懸光昇変 PART.14 中盤の危機

Last-modified: 2025-02-16 (日) 23:09:50

オアシス、F区画。
 応戦しつつ、戦場の端へと撤退するマグニルダ小隊は、
流れ弾を避けた後で、砲台のある建物を見つめた。
マグニルダもうすぐF区画の戦闘小隊と合流できる!マイ、追ってきてるクラゲは何体だ!?
マイた、たぶん、全体の四分の一がこっちに来てます!
マグニルダあっはは!オペランド入りの気球誘導は相変わらず有効だったな!さすがだね、マイ!
マイえへへ、エントロピーも気象観測の魅力には抗えなかったってわけですね!
マグニルダ予定通り、爆弾のある建物までクラゲをおびき寄せたよ!オクトーゲンに連絡して、木っ端微塵にしてやれ!
マイ今、連絡してます!でも本当に、砲台を壊しちゃっていいのかな……
オクトーゲン当然だ!Boom!
マイきゃあっ!
オクトーゲン感染されるくらいなら、エントロピーもろとも吹き飛ばしたほうが良いに決まってる!
マイオクトーゲンさんは、ただ爆破したいだけでしょー……
オクトーゲンははははは!ま、そういった理由もなくはないがな!
 マグニルダとオクトーゲンの小隊が合流すると、F区画から爆発音が立て続けに鳴った。
クラゲエントロピーが次々と火炎に呑まれてゆく。
 
オアシス、G区画第二防衛線、臨時司令部。
マグニルダこちらF区画、計画は順調だよ!ホライズンの担当してるH区画同様、30分以内に任務達成できそうだ。
マグニルダだけど、クラゲはこれだけじゃない。もうじき、あの上位エントロピーがG区画に侵入してくる。ペルシカ、どうするつもりだい?
ペルシカご安心ください。G区画には私とソルさん、アントニーナさんがいます。防衛線を利用して、できるだけ上位エントロピーを足止めします。
ペルシカ各エリアのクラゲエントロピーを倒したら、速やかに支援に戻ってください。私たちだけでは不利です。
マグニルダわかった、こっちのクラゲはまかせときな!
アントニーナ事前にこれだけ準備をしていたとは、驚きました。
ペルシカクラゲエントロピーが二匹だけでないことは、予想していましたから。さすがに、ここまで多いとは思いませんでしたが……
ペルシカこの計画なら、クラゲエントロピーを殲滅することは可能です。けれどもし、敵が無限に繁殖できたとしたら……
アントニーナこのクラウド上では、何をするにもオペランドが必要になります。
アントニーナオペランドを吸収するチャンスを与えない限り、奴らに増殖は難しいでしょう。
ペルシカそうであることを願います。ソルさん、そちらの様子は?
ソルマグニルダたちが敵を分担してくれたおかげで、こっちはなんとかなってる!
ソルあの薄ら笑いの上位エントロピーは、まだ入って来てないみたいだけど……
アントニーナ遅ければ遅いほど、こちらには有利ですが、妙ですね。とっくに第二防衛線に来ていてもおかしくないのに……
ペルシカ嫌な予感がします……アントニーナさん、サンドボックス障壁の状況は?
アントニーナ具体的な状況はわかりませんね。先ほどのようなハッキングを防ぐためにも、G区画の障壁はすでにオフラインにしてあります。
アントニーナ取り巻きを失ったことで、障壁の防衛機能にやられたか、あるいは……
ソルペルシカ、アンナ!見て!
 遠くの地平線が、だんだんと紫色に呑まれてゆく。
その色が迫って来た時、皆はようやくその正体を知った。
アントニーナクラゲ、エントロピー……
 おびただしいまでの紫色の生物。
それらが寄り集まった様子が、紫色の海に見えていたのだ。
ペルシカなんてこと……
アントニーナおそらく、下位エントロピーをクラゲに変えたのでしょう。これだけのオペランドが、Nullエリアのどこに……
 皆が反応する前に鳴った警報音が、彼女たちをまたしても深い谷底へと突き落とした。
アントニーナ……まずいです、F区画とH区画のサンドボックス障壁が、攻撃を受けてる!
 アントニーナは過去の映像記録を取りだした。そこにはG区画の障壁の裂け目から、
隣接するF区画、H区画へと這ってゆく下位エントロピーの姿があった。
障壁のオペランドを脈々と吸収し続けるエントロピーたちは膨張し、やがて破裂した。
サンドボックス障壁にこびりついた、紫色の液体だけを残して。
 ゴポッ……
 しばらくすると、エントロピー液が蠢きだし、
そこからクラゲエントロピーが次々と生まれた。
 ソルは戦闘エージェントを率いて、敵に突撃していった。
だが、果てしなく続く敵の群れ、それも無限に再生し続けるクラゲエントロピーを前に、
誰もがその希望の儚さを知っていた。
 クラゲエントロピーの群れの先に、上位エントロピーの姿が見える。
紫色の海によって、じわじわと視界が埋め尽くされてゆく。
オアシス全体を囲みこむほどの勢いだ。
ペルシカどうして……もう、誰も死なせたくないのに……
 スクリーン上のマップを見つめたまま、ペルシカがそう呟いた。
 だが、このデッドエンドから逃れる方法など、存在しないようだった。
 
浄化者No.05哨戒タワー。
 私は白い駒を撫でながら、次の一手を決められずにいた。
 流れはこちら側にある、黒のビショップは私のものも同然だ。
けれど、ユーカリストの言葉に惑わされてはいけない――理性がそう囁いていた。
 それにしても……劣勢を強いられていながら、この余裕とは。
ユーカリストの目的は一体なんなの?
ユーカリストま~だ考えておるのかえ?
うきゃきゃきゃ、キモチは理解できるがのぉ。
ユーカリストじゃが、時間は待ってはくれんぞい。
 ユーカリストはチェスクロックを小突いた。
時計からは「カチコチ」と音がする。
小刻みに動く白い針が、私の時間が足りないことを告げている。
{教授}なにか急いでるの?
ユーカリストはて、急いでおるのはどちらでおじゃ?
まろはただ、親切に教えてやっただけでおじゃるぞ。
 ユーカリストが余裕でいられる理由はわからない。
私はしばし考えた後、白のナイトで黒のビショップを取った。
ユーカリストおやおや、何を急いておる。
ひどい駒でおじゃ。
ユーカリストゲームの外にウツツをぬかし、ゲームそのものを疎かにするとは。
 ユーカリストは黒のビショップを動かし、白のナイトを取った。
黒い駒に囲まれていた私は、ようやく違和感に気づいた。
ユーカリストくふふふ……思ったよりもニブチンじゃのぉ、教授。
今さら気づいたところで、後の祭りでおじゃる。
 黒のビショップに触れたとたん、白い駒は徐々に腐蝕し始め、
どろどろに融けて、紫色のエントロピー液に変わった。
液体はボードの上から床へと滴り落ちる。
 何らかのシグナルを感じ取ったかのように、
開豁とした空間に透き通るような歌声が響き渡った。
それは徐々に激しさを増す。
????おいで!おいで!ともに歌おう!
????おいで!おいで!ともに踊ろう!
 歌声が鳴り響くと同時に、下位エントロピーたちが次々と融けて、
エントロピー液へと成り果てた。
続いて、無数のクラゲの形をしたエントロピーが、その中から現れる。
{教授}ユーカリスト、あなた、オアシスに何を差し向けたの……?
ユーカリストうきゃきゃきゃ、はてのぉ?
どうやら、舞踏会は始まったようじゃな。
 室内のクラゲエントロピーたちが、踊るようにして体を揺らした。
{教授}……まったく、見事な反撃だわ。
ユーカリストいやはや、面映(おもは)ゆうおじゃる。
これで教授の逃げ道は断たれてしまったわい、まこと残念でおじゃるの。
 この先の駒はすべて相手に取られてしまう、もはや白い駒を動かせる余地はない。
ユーカリストさてと、教授。どうするつもりかえ?
(選択)1.あなたが駒を見捨てられるなら、こちらも勝利のための犠牲は厭わない。A
2.命がかかってるんだし、最後まで抗うわ。B
Aユーカリスト教授、わかっておろうな?
駒を犠牲にすれば、そちの命に関わるぞい。
C
Bユーカリストほう。そこまで申すのなら、お望み通りに。C
C ユーカリストが足を揺らすと、エントロピー液が私のふくらはぎを伝い、
ほんの少し這い上がった。
 軽度の感染による眩暈をこらえつつ、私は白い駒を持ち上げた。
{教授}撤退よ。
 
オアシス、G区画第二防衛線、臨時司令部。
ソルエントロピーどもが、また押し寄せてきた!
 前線での戦いが、通信画面を通してスクリーン上に映し出される。
エージェントたちの叫び声は、勇気と決意、そして苦痛に満ちていた。
彼らは傷を負って倒れては、何度も立ち上がった。
ペルシカ敵陣へは深入りせずに、後方へ撤退!医療小隊は怪我人への対処を!
アントニーナペルシカさん。こんなやり方では、なんの解決にもなりません!
アントニーナ敵の進攻は想像以上に速い。事前に設置した爆弾で、ある程度は殲滅できましたが、障壁のオペランドを吸収して、奴らは再生し続けている。
アントニーナこのまま撤退を繰り返せば、敵に完全に包囲されてしまいます。
ペルシカあなたも見たでしょう!?ここで反撃したところで、エントロピーの群れは突破できないし、あの上位にも攻撃は届かない。
ペルシカこんな状況で突撃させるのは、仲間を殺すも同然なんですよ!!
アントニーナわかっています……ですが、他に方法は……
ペルシカあるわ。
 ペルシカの言葉は軽やかだったが、語気は極めて落ち着いていた。
ペルシカ焦土作戦。
アントニーナ……オアシスをあきらめる気ですか?
ペルシカエニグマへの撤退ルートは、すでに確保してあります。ノイマンさんが私たちを受け入れてくれる。あそこの被害は少ないですし、万が一敵が追ってきたとしても、近くには浄化者の部隊が控えています。
ペルシカあそこにたどり着ければ、命だけは助かる……
アントニーナその代わり、オアシスは消滅する……
ペルシカ……ごめんなさい、教授と約束したのに……
 ペルシカは負傷者たちを見た。
数が多すぎるせいで、臨時司令部はもはや病室と化している。
敵の凄まじい進攻により、この医療拠点もすぐに転移を余儀なくされるだろう。
 重傷のエージェントが、こらえきれずにうめき声と悲鳴を上げた。
臨時司令部の狭い空間が苦痛に埋もれる。
医療エージェントたちが、治療の難しい患者を仕方なく休眠モードへと移す。
ペルシカですが、もう他に道はありません。オアシスはここじゃない。仲間のいる場所が、私たちのオアシスなんです。
アントニーナオアシスが失われたら、これだけの人数を連れて、どこへ行けと言うんです?エニグマに居候するわけにはいかないでしょう。
ペルシカわかりません。でも少なくとも、この危機は乗り越えられる……!
ソルペルシカ!落ち着きなって!
ペルシカソルさん?ど、どうして……
 前線で奮闘しているはずの人物が目の前に現れて、ペルシカは呆然とした。
ソル通信、切り忘れてたよ――いや、だからこそなんだけど。
ソル現地からの報告が必要じゃないかと思ってさ。それと、ほんの少しの自信も。
 ソルは体についた血を拭うと、ペルシカの手を強く握りしめた。
ペルシカえっ……
ソルほら、あたしはここにいるでしょ?それに元気いっぱいだし!
ソルまだ多くは犠牲になってない、あきらめるのは早いよ。もうしばらくは持ちこたえられる。
ペルシカいけません……ここで力を使い果たしてしまっては……
ソル今までだって、力を使い果たしたことは何度もあった。それでもあたしたちは、こうして乗り越えてこれた。
 ソルの手のひらの温度を感じる。
ペルシカは、温かな力が自身の体へと流れ込んでいる気がした。
ソルだから、他に方法はないか、今のうちに考えて。あたしが時間を稼いであげる。
ペルシカだけど、皆さんの、皆さんの命がかかって……
ソル安心しなって。本当にダメだと思ったら、さすがのあたしでも諦めるよ。でも、それは今じゃない。
アントニーナ私もソルさんに賛成です。それに……認めたくはありませんが、{教授}の奴が、何かしらの転機をもたらすかもしれませんし。
ペルシカ……わかりました。
 ペルシカは臨時司令部へとにじり寄るエントロピーの群れを見た。
ペルシカあなた方の言うように、まだ抗える余地が残っているかもしれません。
ペルシカですが、最後の退路が断たれてしまう前に、必ず撤退すると約束してください。
ソルわかってる!あたしにまかせてよ!
 
浄化者No.05哨戒タワー。
ユーカリストあふ……
ユーカリストシーソーゲームは、まっこと退屈でおじゃるのぉ。
さっさと降参すればよいものを。
{教授}時間稼ぎはもういいの?
ユーカリスト圧倒的な実力があれば、そんなものは不要でおじゃ。
ユーカリストん~?その表情、まだなにか切り札を隠しておるな?
{教授}自分が決めたルールくらい、覚えてたらどう?
{教授}あなたの駒を取ってから、私はまだ外界に連絡してない。
ユーカリストたかが文の一通や二通で、戦局が覆せると本気で思うとるのか?
……まぁよい。
 ユーカリストは片方の眉を吊り上げながら、余裕の表情で私を見た。
ユーカリストどれ、最後のあがきとやらを見てやろう。
そちの好きにせい。