 | |||
{教授} | エントロピーか? | ||
アントニーナ | なるほど、私は猫なで声でその賢さを称えるべきですかね? | ||
(選択) | 1.悪い気はしないな。 | L | |
2.ああ、と言いたいところだけど、そんなことをしてる場合じゃない。 | M | ||
L | アントニーナ | よしましょう、今はそんなことしてる場合じゃありません。 | N |
M | アントニーナ | よくわかってるじゃないですか。 | N |
N | アントニーナは端末を素早く操作した。 スクリーンにあるいくつもの赤い点が、ゆっくりと集束し始める。 | ||
アントニーナ | 来ました。 | ||
アントニーナの言葉を裏づけるかのように、あたりに奇妙な音が響いた。 べたついた柔らかな物体が岩を這うかのような。あるいは濡れそぼった生き物が、 足を引きずって近づいてくるかのような、そんな音だった。 | |||
地底のわずかな光を頼りに、私たちは近づいて来るものに目を凝らした。 特定の形を持たないそれは、殻を失った軟体動物のようにも見える。 | |||
アントニーナ | コードからして、エントロピーの一種ですね。 | ||
1匹、2匹、3匹……何体ものエントロピーが暗闇に隠れている。数はわからない。 | |||
アントニーナ | 捕えることができれば、ここのエントロピーの情報が手に入ります。 | ||
アントニーナ | ですが、敵の増援によっては、私たちに逃げ場はないでしょうね…… | ||
アントニーナ | どうします、教授? | ||
{教授} | 作戦準備だ。 |