懸光昇変 PART.22 スコア清算

Last-modified: 2025-02-16 (日) 23:22:01

システム【アドミニストレーターIDを確認、ファイアウォールが閉じられます】
 戦闘部隊を引き連れて戦場へと駆けつけたペルシカは、
アントニーナとともに、硝煙に満ちた土地に立っていた。
戦場を覆っていた白い光は、すでに消えている。
 結果を知りつつも、二人は希望を胸に彼女の姿を探した。
けして消えないはずの笑顔に、再び会えることを期待して。
エージェントペルシカさん、こちらです……
 ペルシカはエージェントが指さすほうを見た。
そこには、原型を留めぬほどに焼け焦げた、人形の素体があった。
少し離れた場所の地面には、剣が突き刺さっている。
 剣は、長い戦いと激しい爆撃を受けてもなお倒れずにいた。
その主と同じように。
ペルシカ違う、違うわ、ソルさんじゃない、ソルさんじゃ……
 ペルシカはそう呟きながらも、おぼつかない足取りで、朽ち果てた亡骸へと近づいた。
 レールガンの洗礼を受けていても、敵の残した刃と弾丸が、
フレームの奥深くへと突き刺さっているのがわかった。
しかも、エントロピー化の痕跡までみられる。
システム【シグネチャコード認証完了、人形ID「ソル」】
 冷ややかな電子音声が、彼女に残酷な現実を告げた。
ペルシカ嘘よ……そんなはずない!!!
アントニーナペルシカさん……
 ペルシカはそう叫ぶと、自我を失った傀儡のように、亡骸の傍に崩れ落ちた。
アントニーナがペルシカを抱きしめた。懐に収まった体から、徐々に力が抜けてゆく。
まるで、すべてのエネルギーが失われてしまったかのごとく。
 ペルシカの瞳から滔々と涙がこぼれる。
ふいに液体のようなものが、アントニーナの手に滴った。
彼女はその時ようやく、自分も泣いているのだと気づいた。
 亡骸はオペランドとなって、徐々に徐々に、空気中へと消えていった。
ペルシカはアントニーナの腕から逃れると、
なりふりかまわずにソルだったものを抱きしめた。
ペルシカ……そうだ、リセット。まだリセットがある……
アントニーナエントロピー化がコアまで進んでいます。もう……
 アントニーナはそれ以上言わなかった。
二人はただ黙って、透き通ってゆく亡骸を見守るしかなかった。
 ペルシカは、何かを抱いていた姿勢のまま、動かない。
ペルシカソルさ……ソルさん……
ペルシカせっかく、せっかく……ここまで、来たのに……
 ペルシカは同じ姿勢のまま、拳をきつく握りしめた。
触れられるはずの存在が消え、手のひらには何も残らない。
ペルシカの手のひらに食い込んだ爪痕から、オペランドがゆっくりと流れる。
 亡骸が完全に消失した瞬間、何かが光った。
見ると、彼女が倒れていた場所に、小さな小瓶が落ちている。
 
ノットオアシスもこんなふうに、緑に包まれた場所なんだろうな。みんなが安心して暮らせるような。
ソルふぅん……そうだ!この瓶に植物を入れておこう。オアシスに着いたら、予想が正しかったかどうか見てみようよ!
 「この緑は、みんなに託すね」
 
浄化者No.05哨戒タワー。
 何度通信を試みただろうか、ようやく聞き慣れた声が応答した。
{教授}アントニーナ……!
アントニーナ……ええ、私です。
 私はアントニーナの声がどこか湿っているのに気づいた。
災難があったことを直感が告げる。
{教授}何があったんだ?
アントニーナソル、さんが……イオスフォロスを、足止めするために……
 アントニーナは黙った。
その沈黙が、すべてを物語っていた。
 私は端末を握りしめて、自分の声をできる限り取り戻そうとした。
{教授}他のみんなは?
アントニーナオアシスは無事です。現在、秩序の回復と負傷者の治療を急いでいます。
アントニーナそれと、現場でイオスフォロスの欠片を見つけました。どうやら、オアシスへ来たのは彼の欠片が変化した分身だったようですね。
アントニーナソルが、残してくれたものです。
{教授}……わかった、すぐに戻る。
 私は通信を切った。
目の前に座るユーカリストが、肩をすくめてみせた。
ユーカリストどうじゃ、まろの言う通りでおじゃろ?嘘偽りなき情報におじゃるぞ。
{教授}君の背後に、イオスフォロスが?
ユーカリスト答えはもう目と鼻の先でおじゃるの。しからば約束通り、さらばでおじゃ~る~
フェイスそう簡単に逃げられるとでも思ったか!全浄化者、攻撃用意!
ユーカリストおろろっ!?ハ、ハナシが違うぞい!?
{教授}情報を出すのが遅すぎたんだ。
それに、私が見逃したからといって、浄化者もそうするとは限らない。
フェイス攻撃するか?
{教授}判断にまかせるよ。
フェイス粛清モード、起動!!
ユーカリストおっろーーーん!?
ユーカリストぬぬっ、なんじゃこれは!?パ、パチンコォ!?やめんかコラ――
 硝煙が散ると、ユーカリストは姿を消していた。
 ふいに眩暈に襲われ、私は椅子に座り込んだ。
{教授}ユーカリストは浄化者を裏切り、イオスフォロスを裏切った。
彼女の後始末は、誰かがつけるだろう。
問題は、リバベルだ……
{教授}(早く気づくべきだった)
{教授}(ユーカリストがああも簡単にリバベルを抜け出せたこと、
 そして、ピエリデスからバーバンクまでの出来事。
 エントロピーにまつわる危機の背後には、必ずイオスフォロスの影があった……)
{教授}(私たちのサンドボックス障壁を放置したのも、
 より多くのセクターを浄化者の管轄から外し、
 エントロピーが侵入しやすくするためだろう)
{教授}(警戒しておくべきだったんだ、
 奴の言葉と浄化者という身分にほだされてしまった……)
{教授}(イオスフォロスの目的はなんだ?なぜアントニーナを標的にする?)
 
 もつれた思考が脳内に充満しだす。
考えがまとまらない私の横で、フェイスが下位浄化者からの緊急通信を受け取った。
 通信を受けたフェイスの表情が変わる。
そして最後に頷いた。
フェイス……承知いたしました、ヘスペロス様。これよりリバベルへと帰還いたします。
フェイスすまない、{教授}教授。我々の協力はここまでだ。
{教授}リバベルで内乱があったんだな?
フェイス……
{教授}心配しなくても、私たちがイオスフォロス側につくことはない。
奴はオアシスを襲った。私たちは敵を同じくする仲間だ。
{教授}オアシスがイオスフォロスに関する情報をつかんでいる。
ヘスペロスが望むなら、情報を交換したっていい。
 フェイスはやや躊躇ったあとで、これまで築き上げてきた信頼を顧み、小さく頷いた。
フェイスイオスフォロスは大勢の浄化者を連れて逃亡した。もはや浄化者は安全ではなくなった。教授、気をつけろ。
 フェイスは簡潔にそう告げると、下位浄化者を連れて哨戒タワーを急いで立ち去った。
 私は遥か遠くに微かに浮かぶ、雄壮なリバベルタワーを見た。
それが紫色の気配に覆われているように、私は感じてならない。
 しばし考えた後で、私は通信を立ち上げた。
クロックきょうじゅ……ソルが……
{教授}話は聞いた。部隊を整えてくれ、これよりオアシスへと帰還する。
クロック……わかった……
{教授}その後で、すぐにエニグマに向かおう。
そこの量子データバンクでなら、イオスフォロスの残した欠片を分析できる。
奴の弱点をつかめるはずだ。
 私は遠くのオアシスに目を向けた。戦火はすでに止んでいる。
だが私は知っていた。今となっては、二度と会えない者がいることを。
{教授}この代償は支払ってもらうぞ、イオスフォロス。
 
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