ピエリデス 暗域 PART.1 また後で

Last-modified: 2024-11-27 (水) 21:19:48

リバベルタワー内、訓練場。
 中位浄化者――フェイスは、オペランドでシミュレートされた敵を慎重に見定め、
それらを撃破しつつ点滅する目標ポイントへと進んだ。
システム【目標達成度70%……80%……】
システム【新たなユニットが訓練場に到着しました】
システム【アカウントを確認:中位浄化者、ウィズダム
システム【訓練モードを起動します】
フェイスウィズダムか。お前も訓練をしに来たのか?
ウィズダムええい、訓練モードではござらん!訪問、訪問モードにござる!
システム【訪問モードを起動します】
 周囲のシミュレートされた敵が一斉に消えた。
フェイス……なんのつもりだ?
 ウィズダムは質問には答えずに、素早くフェイスの背後へ回り込むと、
彼女の肩をしっかりとつかんだ。
ウィズダム説明は後でござる、はやく吾輩を助けぬか!面倒なヤツが追ってきよった!
フェイス我等は仲間だ、お前を助けるのは私の責務。
フェイスだが、一体誰に追われているのだ?
フェイスリバベルタワーはイオスフォロス様の御膝元、絶対に安全な……
システム【アカウントを確認:中位浄化者、ラヴ
ウィズダムほれみろ、もはや安全ではござらぬ!
ラヴ――ウィズダム、もう逃げ場はないわ。今すぐ止まりなさ~い!
フェイス……ラヴ、何があった?
 フェイスは困惑しながらも、ラヴの前に立ち状況を把握しようとした。
 ラヴはフェイスを見て、仕方なく立ち止まった。
普段は穏やかなはずの表情が、今やふくれっ面になっている。
ラヴウィズダムが下位浄化者たちを「鉄塊」だって言ったのよ。しかもわたしの「リファクター」をいじめたの。今すぐ謝ってもらうんだから!
ウィズダム吾輩は間違ってなどおらぬぞ。下位などノータリンの鉄塊に過ぎんではないか……
ウィズダムあやつらの知能が少しでも高ければ、我らの指揮効率はもっともっと上がっていただろうに!
ラヴフェイス、聞いたでしょう?ウィズダムってば、わたしたちの仲間である下位浄化者を侮辱したのよ。
ウィズダムフェイスはリセット後のリハビリ訓練中にござる。そんなこと気にするものか!
ラヴフェイスのことなら、よく知ってるわ。きっとラヴの味方になってくれるもの。
ラヴ浄化者をつなぐのは信仰、そして浄化者を揺るがぬ陣営とせしめたるは、友愛の心。
ウィズダムまことにあっぱれな演説でござるな。だが、下位は中位すらまともに識別できんのだぞ。鉄塊でなければ、なんだと申すのだ?
ウィズダムおぬしは吾輩の味方にござろう?のう、フェイスよ?
フェイス……
 沈黙するフェイスを前に、勝算を見込んでいたウィズダムの笑顔が、
徐々に強張っていった。
ウィズダム……吾輩の、味方にござろうな?
ウィズダム頼むでござる、フェイス!ともに戦ってきた仲ではないか!
フェイス我には……お前たちが争う理由が理解できない。浄化者の使命とは無関係に思える。
フェイスだが、一つだけ確かなのは、我等が皆、生死をともにする仲間だということだ。
ラヴ確かにそうね。でも、わたしのリファクターたちをいじめるなんてひどい。それどころか、あの子たちを無理やり連れて行くだなんて。
ラヴウィズダムが謝らないなら、絶対に貸してなんかあげないもん……
ウィズダムいじめではないと申すに……吾輩はただあやつらの訓練を――
ラヴウィズダム、危険かどうかはこの際いいわ。その訓練とやらの治療に、どれだけオペランドが無駄になるかわかっているの!?
ウィズダムその程度のオペランド、リバベルにとっては微々たるもの。さして問題あるまい。
ウィズダムそれに、戦場で命を落とすより遥かにマシでござろう。イオスフォロス様なら、吾輩の肩を持つに決まっておる!
ラヴウィズダムは治療なんてしたことないから、そんなことが言えるんだわ!
ラヴ仲間が傷つくなんて、わたしには耐えられない……
ウィズダムだ~か~ら~、あやつらは鉄塊だと申しておろうに。気にかける必要などござらぬ。
ウィズダムそもそも、下位がまともな知能を持っていれば、こんな真似をせずに済んだのだ。
ラヴまた鉄塊って言った……!もぉぉ!法廷に突き出してやる~~!
ウィズダムほ……法廷!?
ウィズダムひゅう……危うく騙されるところでござった。法廷の諸先輩方――シン殿とパニッシュ殿は、エントロピー化した浄化者の処罰に、四方を奔走しておいでのはずだ。
ラヴむぅぅ……
 ラヴは縋るような視線をフェイスに向けた。
だがフェイスは、やや茫然と二人を眺めるばかりだ。
ウィズダムはぁ……ラヴよ、もうよかろう。我らの時間は限られておる、言い争っている場合ではござらぬ。
ウィズダムこれよりピエリデスへ向かい、エントロピーによる騒乱を鎮圧せねばならぬのだ。
ウィズダムだからこうして下位をかき集め、戦力を増やそうとしておるのではないか。
ラヴな……なら約束して、あの子たちにちゃんと優しくするって。わたしやフェイスにするみたいに。
ウィズダムわかった、わかりもうした。なるべく丁重に使うでござるよ……
 ウィズダムが承諾してやっと、ラヴは頷いた。
ラヴリバベルの至高無上なる法律のもとに、その承諾を受け入れます。
 張り詰めた雰囲気が和らいだ。
 ウィズダムはフェイスの背後を離れると、
訓練場の床に座り込んで銃を構え、遠くの的に照準を定めた。
フェイス待て、ウィズダム。
フェイスエントロピー、つまり我等の宿敵が……ピエリデスセクターに侵入したのか?
フェイスもしや、我がロッサムでリセットされたのも、エントロピーに負けたのが理由か?
 ウィズダムとラヴは目を見合わせた。
ラヴわたしから説明するわね。
ラヴあなたがリセットされたのは、ロッサムセクターのアドミニストレーター、チューリングを殺したからよ。
ウィズダムそのせいで、懲戒処分を受けたのでござる。
ウィズダムそこを異常エージェントどもにつけ込まれ、パンテオンへと送り返されたのだ。
フェイス我はなぜ、ロッサムセクターのアドミニストレーターを殺したのだ?
ラヴそれは……あれ以来ロッサムは、新種のファイアウォールによって封鎖されているの。残念だけど、詳しい記録は手に入らないわ。
ラヴそれに、あなたはずっと一人でロッサムを担当していたし、何があったのかは、わたしたちにも……
フェイスそうだったのか。どうりでロッサムセクターに入れないわけだ。
 それを聞いてラヴは仰天した。
ウィズダムまで銃を抱えて飛び上がった。
ウィズダムおぬし、ロッサムセクターに赴いたのか?どんな様子でござった?
ウィズダム異常エージェントどもに蹂躙され、辺境戦線のようになっておったのでは?
フェイスいや、静かだった。正常に稼働していたように思う。
フェイス試しに訪問を申し出てみたが、拒絶されてしまった。
ラヴチューリングなの?
 
フェイスいや、ハンナという署名のエージェントだ。
理由はわからない。
 
フェイス我等はマグラシアの守護者であるはずだ、一体なぜ……
ウィズダムけったいなエージェントどもでござるの。
ウィズダム解せぬ。なぜこうも、わけのわからぬ事態がエージェントに起こるのだ?
ラヴわからないわ……ロッサムセクターへの対応に、友愛が欠けていたのかも。
ラヴへスぺロス様の一件で、多くのセクターが浄化者は乱暴で理不尽だと思い始めてる。
フェイス守るべき対象に、我等は友愛を抱くべきなのか……?
ラヴええ、イオスフォロス様の理念とぴったり一致するでしょう?
ウィズダムだからこそ、イオスフォロス様はお戻りになられてからというもの、我らに法の合理性を再三諭しておいでなのだ。やはり、イオスフォロス様は一番正しゅうあらせられる。
ウィズダムさてと、そろそろ任務に参るか。皆の者、また後で。
フェイス「また後で」?
ウィズダムわからずともよい、単なる別れの挨拶とでも思え。
 フェイスは頷いた。
そして狙撃銃をしまい、軽快な足取りで訓練場を離れるウィズダムを、
ラヴとともに見送った。
 やがて華奢ではつらつとした人影は白光に融け、
彼女たちの視界から完全に消え去った。