周囲の景色が剥がれ落ちると同時に、私の脳裏に記憶が蘇った。 | |||
前日、午前02:21。 | |||
オアシス医療部門。 | |||
ペルシカ | すみません、教授。こんな遅くにお呼びだてして。 | ||
ペルシカ | 少し、困ったことになっているんです……ついて来てください。 | ||
ペルシカ | オアシスD66エリアが、1時間20分前に奇襲を受けました。 | ||
{教授} | D66は確か、サンドボックス障壁内のエリアだったね? | ||
{教授} | 昼間、アントニーナとクロックが障壁をメンテナンスした時は、 何も問題なかったはずだけど。 | ||
ペルシカ | はい、サンドボックス障壁は正常に稼働しています。 | ||
ペルシカ | 怪物たちが障壁をすり抜けているんです……こんなことは初めてです。 | ||
(選択) | 1.怪物?敵は浄化者じゃないの? | A | |
2.相手は手強いの? | B | ||
A | ペルシカ | 実は、あれをどう定義すべきなのか、私にもわからなくて……黒紫色の、恐ろしい生き物です。「怪物」としか形容できません。 | C |
B | ペルシカ | どう言ったらいいのか……確かに敵の攻勢は激しかったですが、問題はそれだけではないんです。 | C |
C | ペルシカ | 我々の防衛部隊がなんとか怪物を退けました、しかし…… | |
ペルシカは移動端末から戦いの映像を呼び出した。 | |||
ペルシカ | 異変を感じた戦闘隊員が、前線で録画した映像です。 | ||
エージェントA | こっちに倒れたのがいる! | ||
エージェントB | 問題ない、こっちはもう終わった! 怪我人を連れて早く…… | ||
エージェントB | !!うぐッ! | ||
ふいに、どこからともなく現れた黒紫色の怪物が、エージェントへと襲いかかった。 蠕動する触手に脇腹を深くえぐられ、エージェントはうめき声をあげて倒れる。 | |||
ドサッ―― | |||
エージェントA | おい! | ||
エージェントA | 医療班!医療班!! | ||
ゆらめくカメラが、倒れたエージェントに向けられた。 黒紫色の恐ろしげな脈絡が、傷口から全身へと蔓延してゆく。 エージェントは苦痛に顔をゆがめた。 | |||
医療エージェント | メンタルファイアウォールが瓦解し始めています! | ||
医療エージェント | ウィルスに感染しました! 彼女から離れて、傷口に触れないように! | ||
医療エージェントは素早くオペランドを取り出し、 倒れたエージェントのまわりに分厚い球状の障壁を構築した。 | |||
医療エージェント | 掩護をお願いします! 彼女を連れて撤退し治療します! | ||
エージェントA | 倒れてる奴が多すぎる! このままじゃ怪物どもを抑えきれない! | ||
エージェントA | !!危ない!! | ||
エージェントはカメラの所有者に向かって叫んだ。 だが、怪物の攻撃は避けられなかった。 | |||
映像はそこで終わり、ペルシカは移動端末をしまった。 | |||
ペルシカ | ……着きました、教授。 | ||
観察室の扉を開くと、球状の障壁に包まれたエージェントたちがずらりと並んでいた。 彼らは気を失っており、時々、苦痛によるうめき声を発している。 | |||
その周囲を大勢のエージェントたちが行き来しており、あちこちから囁き声が響く。 室内の空気は物々しい。 | |||
ペルシカ | 私たちを襲った怪物たちは、非常に特殊なコンピューターウィルスを有しているようです。攻撃を受けたエージェントは意識不明に陥り、目を覚まさなくなります。 | ||
{教授} | 意識不明? | ||
ペルシカ | はい。ウィルスの感染により、メンタルが日常的な稼働を維持できなくなっているんです。通常の手段で呼び覚ますことは不可能です。 | ||
ペルシカ | このウィルスには、人形のメンタルファイアウォールを瓦解する作用があります。すでにアントニーナさんが、個別にファイアウォールの再構築を始めています。 | ||
ペルシカ | 彼女はあそこです。 | ||
アントニーナ | 31番から40番エージェントまでのメンタル観察報告を。 | ||
ペルシカ | どうです、アントニーナさん? | ||
アントニーナ | 来ましたか。 | ||
アントニーナ | 分析結果がもうじき出ます、お待ちを。 | ||
アントニーナは素早く移動端末を操作した。 | |||
アントニーナ | ……状況は、楽観的ではありませんね。 | ||
アントニーナ | これは、一定の知能と極めて高い成長性を有する、全く新しい類のコンピューターウィルスです。 | ||
アントニーナ | 感染対象に合わせて自己進化するタイプですね。感染者が増えるたび、異なるウィルスが生み出される。 | ||
アントニーナ | 最悪なことに、奴らは今もなお進化を遂げています。そのため直接の解析は不可能、ウィルスの源を特定しないと。 | ||
エージェント | 源はもういない。 | ||
{教授} | あなたは…… | ||
エージェント | D66防衛部隊の生き残りだ。 | ||
エージェント | 怪物どもはすべて殲滅した、一匹残らずな。 部隊の記録を見たが、当初は一般的なウィルス攻撃だと思われていたようだ。 | ||
感染したエージェント | うっ……! | ||
アントニーナ | 27番です!医療班、医療班!27番エージェントのコード状況を! | ||
一人の医療員が27番エージェントの傍へと駆けつけた。 | |||
医療エージェント | 駄目です、再構築したファイアウォールも瓦解を始めてます! | ||
焦る人々とは裏腹に、感染したエージェントの容体は徐々に安定し、 苦痛の表情は和らいでいった。 | |||
医療エージェント | ど、どうなってるの…… | ||
ペルシカ | 見せてください! | ||
ペルシカは足早に感染したエージェントへと近づき、 ニューラルアナライザーを使って彼女のメンタルにアクセスした。 | |||
医療エージェント | ペルシカさん、彼女は…… | ||
ペルシカ | 非常にまずい状況です。意識がすでに「ターシャリレベル」へと沈んでいます。 | ||
ペルシカ | メンタルの最も基礎的な演算が行われ、なおかつコアデータが保存されている領域です。「ターシャリレベル」へ陥ったとなると…… | ||
アントニーナ | 彼女のメンタルはもはや、基礎的な演算しか維持できなくなってる。 | ||
アントニーナ | 感染の第二段階ってヤツですか……ちくしょう! | ||
ペルシカ | おそらく、夢のような世界が見えているせいで、痛覚が一時的に麻痺したのでしょう。 | ||
ペルシカ | ウィルスがターシャリレベルに侵入してしまえば、彼女の意識は永遠に失われ、リセットすらできなくなります。 | ||
ペルシカ | すぐにファイアウォールを修復しなくては!アントニーナさん! | ||
アントニーナ | 時間をください……時間を……! | ||
アントニーナは全神経を集中させ、 スクリーン上にある27番エージェントのファイアウォールコードを凝視した。 | |||
アントニーナ | これだ!コマンドEICAR! | ||
看護エージェントがアントニーナより送られたコードを、 27番のシステムへと入力した。 | |||
感染したエージェント | うっ……はぁ……はぁ…… | ||
医療エージェント | 効果ありです! | ||
エージェントがそう言い放ったとたん、 スクリーン上のファイアウォール構造が再び乱れ始めた。 だがすぐにアントニーナが入力したコードによって修復される。 | |||
{教授} | どう?好転した? | ||
アントニーナ | いえ、一時的に抑えたまでです…… | ||
アントニーナ | 最悪です、進化があまりにも速すぎる。一刻も早くウィルスのソースコードを探し出さないと! | ||
ウーーー | |||
突如、建物全体に警報が鳴り響いた。 | |||
エージェント | 襲撃警報だ! | ||
> 通信リクエストを確認、接続中…… | |||
クロック | ペルシカ!あ、きょうじゅだ。 | ||
{教授} | 状況報告を。 | ||
クロック | うっす!怪物どもがまた来た、今度はD71の入り口。 | ||
クロック | 聞いてたとおり、サンドボックス障壁をすり抜けてるね。こっちでD71付近のエージェントを避難させとく。 | ||
ペルシカ | リクエストを承諾、権限を解放しました。 | ||
クロック | 傷口から感染するってのは把握してる、安心してよ。奴らを片っ端からぶちのめしとくから! | ||
アントニーナ | いけません!クロックさん、生体サンプルが必要なんです! | ||
クロック | 生体サンプル?えっ、なに、治療がうまくいってないの? | ||
ペルシカ | 最悪ここに極まれり。ウィルスの本体を直接解析しなくてはならないんです。 | ||
クロック | ……わかった。 | ||
{教授} | 自身の安全が最優先よ、駄目そうなら無理はしないで。 | ||
クロック | わかってるって、任せといて。 | ||
ドンッ―― | |||
クロック | げっ、来た。 | ||
> 通信終了。 | |||
{教授} | ペルシカ、あなたはアントニーナとここにいて。 クロックのほうの様子を見てくる。なにかあればすぐに連絡すること。 | ||
{教授} | それと、ソルを起こしてきてくれない? 直接D71に向かわせて。 | ||
午前02:44。 | |||
オアシス外環、D71エリア。 | |||
クロック | 防衛線を死守!奴らを規定距離に近づけるな! | ||
通信チャンネル1 | ピッ―― | ||
通信チャンネル1 | 3時方向から火力支援要請。 | ||
クロック | イージス、チャージ開始。 | ||
通信チャンネル1 | ピッ―― | ||
通信チャンネル1 | クロック、ターゲットを捉えた、網を引くか? | ||
クロック | 待って!正面がまだ敵を叩き潰してない、今はまだダメ。 | ||
通信チャンネル1 | 了解……あっ!うわぁぁ!!! | ||
クロック | コナー?!もしもし?コナー!! | ||
通信チャンネル1 | ザー…… | ||
怪物を捕獲するべく設えられたエリアが、 突如攻撃力を増した怪物によって破壊される様子を、 クロックはモニターから見ていた。 | |||
捕獲を担当していたエージェントは、息も絶え絶えだ。 | |||
クロック | …… | ||
クロック | 総員、引き網の方向。 フルパワーであたしを掩護して。 | ||
通信チャンネル2 | ピッ―― | ||
通信チャンネル2 | クロック、教授は安全第一と。 | ||
クロックは盾を構えた。 体中のオペランドを使って、周囲に障壁を構築し始める。 | |||
ペルシカ | ウィルスの本体を直接解析しなくてはならないんです。 | ||
{教授} | 自身の安全が最優先よ、駄目そうなら無理はしないで。 | ||
モニターの中では、群れを成した怪物が、今にも防衛線を突破しそうだ。 | |||
クロック | ごめん、ペルシカ、きょうじゅ。今回は、あたしにカッコつけさせて。 | ||
クロック | 総員!あたしの命令通りに! | ||
通信チャンネル2 | ……了解! | ||
午前02:52。 | |||
オアシス外環、D71エリア。 | |||
D71エリアに駆けつけると、 大勢のエージェントたちが輪になって、怪物の接近を防いでいた。 今もなお戦いは続いている。 | |||
{教授} | 来たよ、状況は? | ||
ソル | あたしも今来たとこ……待って、あれ……クロック!? | ||
{教授} | 行ってはダメ! | ||
クロック | 来ないで! | ||
私たちは人混みを押しのけてやっと、輪の中心にクロックの姿を見つけた。 | |||
クロックはとあるエージェントの前に立ち、 自身の体に突き刺さった怪物の肢体を必死につかんでいる。 | |||
{教授} | 医療部門と防衛部門の人員はどこ!? | ||
{教授} | ここに隔離環境を造るわ。 D71に臨時観察室を設立するための、オペランド使用権限をあなたたちに与える。 さぁ早く! | ||
エージェント | 了解! | ||
クロック | うっ……きょうじゅ、すごいっしょ?こいつ捕まえるの、大変だったんだから。 | ||
{教授} | 身の安全を優先しろって言ったはずよ。 | ||
クロック | へーきへーき。ほら、全然なんともない。 | ||
クロック | ぐッ……あはは……こいつ、けっこータフだな。 | ||
数名のエージェントが私たちの前へと歩み出て、 クロックを中心に隔離環境を構築し始めた。 | |||
私は透明な障壁を隔て、黒紫の脈絡がクロックの傷口より、 少しずつ彼女の首元へ這ってゆくのを目にした。 彼女の身体から、あっという間に血の色が退いてゆく。 | |||
怪物が彼女の手の中で身をくねらせている。 | |||
ソル | クロック…… | ||
ソルは呆然とクロックを見ていた。 クロックが口を開いたが、私たちには声が届かないと気づき、 片手を挙げて「オールOK」のジェスチャーをしてみせた。 | |||
ソル | あんたってヤツは……! | ||
ソルが近づいて何かを言おうとしたが、傍にいた医療員に止められた。 | |||
エージェント | ソルさん、教授、お退がりください。 ここは私たちに任せて。 | ||
その場にエージェントが次々と駆け付け、 私たちは防衛部隊によってクロックの傍から連れ去られた。 |