オアシス、司令部。 | |||
ペルシカ | シーモさんを呼び戻してイムホテプさんの支援に……ダメ、遠すぎる、間に合わない…… | ||
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ペルシカ | フローレンスさんと合流させるのは?……このルートじゃ被災地を迂回できない、危険すぎるわ…… | ||
ペルシカ | ごめんなさい、イムホテプさん、もう少し待ってもらえますか。すぐに、すぐに増援を向かわせますから……すみません、すみません……! | ||
ペルシカはありとあらゆる可能性を模索し続けた。 だが、これといった手段は一向に見つからない。 | |||
イムホテプ | ペルシカさん、あなた…… | ||
ペルシカ | 大丈夫です、きっと方法があるはず。絶対に……絶対にみんなを助けなきゃ…… | ||
イムホテプ | もう動かせる人員がいないのね?それに、あなたのメンタル…… | ||
ペルシカ | 心配いりません、私なら平気です。ただ見ているだけなんて、私にはできません。オアシスが、皆さんが…… | ||
ペルシカ | 私は絶対に……そうだ……私がG区画に戻ればいいんだ……! | ||
ペルシカ | イムホテプさん!待っていてください!すぐに助けに向かいますから! | ||
イムホテプ | ペルシカさん……あなたが? | ||
ペルシカ | はい!私にだって治療はできますし、それに指揮モジュールだって搭載されてます!現場に赴けば、きっとお役に立てるはず! | ||
イムホテプ | そうじゃなくて……そんなの、何の解決にもなってないじゃない!司令部から全体の状況を把握するのがあなたの仕事でしょう!? | ||
ペルシカ | あなたの言うとおりです、もはや司令部に戦力は残っていません。私がここにいたところで、何の意味もないんです。 | ||
ペルシカ | ホライズンさん、設備を!出発しましょう! | ||
ホライズン | ペルシカ。 | ||
ペルシカ | オペランドの補充装置はこちらに、あとは医療用設備を…… | ||
ホライズン | ペルシカ! | ||
ペルシカ | ああ、私の医療設備ですね?ありがとうございま…… | ||
パシッ――! | |||
ホライズンの両手が、ためらいなくペルシカの両頬に打ちつけられた。 そのまま顔をぐにぐにと捏ねくりまわす。 | |||
ペルシカ | ……あうぅ? | ||
ホライズン | ふむふむ。角度りょーこー、勢いもばっちり。サイコーの手形がついてそー | ||
ホライズンは両手でペルシカの頬を押さえたまま、彼女の口を丸い形にしてみせた。 そして相手に近づいて、状況を確認してみる。 | |||
ホライズン | 顔色は……ちょっと青白いけど、瞳孔は問題なさそうだねー | ||
ホライズン | ちょっとは落ち着けたー?わたしの言葉、聞こえてるー? | ||
ペルシカ | は……はい。 | ||
ホライズン | よしっ、ダイジョーブだねー。現実へおかえり、ペルシカ。 | ||
ホライズン | イムホテプの言ってること、ちゃんと聞いてあげてー? | ||
ペルシカ | …… | ||
そう言って、ホライズンは彼女を解放した。 ペルシカが呆然と周囲を見渡すと、司令部のエージェントたちが作業を止めて、 こちらに注目しているのに気づく。 | |||
そしてペルシカはようやく、通信画面に映るエージェントに目を向けた。 | |||
通信の中のイムホテプは、目を閉じて深呼吸をした。 その目が見開かれる時には、先ほどの慌てた情緒はすでに消え失せていた。 | |||
イムホテプ | やっと私を見てくれたわね、ペルシカさん。 | ||
イムホテプ | あなたの異常を放っておいたのは、私のミスよ。溺れかけた猫だって、まずは慰撫を必要とするわ。 | ||
ペルシカ | ……すみません、イムホテプさん。私…… | ||
イムホテプ | わかってる。司令部からの支援は望めないのよね? | ||
ペルシカ | はい。人員だけでなく、そこへ至るルートもすべて塞がれています。あらゆる可能性を試しました。ですが、もはやG区画に割ける余力はありません…… | ||
ペルシカ | だけど、私の率いる少数部隊なら、司令部の緊急通路からそちらに救援に向かえるはずです。 | ||
ペルシカ | ホライズンさん。司令部は頼みました、私は今から…… | ||
イムホテプ | 落ち着きなさい。今、あなたを最も必要としているのは司令部よ。それに、すべてを一人で背負い込む必要はないの。 | ||
イムホテプ | あなたの傍には、何人もの仲間がいるじゃない。私だって、いざとなれば自分でなんとか解決できる。 | ||
イムホテプ | ペルシカさん、あなたにもわかっているんでしょう? | ||
ペルシカ | …… | ||
スクリーン上のイムホテプを眺めるペルシカが、 大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出す。 彼女は、少しずつ冷静さを取り戻した。 | |||
ペルシカ | ホライズンさん。イムホテプさんの付近にいるエージェント全員に、司令部と通信を維持するよう伝えてください。こちらから全面的な指示を下します。 | ||
ホライズン | りょーかい。 | ||
ペルシカ | イムホテプさん。そちらの人数と座標をホライズンさんに同期して頂けますか。彼女ができる限りサポートします。 | ||
ペルシカ | 申し訳ありません、私にお手伝いできるのはここまでです……あとは頼みました。 | ||
イムホテプ | わかったわ。 | ||
イムホテプ | それでこそ、私たちの可愛い猫ちゃんね! | ||
ペルシカ | プッ……さっきも言っていましたね。なんですか、それ? | ||
イムホテプ | ふふふ、ちょっとしたニックネームよ。次に会ったら教えるわ! | ||
ペルシカ | わかりました。お戻りになったら、コーヒーをご馳走しますよ。 | ||
イムホテプ | はぁーい。イムホテプ、アウト。 | ||
…… | |||
イムホテプ | はぁーい。イムホテプ、アウト。 | ||
イムホテプ | まぁ、たいした理由でもないんだけど……単にネコミミ属性ってだけね。 | ||
イムホテプ | 四捨五入すればネコ娘、さらに七捨八入でお猫様ってわけ。 | ||
イムホテプ | 傷ついた猫は、当然、私の可愛い患者様だもの。 | ||
イムホテプ | 患者を困らせる医者がどこにいる? | ||
…… | |||
イムホテプとの通信を他のエージェントにまかせると、 ペルシカは口元をきゅっと結んで、自分の両頬を叩いてみせた。 | |||
叩くこと3回。そして静かに息を吐く。 | |||
ペルシカ | ふぅー……落ち着いて、目の前の問題ばかりに囚われちゃだめ。オアシスのリーダーとして、やるべきことを考えるの…… | ||
ペルシカのメンタルが情報を整えるにつれ、 目の前のすべてが、次々と無数のピースへと姿を変えていった。 それらはもはや、単独ではなくなった。 | |||
あちこちに散らばる情報が、記憶領域へと丁寧にしまい込まれてゆく。 情報が整然となるにつれ、物事の優先順位がはっきりとしだす。 先ほどまで気づけなかったディテールを、彼女の視線が捉えた。 | |||
ペルシカ | 襲撃の目的がなんだろうと、敵がいかなる計画を企てようと、私には関係ない。 | ||
ペルシカ | 今、注意すべきことはたった一つ…… | ||
ペルシカの思考と視線は手を取り合って、 慌ただしくするホライズンのもとへと舞い降りた。 | |||
ペルシカ | ホライズンさん! | ||
ホライズン | はーい? | ||
ペルシカ | 医療部門、製造局、消防センターからすでに出発している部隊を除き、まだ手配されていないリソースの優先順位をすべてワンランク下げてください。 | ||
ペルシカ | 新たに復帰したエージェントたちはその場で待機。攻防分離帯を設置し、エントロピーの侵入防止を最優先とします。各部門は現場の状況に応じた行動を。 | ||
ペルシカ | それと…… | ||
ペルシカはスクリーンを重々しくタップした。 | |||
ペルシカ | C区画と各エリアとを繋ぐ通路の完全封鎖は、現実的ではありません。布陣がまばらになり、結局、エントロピーの大規模な侵入を許してしまう。 | ||
ペルシカ | 故に今回の対襲撃作戦では、サンドボックス障壁の修復を最優先目標とします!G区画を諦めることは許されません! | ||
ペルシカ | すでに侵入しているエントロピーの対処は後回しです、あくまで目的は穴を塞ぐこと!何がなんでも、敵の侵入経路を絶たなくては! | ||
ホライズン | ほんとに、前線に助けにいくんー? | ||
ペルシカ | ええ。私ではなく、あなたが。 | ||
ホライズン | へっ? | ||
ペルシカ | 付近から数名の戦闘エージェントを呼び戻しています。それと、製造局の一部のメンバーでメンテナンス小隊を編成しました。 | ||
ペルシカ | ホライズンさん。あなたが小隊を率いて、障壁の裂け目を塞ぐんです。 | ||
ホライズン | わ、わたしー? | ||
ホライズン | いいよ、わかった……なら、他の誰かに助手をまかせないとねー! | ||
ペルシカ | 司令部より全追放者へ、これより作戦目標を告ぐ!できる限り犠牲を出さずに、G区画の穴を塞げ!作戦開始! | ||
ペルシカ | 教授はオアシスを私に託してくださった……ここで台無しにしてたまるものか! | ||
オアシスにそびえる高層ビルが一瞬静まり返ったかと思うと、すぐに稼働を再開した。 あちこちから人々の声が沸き立つ。だがそれに、迷いや乱れはなかった。 |