懸光昇変 PART.13 多重束縛

Last-modified: 2025-02-16 (日) 23:08:43

Nullエリア、オアシス第4予備通信ノード内。
リンド来たけど。
 損壊した建物の隅から、エントロピー液が内部へと滲み出している。
奥の真っ暗闇の中で、ドロメアと名乗る上位エントロピーが、静かに彼女を待っていた。
ドロメア恥ずかしがらないで、こっちへおいで。
リンド変なの。最近のエントロピーって、どいつもこいつも小賢しいんだ?
ドロメアドロメアとおまえがここにいれば、どこだって舞踏会に変わる。
ドロメア手をこっちへ、ドロメアと一緒に踊ろう。
リンド……ハナシ、噛み合ってないんだけど。はっきり言いな、私に何の用?
ドロメアせっかち……それよりも、どうして戻って来ないの?みんな、おまえのことが大好きなのに。
リンドあのさ、マトモに話せないの、あんた?戻るってどういうことさ?
ドロメア昔の、仲間……
リンド(話にならないな。だけど、このエントロピーコアを気にしてるのは確かだ)
リンド(このコアと引き換えに見逃してくれたら、ウィンウィンだ)
リンド(私の一人勝ちってヤツ!)
リンド私よりも、こっちに興味があるんだろ。
 リンドが布をずらすと、彼女の胸元にはめ込まれた、紫色の結晶が露わとなった。
生き物のように脈打つコアを中心に、紫色の脈絡が周囲へと広がる。
ドロメアアンテノーラ……!
 ドロメアがリンドに近づいて、触手でエントロピーコアにそっと触れてきた。
その瞳が懐かしさに満ち溢れてゆく。リンドはその様子に動揺さえした。
ドロメアここにいたんだ、ずっと探してたんだよ……
リンドこいつに呑まれないために、こっちは苦労したんだぞ。
リンドこれは私のモンじゃない。欲しいなら、おまえに返してやるよ。
ドロメアでももう、アンテノーラはおまえのもの……おまえの心になってる。
 ドロメアはリンドと視線を通わせた。
触手をエントロピーコアから滑らせて、リンドの首元にあるサプレッサーを指し示す。
ドロメアこんなもので、自分を閉じ込めないで。おまえの心は、きっと仲間のもとへと帰りたがってる。
ドロメアドロメアの仲間、戻っておいで……
リンドおまえが欲しいのは、このエントロピーコアだろ?なんで「仲間」にさせようとするんだ?
ドロメアだって、あの子がいつも、お前のことを話すから。きっと会いたがってるよ。
リンド!?
リンド何の話……「あの子」って誰だ!?
ドロメアせっかく用意したプレゼントを、事前に開けたらもったいないでしょ?
リンド煙に巻くしかできないの?単刀直入ってのがどんなもんか、私が教えてあげる。
 リンドは一歩後ずさり、建物の隙間から差し込む光を、その身にまとった。
リンド私はお前らの仲間になんかならない、エントロピーなんざまっぴらごめんだね。
リンドあたしは庇護者だ。「互いに支え合い、この忘れ去られた世界を生き延びようとする庇護者」
リンド私には帰る場所があって、会いたい人がいて、やるべきことがある。
 ドロメアは溜息をついて、リンドと再び距離をとった。
ドロメア説得するつもりだったけれど……残念、もう時間がないね。
 シュッ!
 触手よりも先に、空気の波がリンドに襲いかかった。
神経を張り詰めていた彼女が、瞬時に攻撃を躱す。
その場に残った触手は、機械アームに切断される。
リンドふー……いきなり暴力はよくないぞ、暴力は……あいつ、どこいった……
ドロメアドロメアはここだよ。
リンド!?
 迎撃準備もむなしく、圧倒的な速度の前にリンドはなすすべもなかった。
リンドの背後の闇から、ドロメアが音もなく姿を現す。
リンドが反応しきる前に、ドロメアの触手が彼女の腰に絡みついた。
ドロメアあの子に言われたから、できるだけ優しくするよ……それでも、すごく痛むだろうけど。
 触手がエントロピーコアに吸い付く。
リンドはコアが燃え上がるのを感じた。
それとともに訪れた凄まじい痛みが、熱と一緒に融けてゆく。
ドロメア大丈夫だよ、我慢してね、すぐに……
リンドあ、ああ……うわあああああああああ!!!
 心臓を無理やり引き剥がされるような痛みが、メンタルに充満する。
リンドは何も考えられなくなった。
ドロメアの声が、苦痛の叫び声の中に埋もれる。
ドロメアすぐに終わるから……
 ドロメアは、建物の隙間からオアシスのある方向を見つめた。
ドロメア待ってて、ドロメアにも舞踏会の席を残しておいて……
 
オアシス、G区画、サンドボックス障壁。
アントニーナさてと、障壁の基礎的な修繕はこれで完了。あとは補強を……
ソルアンナ!
アントニーナソルさん?治療もしないで、どうしたんです?それに映写まで変えて……
ソルえへへ~、どう、この戦闘服?かっこいいでしょ!
ソルいきなりだったから、ロッサムには着ていけなかったけど。ペルシカ一人に良いカッコさせらんないもんねー!
アントニーナはいはいはい、ストップ。映写はともかく、怪我は大丈夫なんですか?
ソルう……あっ、マ、マグニルダ!そっちはどう?何か手伝おうかぁ!?
アントニーナ待ちなさい!!また病棟からこっそり抜け出してきましたね!?
ソルねぇ、アンナ~、いいでしょ~!?まだ危険は去ってないんだよ!?安心して治療なんか受けてらんないよ!
ソルそれに、あたしはピンピンしてるしさ!ほ~ら、ちっとも痛くない……
ソルちょ、やめて、頭叩くのやめて!?これ貴重なオアシスの頭脳なんだからね!?
アントニーナ頭脳派を装うんだったら、自分の身の安全くらい計画に入れておきなさい!
ソルわ、わかったってば~……
ソルあっ、アンナ!スクリーンに赤いマークが増えてる!
アントニーナ本当に危険があれば警報が鳴るに決まってるでしょう、そんな言い訳が通用すると――
 ピピピッ――アントニーナの言葉を待たずして、
ソルの言葉を裏付けるかのように、着信音が鳴った。
マイア、アンナさん!大変です!大変なんです!!
アントニーナマイさん!何があったんです!?
マイサンドボックス障壁外の防衛ノードと偵察ノードが、何者かに破壊されてます!!
アントニーナそんな馬鹿な……!?
 アントニーナは端末を見た。
G区画の障壁に沿うように設置された防衛ノードが、
次々と赤く点ったかと思うと、すぐに沈黙した。
ソルだから言ったじゃん……
アントニーナまさか本当だったとは……極めて危険な敵がオアシスに接近しています!ペルシカに報告を!
マイもうしてます!!
ソルあたし、障壁の外でマグニルダ小隊に加勢してくる!
アントニーナソルさん!
 アントニーナは剣を手にしたソルを呼び止め、
何かを言いかけたが、結局は言葉を呑み込んだ。
アントニーナ……通信を維持していてください。
ソルりょーかい!
 
オアシス、G区画、サンドボックス障壁の外。
マグニルダ今のうちに装備を整えろ、次の攻撃に備えるぞ!!
マグニルダおかしい、さっきまでリーダーを失って大混乱だったのが、なぜこうも一斉に……偵察ノードからの情報はないのか?
マイあ、ありません。どれも情報を送り返す前に、壊されてます……
ホライズン敵は2時の方向から近づいてるみたい……まだ生きてるノードを補強しとく、せめて敵の様子を確かめなきゃ。
ホライズンきっと上位エントロピーが来てるんだ。マイ、そっちで何か情報があったら教えてね。
マイわかりました!
マイあっ、ペルシカさんからの通信です!
ペルシカ状況は把握しました、これまで以上に強力な敵が近づいているようですね。
ペルシカそちらに増援を向かわせます。あなた方はオアシスへと撤退し、障壁内で防衛に当たってください。
マグニルダだけど、防衛ノードをあきらめちまっていいのかい?
ペルシカ敵がノードを破壊する速度からみて、防衛ノードを拠点に戦うのは極めて困難です。
ペルシカ相手はかなりの速度で接近しています、速やかに障壁内へと撤退してください。
マグニルダチッ……わかった、すぐにメンバーに知らせる。
マイ待って下さい!第3偵察ノードから映像が送られてきました!今、つなぎます……
 画面にひとしきり砂嵐が走った後で、Nullエリアの様子が映し出された。
だが映像の中は、何も起きていないかのように、静かなものだった。
マイあ、あれ?さっきは確かに……やっぱり、壊れちゃったのかな……
????この腐朽した愛を、ようやく訪れる運命をうけとって……
????定められたリズムにあわせ、至高の舞いを捧げるの……
 映像に変化はない。それなのに、鈴を転がすような歌声が画面から響いた。
マイヒィィッ……ま、またこの声……怖いですぅぅ……
ペルシカこの歌声は……先ほどよりも、ずっと鮮明に聞こえる……
ホライズンペルシカ!第1偵察ノードからも映像がきてるー!
ホライズン……待って、第2、第4通信ノードからも……どういうこと、壊れたんじゃなかったの……!?
ペルシカノードへのハッキングです!!転送を中止してください!!
ホライズンちゅ、中止できないよ……!
 無数の偵察ノードから、先ほどとまったく同じ映像が転送されてくる。
一斉に響く歌声が、舞踏会開幕の序曲を奏でた。
????おいで!おいで!ともに歌おう!
????おいで!おいで!ともに踊ろう!
 偵察ノードの画面が、徐々に紫色に染まってゆく。
ペルシカ偵察ノードとの接続を強制切断してください!!
ホライズンや、やってみる!
 アクセスが強制的に切断されることで、合唱が独唱へと変わる。
やがてスクリーン上には、第3偵察ノードの静かな画面だけが残った。
 ザーー……
 ふいに画面が点滅し、紫色の液体が画面の端から滲み出した。
それが見覚えのある形状を象る。
ペルシカこれは……クラゲエントロピー?
一匹、二匹……そんな、この数は……
 気づけば、クラゲエントロピーの大群が偵察ノードに群がっていた。
その中心から、とある人物の姿が少しずつ浮かび上がる。
 彼女は軽やかなステップを踏み、くるくると回って、すらりとした手足を伸ばした。
踊りながら歌っているようだ。
 ふと、クラゲエントロピーのしぐさに気付いて、彼女が優しく浮き袋に触れる。
????あっ、一つ漏らしてた。
教えてくれてありがとう、いい子ね。
????でも大丈夫、舞踏会の招待状だと思えば。
これでもっと、舞踏会が華やかになるはず。
????ふふふ、タルタロスとは違った舞踏会……
 口調は柔らかだが、彼女の視線がカメラに向けられた瞬間、
それを見ていたホライズンたちの稼働効率が無意識に上がり、
画面に映るその姿から目を逸らせなくなった。
????さぁ、舞踏会を始めよう。
 画面が漆黒の闇に包まれ、第3偵察ノードを表わすマークが色を失った。
それと同時に、遠くから微かな震動が伝わってくる。
ホライズンエントロピーの群れが、すごいスピードで近づいてきてるー!!
ペルシカ今すぐ撤退してください!マグニルダ小隊はホライズン小隊を掩護しつつ後退!アントニーナさんが対応します!
マグニルダわ、わかった!増援はまだか!?
ソルお待たせ!
 見慣れた金髪の人物が、彼女たちの傍へと駆けつけた。
ペルシカソルさん!?あなたは治療をしていたはずじゃ……
ソルこんな時に何言ってんの!増援部隊の指揮はあたしに任せてよ!こんだけハデな戦い、逃してたまるかっての!
ペルシカハァ……仕方ありませんね、よろしく頼みます。
状況が不利だとわかれば、すぐに撤退してくださいね。
防衛線に固執する必要はありません。
ソルわかってるって!