システム | 【アドミニストレーターIDを確認、ファイアウォールが閉じられます】 | ||
---|---|---|---|
戦闘部隊を引き連れて戦場へと駆けつけたペルシカは、 アントニーナとともに、硝煙に満ちた土地に立っていた。 戦場を覆っていた白い光は、すでに消えている。 | |||
結果を知りつつも、二人は希望を胸に彼女の姿を探した。 けして消えないはずの笑顔に、再び会えることを期待して。 | |||
エージェント | ペルシカさん、こちらです…… | ||
ペルシカはエージェントが指さすほうを見た。 そこには、原型を留めぬほどに焼け焦げた、人形の素体があった。 少し離れた場所の地面には、剣が突き刺さっている。 | |||
剣は、長い戦いと激しい爆撃を受けてもなお倒れずにいた。 その主と同じように。 | |||
ペルシカ | 違う、違うわ、ソルさんじゃない、ソルさんじゃ…… | ||
ペルシカはそう呟きながらも、おぼつかない足取りで、朽ち果てた亡骸へと近づいた。 | |||
レールガンの洗礼を受けていても、敵の残した刃と弾丸が、 フレームの奥深くへと突き刺さっているのがわかった。 しかも、エントロピー化の痕跡までみられる。 | |||
システム | 【シグネチャコード認証完了、人形ID「ソル」】 | ||
冷ややかな電子音声が、彼女に残酷な現実を告げた。 | |||
ペルシカ | 嘘よ……そんなはずない!!! | ||
アントニーナ | ペルシカさん…… | ||
ペルシカはそう叫ぶと、自我を失った傀儡のように、亡骸の傍に崩れ落ちた。 アントニーナがペルシカを抱きしめた。懐に収まった体から、徐々に力が抜けてゆく。 まるで、すべてのエネルギーが失われてしまったかのごとく。 | |||
ペルシカの瞳から滔々と涙がこぼれる。 ふいに液体のようなものが、アントニーナの手に滴った。 彼女はその時ようやく、自分も泣いているのだと気づいた。 | |||
亡骸はオペランドとなって、徐々に徐々に、空気中へと消えていった。 ペルシカはアントニーナの腕から逃れると、 なりふりかまわずにソルだったものを抱きしめた。 | |||
ペルシカ | ……そうだ、リセット。まだリセットがある…… | ||
アントニーナ | エントロピー化がコアまで進んでいます。もう…… | ||
アントニーナはそれ以上言わなかった。 二人はただ黙って、透き通ってゆく亡骸を見守るしかなかった。 | |||
ペルシカは、何かを抱いていた姿勢のまま、動かない。 | |||
ペルシカ | ソルさ……ソルさん…… | ||
ペルシカ | せっかく、せっかく……ここまで、来たのに…… | ||
ペルシカは同じ姿勢のまま、拳をきつく握りしめた。 触れられるはずの存在が消え、手のひらには何も残らない。 ペルシカの手のひらに食い込んだ爪痕から、オペランドがゆっくりと流れる。 | |||
亡骸が完全に消失した瞬間、何かが光った。 見ると、彼女が倒れていた場所に、小さな小瓶が落ちている。 | |||
ノット | オアシスもこんなふうに、緑に包まれた場所なんだろうな。みんなが安心して暮らせるような。 | ||
ソル | ふぅん……そうだ!この瓶に植物を入れておこう。オアシスに着いたら、予想が正しかったかどうか見てみようよ! | ||
「この緑は、みんなに託すね」 | |||
浄化者No.05哨戒タワー。 | |||
何度通信を試みただろうか、ようやく聞き慣れた声が応答した。 | |||
{教授} | アントニーナ……! | ||
アントニーナ | ……ええ、私です。 | ||
私はアントニーナの声がどこか湿っているのに気づいた。 災難があったことを直感が告げる。 | |||
{教授} | 何があったんだ? | ||
アントニーナ | ソル、さんが……イオスフォロスを、足止めするために…… | ||
アントニーナは黙った。 その沈黙が、すべてを物語っていた。 | |||
私は端末を握りしめて、自分の声をできる限り取り戻そうとした。 | |||
{教授} | 他のみんなは? | ||
アントニーナ | オアシスは無事です。現在、秩序の回復と負傷者の治療を急いでいます。 | ||
アントニーナ | それと、現場でイオスフォロスの欠片を見つけました。どうやら、オアシスへ来たのは彼の欠片が変化した分身だったようですね。 | ||
アントニーナ | ソルが、残してくれたものです。 | ||
{教授} | ……わかった、すぐに戻る。 | ||
私は通信を切った。 目の前に座るユーカリストが、肩をすくめてみせた。 | |||
ユーカリスト | どうじゃ、まろの言う通りでおじゃろ?嘘偽りなき情報におじゃるぞ。 | ||
{教授} | 君の背後に、イオスフォロスが? | ||
ユーカリスト | 答えはもう目と鼻の先でおじゃるの。しからば約束通り、さらばでおじゃ~る~ | ||
フェイス | そう簡単に逃げられるとでも思ったか!全浄化者、攻撃用意! | ||
ユーカリスト | おろろっ!?ハ、ハナシが違うぞい!? | ||
{教授} | 情報を出すのが遅すぎたんだ。 それに、私が見逃したからといって、浄化者もそうするとは限らない。 | ||
フェイス | 攻撃するか? | ||
{教授} | 判断にまかせるよ。 | ||
フェイス | 粛清モード、起動!! | ||
ユーカリスト | おっろろろろーーーん!? | ||
ユーカリスト | ぬぬっ、なんじゃこれは!?パ、パチンコォ!?やめんかコラ―― | ||
硝煙が散ると、ユーカリストは姿を消していた。 | |||
ふいに眩暈に襲われ、私は椅子に座り込んだ。 | |||
{教授} | ユーカリストは浄化者を裏切り、イオスフォロスを裏切った。 彼女の後始末は、誰かがつけるだろう。 問題は、リバベルだ…… | ||
{教授} | (早く気づくべきだった) | ||
{教授} | (ユーカリストがああも簡単にリバベルを抜け出せたこと、 そして、ピエリデスからバーバンクまでの出来事。 エントロピーにまつわる危機の背後には、必ずイオスフォロスの影があった……) | ||
{教授} | (私たちのサンドボックス障壁を放置したのも、 より多くのセクターを浄化者の管轄から外し、 エントロピーが侵入しやすくするためだろう) | ||
{教授} | (警戒しておくべきだったんだ、 奴の言葉と浄化者という身分にほだされてしまった……) | ||
{教授} | (イオスフォロスの目的はなんだ?なぜアントニーナを標的にする?) | ||
もつれた思考が脳内に充満しだす。 考えがまとまらない私の横で、フェイスが下位浄化者からの緊急通信を受け取った。 | |||
通信を受けたフェイスの表情が変わる。 そして最後に頷いた。 | |||
フェイス | ……承知いたしました、ヘスペロス様。これよりリバベルへと帰還いたします。 | ||
フェイス | すまない、{教授}教授。我々の協力はここまでだ。 | ||
{教授} | リバベルで内乱があったんだな? | ||
フェイス | …… | ||
{教授} | 心配しなくても、私たちがイオスフォロス側につくことはない。 奴はオアシスを襲った。私たちは敵を同じくする仲間だ。 | ||
{教授} | オアシスがイオスフォロスに関する情報をつかんでいる。 ヘスペロスが望むなら、情報を交換したっていい。 | ||
フェイスはやや躊躇ったあとで、これまで築き上げてきた信頼を顧み、小さく頷いた。 | |||
フェイス | イオスフォロスは大勢の浄化者を連れて逃亡した。もはや浄化者は安全ではなくなった。教授、気をつけろ。 | ||
フェイスは簡潔にそう告げると、下位浄化者を連れて哨戒タワーを急いで立ち去った。 | |||
私は遥か遠くに微かに浮かぶ、雄壮なリバベルタワーを見た。 それが紫色の気配に覆われているように、私は感じてならない。 | |||
しばし考えた後で、私は通信を立ち上げた。 | |||
クロック | きょうじゅ……ソルが…… | ||
{教授} | 話は聞いた。部隊を整えてくれ、これよりオアシスへと帰還する。 | ||
クロック | ……わかった…… | ||
{教授} | その後で、すぐにエニグマに向かおう。 そこの量子データバンクでなら、イオスフォロスの残した欠片を分析できる。 奴の弱点をつかめるはずだ。 | ||
私は遠くのオアシスに目を向けた。戦火はすでに止んでいる。 だが私は知っていた。今となっては、二度と会えない者がいることを。 | |||
{教授} | この代償は支払ってもらうぞ、イオスフォロス。 | ||
>> 懸 光 昇 変 // E N D . . . |