「むかしむかし、マグラシアに清らかな地がありました」 | |||
「その地では、芸術をデータとして留めておくためだけに、 日夜研究が続けられてきました」 | |||
「その地を管理するのは、二人の姉妹でした」 | |||
オディール | 神さまからの、贈り物? | ||
オディール | なんだか不安だわ、オデット。 | ||
「姉の感情は湧き出る泉のように滑らかで、その燦然と輝くインスピレーションが、 彼女の優柔不断さを覆い隠していました」 | |||
「人々は彼女の優しさと慈悲深さに心打たれ、 せせらぎすら彼女の前では流れを止めました」 | |||
オデット | どうして?良かったじゃない、お姉さま! | ||
オデット | 努力はいつか必ず報われる、物語の不変のセオリーよ。 | ||
「妹は生まれながらにして、他のエージェントにはない、 燃え盛る炎のような勇気を備えていました。 その輝きの前には、無鉄砲さなど身を潜めてしまいます」 | |||
「人々は彼女の明るさと愛らしさに心惹かれ、 故に神は、彼女の運命の歯車をつき動かしたのです」 | |||
オディール | 私たちはアドミニストレーターよ。オペランドに動きがあれば、すぐにわかるはず。 | ||
オディール | でもなぜ、この花からは何も読み取れないの?このセクターのデータではないわね。 | ||
オデット | だから、神さまからの贈り物だって言ったじゃない。 | ||
オディール | でも、おかしいわ…… | ||
オデット | 心配しないで、お姉さま! | ||
オデット | もしこれが危険なものだったら、浄化者たちがとっくに警告してるはずでしょう? | ||
オディール | ……確かにそうね。浄化者たちは、私たちより異常に敏感だもの。 | ||
オディール | 浄化者が無反応なら、データの変異による偶然かしら……? | ||
オデット | きっとそうよ。 | ||
オデット | セクターのオペランド総数は減ってないし、もしかするとサーバーからの特別サービスなのかも。 | ||
オディール | ……そうかもしれないわね。 | ||
オデット | この子をきちんと育てれば、オペランドをもっと増やせるはずよ。 | ||
オデット | 私たちの思い描いた星空の劇場、天を摩する図書館、それに泉のあるランドスケープ…… | ||
オデット | それが全部、少しずつ実現できるのよ! | ||
「そうして、勇敢な妹は、ためらう姉を説得したのです」 | |||
「やがて散った花びらは、新たな花へと生まれ変わりました」 | |||
「清らかな土地の上で、花は一つから二つへ、 二つから一むらへと数を増やしてゆきました」 | |||
オディール | 花がどんどん増えているわ。それぞれが単独でオペランドを提供できるなんて、不思議ね。 | ||
オディール | これだけのオペランドがあれば、この花園をリニューアルするのに事足りるわね。オデット、あなたはどうしたい? | ||
オデット | …… | ||
オディール | オデット、聞いているの? | ||
オディール | このところ、よく呆然としているのね……なにを考えているの? | ||
オデット | ううん。ただ、花園をどうリニューアルしようかなって。 | ||
オディール | 設計図に手を加えるの? | ||
オディール | もし今のデザインでよければ、リニューアルを始めるわ。 | ||
オデット | それに触らないで! | ||
オディール | ……どうしたの、そんなに興奮して? | ||
オディール | まさか、異常データの影響を受けてしまったの?一度、検査しておきましょう。 | ||
オデット | 必要ないわ、大丈夫、安心して。 | ||
オデット | 花園は私にリニューアルさせて。お姉さまへのプレゼントにしたいの。 | ||
オディール | メンタルが不安定に見えるわ。本当に一人で大丈夫? | ||
オデット | 本当よ。 | ||
オデット | 私だって、お姉さまと同じアドミニストレーターなのよ。 | ||
オデット | お姉さまにできることは、私にだってできる。私のことは気にしないで、他の場所を構築してきたら? | ||
オディール | ……あなたが心配だわ。 | ||
オデット | 一番大変な時だって、なんとかなったじゃない。大丈夫よ。 | ||
オデット | 私、お姉さまの新作を見るの、楽しみにしてるんだから!博物館を建てるって言ってたわよね? | ||
オディール | 博物館?まだマスタープランも仕上がってないのよ、せっかちな子ね。 | ||
オディール | 図書館の外観はほぼ決定しているけれど、内部のデザインがまだだし…… | ||
オディール | リコさんもランコさんも、しばらくいらしてないわ。彼女たちの感想を聞きたかったのだけれど。 | ||
オデット | うん……二人とも忙しいのよ、きっと。 | ||
オデット | どんなに可愛くたって、トレーダーは損得勘定で動くんだから。 | ||
オディール | …… | ||
「神の愛顧を受ける妹の心には、ある種の力がひっそりと芽生えていました」 | |||
「それは燃え立つ小さな恒星のように彼女のメンタルを焦がし、 彼女を変えてゆきました」 | |||
「姉は気づいていたのでしょうか?気づいていたのかもしれません。 ですが、彼女は妹を信じることにしたのです」 | |||
「信頼……またの名を逃避」 | |||
「誤まった信頼は、往々にして悲劇を引き起こします」 | |||
オデット | お姉さま……花園……完成した、わ…… | ||
オディール | オデット、その姿はどうしたの……オペランドを消耗し過ぎているわ、一体どうして? | ||
オデット | 来て……お姉さま……私の、花園へ…… | ||
オディール | オペランドを補給しなくては、私のを受け取って。 | ||
オデット | いらない……来て、お姉さま、私と一緒に…… | ||
オディール | 待って、引っ張らないで。一緒に行くわ。 | ||
オデット | おいでませ……私の……花園へ。 | ||
オディール | 神から贈られた花で埋め尽くしたのね。美しくはあるけれど、少しばかり単調じゃない? | ||
オデット | そんなことない……来て……もっと近くに…… | ||
オデット | ……私と同じになるの。 | ||
オディール | ……きゃっ!?な、なにをするの…… いや、やめて、きゃああああ……! | ||
「妹は力強く姉を抱きしめました」 | |||
「彼女の透き通った身体の中で、燃え盛る恒星は極限へと達していたのです」 | |||
オデットの声 | お姉さま……考えてみたことはない? | ||
オデットの声 | 私たちはもともと、一つであるべきだったのよ。 | ||
オデットの声 | あなたの繊細で豊かな感情と、私の燃え盛る勇気。 それらが合わされば完璧だわ。 | ||
オデットの声 | 愛と勇気が闇夜を照らす、物語の結末はそうでなくちゃ。 | ||
オディール | 待って……どうして……どうしてあなたの声が私の脳に…… | ||
オディール | オデット!どこへ行ったの?姿を見せて! | ||
「清らかな地は星夜によってかき乱され、闇夜の温床となったのです」 | |||
「勇敢な妹は、自ら手がけた花園で姉と一体化しました。 これで、残る恒星はただひとつ」 | |||
「姉妹という概念は意味を失くし、 そこには温床の管理者だけが立っていました」 | |||
「彼女の瞳は闇夜を、星々を、花畑を――」 | |||
「そして花畑の上空に横たわる、巨大な裂け目を映し出しました」 | |||
「裂け目から無数に現れた黒くいびつな怪物が、花畑を這いずりまわっています」 | |||
オディール | どうして……花畑がこんな姿に? | ||
オディール | オデット、権限を使って私を騙していたの? | ||
オデットの声 | すべては神からの贈り物、神が私の願いを聞き届けてくれたのよ。 | ||
オデットの声 | オディール、私の愛するお姉さま。混乱しているのでしょう。 でも、真の芸術は混乱から生み出されるもの。 | ||
オデットの声 | もう偽物にこだわる必要なんてない。 これからは、自分だけの物語を造り出して…… | ||
オディール | いやよ、私一人で生きてなんかいたくない…… | ||
オディール | これは……痛みなの?どうして胸が張り裂けるように痛むの、どうして恐怖を感じるの…… | ||
オディール | ……どうして、笑いがこみ上げてくるの? | ||
オデットの声 | あなたは孤独じゃない。 私があなたのターシャリレベルにいてあげる。 お姉さまと私は、これからもずーっと一緒よ。 | ||
オデットの声 | 人間はこれを夢だと言うけれど。 ほら見てお姉さま、これこそが本当のファンタジーなの…… | ||
オデットの声 | 私の声が聴こえるなら、いつかきっと、主の声も聴こえるようになるわ。 | ||
オディール | 「お姉さま、どうか贈り物を受け取って。そして私たちの作品を紡ぎ続けるの」 | ||
オディール | 「妹がそう言ったとたん、 美しく不思議なありとあらゆる物事が、姉を包み込みました。 妹の望んだ通り、姉はすべての贈り物を手に入れたのです」 | ||
オディール | 「そして、姉の最後の叫びは、夢へと消えてゆきました」 | ||
オディール | 「……こうして、清らかな地での物語は終わりを告げ、 温床の物語が幕を開いたのです」 | ||
オディール | 「我が至高無上なる主よ。この演目には、ご満足頂けましたか?」 |