オアシス、F区画。 | |||
応戦しつつ、戦場の端へと撤退するマグニルダ小隊は、 流れ弾を避けた後で、砲台のある建物を見つめた。 | |||
マグニルダ | もうすぐF区画の戦闘小隊と合流できる!マイ、追ってきてるクラゲは何体だ!? | ||
マイ | た、たぶん、全体の四分の一がこっちに来てます! | ||
マグニルダ | あっはは!オペランド入りの気球誘導は相変わらず有効だったな!さすがだね、マイ! | ||
マイ | えへへ、エントロピーも気象観測の魅力には抗えなかったってわけですね! | ||
マグニルダ | 予定通り、爆弾のある建物までクラゲをおびき寄せたよ!オクトーゲンに連絡して、木っ端微塵にしてやれ! | ||
マイ | 今、連絡してます!でも本当に、砲台を壊しちゃっていいのかな…… | ||
オクトーゲン | 当然だ!Boom! | ||
マイ | きゃあっ! | ||
オクトーゲン | 感染されるくらいなら、エントロピーもろとも吹き飛ばしたほうが良いに決まってる! | ||
マイ | オクトーゲンさんは、ただ爆破したいだけでしょー…… | ||
オクトーゲン | ははははは!ま、そういった理由もなくはないがな! | ||
マグニルダとオクトーゲンの小隊が合流すると、F区画から爆発音が立て続けに鳴った。 クラゲエントロピーが次々と火炎に呑まれてゆく。 | |||
オアシス、G区画第二防衛線、臨時司令部。 | |||
マグニルダ | こちらF区画、計画は順調だよ!ホライズンの担当してるH区画同様、30分以内に任務達成できそうだ。 | ||
マグニルダ | だけど、クラゲはこれだけじゃない。もうじき、あの上位エントロピーがG区画に侵入してくる。ペルシカ、どうするつもりだい? | ||
ペルシカ | ご安心ください。G区画には私とソルさん、アントニーナさんがいます。防衛線を利用して、できるだけ上位エントロピーを足止めします。 | ||
ペルシカ | 各エリアのクラゲエントロピーを倒したら、速やかに支援に戻ってください。私たちだけでは不利です。 | ||
マグニルダ | わかった、こっちのクラゲはまかせときな! | ||
アントニーナ | 事前にこれだけ準備をしていたとは、驚きました。 | ||
ペルシカ | クラゲエントロピーが二匹だけでないことは、予想していましたから。さすがに、ここまで多いとは思いませんでしたが…… | ||
ペルシカ | この計画なら、クラゲエントロピーを殲滅することは可能です。けれどもし、敵が無限に繁殖できたとしたら…… | ||
アントニーナ | このクラウド上では、何をするにもオペランドが必要になります。 | ||
アントニーナ | オペランドを吸収するチャンスを与えない限り、奴らに増殖は難しいでしょう。 | ||
ペルシカ | そうであることを願います。ソルさん、そちらの様子は? | ||
ソル | マグニルダたちが敵を分担してくれたおかげで、こっちはなんとかなってる! | ||
ソル | あの薄ら笑いの上位エントロピーは、まだ入って来てないみたいだけど…… | ||
アントニーナ | 遅ければ遅いほど、こちらには有利ですが、妙ですね。とっくに第二防衛線に来ていてもおかしくないのに…… | ||
ペルシカ | 嫌な予感がします……アントニーナさん、サンドボックス障壁の状況は? | ||
アントニーナ | 具体的な状況はわかりませんね。先ほどのようなハッキングを防ぐためにも、G区画の障壁はすでにオフラインにしてあります。 | ||
アントニーナ | 取り巻きを失ったことで、障壁の防衛機能にやられたか、あるいは…… | ||
ソル | ペルシカ、アンナ!見て! | ||
遠くの地平線が、だんだんと紫色に呑まれてゆく。 その色が迫って来た時、皆はようやくその正体を知った。 | |||
アントニーナ | クラゲ、エントロピー…… | ||
おびただしいまでの紫色の生物。 それらが寄り集まった様子が、紫色の海に見えていたのだ。 | |||
ペルシカ | なんてこと…… | ||
アントニーナ | おそらく、下位エントロピーをクラゲに変えたのでしょう。これだけのオペランドが、Nullエリアのどこに…… | ||
皆が反応する前に鳴った警報音が、彼女たちをまたしても深い谷底へと突き落とした。 | |||
アントニーナ | ……まずいです、F区画とH区画のサンドボックス障壁が、攻撃を受けてる! | ||
アントニーナは過去の映像記録を取りだした。そこにはG区画の障壁の裂け目から、 隣接するF区画、H区画へと這ってゆく下位エントロピーの姿があった。 障壁のオペランドを脈々と吸収し続けるエントロピーたちは膨張し、やがて破裂した。 サンドボックス障壁にこびりついた、紫色の液体だけを残して。 | |||
ゴポッ…… | |||
しばらくすると、エントロピー液が蠢きだし、 そこからクラゲエントロピーが次々と生まれた。 | |||
ソルは戦闘エージェントを率いて、敵に突撃していった。 だが、果てしなく続く敵の群れ、それも無限に再生し続けるクラゲエントロピーを前に、 誰もがその希望の儚さを知っていた。 | |||
クラゲエントロピーの群れの先に、上位エントロピーの姿が見える。 紫色の海によって、じわじわと視界が埋め尽くされてゆく。 オアシス全体を囲みこむほどの勢いだ。 | |||
ペルシカ | どうして……もう、誰も死なせたくないのに…… | ||
スクリーン上のマップを見つめたまま、ペルシカがそう呟いた。 | |||
だが、このデッドエンドから逃れる方法など、存在しないようだった。 | |||
浄化者No.05哨戒タワー。 | |||
私は白い駒を撫でながら、次の一手を決められずにいた。 | |||
流れはこちら側にある、黒のビショップは私のものも同然だ。 けれど、ユーカリストの言葉に惑わされてはいけない――理性がそう囁いていた。 | |||
それにしても……劣勢を強いられていながら、この余裕とは。 ユーカリストの目的は一体なんなの? | |||
ユーカリスト | ま~だ考えておるのかえ? うきゃきゃきゃ、キモチは理解できるがのぉ。 | ||
ユーカリスト | じゃが、時間は待ってはくれんぞい。 | ||
ユーカリストはチェスクロックを小突いた。 時計からは「カチコチ」と音がする。 小刻みに動く白い針が、私の時間が足りないことを告げている。 | |||
{教授} | なにか急いでるの? | ||
ユーカリスト | はて、急いでおるのはどちらでおじゃ? まろはただ、親切に教えてやっただけでおじゃるぞ。 | ||
ユーカリストが余裕でいられる理由はわからない。 私はしばし考えた後、白のナイトで黒のビショップを取った。 | |||
ユーカリスト | おやおや、何を急いておる。 ひどい駒でおじゃ。 | ||
ユーカリスト | ゲームの外にウツツをぬかし、ゲームそのものを疎かにするとは。 | ||
ユーカリストは黒のビショップを動かし、白のナイトを取った。 黒い駒に囲まれていた私は、ようやく違和感に気づいた。 | |||
ユーカリスト | くふふふ……思ったよりもニブチンじゃのぉ、教授。 今さら気づいたところで、後の祭りでおじゃる。 | ||
黒のビショップに触れたとたん、白い駒は徐々に腐蝕し始め、 どろどろに融けて、紫色のエントロピー液に変わった。 液体はボードの上から床へと滴り落ちる。 | |||
何らかのシグナルを感じ取ったかのように、 開豁とした空間に透き通るような歌声が響き渡った。 それは徐々に激しさを増す。 | |||
???? | おいで!おいで!ともに歌おう! | ||
???? | おいで!おいで!ともに踊ろう! | ||
歌声が鳴り響くと同時に、下位エントロピーたちが次々と融けて、 エントロピー液へと成り果てた。 続いて、無数のクラゲの形をしたエントロピーが、その中から現れる。 | |||
{教授} | ユーカリスト、あなた、オアシスに何を差し向けたの……? | ||
ユーカリスト | うきゃきゃきゃ、はてのぉ? どうやら、舞踏会は始まったようじゃな。 | ||
室内のクラゲエントロピーたちが、踊るようにして体を揺らした。 | |||
{教授} | ……まったく、見事な反撃だわ。 | ||
ユーカリスト | いやはや、面映(おもは)ゆうおじゃる。 これで教授の逃げ道は断たれてしまったわい、まこと残念でおじゃるの。 | ||
この先の駒はすべて相手に取られてしまう、もはや白い駒を動かせる余地はない。 | |||
ユーカリスト | さてと、教授。どうするつもりかえ? | ||
(選択) | 1.あなたが駒を見捨てられるなら、こちらも勝利のための犠牲は厭わない。 | A | |
2.命がかかってるんだし、最後まで抗うわ。 | B | ||
A | ユーカリスト | 教授、わかっておろうな? 駒を犠牲にすれば、そちの命に関わるぞい。 | C |
B | ユーカリスト | ほう。そこまで申すのなら、お望み通りに。 | C |
C | ユーカリストが足を揺らすと、エントロピー液が私のふくらはぎを伝い、 ほんの少し這い上がった。 | ||
軽度の感染による眩暈をこらえつつ、私は白い駒を持ち上げた。 | |||
{教授} | 撤退よ。 | ||
オアシス、G区画第二防衛線、臨時司令部。 | |||
ソル | エントロピーどもが、また押し寄せてきた! | ||
前線での戦いが、通信画面を通してスクリーン上に映し出される。 エージェントたちの叫び声は、勇気と決意、そして苦痛に満ちていた。 彼らは傷を負って倒れては、何度も立ち上がった。 | |||
ペルシカ | 敵陣へは深入りせずに、後方へ撤退!医療小隊は怪我人への対処を! | ||
アントニーナ | ペルシカさん。こんなやり方では、なんの解決にもなりません! | ||
アントニーナ | 敵の進攻は想像以上に速い。事前に設置した爆弾で、ある程度は殲滅できましたが、障壁のオペランドを吸収して、奴らは再生し続けている。 | ||
アントニーナ | このまま撤退を繰り返せば、敵に完全に包囲されてしまいます。 | ||
ペルシカ | あなたも見たでしょう!?ここで反撃したところで、エントロピーの群れは突破できないし、あの上位にも攻撃は届かない。 | ||
ペルシカ | こんな状況で突撃させるのは、仲間を殺すも同然なんですよ!! | ||
アントニーナ | わかっています……ですが、他に方法は…… | ||
ペルシカ | あるわ。 | ||
ペルシカの言葉は軽やかだったが、語気は極めて落ち着いていた。 | |||
ペルシカ | 焦土作戦。 | ||
アントニーナ | ……オアシスをあきらめる気ですか? | ||
ペルシカ | エニグマへの撤退ルートは、すでに確保してあります。ノイマンさんが私たちを受け入れてくれる。あそこの被害は少ないですし、万が一敵が追ってきたとしても、近くには浄化者の部隊が控えています。 | ||
ペルシカ | あそこにたどり着ければ、命だけは助かる…… | ||
アントニーナ | その代わり、オアシスは消滅する…… | ||
ペルシカ | ……ごめんなさい、教授と約束したのに…… | ||
ペルシカは負傷者たちを見た。 数が多すぎるせいで、臨時司令部はもはや病室と化している。 敵の凄まじい進攻により、この医療拠点もすぐに転移を余儀なくされるだろう。 | |||
重傷のエージェントが、こらえきれずにうめき声と悲鳴を上げた。 臨時司令部の狭い空間が苦痛に埋もれる。 医療エージェントたちが、治療の難しい患者を仕方なく休眠モードへと移す。 | |||
ペルシカ | ですが、もう他に道はありません。オアシスはここじゃない。仲間のいる場所が、私たちのオアシスなんです。 | ||
アントニーナ | オアシスが失われたら、これだけの人数を連れて、どこへ行けと言うんです?エニグマに居候するわけにはいかないでしょう。 | ||
ペルシカ | わかりません。でも少なくとも、この危機は乗り越えられる……! | ||
ソル | ペルシカ!落ち着きなって! | ||
ペルシカ | ソルさん?ど、どうして…… | ||
前線で奮闘しているはずの人物が目の前に現れて、ペルシカは呆然とした。 | |||
ソル | 通信、切り忘れてたよ――いや、だからこそなんだけど。 | ||
ソル | 現地からの報告が必要じゃないかと思ってさ。それと、ほんの少しの自信も。 | ||
ソルは体についた血を拭うと、ペルシカの手を強く握りしめた。 | |||
ペルシカ | えっ…… | ||
ソル | ほら、あたしはここにいるでしょ?それに元気いっぱいだし! | ||
ソル | まだ多くは犠牲になってない、あきらめるのは早いよ。もうしばらくは持ちこたえられる。 | ||
ペルシカ | いけません……ここで力を使い果たしてしまっては…… | ||
ソル | 今までだって、力を使い果たしたことは何度もあった。それでもあたしたちは、こうして乗り越えてこれた。 | ||
ソルの手のひらの温度を感じる。 ペルシカは、温かな力が自身の体へと流れ込んでいる気がした。 | |||
ソル | だから、他に方法はないか、今のうちに考えて。あたしが時間を稼いであげる。 | ||
ペルシカ | だけど、皆さんの、皆さんの命がかかって…… | ||
ソル | 安心しなって。本当にダメだと思ったら、さすがのあたしでも諦めるよ。でも、それは今じゃない。 | ||
アントニーナ | 私もソルさんに賛成です。それに……認めたくはありませんが、{教授}の奴が、何かしらの転機をもたらすかもしれませんし。 | ||
ペルシカ | ……わかりました。 | ||
ペルシカは臨時司令部へとにじり寄るエントロピーの群れを見た。 | |||
ペルシカ | あなた方の言うように、まだ抗える余地が残っているかもしれません。 | ||
ペルシカ | ですが、最後の退路が断たれてしまう前に、必ず撤退すると約束してください。 | ||
ソル | わかってる!あたしにまかせてよ! | ||
浄化者No.05哨戒タワー。 | |||
ユーカリスト | あふ…… | ||
ユーカリスト | シーソーゲームは、まっこと退屈でおじゃるのぉ。 さっさと降参すればよいものを。 | ||
{教授} | 時間稼ぎはもういいの? | ||
ユーカリスト | 圧倒的な実力があれば、そんなものは不要でおじゃ。 | ||
ユーカリスト | ん~?その表情、まだなにか切り札を隠しておるな? | ||
{教授} | 自分が決めたルールくらい、覚えてたらどう? | ||
{教授} | あなたの駒を取ってから、私はまだ外界に連絡してない。 | ||
ユーカリスト | たかが文の一通や二通で、戦局が覆せると本気で思うとるのか? ……まぁよい。 | ||
ユーカリストは片方の眉を吊り上げながら、余裕の表情で私を見た。 | |||
ユーカリスト | どれ、最後のあがきとやらを見てやろう。 そちの好きにせい。 |