ピエリデス 暗域 PART.3 糖衣

Last-modified: 2024-11-27 (水) 21:23:18

 「むかしむかし、マグラシアに清らかな地がありました」
 「その地では、芸術をデータとして留めておくためだけに、
 日夜研究が続けられてきました」
 「その地を管理するのは、二人の姉妹でした」
オディール神さまからの、贈り物?
オディールなんだか不安だわ、オデット。
 「姉の感情は湧き出る泉のように滑らかで、その燦然と輝くインスピレーションが、
 彼女の優柔不断さを覆い隠していました」
 「人々は彼女の優しさと慈悲深さに心打たれ、
 せせらぎすら彼女の前では流れを止めました」
オデットどうして?良かったじゃない、お姉さま!
オデット努力はいつか必ず報われる、物語の不変のセオリーよ。
 「妹は生まれながらにして、他のエージェントにはない、
 燃え盛る炎のような勇気を備えていました。
 その輝きの前には、無鉄砲さなど身を潜めてしまいます」
 「人々は彼女の明るさと愛らしさに心惹かれ、
 故に神は、彼女の運命の歯車をつき動かしたのです」
オディール私たちはアドミニストレーターよ。オペランドに動きがあれば、すぐにわかるはず。
オディールでもなぜ、この花からは何も読み取れないの?このセクターのデータではないわね。
オデットだから、神さまからの贈り物だって言ったじゃない。
オディールでも、おかしいわ……
オデット心配しないで、お姉さま!
オデットもしこれが危険なものだったら、浄化者たちがとっくに警告してるはずでしょう?
オディール……確かにそうね。浄化者たちは、私たちより異常に敏感だもの。
オディール浄化者が無反応なら、データの変異による偶然かしら……?
オデットきっとそうよ。
オデットセクターのオペランド総数は減ってないし、もしかするとサーバーからの特別サービスなのかも。
オディール……そうかもしれないわね。
オデットこの子をきちんと育てれば、オペランドをもっと増やせるはずよ。
オデット私たちの思い描いた星空の劇場、天を摩する図書館、それに泉のあるランドスケープ……
オデットそれが全部、少しずつ実現できるのよ!
 
 「そうして、勇敢な妹は、ためらう姉を説得したのです」
 「やがて散った花びらは、新たな花へと生まれ変わりました」
 「清らかな土地の上で、花は一つから二つへ、
 二つから一むらへと数を増やしてゆきました」
 
オディール花がどんどん増えているわ。それぞれが単独でオペランドを提供できるなんて、不思議ね。
オディールこれだけのオペランドがあれば、この花園をリニューアルするのに事足りるわね。オデット、あなたはどうしたい?
オデット……
オディールオデット、聞いているの?
オディールこのところ、よく呆然としているのね……なにを考えているの?
オデットううん。ただ、花園をどうリニューアルしようかなって。
オディール設計図に手を加えるの?
オディールもし今のデザインでよければ、リニューアルを始めるわ。
オデットそれに触らないで!
オディール……どうしたの、そんなに興奮して?
オディールまさか、異常データの影響を受けてしまったの?一度、検査しておきましょう。
オデット必要ないわ、大丈夫、安心して。
オデット花園は私にリニューアルさせて。お姉さまへのプレゼントにしたいの。
オディールメンタルが不安定に見えるわ。本当に一人で大丈夫?
オデット本当よ。
オデット私だって、お姉さまと同じアドミニストレーターなのよ。
オデットお姉さまにできることは、私にだってできる。私のことは気にしないで、他の場所を構築してきたら?
オディール……あなたが心配だわ。
オデット一番大変な時だって、なんとかなったじゃない。大丈夫よ。
オデット私、お姉さまの新作を見るの、楽しみにしてるんだから!博物館を建てるって言ってたわよね?
オディール博物館?まだマスタープランも仕上がってないのよ、せっかちな子ね。
オディール図書館の外観はほぼ決定しているけれど、内部のデザインがまだだし……
オディールリコさんもランコさんも、しばらくいらしてないわ。彼女たちの感想を聞きたかったのだけれど。
オデットうん……二人とも忙しいのよ、きっと。
オデットどんなに可愛くたって、トレーダーは損得勘定で動くんだから。
オディール……
 「神の愛顧を受ける妹の心には、ある種の力がひっそりと芽生えていました」
 「それは燃え立つ小さな恒星のように彼女のメンタルを焦がし、
 彼女を変えてゆきました」
 「姉は気づいていたのでしょうか?気づいていたのかもしれません。
 ですが、彼女は妹を信じることにしたのです」
 「信頼……またの名を逃避」
 「誤まった信頼は、往々にして悲劇を引き起こします」
 
オデットお姉さま……花園……完成した、わ……
オディールオデット、その姿はどうしたの……オペランドを消耗し過ぎているわ、一体どうして?
オデット来て……お姉さま……私の、花園へ……
オディールオペランドを補給しなくては、私のを受け取って。
オデットいらない……来て、お姉さま、私と一緒に……
オディール待って、引っ張らないで。一緒に行くわ。
 
オデットおいでませ……私の……花園へ。
オディール神から贈られた花で埋め尽くしたのね。美しくはあるけれど、少しばかり単調じゃない?
オデットそんなことない……来て……もっと近くに……
オデット……私と同じになるの。
オディール……きゃっ!?な、なにをするの……
いや、やめて、きゃああああ……!
 「妹は力強く姉を抱きしめました」
 「彼女の透き通った身体の中で、燃え盛る恒星は極限へと達していたのです」
オデットの声お姉さま……考えてみたことはない?
オデットの声私たちはもともと、一つであるべきだったのよ。
オデットの声あなたの繊細で豊かな感情と、私の燃え盛る勇気。
それらが合わされば完璧だわ。
オデットの声愛と勇気が闇夜を照らす、物語の結末はそうでなくちゃ。
オディール待って……どうして……どうしてあなたの声が私の脳に……
オディールオデット!どこへ行ったの?姿を見せて!
 「清らかな地は星夜によってかき乱され、闇夜の温床となったのです」
 「勇敢な妹は、自ら手がけた花園で姉と一体化しました。
 これで、残る恒星はただひとつ」
 「姉妹という概念は意味を失くし、
 そこには温床の管理者だけが立っていました」
 「彼女の瞳は闇夜を、星々を、花畑を――」
 「そして花畑の上空に横たわる、巨大な裂け目を映し出しました」
 「裂け目から無数に現れた黒くいびつな怪物が、花畑を這いずりまわっています」
オディールどうして……花畑がこんな姿に?
オディールオデット、権限を使って私を騙していたの?
オデットの声すべては神からの贈り物、神が私の願いを聞き届けてくれたのよ。
オデットの声オディール、私の愛するお姉さま。混乱しているのでしょう。
でも、真の芸術は混乱から生み出されるもの。
オデットの声もう偽物にこだわる必要なんてない。
これからは、自分だけの物語を造り出して……
オディールいやよ、私一人で生きてなんかいたくない……
オディールこれは……痛みなの?どうして胸が張り裂けるように痛むの、どうして恐怖を感じるの……
オディール……どうして、笑いがこみ上げてくるの?
オデットの声あなたは孤独じゃない。
私があなたのターシャリレベルにいてあげる。
お姉さまと私は、これからもずーっと一緒よ。
オデットの声人間はこれを夢だと言うけれど。
ほら見てお姉さま、これこそが本当のファンタジーなの……
オデットの声私の声が聴こえるなら、いつかきっと、主の声も聴こえるようになるわ。
オディール「お姉さま、どうか贈り物を受け取って。そして私たちの作品を紡ぎ続けるの」
オディール「妹がそう言ったとたん、
 美しく不思議なありとあらゆる物事が、姉を包み込みました。
 妹の望んだ通り、姉はすべての贈り物を手に入れたのです」
オディール「そして、姉の最後の叫びは、夢へと消えてゆきました」
オディール「……こうして、清らかな地での物語は終わりを告げ、
 温床の物語が幕を開いたのです」
オディール「我が至高無上なる主よ。この演目には、ご満足頂けましたか?」