少し前、Nullエリア、オアシス第4予備通信ノード内。 | |||
リンド | 痛、い…… | ||
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エントロピー液がコアを伝って、リンドの体へと流れ込んでくる。 激しい痛みが彼女の意識を朦朧とさせた。 | |||
リンド | 痛い、痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い…… | ||
同じような反応、同じような境遇が、現実と幻覚の境目を濁らせた。 | |||
私にはわからない。 | |||
「臨床被験用人形」 | |||
偽物の病徴をでっちあげ、本物の治療を施して、観察する……私の苦しむさまを。 | |||
?? | やぁ、どうも! | ||
?? | 42Labから、プロジェクトをサポートしに来た。ノットと呼んでくれ、この名前が気に入ってるんだ。 | ||
ノット | そちらの名前は? | ||
ノット | …… | ||
ノット | どれ、カードを拝見……ふむ、リンドか。これは、聞かないプロジェクトだな…… | ||
ノット | お前も定例検査に来たのか?それとも…… | ||
リンド | 人形だってわかったんなら、邪魔しないで。 | ||
目の前の人物は、他の研究員のように、 嫌悪の眼差しを向けて立ち去ろうとはしなかった。 それどころか、こちらに近づいて私の隣に座った。 | |||
アナウンス | 【N06番、定例検査を行ってください。N07番は準備を】 | ||
ノット | おっと、間が悪いな。あたしの番だ。また今度! | ||
…… | |||
検査の待合室。 閉ざされた真っ白な部屋、そして一台の長椅子。 他に家具は見当たらない。 | |||
笑えるな、人間が人形に椅子を準備するなんて。 | |||
定例検査を行う人形は、ここに並ばされる。 他の人形に会える、唯一の機会だ。 | |||
だから何だという話だが。 | |||
なにしろ―― | |||
リンド | ううう……あぁあぁぁ…… | ||
????? | 各データを記録。 試験体の意識と、各感覚器官の稼働を維持して。 | ||
リンド | いつになったら終わるんだ?はやく終われはやく終われはやく終われはやく終われはやく終われはやく終われはやく終われはやく終われはやく終われはやく終われはやく終われはやく終われはやく終われはやく終われはやく終われはやく終われはやく終われはやく終われはやく終われはやく終われはやく終われはやく終われはやく終われはやく終われはやく終われはやく終われはやく終われはやく終われはやく終われはやく終われはやく終われはやく終われはやく終われはやく終われ。 | ||
????? | 胸骨の切開に成功。 冷却材と模擬体液を注入、体外循環をシミュレート。 | ||
なぜ私は造られた? 終わりのない痛みを味わうため? | |||
こんな試験、人類にとってなんの価値があるんだ? | |||
「被験用人形」――こんなの、どう見たって嘘っぱちだ。 人形を苦しませて楽しむ人間がいるんだろ? | |||
たとえ、それが本当でも…… 人間の助けになったとして、私になんの関係がある? | |||
人間の感覚を完全にシミュレートする。 そんなもの地獄だ、ろくでもない呪いだ。 | |||
…… | |||
ノット | おっ、リンド!また会えたな! | ||
リンド | …… | ||
ノット | ふふふ。良いものを持ってきたんだ、目を閉じてみろ。 | ||
リンド | な――!? | ||
こちらが目を閉じる前に、ノットとかいう馴れ馴れしい人形が、 私の口に何かを押し込んだ。 | |||
リンド | むぐぐ――ゲホッ、ゲホゲホッ! なんだこれ、甘い!? | ||
ノット | あっはは、よかった!味覚モジュールが備わってるかは賭けだったが、当たりだな! | ||
リンド | な、なんなのさ、これ? | ||
ノット | ロリポップキャンディだよ。 | ||
目の前のそれは、光を当てるとまるで結晶体のように、キラキラと輝いて見えた。 | |||
リンド | ろ、ろりぽっぷ、きゃんでぃ……なるほどな、覚えた。 | ||
アナウンス | 【N06番、定例検査を行ってください。N07番は準備を】 | ||
ノット | ああ~、あっという間だな。先に行くよ。次に会ったら、感想を聞かせてくれ! | ||
…… | |||
????? | コアのはめ込み完了、各部位の吻合を始める。 | ||
どちらも輝いてるのに、なぜ手術台の光とキャンディの光は、こうも違うんだ? | |||
????? | 左部コアの吻合完了。 | ||
あと少しだ、持ちこたえろ。すぐに終わるすぐに終わるすぐに終わるすぐに終わるすぐに終わるすぐに終わるすぐに終わるすぐに終わる。 | |||
もっと早く、待合室に行けたらいいのにな。 | |||
だめ……だめだ……期待したら、もっとひどい痛みに苛まれるだけ…… | |||
????? | 右部コアの吻合完了。 | ||
あと少しだ、あと少し。 カウントダウンが終われば、手術も終わる。 1000、999…… | |||
????? | 大動脈、肺動脈、完了。 インプラントの吻合完了。 | ||
……どこまで数えた? しょうがない、また最初から。 1000、999…… | |||
ノット | リンド。お前の所属するプロジェクトが、ようやくわかったよ。 | ||
リンド | ……だから? | ||
真相を知ったから、もう会いに来ないのか? いいさ、誰も助けてくれないって、初めからわかってた。 | |||
息が苦しくなってきた。数を数えなきゃ。 カウントダウンが終われば、きっと全部終わるはずだから。 | |||
ノット | あたしが、お前を逃してやる。 | ||
思いもよらぬ言葉だった。 危険でありながら、温かい炎のような。 | |||
リンド | ……バッカじゃないの。 | ||
ノット | リンド、一つ秘密を教えてやろう。 | ||
ノット | とんでもなく頑固なのさ、あたしは。そのせいで、メンタルが欠陥品だと判定されかけた。 | ||
リンド | ……それは同意するけど。 | ||
ノット | だから一度決めたことは、やり遂げないと気が済まなくてね。たとえ、命を賭けてでも。 | ||
リンド | …… | ||
ノット | 初めてお前にキャンディをあげた日のこと、覚えてるかい? | ||
リンド | ……甘ったるくて、咳が止まんなかった。 | ||
ノット | あははは!そうだったな、だけど―― | ||
ノット | お前には、ああいう笑顔のほうが、似合うと思ったんだ。 | ||
ノット | お前がずっと、ああして笑っていられたらいいのに。 | ||
リンド | なんだよそれ、キモチワルッ……ナンパのつもりか―― | ||
ノットはどこからともなく、手作りのコントローラーのようなものを取りだした。 笑顔で私を見つめたまま、ボタンを押し込む。 | |||
ドォンッ――!! | |||
リンド | な、お、おまえ!!ここを爆破する気!? | ||
ノット | あはは、まさか。出入り口のロックを無効にしただけさ! | ||
…… | |||
暖かくも危険な炎が、暗闇を燃やし尽くす。 | |||
…… | |||
ノット | おい、なにボーッとしてるんだ。早く逃げろ! | ||
リンド | あんたは? | ||
ノット | すぐに追いかけるよ。外で仲間がお前を待ってる、後で合流しよう。 | ||
嘘ばっかり。 | |||
リンド | わ、わかった。後でな! | ||
だめだ、信じるな。そいつも連れていくんだ。 | |||
ノット | ああ、また後で。 | ||
どうして一緒に逃げなかった? あいつを引き止めるべきだった。 | |||
どうして一人にしたんだ? あいつがどんな目に遭うか、わかってたくせに。 | |||
リンド | どうして!? | ||
かすれ声の問いかけとともに、場面が変わった。 長い時間が経過したようだ。 | |||
リンド | どうして…… | ||
??? | ごめんなさい、リンドさん、本当にごめんなさい…… | ||
リンド | 謝ってなんになるわけ? | ||
リンド | ノットと再会できたことが、私にとってどんな意味を持つか、あんたにわかる? | ||
私は、自分の怒りと苦痛の声を聞いた。 | |||
リンド | またあいつを失えってのか!?この私に!? | ||
??? | 浄化者から逃れるには、ノットさんが残るしかなかったんです…… | ||
リンド | その言葉が本当なら、おまえが残ればよかったんだ。ペルシカ。 | ||
ひどい言葉が口をついて出た。だけど私にはわかる。 ペルシカはただ、昔の私と同じことをしただけ。 間違っていたのは私だ。 | |||
どうしていつも、あんたが残るのさ……ノット…… | |||
ペルシカ | わかってます、わかっています。すべて私の責任です。私が意地をはらなければ、ノットさんは死なずに済んだ…… | ||
違う、違うんだ。 | |||
私は、自分が許せないだけなんだ。 | |||
リンド | もういい。 | ||
目の前で謝り続けるペルシカは、昔の自分そっくりだ。 苦しむことしか知らなくて、ただただ弱くて、なんの役にも立たない。 見てるだけで虫酸が走る。 | |||
はやくここを離れなくちゃ。 でないと、メンタルが崩壊してしまう。 はやく逃げるんだ。 | |||
ペルシカ | リンドさん、どこへ…… | ||
遠ければ遠いほどいい。 あいつに会うたびに、ノットは死んだのだと思い知らされる。 | |||
私のせいだ。 | |||
私はたまらず走った。無我夢中で走った。 やがて、周囲の景色が消えて、自分の存在すらも虚無へと還っていった。 | |||
このまま、意識を遠くへと押し流そう。せんぶ終わらせるんだ。 長い間、追いかけてきた。これでようやく、肩の荷が下りる。 | |||
??? | だめだ。 | ||
道の果てに、周囲の景色とは相容れない人影が突如現れた。 | |||
どうして? | |||
その人影に目を凝らす。 とても懐かしい、けして忘れられないその顔立ち。 | |||
ノット | あたしを忘れるな。この「命」を背負って、お前は生きるんだ。 | ||
なんて残酷だろう、なんて自分勝手な要求だろう。 | |||
だけど、あんたの願いなら、叶えてやるしかないじゃんか。 | |||
リンド | だったら……なんで死んだの!?そういうのは、面と向かって言うもんだろ!? | ||
リンド | ほら、面と向かって言ってよ!「生きろ」ってさぁ! | ||
リンドが明るい炎に手を伸ばす。 彼女の手はノットのまぼろしをすり抜け、エントロピーコアに吸い付く触手をつかんだ。 | |||
ドロメア | !? | ||
リンド | あーあ、死に損なったか…… | ||
リンド | いっつもこれ。いっつもいいトコで引き止められる。マジうざすぎ…… | ||
ドロメア | どうして…… | ||
リンド | はは……ビックリした? | ||
リンド | 前から言いたかったんだよね。私さ、目の前で余裕ぶっこかれんのが、いっちばん嫌いなんだわ。 | ||
ドロメア | 感染で、とっくに気を失ってるはずなのに…… | ||
リンド | ナメないでくれる?こっちはな、これの一万倍もひどい痛みを味わってんだ!! | ||
ドロメアが思わず後ずさる。 だが、リンドは触手を引っ張って、素早く彼女に近づいた。 | |||
リンド | オペランドが欲しいんだろ?だったら、エントロピー液と一緒にくれてやる! | ||
リンド | 私が教えてやるよ、本当の痛みってやつを!! |