懸光昇変 PART.20 異色の陽動

Last-modified: 2025-02-16 (日) 23:18:45

オアシス、高濃度オペランドフィールド外。
ペルシカソルさん……
ソルう……
 聞き慣れた声がして、ソルはどうにか目を開けた。
ペルシカソルさん、目が覚めたんですね!?
ソルう、うわぁっ!?
 ペルシカの抱擁を感じてようやく、ソルはすべてが終わったのだと実感した。
アントニーナまったく、幸運に恵まれてますよ。そんな状況で、こうも早く目覚めるとは……
ソルあはは、褒め言葉ってことにしとく……
アントニーナよくも笑えたものですね……頭から爪の先まで傷だらけな上に、右腕はもはや人の形を留めてないんですよ!?
ソル……
アントニーナ……聞いてるんですか?
ソルまぁ……そもそも人形だし?
 アントニーナはつかつかとソルに近づいて、彼女にデコピンを食らわせた。
アントニーナああなったらすぐに撤退しろと言いましたよね!?小型爆弾を渡したのは、なんのためだと思ってるんです!?どうして使わなかったんですか!!
ソルえへへ……戦いから生き残り、なおかつ資源も無駄にしない。これが頭脳派の実力ってヤツさ!
アントニーナふざけないでください、こっちは真面目に話してるんです!!もし負けていたら……
ソルだって約束したもん、みんなで一緒に現実に帰るって。
ソルそれに、あそこで逃げてたら、今までの努力が水の泡でしょ?アンナも少しは褒めてくれたっていいじゃ~ん!
 ソルの輝く笑顔を見て、アントニーナは妥協するかのように溜息をついた。
アントニーナハァ……無事でよかったですよ……
ペルシカふふふ……そういった話は、また後にしましょうか。ソルさんが目を覚まされただけで、今は十分です。
ペルシカそうだ、これ。先ほどの戦いで落としていましたよ。
 ペルシカはソルのネックレスを彼女の首にかけた。
戦火を経験した後でも、小瓶の中の緑は少しも色褪せていない。
ペルシカソルさん。
ソルん?
ペルシカよく頑張りましたね!!
ソル………わぁ、ペルシカ。なんだか教授みたいだ!立派、立派!
ペルシカいえそんな、私なんてまだまだです。でも、ありがとうございます。
ペルシカ応急処置は終わりました、あとはA区画の医療施設で治療を受けてください。ちょうどそちらで障壁の修復と検査があるので、アントニーナさんが同行します。
ソルペルシカは休まないの?
ペルシカオアシスにはまだクラゲエントロピーが残っていますから。敵を一掃したら、私も向かいますね。アントニーナさん、ソルさんをよろしくお願いします。
ソル一人でも大丈夫なのに……
アントニーナ無鉄砲者には発言権なんてありませんから。
 アントニーナはソルの抗議を無視して彼女を支え、
小隊メンバーとともに、すでに戦況の落ち着いたA区画外環へと向かった。
 
オアシス、A区画、サンドボックス障壁。
アントニーナ修復ポイントはこのあたりか……医療部門の方が迎えに来るそうですので、ここでお待ちください。
ソル医療部門も大変そうだね……
アントニーナまだ戦いは終わっていませんし、負傷者がかなりの数ですからね。
ソルべつに休憩しなくても平気なんだけどな、それに手伝――
ソルな、なんでもない。や、やっぱり、しっかり休んでおこうっと!
 アントニーナの恐ろしい剣幕を見て、ソルはすぐに態度を変えた。
アントニーナプッ……くくく……あははは!
ソルえっ、ア、アンナ……?どうしたの、メンタルがおかしくなった?お、脅かさないでよ……!
アントニーナなんですかそれ。ただ笑っただけですよ、驚くことないでしょう。
ソルあ、あは、あはは……
アントニーナ私はただ……
アントニーナみんな、いつの間にか成長していたんだなと……
アントニーナ皆さんと肩を並べて戦うのが、こんなに楽しいだなんて、昔は思いもしませんでしたよ。
アントニーナ私も負けていられないな――そう思っただけです。
アントニーナ……なんとか言ったらどうなんです?
ソルあのさ、アンナ。こんな時に言いたくないんだけど、あれ見て。
アントニーナおや、この部分の障壁、やや不安定ですね……
ソルそうじゃなくって!障壁の外にエントロピーが残ってる!
 アントニーナが外を見ると、数匹の下位エントロピーがオアシスを攻撃していた。
サンドボックス障壁を破れはしないが、そのせいで震動が起きている。
ソルあいつら、往生際が悪いなぁ!またペルシカが大変……ん?
 タタタタタッ――
 ふいに火光が上がり、障壁の外にいたエントロピーが瞬時に液体と化した。
ソルあれっ、外勤小隊が戻ってきたのかな……
アントニーナ違う、あれは……浄化者だ!!
 二人の視界に現れたのは、おびただしいまでの浄化者の大群だった。
彼らが通った場所のエントロピーが粉々になる。
ソル強い……さっすが浄化者!
アントニーナまったく、遅刻にも程がありますね。強敵はとっくに倒した後ですよ。
アントニーナしかし……ロッサムでフェイスに助けられはしましたが、こいつらが味方かどうかは、まだわかりません。
 アントニーナは警戒した様子で、先頭にいるフォーティテュードを見た。
そしてサンドボックス障壁の防御力レベルを上げる。
フォーティテュード【ピッ――IDを確認、作戦行動開始】
 フォーティテュードが二人に近づいてきた。
その巨大な躯体は、見るものに圧迫感を与える。
フォーティテュード【イオスフォロス様の命令で、オアシスの支援に参りました】
フォーティテュード【こちらが、イオスフォロス様と{教授}教授の指令書です。サンドボックス障壁を開けてください】
アントニーナ……指令は問題なさそうですね。
ソル「イオスフォロス」ってヤツ、やるじゃ~ん!よかった、これでようやく一息つけるよ!
アントニーナ障壁のホワイトリストへの登録完了。とりあえず、ペルシカに一言……
 フォーティテュードは浄化者の一部を率いて、サンドボックス障壁をくぐった。
彼らが近づくにつれ、ソルはなぜか不安に駆られる。
 ふいに、フォーティテュードの頭部が光った。
浄化者との戦いを何度も経験してきたソルには、それが何を意味するかわかった。
モードが切り替わったのだ。
ソル……待って、なんだか変だ!
アントニーナえ?
 ゴッ!!
 ソルがすぐさまアントニーナを突き飛ばした。
フォーティテュードの鋭い爪が、先ほどまでアントニーナのいた場所の地面を抉った。
フォーティテュード【作戦ターゲットを確認、捕獲モード起動……】
アントニーナどういうこと……
ソルアンナ!!逃げて!!こいつら、あたしらを助けに来たんじゃない!!
 
浄化者No.05哨戒タワー。
ユーカリストふぅむ……これは……ここでおじゃ!!
{教授}ハァ……これは囲碁よ、五目並べじゃないんだから。
それにゲームが終わったって、あなたを逃がすつもりはないわ。
ユーカリストこんなもの、まろにはムリじゃと言うとろうがぁ~……
 ユーカリストは泣きそうな顔で周囲を見渡した。
部屋の中のクラゲエントロピーは、どれも床にへばりついたまま動かない。
先ほどまでの元気が嘘のようだ。
ユーカリスト教授~、まろが間違っていたでおじゃ。見よ、オアシスはドロメアを倒し、まろは兵を失った。慈悲深き教授どのよ。どうじゃ、ここは一つ、まろを見逃してたも?
{教授}あなたが私を見逃したことなんて、一度もなかったのに?
大人しく浄化者に連行されることね。
ユーカリストそ、それは困るでおじゃ……
 ユーカリストは哨戒タワーを包囲する浄化者たちを見て、何かを決心した。
ユーカリスト……センカタないの。相手が価値を認めるものでなければ、取り引きにはならぬ。
ユーカリストそちに価値のある情報を提供する代わりに、まろを見逃す、というのはどうかえ?
{教授}あなたの身柄よりも、価値のあるもの?
ユーカリストオアシスの存続に関わる情報……と言ったらどうする?
{教授}オアシスの?
 私はユーカリストを見た。彼女は両手を固く握りしめている。
大きなリスクを冒そうとしているようだ、表情は嘘をつかない。
{教授}詳しく聞かせてもらえる?
ユーカリストまろは、ここで延々よもやまを語ろうとかまわぬぞい。じゃが、オアシスを助けるチャンスを逃せば、後悔するのはまろにはおじゃらぬ。
{教授}のらりくらりと躱されて、あなたをどう信じろと?
ユーカリスト……よかろ。多少のエサがなくては、教授はかからぬようじゃ。このメッセージは、まろからの下賜だとでも思え。
ユーカリストそちにわかるかえ?まろがなぜああも寛ぎ、リバベルの追手を微塵も憂いておらぬのか。
{教授}可能性はいくつもあるわ。
逃げられる自信があったか、あるいは浄化者の戦闘力を侮っていたか……
ユーカリストはて、不思議じゃのぉ。見よ、まろはとっくに捕らえられておるぞ?
{教授}あなた、もしかして……リバベルに共犯者がいるって言いたいの?
ユーカリストビンゴでおじゃ!ならば当ててみよ……哨戒タワーに来るはずの部隊は、今はどこにおるのかのぉ?
{教授}浄化者が部隊をオアシスに向かわせたと?
それがどうしたの、こっちにはイオスフォロスとの契約があるのよ。
そのおかげで、フェイスの協力を得ることができた。
{教授}たとえ浄化者がオアシスに敵意を持っていたとしても、
私の指令なしに、追放者は彼らをオアシスに迎え入れはしない。
ユーカリストもし、そちの指令があったとしたら?
{教授}指令は偽造できないわ。
私のシグネチャコードを直接採取でもしない限り……
 ガタッ――
 私は何かに気づいて、猛然と立ち上がった。
 
イオスフォロスシグネチャコードの採取完了。
この方法、気に入ってもらえたかしら?
イオスフォロス今日から、浄化者とオアシスの間に新たな関係が築かれたわ。
イオスフォロスそれじゃ……またすぐに会うことになるでしょう。
 
{教授}しまった……フェイス、リバベルに状況を確認して!
浄化者内部で事変が起きてる可能性があるわ!!
{教授}それに、オアシスが……
ユーカリストやっと信じたようでおじゃるの。さて、彼奴の目的を教えたら、まろを解放してくれるかえ?
{教授}……いいわ。
ユーカリストその言葉、忘れるな!彼奴らの目的は……
 ……
 私は再び通信を立ち上げた。だが応答はない。
 話中音を聞いていた私の心が、少しずつ沈んでいった……