ピエリデス 暗域 PART.2 贈り物

Last-modified: 2024-11-27 (水) 21:21:33

「エントロピー」がオアシスを襲撃する前。
某日、ピエリデスセクターの花園。
 オデットは枯れた草花の傍に腰かけ、物思わしげに花園の中央を見つめていた。
オデットんー……「ファンタジー」とは常規に反していながら、人々に愛されているもの……それなら、この花も「ファンタジー」なのかな?
オデットううん、やっぱり……
オディールオデット!ここにいたのね、探したわ。
 オデットはハッとして立ち上がり、姉の視線を出迎えた。
オデットインスピレーションが湧いたの、完成させておきたくって。
オデットどうしたの、お姉さま?
オディール「創作」は私たちのベースコマンドだけれど、今やコレクションをメンテナンスするオペランドすら足りていないのよ。あまり無駄にしては駄目。
オデットもしかしたら、すぐに転機が訪れるかもしれないわ!
オディールもしかしたら、ね。私たち、いつまで存在していられるかしら?
オディールほんのわずかでいい。消えてしまう前に、存在していた証を残せたらいいのに。
オデット私たちはまだ存在してる、きっと方法はあるわ。
オディールそうね。ついていらっしゃい、お客様が見えているわ。
オデットえ?エージェントたちはもういないのに、どうしてお客様が?
 その時、オデットの視線が奇妙な光景を捕らえた。
 大きなカバンを背負ったエージェントが花園の前に立ち、
生き生きとした目をくりくりと動かして、あたりを観察している。
???ほほ~~っ、こりゃまた立派な花畑だこって!
???ほとんど萎えちまってるけど、リコにゃあわかるよォ。こりゃ、ベラボーな額を投入してるねェ……はぁ~ん、これこれ、このディットコインの香り!
オディールオデット、こちらは通貨トレーダーのリコさんよ。
オデットリコさん?馴染みのトレーダーさんから、聞いた事があるわ!初めまして。
リコおっと、こりゃどうも……んっ?ランコに聞いたのかい?
オデットええ、少しね。確か――リコさんは誰よりも優秀なトレーダーなんだとか!
リコへぇ、あいつがねェ。なかなかわかってるじゃないか!
リコで、なにかい、お前さんたちゃ絶賛創作中かい?入っちまってもかまやしないね?
オディール心配いらないわ、どうぞ中へ。
オディール他のトレーダーさんがいらっしゃる事なんて、めったにないもの。ランコさんは別件でお忙しいのかしら?
リコあいつなら、他のセクターに行ってるよ。お前さんたちの申請に関しては、リコが結果を伝えに来てやったのさ。
オデット前に提出した、オペランド支援についてのこと?
リコえ~、「システムから配給される現在のオペランド量では、ピエリデスセクターにある芸術品のあらゆる消耗をまかなえない。」
リコ「特殊な状況であるため、トレーダーにオペランドを支援して頂きたい……」
オデットそうなの……リコさん、オペランドをもらえないかな?
リコふ~む……
リコお前さんたちゃ、ランコのお得意様だからね。申請は確かに持ち帰って、全トレーダーの採決を取りはしたけどさ……
リコやっぱり、承諾はできないねェ。
オディール……
リコ……おやま、急に落ち込んじまったよ。
リコ(ランコのヤツ、こーなるとわかってて、リコに押しつけやがったな!?)
リコ(貸しにしといてやる、今に見てろ!)
オデット……
リコだぁぁ~、そんな顔しないどくれよォ。トレーダーにゃトレーダーのルールってモンがあんだ。リコにだって、どーしよーもないさ!
リコトレーダーの仕事はトレードすること。オペランドが流動しないことにはねェ。
オディールそれはつまり、ピエリデスが何かを提供しなければ、オペランドは得られないということ?
リコそういやァ、ピエリデスにゃ美術品が山ほどあったっけね?
リコその高精度レプリカがもらえンなら、申請が通らないこともないんだけど?
リコこのリコ直々に、他セクターに良い値で斡旋してやっからさ!
オディールあら……他セクターも芸術品を必要としていたの?
リコあぁそうさ!たとえば、バーバンクなんかじゃこーゆーのが……
オデットそんなのダメよ。
 ふいに空気が固まった。
 リコが仕方なさげな表情を浮かべる横で、オディールが溜息をついた。
オディールオデット……わがまま言わないの。
オデットレプリカなんて絶対にイヤ。二人が同意したって、絶対に作らせやしないんだから。
リコこいつァ困ったねェ。まずは二人で相談してみちゃどうだい?結論が出たら、リコを呼んどくれよ。
オディールええ、それでしたらまた今度。
オディールお手数かけるわね、リコさん。
リコ商談を取り付けンのが、トレーダーの使命だ。どってことないさ。
 リコは手を振って、小走りに花園を離れた。
 ひとしきりの沈黙を経てから、オディールがオデットに手招きをした。
オディール座りなさい、オデット。
オディールどうしてリコさんの提案に反対したの?
オデットそうすればオペランドが手に入るのはわかる。でも、私たちの使命と矛盾してるわ。
オディールオデット。知っているでしょうけれど、マグラシアではセクターごとの目的によって、サーバーからオペランドが供給されているの。
オディールけれど、私たちの生み出すものは計画外とみなされ、オペランドの供給量を変更してもらえない……
オディールリコさんの提案を受け入れなければ、創作を続けられないどころか、ピエリデスの運営すら危ういのよ……
オデット私にだって、大変なのはわかってるわ、お姉さま。
オデット人間が消息を絶ってから、余分にもらえていたオペランドの供給もストップしちゃったし……
オデットでも私たちは創作をやめられない。このままじゃ、オペランドはどんどん減っていってしまう。
オデット花園のお花もほとんど枯れちゃった。きっと、建物のコレクションも少しずつ消えていくんだろうな。
オディールそうよ。どんなに輝かしい作品も、長く苦しい夜に零落してしまうわ。
オディールリコさんの条件は易しいわ。いくつかレプリカを作るだけで、生き延びることができるのよ……
オデット完璧に複製できるものを、芸術と呼べるの?
オデットそんなの、ただの商品じゃない。私のベースコマンドは、そんなこと許さないわ。
オディール私たちのベースコマンドは全く同じよ。あなたはただ、自分がそうしたくないだけ。
オディールそもそも、私たちが守っているものなんて、現実世界にあるオリジナルの複製品に過ぎないのよ。
オディールレプリカを作るだけで芸術を守れるのに、それらが枯れるのに任せてしまって、本当にいいの?
 オディールはオデットを見た。
しかし、妹が以前のように悲しんでいる様子はない。
 反対に、彼女の顔には自信に満ちた笑顔が宿っていた。
オデットお姉さま、私ね、いい方法を見つけたの。
オディールいい方法?
オデットついてきて。
 
 花園の中央、枯れた草むらの中に、一輪の紫色の花が静かに佇んでいた。
 空には夜が訪れ、花びらからは幻想的な紫色の光が発せられている。
 オデットはオディールの手を引いて、
不思議な花の傍へとしゃがみ込み、それをつぶさに観察した。
オディール夜でも光るのね、まるで花びらの上に星が咲いたみたい。
オディールまさに、ファンタジーを定義するにふさわしいわ……
オディールあなたが造り出したの、オデット?
オデットううん、違うわ。
 オデットは神妙な面持ちで、オディールに向かって瞬きしてみせた。
オデットこの子の成長を許すだけで、オペランドをたくさん生み出してくれるのよ……
オデットきっと、神さまからの贈り物に違いないわ。
 ……
 「そう……その時から、運命の輪は回り始めたのです」
 「物語の続きを、これからお聴かせしましょう」