浄化者No.05哨戒タワー。 | |||
{教授} | どうしたんだ、ユーカリスト? 君もカメのように縮こまってしまうとは。 | ||
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ユーカリスト | フッ……まだ終わりではおじゃらぬ。 | ||
ユーカリストは冷静を装っているが、その表情が内心の動揺を物語っていた。 | |||
ユーカリスト | ルークを前に、チェックでおじゃる。 | ||
{教授} | 「急いてはココアを飲み損じる」、君の台詞だったかな? 手当たり次第チェックしたところで、無意味だよ。 | ||
私はキングを後退させて、ユーカリストの攻勢をやすやすと避けた。 | |||
ユーカリスト | クイーンで白のポーン。 | ||
{教授} | 勝てないとわかったら、今度はエントロピー液で私を蝕むつもりか? 残念だが、まだエントロピー化からは程遠い。 | ||
{教授} | キングで黒のルーク。 | ||
ユーカリスト | ぬぬぅ……これ、駒を取ったら外に連絡するルールでおじゃろ。 | ||
{教授} | まだその時じゃない。 ゲームをはやく終わらせるんだろう? だったらテンポを上げよう。 | ||
{教授} | 君のターンだ。 | ||
ユーカリスト | ぐっ……クイーンで攻めるでおじゃ! | ||
{教授} | 残念、勝負は決まったな。 | ||
ユーカリスト | よかろう、ここは引き分けとせぬか? もう一局どうでおじゃ? | ||
ユーカリスト | 忘れてくれるな。 今はまだ、まろの独擅場におじゃるぞ。 | ||
{教授} | 気持ちは有難いが、私たちのゲームを邪魔する不届き者がいるようだ。 | ||
私は肩をすくめて、部屋の入り口に立つ、エントロピー化したペイシェンスを指さした。 | |||
ユーカリスト | ぬぬ、そんなところで何をしておる?対戦中なのがわからんか…… | ||
ペイシェンス-ENT | …… | ||
ユーカリスト | ……なんじゃとッ!? | ||
{教授} | これまでの積み重ねが、ようやく功を奏したか。 | ||
ユーカリストの余裕が崩れるのを見て、私は手中の通信端末を揺らした。 | |||
{教授} | 通信をする約束だったね? せっかくだから、君に聞かせてあげよう。 | ||
ピッ―― | |||
{教授} | こちらは{教授}教授。 | ||
??? | 通信できるようになったの!?やったじゃん! | ||
ユーカリスト | ……クロック!? | ||
通信画面に映る姿を見て、ユーカリストは目を見開いた。 だがすぐに、冷静さを取り戻す。 | |||
ユーカリスト | ふくくくく……ハッタリはよすでおじゃ。そやつに何ができる?まろの監視下で…… | ||
ユーカリスト | ちょっと待った……まさか、さっきのレールガンの報告は……!? | ||
{教授} | 一つ目。レールガン付近にいる追放者小隊――クロックたちの安全を保証すること。 | ||
ユーカリスト | ほほぉ。あやつらが何かしでかさないか、こっちは気が気でなかったわい。教授みずから厄介事を避けるとは、願ってもないでおじゃ。 | ||
{教授} | 君は自惚れるあまり、レールガンを完全に掌握したと思い込んでいた。 今となっては、覆水盆に返らずだ。ゲームでは後戻りができないようにね。 | ||
ユーカリスト | ……まろがそちの企みを知らぬとでも思うたか?ずいぶんと見くびられたものじゃて。 | ||
ユーカリスト | レールガンの制御権はぜ~んぶ、まろの端末に繋がっておるぞい。 | ||
ユーカリストは手中の端末を揺らしてみせた。 だが言葉とは裏腹に、表情からは彼女の慌てぶりが見て取れる。 | |||
{教授} | そこまで言うのなら、こちらから説明サービスをご提供しよう。 クロック、今の状況を聞かせてやれ。 | ||
クロック | うっす!前回のおさらいは省くね。とにかく、あたしとハンナでレールガンに繋がれてるポートを、こっそりぜんぶ緩めといた。 | ||
ユーカリスト | それがどうした?レールガンにわずかでも異変があれば、うぬら最愛のオアシスは一瞬で黒焦げじゃ。ハッタリなどではおじゃらぬぞ!! | ||
ユーカリスト | できるものなら、あらゆる接続を一斉に断ち切―― | ||
(選択) | 1.やれ! | A | |
A | クロック | ディラック、フル稼働開始!! | |
クロックの命令に従って、通信の向こう側で警報音が鳴った。 | |||
機兵ディラックが両腕で巨大な大砲の台座をつかみ、レールガンを無理やり回転させる。 | |||
巨大な砲台に繋げられた、エネルギー供給用のケーブルを含むあらゆるコードが、 レールガンの向きが変わるにつれて、接続ポートもろとも一気に引き抜かれた。 | |||
クロック | ディラックによる砲台のフィジカル回転作戦、大ッ成ッ功ッ!!! | ||
ユーカリスト | な、ななな、なぬァ~~~ッ!?!? | ||
ユーカリスト | あ、ありえん!!砲撃!!砲撃開始ッ!! | ||
しかし、ユーカリストがどう弄ろうと、端末からはなんの反応もない。 | |||
{教授} | これで、レールガンは取り戻せたな。 | ||
ユーカリスト | ぐぬぬぬ……だ、だからなんでおじゃ!!こんなもの、スタート地点に戻っただけにすぎぬ!! | ||
ユーカリスト | あらゆるケーブルを引きちぎれば、オペランド供給は絶たれたも同然。レールガンを修復することもできぬ。壊れた砲台なぞ、なんの役に立つ? | ||
クロック | ふはははは!この期に及んで、まだ強がるとは! | ||
クロック | 「壊れた」と形容するにはいささか語弊があるな、使い捨ての兵器に変わったまでだ。砲台に蓄えられたオペランドを用いれば、一度だけ砲撃が可能となる! | ||
クロック | ま、それが終わったらスクラップ行きだけど……この世には使い捨ての兵器からしか摂取できないロマンがあるのだ!!Урааа!! | ||
{教授} | 説明ありがとう、クロック。 | ||
クロック | きょうじゅが時々連絡くれて助かった。ハンナとチューリングのおかげで、ロッサムの防御システムも再起動できたしね。 | ||
クロック | あとはレールガンを取られないよう、エントロピーどもをボコすだけでいいもんね! | ||
{教授} | ああ。砲撃のタイミングとターゲットが決まったら連絡する。 | ||
クロック | 了解!! | ||
通信終了。たった数分で、戦局は覆された。 | |||
私は白のキングを持ち上げて、それを下ろし、ゲームにピリオドを打つ。 | |||
{教授} | もはや、君に攻撃を行える駒は残っていない。 これが本当の「チェックメイト」だ。 | ||
ユーカリスト | チィッ……ふくくく、うきゃきゃきゃきゃきゃ!!! | ||
突如ユーカリストが大声で笑い出し、チェスボードをひっくり返した。 上に乗っていた駒が地面に散らばる。 | |||
ユーカリスト | 教授よ、よもやこの戦局で何かが決まるとでも思ったかえ?レールガンがなくとも、うぬを拘束する手段などいくらでもあるわ!! | ||
{教授} | ほう、なりふり構わなくなったか? これは君が言い出したルールだぞ。 | ||
ユーカリスト | ゲームのルールなんぞ、勝者の勝手でおじゃ!!ドロメア!! | ||
フェイス | 全浄化者、敵ターゲットをロックオン:【ユーカリスト】。攻撃準備!! | ||
クラゲエントロピーが動いたと同時に、 建物の外から差し込まれた無数の赤い点が、ユーカリストの体へと集まった。 | |||
ユーカリスト | うぬら……! | ||
{教授} | 君との付き合いは長いんだし、これくらい予想しておいて当然だろう? | ||
{教授} | ゲームが長引いて幸いだったよ。リバベルからの援助は間に合わなくとも、 周辺の哨戒タワーから下位浄化者を集めるには十分事足りる。 | ||
ユーカリスト | チィッ、下位浄化者ごときで…… | ||
{教授} | それともう一つ。さっきから気付いていたが、 エントロピー液の蔓延するスピードがずいぶんと落ちているな? それに、クラゲエントロピーの数も増えてない。 | ||
私は足に付着したエントロピー液を振り払い、体をテーブルに乗り出した。 | |||
{教授} | 当ててみせようか。 「黒のクイーン」からのオペランド供給が止まったんだろう? フェイス、相手の戦力はどうだ、やれそうか? | ||
フェイス | 浄化者の栄誉に誓って、いかなる犠牲を払ってでも、このイレギュラーどもを殲滅する。 | ||
{教授} | ……なるほど、共倒れは避けられそうにないな。 どうする、ユーカリスト? | ||
ユーカリスト | …… | ||
ユーカリストが怒りの形相で手をふると、クラゲエントロピーたちが動きを止めた。 | |||
{教授} | これから、オアシスに報告を入れるよ。 今のうちに考えておくことだ。 | ||
オアシス、G区画第二防衛線、臨時司令部。 | |||
ペルシカ | ……作戦は以上です。アントニーナさん、補足はありますか? | ||
アントニーナ | 問題ありません。作戦の詳細は、私から全員に同期します。 | ||
ペルシカ | 異論がなければ、最終決戦の準備に取りかかります。30分後に行動開始です。 | ||
全員 | 了解!! | ||
高らかに返事をした後で、メンバーは次々と部屋から立ち去り、 緊張した様子で各自の作業を始めた。 | |||
ペルシカ | 作戦ルートをもう一度確認しておかないと…… | ||
ピピピッ―― | |||
ふいに通信音が鳴った。 何かの予感に駆られて、ペルシカはほぼ無意識に通信を受けた。 | |||
{教授} | ペルシカ?こちらは{教授}だ、みんな無事か? | ||
ペルシカ | きょ……教授!? | ||
久しぶりに聞く、あの声。 ペルシカは懸命に声の震えを押し隠した。 | |||
ペルシカ | は、はい!こちらは無事です……教授はいかがですか?ユーカリストとの対峙で、お怪我はありませんか? | ||
{教授} | 私は安全だよ、心配いらない。 ロッサムのレールガンの制御権を、クロックが取り戻したんだ。 ユーカリストは切り札を失った。 | ||
{教授} | 必要なら、レールガンでオアシスを支援させる。 そちらの座標が必要になるけどね、しかもチャンスは一度しかない。 | ||
ペルシカ | 助かります!今、オアシスは「ドロメア」と呼ばれる上位エントロピーの襲撃を受けています。現状報告と、敵の位置をお送りしますね…… | ||
{教授} | 私がオアシスに戻る必要はあるか? あるいは、遠隔で指揮を行ってもかまわない。 | ||
ペルシカ | あ…… | ||
ペルシカはスクリーンに表示されるカウントダウンを見て、 静かに通信端末を握りしめた。 | |||
ペルシカ | ……いいえ、結構です。 | ||
ペルシカは目を閉じて、今度はしっかりと見開いた。 今や彼女の瞳には、揺るがぬ意志と勇気が宿っている。 | |||
ペルシカ | 25分後にドロメア殲滅作戦を開始します。具体的な作戦内容はそちらにお送りしました。 | ||
ペルシカ | レールガンを使用すれば、オアシスへの二次被害をもたらしかねませんし、砲撃範囲から逃れられないエージェントたちにも危険が及びます。 | ||
ペルシカ | 本心を言うと……教授に甘えたい気持ちはあります。ですがあなたも今、困難を前にしている。ここは私たちにおまかせください。 | ||
{教授} | 成長したな、ペルシカ。 | ||
ペルシカ | ええ。私には仲間たちがいますから。皆さんから、たくさんの勇気をもらいました。 | ||
{教授} | 作戦内容は把握したよ。とても細やかだ。 クラウド上でこれだけの作戦を生み出せるのも、君たちくらいのものだ。 | ||
ペルシカ | そ、そうでしょうか…… | ||
{教授} | お疲れ様。万が一、レールガンが必要になったら、クロックに連絡してくれ。 | ||
{教授} | 作戦通りに進めていい。幸運を祈ってる。 | ||
ペルシカ | はい……! | ||
私の肯定を聞いて、ペルシカが笑った。 | |||
ペルシカ | 信じてくださって、本当にありがとうございます。まだ不安はありますが、作戦が始まる前に、あなたの声を聞けてよかった。 | ||
ペルシカ | きっと……きっと、作戦は成功するはずです。 | ||
浄化者No.05哨戒タワー。 | |||
私は通信を切ると、テーブルの向こうに座る、苛立った様子のユーカリストを見た。 | |||
{教授} | どうだ、考えはまとまったか? | ||
ユーカリスト | レディを催促するとは、デリカシーの欠片もないでおじゃるの。 | ||
{教授} | 気分がいいから、聞かなかったことにしておくよ。 | ||
{教授} | 気付いているんだろう? この場の主導権が、今や誰の手にあるか。 | ||
ピピピッ―― | |||
{教授} | クロック、どうした? | ||
クロック | レールガンでドロメアをロックオンしたよ、いつでもいける。 | ||
{教授} | 聞いたな、ユーカリスト? もはや形勢は完全に逆転した。 | ||
ユーカリスト | ぐぬぅぅ…… | ||
{教授} | そうだ、もう一局始めたいと言っていたね? 今なら時間は山ほどあるぞ。 | ||
{教授} | 実は、チェスよりも囲碁のほうが得意なんだ。 | ||
私は端末を操作して、チェスボードを囲碁盤に変えた。 | |||
{教授} | 今度は趣向を変えて、囲碁なんてどうかな? | ||
ユーカリスト | あぁっ、ト、トウトツに用事を思い出したでの!どうじゃ、ここはいっそお開きに…… | ||
{教授} | そんなこと言わずに。 でないと、外の浄化者たちが放っておかないぞ? | ||
{教授} | すぐに終わるさ……リバベルの浄化者部隊が着くまでの辛抱だ。 どうかな? | ||
ユーカリスト | …… | ||
{教授} | そうそう、囲碁は黒が先手だよ。 ユーカリスト、君からどうぞ。 | ||
ユーカリスト | ぐっ、ぐふぬふふぬぬぬぁぁぁ…… | ||
ユーカリストは悔しげに、黒の碁石を手に取った。 | |||
ユーカリスト | こんなもの、こんなもの…… まろにはムリでおじゃあぁるぁあああーーッッ!! |