オアシス、司令部。 | |||
ホライズン | 未処理の情報はここねー、優先順位ごとに色で分けておいたよ。ダークレッドはけっこうヤバめで、ライトグリーンは急がないやつー | ||
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ホライズン | 襲撃があってから、エージェントたちがどんどんオンラインになってる。みんな、ペルシカからの命令を待ってるよー | ||
ペルシカ | よかった……黛煙さんとラムさんが司令部にいないせいで、てっきり酷い状況になっているものかと。 | ||
ペルシカ | ホライズンさんがいてくださって助かりました、あとは私におまかせください。 | ||
ホライズン | ううん、ヘーキ。施工チームを連れて、報告に戻ってきてただけだからー | ||
ホライズン | ……でも、ホントにダイジョーブ? | ||
ペルシカ | えっ? | ||
ホライズン | ペルシカの瞳のなか、色がぐんぐん変わってる。みんなは気がつかないだろうけど、わたしにはわかるよ。インクブラックのデータフローが、激しく流れてる…… | ||
ホライズン | もしかして、メンタルが―― | ||
ペルシカ | 私は平気です。 | ||
ペルシカは笑った。 その視線はホライズンを通り越し、背後の巨大なスクリーンへと向けられた。 次々とポップアップする真っ赤な情報画面が、広いスクリーンを埋め尽くしている。 | |||
スクリーンの前にある教授のデスクは空のままだ。 それでも、あの聞き慣れた声は、ペルシカの耳元にこだまし続けている。 | |||
{教授} | 大丈夫、あなたにならできるわ。 | ||
ペルシカ | 私なら問題ありません、どうか信じてください。 | ||
ペルシカは深呼吸をした。 | |||
ペルシカ | これよりも酷い状況を、いくつも見てきました。浄化者に侵入されて、多くの仲間を失った。オアシスも一度は崩壊しかけたんです。 | ||
ペルシカ | それでも、私たちは今日まで歩んできた。だから、今回も同じです。たとえ、あなたがいらっしゃらなくても…… | ||
ホライズン | ペルシカ…… | ||
ペルシカは視線を戻し、目を伏せた。 語気が緩やかになる。 | |||
ペルシカ | 私は……やり遂げなくては。教授はいない、いるのは私だけ。追放者と教授の信頼に背くわけにはいかないんです。 | ||
ペルシカ | 各部門にペルシカが司令部へ戻ったとお伝えください、すべての報告は私につないで。状況は切迫しています。ホライズンさん、情報のとりまとめをお願いできますか。 | ||
ホライズン | ……わかった。 | ||
ホライズンが各部門に情報を同期すると、ホール内に緊急通信要請が続々と鳴り響いた。 | |||
ペルシカ | こちら司令部、指揮システムが復旧しました。各部門、報告を。 | ||
フローレンス | ペルっち、や~っと戻ったんだ!医療部門に人手を回して、多ければ多いほど助かる!こっちはもうテンテコマイだよ! | ||
ペルシカ | お待ちを、ボニーさんから通信が来ています。彼女を含んだ6名をそちらに―― | ||
フローレンス | ちょっと、ちょっとちょっと!たったの6人!? | ||
フローレンス | ペルっち、こんな時に冗談やめてよ!人の命がかかってるんだよ!?そりゃボニーは可愛くて働き者だけどさぁ、6人はさすがに少なすぎでしょ! | ||
ペルシカ | で、ですが…… | ||
パナケイア | フローレンス。通信してるところ悪いけど、到着してる負傷者は安置し終えたわ。後で…… | ||
フローレンス | はいはいはい、すぐ行く! | ||
エージェント | 痛い……痛いよ……誰か助けて、助けてください…… | ||
フローレンスの背後から、誰かの泣き叫ぶ声がうっすらと響いた。 それは鋭い鏃(やじり)のようにペルシカの心を貫く。 | |||
フローレンス | とにかく、6人はダメだよ。負傷者がどれだけいるかわかってる?ありったけの人手を手配しておいて。 | ||
フローレンス | 頼んだからね!それじゃ! | ||
通話が切られ、話中音が鳴った。 ペルシカの目の前に、かつての仲間たちがデータと化した情景が浮かび上がる。 | |||
ホライズン | 人手がぜんぜん足りないよー……ペルシカの判断は、正しいと思うけどな。 | ||
ペルシカ | わ、私…… | ||
エージェント | うわぁぁぁーー!!どうして、どうしてこんなことに…… あの浄化者たち、なんで僕らを付け狙うんだ……!! | ||
エージェント | 私たちは、どうしたら……ペルシカさん、助けてください…… | ||
エージェント | 嫌だよ、リセットされたくない…… もっとみんなと暮らして、お喋りして、それから…… | ||
?? | ペルシカ、早く逃げるんだ。少なくとも、お前だけは。 | ||
ペルシカ | だけど……だけど私…… | ||
{教授} | 大丈夫よ、ペルシカ。 | ||
{教授} | もう二度と、追放者を犠牲になどさせるもんか。 | ||
ホライズン | ペルシカー? | ||
ペルシカ | ……二度と、追放者を犠牲になどさせるもんですか…… | ||
ペルシカ | ホライズンさん!20名のエージェントを医療部門に向かわせてください! | ||
ホライズン | だ、だけど、今動けるのは30人だけだよ、そんなことしたら…… | ||
ペルシカ | かまいません。医療部門さえ活発になれば、より多くのエージェントが復帰できる。私は、これが最適解だと信じています。 | ||
ペルシカ | それに……これ以上の犠牲は絶対に許されない、それだけは絶対に。 | ||
ホライズン | ……わかった。 | ||
エージェント | ペルシカさん!ハッブルさんから連絡です! | ||
ペルシカ | こちら司令部、状況の報告を。 | ||
ハッブル | こちらデータセンター、砲撃で一部が崩壊してるわ。少なくとも3つのデータバンクがオフラインになってる。今、データを復旧してるところ。 | ||
通話の向こうから、うっすらと叫び声が聞こえる。 | |||
ペルシカ | データセンターが……!? | ||
ホライズン | そんな……もしあそこのデータが飛んだら…… | ||
ホライズン | エージェントが、本当に死んじゃうってこと…… | ||
ペルシカ | ……わかりました。ハッブルさん、後方部門のエージェントをそちらに派遣します。 | ||
ハッブル | うん、ありがとう。フレネルが自分で処置するって聞かなくって。 | ||
ハッブル | それと、敵が……エントロピーの群れがこっちに向かってるみたいなの。武力支援を要請するわ。 | ||
ペルシカ | 武力支援……ホ、ホライズンさん…… | ||
ホライズン | 戦闘エージェントはみんな前線で戦ってるよ、データセンターにまで人員を割けない…… | ||
ドォン―― | |||
ハッブル | きゃあっ! | ||
ペルシカ | ハッブルさん!?どうなさいました!? | ||
ハッブル | ここも安全じゃないみたい、一旦フレネルと合流するね。そうすればしばらくは―― | ||
ホライズン | ペルシカ、新しい通信が来てる! | ||
ペルシカ | つないで! | ||
ペルシカは手を握りしめ、ためらうことなく通信を受け取った。 憂いを紛らわすためか、目前の難題から目を逸らすためかはわからない。 | |||
シーモ | 司令部、こちらシーモ!前線に復帰しました! | ||
ペルシカ | シーモさん!ご無事でしたか! | ||
シーモ | よかった、ペルシカさんも無事だったんですね! | ||
シーモ | オアシスが砲撃されたとたん、エントロピーの群れに捕まってしまって。ようやく包囲から逃れたところです。何か手伝えることはありますか? | ||
ペルシカは藁をもつかむように、ホライズンと素早く視線を交わした。 ホライズンは意を察して、すぐさま演算を始める。 | |||
ペルシカ | シーモさん、データセンターがエントロピーに狙われています。待機中のエージェント全員を連れて、支援に向かってください。 | ||
ホライズン | すごい数のエントロピー……これだけの人数じゃ対抗できないかも…… | ||
シーモ | わかりました。道すがら戦える者を見つけて、データセンターに向かいます。 | ||
ペルシカ | よろしくお願いします。 | ||
ペルシカ | ハッブルさん、シーモさんがそちらに駆けつけています。彼の指示に従ってください。 | ||
ハッブル | わかった。星たちの導きがありますように。 | ||
ホライズン | …… | ||
ホライズン | ペルシカ、全員をシーモに託しちゃってよかったの……?もし、他に助けを求めてる人がいたら…… | ||
エージェント | ペルシカさん!製造局からの連絡です! | ||
ペルシカ | まずは目前の問題から解決していきましょう!つないでください! | ||
ペルシカ | こちら司令部、具体的な状況の報告を! | ||
スクリーン上に赤い警告マークが点滅し続ける。 司令部は騒然となりだした。 | |||
オクトーゲン | おい、ペルシカ!第9地区の端に…… | ||
アンジェラ | 司令部、休憩エリアが…… | ||
チェルシー | 司令部!消防チームが…… | ||
要請がますます増えてゆき、状況はいよいよ複雑化し始める。 | |||
ペルシカ | 第9地区、休憩エリア、消防チーム……どうしたらいい、どうしたら……そのまま封鎖する?それとも調整を…… | ||
{教授} | ペルシカ、私はあなたを信じてる。 | ||
ペルシカ | 大丈夫、私にならできる……その通りに手配してください。 | ||
{教授} | もう二度と、仲間を失いはしない。 | ||
ペルシカ | 人手をできるだけ派遣して、犠牲を最大限回避するんです。 | ||
{教授} | オアシスを、私たちの家を守るのよ。 | ||
ペルシカの瞳孔が、すべてを呑み込むかのように色濃くなってゆく。 | |||
ペルシカ | 第9地区は無視しましょう。 | ||
ペルシカ | 休憩エリアに部隊を派遣して、C区画の第一幹線道路から撤退を援護させてください。 | ||
ペルシカ | 消防チームと製造局は、同タイミングで出発を。 | ||
ペルシカはやや俯いている。額に落ちる前髪の影が、瞳に宿る闇を押し隠した。 もともと青白かった顔から、さらに血の気が退いている。 | |||
だが、スクリーン上の真っ赤な警告が減る気配はない。 | |||
イムホテプ | ペルシカさん! | ||
イムホテプ | こちらイムホテプ、司令部に戻ったのね! | ||
イムホテプ | 増援はまだなの!?どこに撤退すればいいか教えて! | ||
ペルシカ | そうだ、G区画……ホライズンさん、前線の医療小隊に支援を回して!はやく! | ||
ホライズン | だ、だけど…… | ||
ホライズン | ……もう、手配できる人がいないよ…… | ||
ペルシカ | そんな…… | ||
ホライズンは自身のスクリーンをペルシカの前へと動かしてみせた。 | |||
人員、交通、物資……無数の鮮やかなタグが、 身動きのとれないことを表わす文字列となって、 イムホテプのいる区画を取り囲んでいた。 | |||
システム | 【エラー、目標エリアに到達できるルートが存在しません】 【繰り返します……】 | ||
ペルシカ | ど、どうして…… | ||
イムホテプ | もう前線は持たないわ!それに、これだけの負傷者、私一人じゃ対処しきれない! | ||
マグニルダ | イムホテプ!M03小隊ももうダメだ!負傷者を頼む! | ||
イムホテプ | わかったわ! | ||
イムホテプ | ペルシカ。エージェントたちがエントロピーに呑み込まれたら、リセットする機会すら失われてしまう。 | ||
イムホテプ | もし、本当に間に合わなかったら、私が彼らを強制リセットするわ―― | ||
ペルシカ | だ、ダメです! | ||
ペルシカ | 私は……誰も犠牲になど…… | ||
そう言いかけて、ペルシカは口を閉ざした。 彼女は手を動かし、あらゆる状況の中から解決策を見つけ出そうとする。 しかし、どの可能性を試してみても、システムの答えは同じだった。 | |||
システム | 【エラー】 | ||
システム | 【エラー……】 | ||
システム | 【エラー!】 |