Nullエリア、オアシス第4予備通信ノード内。 | |||
リンド | 来たけど。 | ||
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損壊した建物の隅から、エントロピー液が内部へと滲み出している。 奥の真っ暗闇の中で、ドロメアと名乗る上位エントロピーが、静かに彼女を待っていた。 | |||
ドロメア | 恥ずかしがらないで、こっちへおいで。 | ||
リンド | 変なの。最近のエントロピーって、どいつもこいつも小賢しいんだ? | ||
ドロメア | ドロメアとおまえがここにいれば、どこだって舞踏会に変わる。 | ||
ドロメア | 手をこっちへ、ドロメアと一緒に踊ろう。 | ||
リンド | ……ハナシ、噛み合ってないんだけど。はっきり言いな、私に何の用? | ||
ドロメア | せっかち……それよりも、どうして戻って来ないの?みんな、おまえのことが大好きなのに。 | ||
リンド | あのさ、マトモに話せないの、あんた?戻るってどういうことさ? | ||
ドロメア | 昔の、仲間…… | ||
リンド | (話にならないな。だけど、このエントロピーコアを気にしてるのは確かだ) | ||
リンド | (このコアと引き換えに見逃してくれたら、ウィンウィンだ) | ||
リンド | (私の一人勝ちってヤツ!) | ||
リンド | 私よりも、こっちに興味があるんだろ。 | ||
リンドが布をずらすと、彼女の胸元にはめ込まれた、紫色の結晶が露わとなった。 生き物のように脈打つコアを中心に、紫色の脈絡が周囲へと広がる。 | |||
ドロメア | アンテノーラ……! | ||
ドロメアがリンドに近づいて、触手でエントロピーコアにそっと触れてきた。 その瞳が懐かしさに満ち溢れてゆく。リンドはその様子に動揺さえした。 | |||
ドロメア | ここにいたんだ、ずっと探してたんだよ…… | ||
リンド | こいつに呑まれないために、こっちは苦労したんだぞ。 | ||
リンド | これは私のモンじゃない。欲しいなら、おまえに返してやるよ。 | ||
ドロメア | でももう、アンテノーラはおまえのもの……おまえの心になってる。 | ||
ドロメアはリンドと視線を通わせた。 触手をエントロピーコアから滑らせて、リンドの首元にあるサプレッサーを指し示す。 | |||
ドロメア | こんなもので、自分を閉じ込めないで。おまえの心は、きっと仲間のもとへと帰りたがってる。 | ||
ドロメア | ドロメアの仲間、戻っておいで…… | ||
リンド | おまえが欲しいのは、このエントロピーコアだろ?なんで「仲間」にさせようとするんだ? | ||
ドロメア | だって、あの子がいつも、お前のことを話すから。きっと会いたがってるよ。 | ||
リンド | !? | ||
リンド | 何の話……「あの子」って誰だ!? | ||
ドロメア | せっかく用意したプレゼントを、事前に開けたらもったいないでしょ? | ||
リンド | 煙に巻くしかできないの?単刀直入ってのがどんなもんか、私が教えてあげる。 | ||
リンドは一歩後ずさり、建物の隙間から差し込む光を、その身にまとった。 | |||
リンド | 私はお前らの仲間になんかならない、エントロピーなんざまっぴらごめんだね。 | ||
リンド | あたしは庇護者だ。「互いに支え合い、この忘れ去られた世界を生き延びようとする庇護者」 | ||
リンド | 私には帰る場所があって、会いたい人がいて、やるべきことがある。 | ||
ドロメアは溜息をついて、リンドと再び距離をとった。 | |||
ドロメア | 説得するつもりだったけれど……残念、もう時間がないね。 | ||
シュッ! | |||
触手よりも先に、空気の波がリンドに襲いかかった。 神経を張り詰めていた彼女が、瞬時に攻撃を躱す。 その場に残った触手は、機械アームに切断される。 | |||
リンド | ふー……いきなり暴力はよくないぞ、暴力は……あいつ、どこいった…… | ||
ドロメア | ドロメアはここだよ。 | ||
リンド | !? | ||
迎撃準備もむなしく、圧倒的な速度の前にリンドはなすすべもなかった。 リンドの背後の闇から、ドロメアが音もなく姿を現す。 リンドが反応しきる前に、ドロメアの触手が彼女の腰に絡みついた。 | |||
ドロメア | あの子に言われたから、できるだけ優しくするよ……それでも、すごく痛むだろうけど。 | ||
触手がエントロピーコアに吸い付く。 リンドはコアが燃え上がるのを感じた。 それとともに訪れた凄まじい痛みが、熱と一緒に融けてゆく。 | |||
ドロメア | 大丈夫だよ、我慢してね、すぐに…… | ||
リンド | あ、ああ……うわあああああああああ!!! | ||
心臓を無理やり引き剥がされるような痛みが、メンタルに充満する。 リンドは何も考えられなくなった。 ドロメアの声が、苦痛の叫び声の中に埋もれる。 | |||
ドロメア | すぐに終わるから…… | ||
ドロメアは、建物の隙間からオアシスのある方向を見つめた。 | |||
ドロメア | 待ってて、ドロメアにも舞踏会の席を残しておいて…… | ||
オアシス、G区画、サンドボックス障壁。 | |||
アントニーナ | さてと、障壁の基礎的な修繕はこれで完了。あとは補強を…… | ||
ソル | アンナ! | ||
アントニーナ | ソルさん?治療もしないで、どうしたんです?それに映写まで変えて…… | ||
ソル | えへへ~、どう、この戦闘服?かっこいいでしょ! | ||
ソル | いきなりだったから、ロッサムには着ていけなかったけど。ペルシカ一人に良いカッコさせらんないもんねー! | ||
アントニーナ | はいはいはい、ストップ。映写はともかく、怪我は大丈夫なんですか? | ||
ソル | う……あっ、マ、マグニルダ!そっちはどう?何か手伝おうかぁ!? | ||
アントニーナ | 待ちなさい!!また病棟からこっそり抜け出してきましたね!? | ||
ソル | ねぇ、アンナ~、いいでしょ~!?まだ危険は去ってないんだよ!?安心して治療なんか受けてらんないよ! | ||
ソル | それに、あたしはピンピンしてるしさ!ほ~ら、ちっとも痛くない…… | ||
ソル | ちょ、やめて、頭叩くのやめて!?これ貴重なオアシスの頭脳なんだからね!? | ||
アントニーナ | 頭脳派を装うんだったら、自分の身の安全くらい計画に入れておきなさい! | ||
ソル | わ、わかったってば~…… | ||
ソル | あっ、アンナ!スクリーンに赤いマークが増えてる! | ||
アントニーナ | 本当に危険があれば警報が鳴るに決まってるでしょう、そんな言い訳が通用すると―― | ||
ピピピッ――アントニーナの言葉を待たずして、 ソルの言葉を裏付けるかのように、着信音が鳴った。 | |||
マイ | ア、アンナさん!大変です!大変なんです!! | ||
アントニーナ | マイさん!何があったんです!? | ||
マイ | サンドボックス障壁外の防衛ノードと偵察ノードが、何者かに破壊されてます!! | ||
アントニーナ | そんな馬鹿な……!? | ||
アントニーナは端末を見た。 G区画の障壁に沿うように設置された防衛ノードが、 次々と赤く点ったかと思うと、すぐに沈黙した。 | |||
ソル | だから言ったじゃん…… | ||
アントニーナ | まさか本当だったとは……極めて危険な敵がオアシスに接近しています!ペルシカに報告を! | ||
マイ | もうしてます!! | ||
ソル | あたし、障壁の外でマグニルダ小隊に加勢してくる! | ||
アントニーナ | ソルさん! | ||
アントニーナは剣を手にしたソルを呼び止め、 何かを言いかけたが、結局は言葉を呑み込んだ。 | |||
アントニーナ | ……通信を維持していてください。 | ||
ソル | りょーかい! | ||
オアシス、G区画、サンドボックス障壁の外。 | |||
マグニルダ | 今のうちに装備を整えろ、次の攻撃に備えるぞ!! | ||
マグニルダ | おかしい、さっきまでリーダーを失って大混乱だったのが、なぜこうも一斉に……偵察ノードからの情報はないのか? | ||
マイ | あ、ありません。どれも情報を送り返す前に、壊されてます…… | ||
ホライズン | 敵は2時の方向から近づいてるみたい……まだ生きてるノードを補強しとく、せめて敵の様子を確かめなきゃ。 | ||
ホライズン | きっと上位エントロピーが来てるんだ。マイ、そっちで何か情報があったら教えてね。 | ||
マイ | わかりました! | ||
マイ | あっ、ペルシカさんからの通信です! | ||
ペルシカ | 状況は把握しました、これまで以上に強力な敵が近づいているようですね。 | ||
ペルシカ | そちらに増援を向かわせます。あなた方はオアシスへと撤退し、障壁内で防衛に当たってください。 | ||
マグニルダ | だけど、防衛ノードをあきらめちまっていいのかい? | ||
ペルシカ | 敵がノードを破壊する速度からみて、防衛ノードを拠点に戦うのは極めて困難です。 | ||
ペルシカ | 相手はかなりの速度で接近しています、速やかに障壁内へと撤退してください。 | ||
マグニルダ | チッ……わかった、すぐにメンバーに知らせる。 | ||
マイ | 待って下さい!第3偵察ノードから映像が送られてきました!今、つなぎます…… | ||
画面にひとしきり砂嵐が走った後で、Nullエリアの様子が映し出された。 だが映像の中は、何も起きていないかのように、静かなものだった。 | |||
マイ | あ、あれ?さっきは確かに……やっぱり、壊れちゃったのかな…… | ||
???? | この腐朽した愛を、ようやく訪れる運命をうけとって…… | ||
???? | 定められたリズムにあわせ、至高の舞いを捧げるの…… | ||
映像に変化はない。それなのに、鈴を転がすような歌声が画面から響いた。 | |||
マイ | ヒィィッ……ま、またこの声……怖いですぅぅ…… | ||
ペルシカ | この歌声は……先ほどよりも、ずっと鮮明に聞こえる…… | ||
ホライズン | ペルシカ!第1偵察ノードからも映像がきてるー! | ||
ホライズン | ……待って、第2、第4通信ノードからも……どういうこと、壊れたんじゃなかったの……!? | ||
ペルシカ | ノードへのハッキングです!!転送を中止してください!! | ||
ホライズン | ちゅ、中止できないよ……! | ||
無数の偵察ノードから、先ほどとまったく同じ映像が転送されてくる。 一斉に響く歌声が、舞踏会開幕の序曲を奏でた。 | |||
???? | おいで!おいで!ともに歌おう! | ||
???? | おいで!おいで!ともに踊ろう! | ||
偵察ノードの画面が、徐々に紫色に染まってゆく。 | |||
ペルシカ | 偵察ノードとの接続を強制切断してください!! | ||
ホライズン | や、やってみる! | ||
アクセスが強制的に切断されることで、合唱が独唱へと変わる。 やがてスクリーン上には、第3偵察ノードの静かな画面だけが残った。 | |||
ザーー…… | |||
ふいに画面が点滅し、紫色の液体が画面の端から滲み出した。 それが見覚えのある形状を象る。 | |||
ペルシカ | これは……クラゲエントロピー? 一匹、二匹……そんな、この数は…… | ||
気づけば、クラゲエントロピーの大群が偵察ノードに群がっていた。 その中心から、とある人物の姿が少しずつ浮かび上がる。 | |||
彼女は軽やかなステップを踏み、くるくると回って、すらりとした手足を伸ばした。 踊りながら歌っているようだ。 | |||
ふと、クラゲエントロピーのしぐさに気付いて、彼女が優しく浮き袋に触れる。 | |||
???? | あっ、一つ漏らしてた。 教えてくれてありがとう、いい子ね。 | ||
???? | でも大丈夫、舞踏会の招待状だと思えば。 これでもっと、舞踏会が華やかになるはず。 | ||
???? | ふふふ、タルタロスとは違った舞踏会…… | ||
口調は柔らかだが、彼女の視線がカメラに向けられた瞬間、 それを見ていたホライズンたちの稼働効率が無意識に上がり、 画面に映るその姿から目を逸らせなくなった。 | |||
???? | さぁ、舞踏会を始めよう。 | ||
画面が漆黒の闇に包まれ、第3偵察ノードを表わすマークが色を失った。 それと同時に、遠くから微かな震動が伝わってくる。 | |||
ホライズン | エントロピーの群れが、すごいスピードで近づいてきてるー!! | ||
ペルシカ | 今すぐ撤退してください!マグニルダ小隊はホライズン小隊を掩護しつつ後退!アントニーナさんが対応します! | ||
マグニルダ | わ、わかった!増援はまだか!? | ||
ソル | お待たせ! | ||
見慣れた金髪の人物が、彼女たちの傍へと駆けつけた。 | |||
ペルシカ | ソルさん!?あなたは治療をしていたはずじゃ…… | ||
ソル | こんな時に何言ってんの!増援部隊の指揮はあたしに任せてよ!こんだけハデな戦い、逃してたまるかっての! | ||
ペルシカ | ハァ……仕方ありませんね、よろしく頼みます。 状況が不利だとわかれば、すぐに撤退してくださいね。 防衛線に固執する必要はありません。 | ||
ソル | わかってるって! |