ピエリデス 標準 PART.2 夜襲

Last-modified: 2024-11-27 (水) 20:48:08

 周囲の景色が剥がれ落ちると同時に、私の脳裏に記憶が蘇った。
 前日、午前02:21。
 オアシス医療部門。
ペルシカすみません、教授。こんな遅くにお呼びだてして。
ペルシカ少し、困ったことになっているんです……ついて来てください。
ペルシカオアシスD66エリアが、1時間20分前に奇襲を受けました。
{教授}D66は確か、サンドボックス障壁内のエリアだったね?
{教授}昼間、アントニーナとクロックが障壁をメンテナンスした時は、
何も問題なかったはずだけど。
ペルシカはい、サンドボックス障壁は正常に稼働しています。
ペルシカ怪物たちが障壁をすり抜けているんです……こんなことは初めてです。
(選択)1.怪物?敵は浄化者じゃないの?A
2.相手は手強いの?B
Aペルシカ実は、あれをどう定義すべきなのか、私にもわからなくて……黒紫色の、恐ろしい生き物です。「怪物」としか形容できません。C
Bペルシカどう言ったらいいのか……確かに敵の攻勢は激しかったですが、問題はそれだけではないんです。C
Cペルシカ我々の防衛部隊がなんとか怪物を退けました、しかし……
 ペルシカは移動端末から戦いの映像を呼び出した。
ペルシカ異変を感じた戦闘隊員が、前線で録画した映像です。
エージェントAこっちに倒れたのがいる!
エージェントB問題ない、こっちはもう終わった!
怪我人を連れて早く……
エージェントB!!うぐッ!
 ふいに、どこからともなく現れた黒紫色の怪物が、エージェントへと襲いかかった。
蠕動する触手に脇腹を深くえぐられ、エージェントはうめき声をあげて倒れる。
 ドサッ――
エージェントAおい!
エージェントA医療班!医療班!!
 ゆらめくカメラが、倒れたエージェントに向けられた。
黒紫色の恐ろしげな脈絡が、傷口から全身へと蔓延してゆく。
エージェントは苦痛に顔をゆがめた。
医療エージェントメンタルファイアウォールが瓦解し始めています!
医療エージェントウィルスに感染しました!
彼女から離れて、傷口に触れないように!
 医療エージェントは素早くオペランドを取り出し、
倒れたエージェントのまわりに分厚い球状の障壁を構築した。
医療エージェント掩護をお願いします!
彼女を連れて撤退し治療します!
エージェントA倒れてる奴が多すぎる!
このままじゃ怪物どもを抑えきれない!
エージェントA!!危ない!!
 
 エージェントはカメラの所有者に向かって叫んだ。
だが、怪物の攻撃は避けられなかった。
 映像はそこで終わり、ペルシカは移動端末をしまった。
ペルシカ……着きました、教授。
 観察室の扉を開くと、球状の障壁に包まれたエージェントたちがずらりと並んでいた。
彼らは気を失っており、時々、苦痛によるうめき声を発している。
 その周囲を大勢のエージェントたちが行き来しており、あちこちから囁き声が響く。
室内の空気は物々しい。
ペルシカ私たちを襲った怪物たちは、非常に特殊なコンピューターウィルスを有しているようです。攻撃を受けたエージェントは意識不明に陥り、目を覚まさなくなります。
{教授}意識不明?
ペルシカはい。ウィルスの感染により、メンタルが日常的な稼働を維持できなくなっているんです。通常の手段で呼び覚ますことは不可能です。
ペルシカこのウィルスには、人形のメンタルファイアウォールを瓦解する作用があります。すでにアントニーナさんが、個別にファイアウォールの再構築を始めています。
ペルシカ彼女はあそこです。
アントニーナ31番から40番エージェントまでのメンタル観察報告を。
ペルシカどうです、アントニーナさん?
アントニーナ来ましたか。
アントニーナ分析結果がもうじき出ます、お待ちを。
 アントニーナは素早く移動端末を操作した。
アントニーナ……状況は、楽観的ではありませんね。
アントニーナこれは、一定の知能と極めて高い成長性を有する、全く新しい類のコンピューターウィルスです。
アントニーナ感染対象に合わせて自己進化するタイプですね。感染者が増えるたび、異なるウィルスが生み出される。
アントニーナ最悪なことに、奴らは今もなお進化を遂げています。そのため直接の解析は不可能、ウィルスの源を特定しないと。
エージェント源はもういない。
{教授}あなたは……
エージェントD66防衛部隊の生き残りだ。
エージェント怪物どもはすべて殲滅した、一匹残らずな。
部隊の記録を見たが、当初は一般的なウィルス攻撃だと思われていたようだ。
感染したエージェントうっ……!
アントニーナ27番です!医療班、医療班!27番エージェントのコード状況を!
 一人の医療員が27番エージェントの傍へと駆けつけた。
医療エージェント駄目です、再構築したファイアウォールも瓦解を始めてます!
 焦る人々とは裏腹に、感染したエージェントの容体は徐々に安定し、
苦痛の表情は和らいでいった。
医療エージェントど、どうなってるの……
ペルシカ見せてください!
 ペルシカは足早に感染したエージェントへと近づき、
ニューラルアナライザーを使って彼女のメンタルにアクセスした。
医療エージェントペルシカさん、彼女は……
ペルシカ非常にまずい状況です。意識がすでに「ターシャリレベル」へと沈んでいます。
ペルシカメンタルの最も基礎的な演算が行われ、なおかつコアデータが保存されている領域です。「ターシャリレベル」へ陥ったとなると……
アントニーナ彼女のメンタルはもはや、基礎的な演算しか維持できなくなってる。
アントニーナ感染の第二段階ってヤツですか……ちくしょう!
ペルシカおそらく、夢のような世界が見えているせいで、痛覚が一時的に麻痺したのでしょう。
ペルシカウィルスがターシャリレベルに侵入してしまえば、彼女の意識は永遠に失われ、リセットすらできなくなります。
ペルシカすぐにファイアウォールを修復しなくては!アントニーナさん!
アントニーナ時間をください……時間を……!
 アントニーナは全神経を集中させ、
スクリーン上にある27番エージェントのファイアウォールコードを凝視した。
アントニーナこれだ!コマンドEICAR!
 看護エージェントがアントニーナより送られたコードを、
27番のシステムへと入力した。
感染したエージェントうっ……はぁ……はぁ……
医療エージェント効果ありです!
 エージェントがそう言い放ったとたん、
スクリーン上のファイアウォール構造が再び乱れ始めた。
だがすぐにアントニーナが入力したコードによって修復される。
{教授}どう?好転した?
アントニーナいえ、一時的に抑えたまでです……
アントニーナ最悪です、進化があまりにも速すぎる。一刻も早くウィルスのソースコードを探し出さないと!
 ウーーー
 突如、建物全体に警報が鳴り響いた。
エージェント襲撃警報だ!
 > 通信リクエストを確認、接続中……
クロックペルシカ!あ、きょうじゅだ。
{教授}状況報告を。
クロックうっす!怪物どもがまた来た、今度はD71の入り口。
クロック聞いてたとおり、サンドボックス障壁をすり抜けてるね。こっちでD71付近のエージェントを避難させとく。
ペルシカリクエストを承諾、権限を解放しました。
クロック傷口から感染するってのは把握してる、安心してよ。奴らを片っ端からぶちのめしとくから!
アントニーナいけません!クロックさん、生体サンプルが必要なんです!
クロック生体サンプル?えっ、なに、治療がうまくいってないの?
ペルシカ最悪ここに極まれり。ウィルスの本体を直接解析しなくてはならないんです。
クロック……わかった。
{教授}自身の安全が最優先よ、駄目そうなら無理はしないで。
クロックわかってるって、任せといて。
 ドンッ――
クロックげっ、来た。
 > 通信終了。
{教授}ペルシカ、あなたはアントニーナとここにいて。
クロックのほうの様子を見てくる。なにかあればすぐに連絡すること。
{教授}それと、ソルを起こしてきてくれない?
直接D71に向かわせて。
 
 午前02:44。
 オアシス外環、D71エリア。
クロック防衛線を死守!奴らを規定距離に近づけるな!
通信チャンネル1ピッ――
通信チャンネル13時方向から火力支援要請。
クロックイージス、チャージ開始。
通信チャンネル1ピッ――
通信チャンネル1クロック、ターゲットを捉えた、網を引くか?
クロック待って!正面がまだ敵を叩き潰してない、今はまだダメ。
通信チャンネル1了解……あっ!うわぁぁ!!!
クロックコナー?!もしもし?コナー!!
通信チャンネル1ザー……
 怪物を捕獲するべく設えられたエリアが、
突如攻撃力を増した怪物によって破壊される様子を、
クロックはモニターから見ていた。
 捕獲を担当していたエージェントは、息も絶え絶えだ。
クロック……
クロック総員、引き網の方向。
フルパワーであたしを掩護して。
通信チャンネル2ピッ――
通信チャンネル2クロック、教授は安全第一と。
 クロックは盾を構えた。
体中のオペランドを使って、周囲に障壁を構築し始める。
 
ペルシカウィルスの本体を直接解析しなくてはならないんです。
{教授}自身の安全が最優先よ、駄目そうなら無理はしないで。
 
 モニターの中では、群れを成した怪物が、今にも防衛線を突破しそうだ。
クロックごめん、ペルシカ、きょうじゅ。今回は、あたしにカッコつけさせて。
クロック総員!あたしの命令通りに!
通信チャンネル2……了解!
 
 午前02:52。
 オアシス外環、D71エリア。
 D71エリアに駆けつけると、
大勢のエージェントたちが輪になって、怪物の接近を防いでいた。
今もなお戦いは続いている。
{教授}来たよ、状況は?
ソルあたしも今来たとこ……待って、あれ……クロック!?
{教授}行ってはダメ!
クロック来ないで!
 私たちは人混みを押しのけてやっと、輪の中心にクロックの姿を見つけた。
 クロックはとあるエージェントの前に立ち、
自身の体に突き刺さった怪物の肢体を必死につかんでいる。
{教授}医療部門と防衛部門の人員はどこ!?
{教授}ここに隔離環境を造るわ。
D71に臨時観察室を設立するための、オペランド使用権限をあなたたちに与える。
さぁ早く!
エージェント了解!
クロックうっ……きょうじゅ、すごいっしょ?こいつ捕まえるの、大変だったんだから。
{教授}身の安全を優先しろって言ったはずよ。
クロックへーきへーき。ほら、全然なんともない。
クロックぐッ……あはは……こいつ、けっこータフだな。
 数名のエージェントが私たちの前へと歩み出て、
クロックを中心に隔離環境を構築し始めた。
 私は透明な障壁を隔て、黒紫の脈絡がクロックの傷口より、
少しずつ彼女の首元へ這ってゆくのを目にした。
彼女の身体から、あっという間に血の色が退いてゆく。
 怪物が彼女の手の中で身をくねらせている。
ソルクロック……
 ソルは呆然とクロックを見ていた。
クロックが口を開いたが、私たちには声が届かないと気づき、
片手を挙げて「オールOK」のジェスチャーをしてみせた。
ソルあんたってヤツは……!
 ソルが近づいて何かを言おうとしたが、傍にいた医療員に止められた。
エージェントソルさん、教授、お退がりください。
ここは私たちに任せて。
 その場にエージェントが次々と駆け付け、
私たちは防衛部隊によってクロックの傍から連れ去られた。