懸光昇変 PART.2 劣勢束縛

Last-modified: 2025-02-16 (日) 22:53:33

オアシス、司令部。
ホライズン未処理の情報はここねー、優先順位ごとに色で分けておいたよ。ダークレッドはけっこうヤバめで、ライトグリーンは急がないやつー
ホライズン襲撃があってから、エージェントたちがどんどんオンラインになってる。みんな、ペルシカからの命令を待ってるよー
ペルシカよかった……黛煙さんとラムさんが司令部にいないせいで、てっきり酷い状況になっているものかと。
ペルシカホライズンさんがいてくださって助かりました、あとは私におまかせください。
ホライズンううん、ヘーキ。施工チームを連れて、報告に戻ってきてただけだからー
ホライズン……でも、ホントにダイジョーブ?
ペルシカえっ?
ホライズンペルシカの瞳のなか、色がぐんぐん変わってる。みんなは気がつかないだろうけど、わたしにはわかるよ。インクブラックのデータフローが、激しく流れてる……
ホライズンもしかして、メンタルが――
ペルシカ私は平気です。
 ペルシカは笑った。
その視線はホライズンを通り越し、背後の巨大なスクリーンへと向けられた。
次々とポップアップする真っ赤な情報画面が、広いスクリーンを埋め尽くしている。
 スクリーンの前にある教授のデスクは空のままだ。
それでも、あの聞き慣れた声は、ペルシカの耳元にこだまし続けている。
{教授}大丈夫、あなたにならできるわ。
ペルシカ私なら問題ありません、どうか信じてください。
 ペルシカは深呼吸をした。
ペルシカこれよりも酷い状況を、いくつも見てきました。浄化者に侵入されて、多くの仲間を失った。オアシスも一度は崩壊しかけたんです。
ペルシカそれでも、私たちは今日まで歩んできた。だから、今回も同じです。たとえ、あなたがいらっしゃらなくても……
ホライズンペルシカ……
 ペルシカは視線を戻し、目を伏せた。
語気が緩やかになる。
ペルシカ私は……やり遂げなくては。教授はいない、いるのは私だけ。追放者と教授の信頼に背くわけにはいかないんです。
ペルシカ各部門にペルシカが司令部へ戻ったとお伝えください、すべての報告は私につないで。状況は切迫しています。ホライズンさん、情報のとりまとめをお願いできますか。
ホライズン……わかった。
 ホライズンが各部門に情報を同期すると、ホール内に緊急通信要請が続々と鳴り響いた。
ペルシカこちら司令部、指揮システムが復旧しました。各部門、報告を。
フローレンスペルっち、や~っと戻ったんだ!医療部門に人手を回して、多ければ多いほど助かる!こっちはもうテンテコマイだよ!
ペルシカお待ちを、ボニーさんから通信が来ています。彼女を含んだ6名をそちらに――
フローレンスちょっと、ちょっとちょっと!たったの6人!?
フローレンスペルっち、こんな時に冗談やめてよ!人の命がかかってるんだよ!?そりゃボニーは可愛くて働き者だけどさぁ、6人はさすがに少なすぎでしょ!
ペルシカで、ですが……
パナケイアフローレンス。通信してるところ悪いけど、到着してる負傷者は安置し終えたわ。後で……
フローレンスはいはいはい、すぐ行く!
エージェント痛い……痛いよ……誰か助けて、助けてください……
 フローレンスの背後から、誰かの泣き叫ぶ声がうっすらと響いた。
それは鋭い鏃(やじり)のようにペルシカの心を貫く。
フローレンスとにかく、6人はダメだよ。負傷者がどれだけいるかわかってる?ありったけの人手を手配しておいて。
フローレンス頼んだからね!それじゃ!
 通話が切られ、話中音が鳴った。
ペルシカの目の前に、かつての仲間たちがデータと化した情景が浮かび上がる。
ホライズン人手がぜんぜん足りないよー……ペルシカの判断は、正しいと思うけどな。
ペルシカわ、私……
 
エージェントうわぁぁぁーー!!どうして、どうしてこんなことに……
あの浄化者たち、なんで僕らを付け狙うんだ……!!
エージェント私たちは、どうしたら……ペルシカさん、助けてください……
エージェント嫌だよ、リセットされたくない……
もっとみんなと暮らして、お喋りして、それから……
??ペルシカ、早く逃げるんだ。少なくとも、お前だけは。
ペルシカだけど……だけど私……
{教授}大丈夫よ、ペルシカ。
{教授}もう二度と、追放者を犠牲になどさせるもんか。
 
ホライズンペルシカー?
ペルシカ……二度と、追放者を犠牲になどさせるもんですか……
ペルシカホライズンさん!20名のエージェントを医療部門に向かわせてください!
ホライズンだ、だけど、今動けるのは30人だけだよ、そんなことしたら……
ペルシカかまいません。医療部門さえ活発になれば、より多くのエージェントが復帰できる。私は、これが最適解だと信じています。
ペルシカそれに……これ以上の犠牲は絶対に許されない、それだけは絶対に。
ホライズン……わかった。
エージェントペルシカさん!ハッブルさんから連絡です!
ペルシカこちら司令部、状況の報告を。
ハッブルこちらデータセンター、砲撃で一部が崩壊してるわ。少なくとも3つのデータバンクがオフラインになってる。今、データを復旧してるところ。
 通話の向こうから、うっすらと叫び声が聞こえる。
ペルシカデータセンターが……!?
ホライズンそんな……もしあそこのデータが飛んだら……
ホライズンエージェントが、本当に死んじゃうってこと……
ペルシカ……わかりました。ハッブルさん、後方部門のエージェントをそちらに派遣します。
ハッブルうん、ありがとう。フレネルが自分で処置するって聞かなくって。
ハッブルそれと、敵が……エントロピーの群れがこっちに向かってるみたいなの。武力支援を要請するわ。
ペルシカ武力支援……ホ、ホライズンさん……
ホライズン戦闘エージェントはみんな前線で戦ってるよ、データセンターにまで人員を割けない……
 ドォン――
ハッブルきゃあっ!
ペルシカハッブルさん!?どうなさいました!?
ハッブルここも安全じゃないみたい、一旦フレネルと合流するね。そうすればしばらくは――
ホライズンペルシカ、新しい通信が来てる!
ペルシカつないで!
 ペルシカは手を握りしめ、ためらうことなく通信を受け取った。
憂いを紛らわすためか、目前の難題から目を逸らすためかはわからない。
シーモ司令部、こちらシーモ!前線に復帰しました!
ペルシカシーモさん!ご無事でしたか!
シーモよかった、ペルシカさんも無事だったんですね!
シーモオアシスが砲撃されたとたん、エントロピーの群れに捕まってしまって。ようやく包囲から逃れたところです。何か手伝えることはありますか?
 ペルシカは藁をもつかむように、ホライズンと素早く視線を交わした。
ホライズンは意を察して、すぐさま演算を始める。
ペルシカシーモさん、データセンターがエントロピーに狙われています。待機中のエージェント全員を連れて、支援に向かってください。
ホライズンすごい数のエントロピー……これだけの人数じゃ対抗できないかも……
シーモわかりました。道すがら戦える者を見つけて、データセンターに向かいます。
ペルシカよろしくお願いします。
ペルシカハッブルさん、シーモさんがそちらに駆けつけています。彼の指示に従ってください。
ハッブルわかった。星たちの導きがありますように。
ホライズン……
ホライズンペルシカ、全員をシーモに託しちゃってよかったの……?もし、他に助けを求めてる人がいたら……
エージェントペルシカさん!製造局からの連絡です!
ペルシカまずは目前の問題から解決していきましょう!つないでください!
ペルシカこちら司令部、具体的な状況の報告を!
 スクリーン上に赤い警告マークが点滅し続ける。
司令部は騒然となりだした。
オクトーゲンおい、ペルシカ!第9地区の端に……
アンジェラ司令部、休憩エリアが……
チェルシー司令部!消防チームが……
 要請がますます増えてゆき、状況はいよいよ複雑化し始める。
ペルシカ第9地区、休憩エリア、消防チーム……どうしたらいい、どうしたら……そのまま封鎖する?それとも調整を……
{教授}ペルシカ、私はあなたを信じてる。
ペルシカ大丈夫、私にならできる……その通りに手配してください。
{教授}もう二度と、仲間を失いはしない。
ペルシカ人手をできるだけ派遣して、犠牲を最大限回避するんです。
{教授}オアシスを、私たちの家を守るのよ。
 ペルシカの瞳孔が、すべてを呑み込むかのように色濃くなってゆく。
ペルシカ第9地区は無視しましょう。
ペルシカ休憩エリアに部隊を派遣して、C区画の第一幹線道路から撤退を援護させてください。
ペルシカ消防チームと製造局は、同タイミングで出発を。
 ペルシカはやや俯いている。額に落ちる前髪の影が、瞳に宿る闇を押し隠した。
もともと青白かった顔から、さらに血の気が退いている。
 だが、スクリーン上の真っ赤な警告が減る気配はない。
イムホテプペルシカさん!
イムホテプこちらイムホテプ、司令部に戻ったのね!
イムホテプ増援はまだなの!?どこに撤退すればいいか教えて!
ペルシカそうだ、G区画……ホライズンさん、前線の医療小隊に支援を回して!はやく!
ホライズンだ、だけど……
ホライズン……もう、手配できる人がいないよ……
ペルシカそんな……
 ホライズンは自身のスクリーンをペルシカの前へと動かしてみせた。
 人員、交通、物資……無数の鮮やかなタグが、
身動きのとれないことを表わす文字列となって、
イムホテプのいる区画を取り囲んでいた。
システム【エラー、目標エリアに到達できるルートが存在しません】
【繰り返します……】
ペルシカど、どうして……
イムホテプもう前線は持たないわ!それに、これだけの負傷者、私一人じゃ対処しきれない!
マグニルダイムホテプ!M03小隊ももうダメだ!負傷者を頼む!
イムホテプわかったわ!
イムホテプペルシカ。エージェントたちがエントロピーに呑み込まれたら、リセットする機会すら失われてしまう。
イムホテプもし、本当に間に合わなかったら、私が彼らを強制リセットするわ――
ペルシカだ、ダメです!
ペルシカ私は……誰も犠牲になど……
 そう言いかけて、ペルシカは口を閉ざした。
彼女は手を動かし、あらゆる状況の中から解決策を見つけ出そうとする。
しかし、どの可能性を試してみても、システムの答えは同じだった。
システム【エラー】
システム【エラー……】
システム【エラー!】