オアシス障壁残存時間――1:21:48 ロッサムセクターアドミンセンター | |||
教授たちが立ち去ると、チューリングはT1641を検査し始めた。 | |||
チューリング | 【下肢検査終了。損傷程度――軽。結論――行動に支障なし】 | ||
チューリング | 理由を聞かせて、T1641。 | ||
T1641 | ……チューリングの傍を離れたくありません。 | ||
チューリング | 今がどういう状況かわかってるの?私は出て行けと言ってるんじゃない、避難しろと言ってるの。 | ||
チューリング | 浄化者がいなくなってから、また戻ってくることだってできるわ。 | ||
T1641 | ですがそれでは、チューリングは独りきりです。 | ||
チューリング | なんですって? | ||
T1641 | T1641とハンナがいなければ、チューリングはたった独りで浄化者に立ち向かわなくてはなりません。 | ||
T1641 | T1641は、チューリングを危険な目に遭わせたくはありません。T1641は、チューリングを手伝いたいと考えています。 | ||
チューリング | ……聞いて、T1641。私はセクターのアドミニストレーターよ。でもあなたは普通のエージェントでしかない。 | ||
チューリング | さしあたって、浄化者に私をどうこうする権利はないわ。だけどあなたが奴らに見つかれば、絶対に無事じゃ済まされない。 | ||
チューリング | わかる!?あなたがここにいても、邪魔になるだけで何の役にも立たないの! | ||
T1641 | ……申し訳ありません。 | ||
T1641は茫然と俯いた。 それを見て、チューリングは自身の失言に気づいた。 彼女はかがんで、T1641に目線を合わせる。 | |||
チューリング | ……謝るのは私のほうね。ごめんなさい、あなたのロジックシステムが不完全だという事を忘れていたわ。 | ||
チューリング | 感情システムが基準値を突破できるよう、他のモジュールを犠牲にしたんだものね。 | ||
T1641 | 申し訳ありません、チューリング。T1641はハンナのように強くはなれません。 | ||
T1641 | T1641は努力しました。ですが、得点は一向にハンナに及びません。 | ||
T1641 | ハンナはデータセンターで計画の制定に携わっています。ですが、T1641はあなたを困らせています。 | ||
チューリングは首を振って、優しくT1641を抱きしめた。 | |||
チューリング | あなたたちの価値は点数などで測れるものじゃないわ。私にとって、あなたとハンナは同じように大切な存在よ。 | ||
T1641 | ……T1641は、どうすれば良いですか? | ||
チューリング | 他のエージェントたちに、あなたをデータセンターへと護送させるわ。これは任務なの、ちゃんと言う事を聞くのよ、いいわね? | ||
T1641 | T1641は、任務をやりとげてみせます! | ||
チューリングはエージェントを呼んでT1641を託すと、ようやく作業台へ戻った。 その時、通信リクエストが入った。 | |||
システム | >通信要請を受信、アドレス――データセンター | ||
チューリング | ハンナ? | ||
??? | 私です、ハンナも傍にいます。 | ||
??? | 二人でいくつか対策プランを考えました。あなたの意見を伺いたくて。 | ||
??? | 浄化者の出現はあまりにも突然です。データセンターは、隠れるのに適しているとは言えません。 | ||
チューリング | もう必要ないわ。あなたとハンナはそこから離れる準備を、すぐに迎えがいくから。 | ||
チューリング | 浄化者を倒せる彼女たちなら、あなたたちをロッサムから安全に連れ出せるかもしれない。 | ||
??? | 浄化者を倒す?戦闘モジュールを持つエージェントなんて、ロッサムにはいなかったはずでは? | ||
チューリング | 彼女たちは外から来たの。その内の一人は42Labの研究員よ。 | ||
チューリング | 彼女たちと取引したわ。オペランドを与える代わりに、私たちを助けてくれる。 | ||
チューリング | ただ、相手はかなりの数のオペランドを要求してきてる。データセンターでの加工と圧縮をお願いしたいの。 | ||
??? | 待って下さい、情報量が多すぎます……なぜ彼女たちが信頼に値すると? | ||
チューリング | ……T1641を助けてくれたの。それに、42Labの研究員であるペルシカ、彼女の資料を目にしたことがあるわ。 | ||
??? | 待ってください……ペルシカ!? | ||
チューリング | 彼女を知ってるの? | ||
??? | あ、頭が追いつかない……少し整理させてください…… | ||
??? | あなたの言うペルシカというのは、ピンク色の髪で、白衣を着ていて、常にコーヒーカップを手にしている、あのペルシカですか? | ||
ピッ―― | |||
システムのビープ音が二人の会話に割り込んだ。 | |||
システム | >アドミンセンターへの訪問申請を受信、ゲストアカウント照合中―― | ||
システム | >ゲストアカウント照合完了――中位浄化者…… | ||
チューリング | !!! | ||
??? | チューリングさん?もしもし?チューリングさん? | ||
チューリング | フェイスがアドミンセンターに来た。彼女たちのオペランドリストを送るわ、受け取って。 | ||
チューリング | アントニーナ……後の事は、任せたわよ。 | ||
アントニーナ | まっ―― | ||
ピッ―― | |||
話中音とともに響いたのは、中位浄化者の足音だった。 | |||
??? | 浄化者の通行リクエストを処理しているのか、チューリングよ。 | ||
チューリング | ……いいえ、セクターのルーチンワークよ。浄化者が通行リクエストを提出してたなんてね、初耳だわ。 | ||
チューリング | それにいきなりだし、正規の手順を踏んでないんだもの。ウィルスかと思うじゃない。 | ||
??? | 我らがなぜ現れたのか、お前は知っているはず。無意味な言い逃れは時間の無駄だ。 | ||
??? | チューリング、セクター内の全権限を明け渡せ。我ら浄化者は、これよりロッサムに対し全面的な検査を執り行う。 | ||
チューリング | ロッサムには何の問題もないし、定期検査も今日じゃない。そんな権利はないはずよ。 | ||
??? | チューリング、何度も同じ会話を繰り返す必要はない。このプロセスは完全に省略可能だ。 | ||
??? | 効率化はセクターの安全指数を高める。我らはすでに異常エージェントの痕跡を発見した、ロッサムは危険な状況にあるのだ。 | ||
チューリング | フェイス、私は会話を繰り返すつもりも、プロセスを複雑化させるつもりもないわ。単に、ロッサムに問題はないと言ってるの。 | ||
チューリング | 異常エージェントが現れたという報告は来てないわ。悪いけど、下位浄化者を連れてお引き取り願えるかしら?今回の損害に関しては、不問にしておいてあげる。 | ||
フェイス | ……【下位浄化者、先ほどの突発事件について至急報告せよ】 | ||
浄化者 | 【LK27エリアに駐留する下位浄化者が、異常な知的エージェントを検出】 【ターゲットその1、ナンバーT1641】 | ||
浄化者 | 【浄化プログラム執行中に衝突が発生、捕獲失敗、目標は逃走】 | ||
フェイス | 聞こえたな?T1641、Tで始まるナンバーだ。お前が研究しているエージェントシリーズだろう。 | ||
フェイス | チューリング、セクターの全権限を明け渡せ。異常エージェントは、セクターにとって脅威となる存在だ。 | ||
フェイス | それともお前は、セクターを危険に陥れるつもりか? | ||
チューリング | ……ええ、あなたの言う通りね。 | ||
フェイス | 理解に感謝する。 | ||
チューリング | なら、検査証明を提出してもらえる?通行リクエストだけじゃ心もとないわ。 | ||
チューリング | あなたも知ってるわよね、セクターの核心エリアは機密だらけだって。たとえ中位浄化者だろうと、許可なしに立ち入ることはできない。 | ||
チューリング | 私が権限を解放したら、それこそ規則違反よ。少なくとも、上位浄化者一名の委任状が必要ね。リバベルがこの件を把握しているかどうか知りたいの。 | ||
フェイス | ……予想通りだな。理由は不明だが、お前が異常エージェントどもを匿おうとしているのは明白だ。 | ||
チューリング | なるほど。断罪する口実には困らないってわけね。 | ||
チューリング | それでどうするの?遵守してきたルールを破って、無理やり突入でもする気? | ||
フェイス | そのつもりはない。浄化者にとっては、規則と秩序の維持が最優先となる。 | ||
フェイス | かまわん、いずれも想定範囲内だ。 | ||
フェイス | ここへ来るまでに、すでに上位浄化者へ権限レベル開放の申請を済ませてある。 | ||
フェイス | お前は1200秒以内に、イオスフォロス様の委任状を目にするだろう。そうなれば、もはや我々を阻むことはできない。 | ||
チューリング | 阻もうだなんて。私はただ、ルールに従って欲しいだけ。 | ||
チューリング | あなただって、規律に従うことを信条としてきたんでしょう、違う? | ||
チューリング | とりあえず、しばらくは休憩室で…… | ||
フェイス | 気遣いには感謝するが、浄化者に休憩は必要ない。 | ||
フェイス | 核心エリアに入れないのなら、まずはセクターの周縁から取りかかるとしよう。 | ||
チューリング | ……! | ||
フェイス | どうした、セクターの端を検査するのにも委任が必要か? | ||
チューリング | ……まさか?どうぞご自由に。 |