懸光昇変 PART.12 キングの罠

Last-modified: 2025-02-16 (日) 23:06:53

浄化者No.05哨戒タワー。
 通信音が立て続けに鳴った。
哨戒タワーの頂上、静まり返った空間にビープ音が鳴り響く。
ユーカリストよくもまぁ、こうもけたたましい音に設定できたものでおじゃ。
うるさくてかなわんぞい。
{教授}人望が厚くてすまないね。
{教授}ゲーム中に流れる、勝利のBGMに似ているとは思わないか?
 ユーカリストはしばらく考え込んだ後で、黒のクイーンを手に取った。
部屋の隅に伏せているクラゲエントロピーに、そこはかとなく目配せをする。
ユーカリスト通信が回復した程度で、その喜びよう。
さも自信ありげでおじゃるのぉ?
ユーカリストゲームは始まったばかりでおじゃるぞ、教授。
ここで祝杯なぞ挙げてどうする。
今はまだ、まろが優勢であるのを忘れたかえ?
 黒のクイーンがボード上に置かれた。
他の駒たちは自身のクイーンを頑なに守っている。
黒い城はまさに難攻不落だ。
{教授}そうだったかな?
 私は白のナイトを前に動かし、黒のクイーンを手に入れる準備を整えた。
{教授}このゲームに、君と私以外にもプレイヤーが存在すると言ったら?
ユーカリストほぉ?よもや浄化者の支援を期待しているのではあるまいな?
フェイスリバベルからの返答があった、法廷はすでに貴様を裁定している。
イオスフォロス様が、貴様を捕らえるための部隊を招集しておられる。
フェイス余裕でいられるのも今のうちだぞ、ユーカリスト。
{教授}ほら。肝心なポイントを押さえておけば、道は自ずとなだらかになる。
ユーカリスト……なるほど、妙手でおじゃった。
はて、次はどう動かすべきか。
 ユーカリストは悠々と両足を揺らしている。
まるでフェイスの宣告など聞こえていないかのように。
{教授}私はゲームを続けたってかまわないが、君は逃げなくてもいいのか?
{教授}君の「クイーン」とともに立ち去れば、命だけは助かるかもしれない。
ユーカリストさっきも申したでおじゃろう。
かようにつまらぬことで、またとない対局を逃してどうする。
ユーカリストおおっ!思いついたでおじゃるぞ!
 ユーカリストは隅にある黒のルークを手に取って、白陣営へと近づけた。
ユーカリストおろろん、ここに駒があるのをすっかり忘れておったぞい。
ユーカリスト守備に徹するは、まろの流儀にあらず。
この二つの駒が欲しいのなら、くれてやろうではおじゃらぬか。
ユーカリスト戦場では、攻撃せねば始まらぬからのぉ。
{教授}……
 ユーカリストはチェスクロックをポンと叩いた。再び私のターンが訪れる。
飄々としたユーカリストを眺めていた私の脳裏に、とある疑惑が浮かび上がる。
 先ほどの着信音が何を意味するか、ユーカリストが気づかないはずがない。
だが、彼女の反応は予想とは大きく異なっていた。
(選択)1.ゲームが始まった時のことを、思い返してみよう。A
A 
{教授}君こそ、オアシスとの通信を阻んだ程度で、よくそこまで得意げになれたものだ。
ユーカリスト得意になって何が悪い?そちに何ができるのじゃ?
 ユーカリストの反応を見た私の脳裏には、すでにとある答えが浮かんでいた。
私はおもむろに通信機を取り出し、それに向かってこう言った。
{教授}ペルシカ、聞こえたな?ユーカリストが罠にかかった。
オアシスの準備はいいか?
ユーカリストな……!?
 ユーカリストの瞳孔が我ともなく縮む。
私は通信機をそっと下ろした。
{教授}当たりだな、お前たちはまだオアシスを落とせていない。
でなきゃ、そこまで緊張する理由がない。
ユーカリストチッ……くふふふ、うきゃきゃきゃきゃ!見事でおじゃる、教授!
 
 今の私なら、外界への指示が出せる。
リバベルからも浄化者が派遣された。
 それなのに、当初よりもユーカリストが余裕を見せているのは何故だ?
ユーカリスト教授、そちのターンでおじゃるぞ?
(選択)1.今のペースを保ち、相手の駒を取るB
2.どうにかしてユーカリストの進攻を防ぐC
B 私は白のナイトに手を伸ばし、予定通り相手のビショップを取ろうとした――
ユーカリスト本当にかまわぬのかえ、教授?D
C 私は戦場から黒のルークへと視線を移し、ユーカリストの目的を推し量ろうとした。
ユーカリストおろろ~?教授、このルークをどうするつもりかえ?
ユーカリストはたして、この馳走が教授の胃袋に収まるかのぉ?D
D ユーカリストの目的は一体なんだ……それとも――
 彼女の目的は、もう果たされた?
 ……
 少し前。
Nullエリア、オアシス第4予備通信ノード。
ハヴォックよっしゃ――修理完了!!
ハヴォック外はボッロボロやけど、コアはどれも無事でラッキーやったな。思ったよりもラクチンやん。
リンド順調すぎて、逆に不安になってくる。
ハヴォックなんやそれ、仕事がラクで何があかんねん。で、次はどれよ?
リンドそれで最後、あんたのエンジニア生活もここで終わり。
 リンドはスクリーン上に表示された情報をハヴォックに見せた。
リンドメッセージ送信成功、オアシスの通信は復旧したな。
ハヴォックはっや、もう?
リンドん。おおかた、オアシスのほうでもノードを修理してんでしょ。
ハヴォックまーなぁ、戦場じゃ情報が命やさかい。あいつらも焦ってんねやろ。
ハヴォックふ~、どこもかしこもネバついた薄気味悪い場所からようやっと出られるわ~……この後はどないすんねん、オアシスに向かうんか?
リンド!?
ハヴォックジブンなぁ、いつかは向き合わなアカンねんで?ペルシカが苦手なんはわかるけど、せやからって――
リンドハヴォック、なんかヤバいよ……!
リンド他のメンバーと連絡がつかない!
ハヴォックなんやて!?
 ハヴォックは慌てて通信機を開いた。
ハヴォック座標はまだ特定できる、すぐ近くにおるで!
 通信機を見つめるリンドの顔色が、いよいよ青ざめてゆく。
リンド通信の問題じゃない、何かあったんだ……
ハヴォックあたしが見てくる!
リンドおい!落ち着け、ハヴォック!
 リンドの言葉を聞かずに走り出したハヴォックが、ふいに足を止めた。
リンドって、やけに聞き分けいいじゃん……まだ何があったのかわかってない、通信の一つもよこさないなんて……
リンド……ハヴォック?
 ハヴォックは答えない。
見れば、紫色のエントロピー液が、音もなく彼女の体を這い上がっている。
ハヴォック気ィつけや……エントロ、ピー……
 ハヴォックが懸命に声を発した。
それと同時に、体の透き通った数体のエントロピーが紫色の液体の中から現れて、
彼女の体にひっついた。
リンドハヴォック!!
ハヴォックリンドッ……来るな……!!
 彼女の言葉を無視して、リンドは機械アームを操作し、
ハヴォックにまとわりつくエントロピーを精確に殴り飛ばした。
そして素早くハヴォックへと近づき、その勢いに乗じて力の抜けた彼女を支える。
ハヴォックハァッ……ハァッ……
リンドハヴォック!しっかりしろ!!エントロピー化抑制剤は……!?
ハヴォックそ、装備の、中に……
ハヴォックゲホッ……あ、あたしに落ち着け言うて、ジブンこそ落ち着いてへんやんか……ゴホッ……
リンドいいから黙ってて、感染を防ぐのに集中するんだ。エントロピーが私を襲う気なら、とっくにやってる。
 エントロピー化抑制剤を注入され、ハヴォックの体を這う紫色が止まった。
だが、顔色は青白いままだ。
 クラゲ型のエントロピーが、エントロピー液から次々と出現し、
二人をゆっくりと取り囲んだ。
リンドマジサイアク……やけに順調だと思った、やっぱり罠だったか……
ハヴォックあ、あかん……さっきの一撃で、オペランドぜんぶ持ってかれてもうた……
ハヴォックなんでジブンが狙われへんのか知らんが、今のうちに逃げるんや……
リンド言うのはカンタンだよな。あんた、自分が軽いとでも思ってんの?
ハヴォック……リンド、あたしを置いて――
リンドあんたの考えはお見通しだよ。ここで死んだら、私がブッコロしてやる。
ハヴォックゴホッ……ジブン、支離滅裂もいいとこやぞ……
リンド相手がエントロピーなら、オアシスの奴らよりよっぽど気が楽だわ。
リンド歩けるな?あたしがエントロピーどもを引き付ける!他のヤツらにも抑制剤を打ってやって!
ハヴォックったく、人使い荒すぎやっちゅーねん……
ハヴォックま、ジブンの頼みや、しゃーない。このハヴォックが一肌脱いだるで!
 リンドが片方の機械アームでハヴォックを支えたまま、二人は周囲を慎重に見渡した。
そして警戒しながら、ゆっくりと隊員のもとへと近づいてゆく。
 刹那、彼女たちの周りから美しい歌声が響いた。
すすり泣くかのような、何かを訴えるかのようなそれは、挽歌によく似ている。
エントロピーの群れ立ち去りし者、失われし物……
エントロピーの群れ祝え、歌え、心ゆくまで……
 クラゲのエントロピーたちが、歌声に合わせて体を揺らし始める。
まるで舞踏会が始まったかのように。
 周囲のエントロピー液がじわじわと波立ち、高さを帯びてくる。
舞踏会の中心にいるクラゲエントロピーたちがねじ曲がり、
変形し、もう一つの形状へと変化を遂げる――
????おいで、おいで……
????ここで、また会おう……