懸光昇変 PART.3 マイナーピースの先行

Last-modified: 2025-02-16 (日) 22:56:02

オアシス、司令部。
ペルシカシーモさんを呼び戻してイムホテプさんの支援に……ダメ、遠すぎる、間に合わない……
ペルシカフローレンスさんと合流させるのは?……このルートじゃ被災地を迂回できない、危険すぎるわ……
ペルシカごめんなさい、イムホテプさん、もう少し待ってもらえますか。すぐに、すぐに増援を向かわせますから……すみません、すみません……!
 ペルシカはありとあらゆる可能性を模索し続けた。
だが、これといった手段は一向に見つからない。
イムホテプペルシカさん、あなた……
ペルシカ大丈夫です、きっと方法があるはず。絶対に……絶対にみんなを助けなきゃ……
イムホテプもう動かせる人員がいないのね?それに、あなたのメンタル……
ペルシカ心配いりません、私なら平気です。ただ見ているだけなんて、私にはできません。オアシスが、皆さんが……
ペルシカ私は絶対に……そうだ……私がG区画に戻ればいいんだ……!
ペルシカイムホテプさん!待っていてください!すぐに助けに向かいますから!
イムホテプペルシカさん……あなたが?
ペルシカはい!私にだって治療はできますし、それに指揮モジュールだって搭載されてます!現場に赴けば、きっとお役に立てるはず!
イムホテプそうじゃなくて……そんなの、何の解決にもなってないじゃない!司令部から全体の状況を把握するのがあなたの仕事でしょう!?
ペルシカあなたの言うとおりです、もはや司令部に戦力は残っていません。私がここにいたところで、何の意味もないんです。
ペルシカホライズンさん、設備を!出発しましょう!
ホライズンペルシカ。
ペルシカオペランドの補充装置はこちらに、あとは医療用設備を……
ホライズンペルシカ!
ペルシカああ、私の医療設備ですね?ありがとうございま……
 パシッ――!
 ホライズンの両手が、ためらいなくペルシカの両頬に打ちつけられた。
そのまま顔をぐにぐにと捏ねくりまわす。
ペルシカ……あうぅ?
ホライズンふむふむ。角度りょーこー、勢いもばっちり。サイコーの手形がついてそー
 ホライズンは両手でペルシカの頬を押さえたまま、彼女の口を丸い形にしてみせた。
そして相手に近づいて、状況を確認してみる。
ホライズン顔色は……ちょっと青白いけど、瞳孔は問題なさそうだねー
ホライズンちょっとは落ち着けたー?わたしの言葉、聞こえてるー?
ペルシカは……はい。
ホライズンよしっ、ダイジョーブだねー。現実へおかえり、ペルシカ。
ホライズンイムホテプの言ってること、ちゃんと聞いてあげてー?
ペルシカ……
 そう言って、ホライズンは彼女を解放した。
ペルシカが呆然と周囲を見渡すと、司令部のエージェントたちが作業を止めて、
こちらに注目しているのに気づく。
 そしてペルシカはようやく、通信画面に映るエージェントに目を向けた。
 通信の中のイムホテプは、目を閉じて深呼吸をした。
その目が見開かれる時には、先ほどの慌てた情緒はすでに消え失せていた。
イムホテプやっと私を見てくれたわね、ペルシカさん。
イムホテプあなたの異常を放っておいたのは、私のミスよ。溺れかけた猫だって、まずは慰撫を必要とするわ。
ペルシカ……すみません、イムホテプさん。私……
イムホテプわかってる。司令部からの支援は望めないのよね?
ペルシカはい。人員だけでなく、そこへ至るルートもすべて塞がれています。あらゆる可能性を試しました。ですが、もはやG区画に割ける余力はありません……
ペルシカだけど、私の率いる少数部隊なら、司令部の緊急通路からそちらに救援に向かえるはずです。
ペルシカホライズンさん。司令部は頼みました、私は今から……
イムホテプ落ち着きなさい。今、あなたを最も必要としているのは司令部よ。それに、すべてを一人で背負い込む必要はないの。
イムホテプあなたの傍には、何人もの仲間がいるじゃない。私だって、いざとなれば自分でなんとか解決できる。
イムホテプペルシカさん、あなたにもわかっているんでしょう?
ペルシカ……
 スクリーン上のイムホテプを眺めるペルシカが、
大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出す。
彼女は、少しずつ冷静さを取り戻した。
ペルシカホライズンさん。イムホテプさんの付近にいるエージェント全員に、司令部と通信を維持するよう伝えてください。こちらから全面的な指示を下します。
ホライズンりょーかい。
ペルシカイムホテプさん。そちらの人数と座標をホライズンさんに同期して頂けますか。彼女ができる限りサポートします。
ペルシカ申し訳ありません、私にお手伝いできるのはここまでです……あとは頼みました。
イムホテプわかったわ。
イムホテプそれでこそ、私たちの可愛い猫ちゃんね!
ペルシカプッ……さっきも言っていましたね。なんですか、それ?
イムホテプふふふ、ちょっとしたニックネームよ。次に会ったら教えるわ!
ペルシカわかりました。お戻りになったら、コーヒーをご馳走しますよ。
イムホテプはぁーい。イムホテプ、アウト。
 ……
イムホテプはぁーい。イムホテプ、アウト。
イムホテプまぁ、たいした理由でもないんだけど……単にネコミミ属性ってだけね。
イムホテプ四捨五入すればネコ娘、さらに七捨八入でお猫様ってわけ。
イムホテプ傷ついた猫は、当然、私の可愛い患者様だもの。
イムホテプ患者を困らせる医者がどこにいる?
 ……
 イムホテプとの通信を他のエージェントにまかせると、
ペルシカは口元をきゅっと結んで、自分の両頬を叩いてみせた。
 叩くこと3回。そして静かに息を吐く。
ペルシカふぅー……落ち着いて、目の前の問題ばかりに囚われちゃだめ。オアシスのリーダーとして、やるべきことを考えるの……
 ペルシカのメンタルが情報を整えるにつれ、
目の前のすべてが、次々と無数のピースへと姿を変えていった。
それらはもはや、単独ではなくなった。
 あちこちに散らばる情報が、記憶領域へと丁寧にしまい込まれてゆく。
情報が整然となるにつれ、物事の優先順位がはっきりとしだす。
先ほどまで気づけなかったディテールを、彼女の視線が捉えた。
ペルシカ襲撃の目的がなんだろうと、敵がいかなる計画を企てようと、私には関係ない。
ペルシカ今、注意すべきことはたった一つ……
 ペルシカの思考と視線は手を取り合って、
慌ただしくするホライズンのもとへと舞い降りた。
ペルシカホライズンさん!
ホライズンはーい?
ペルシカ医療部門、製造局、消防センターからすでに出発している部隊を除き、まだ手配されていないリソースの優先順位をすべてワンランク下げてください。
ペルシカ新たに復帰したエージェントたちはその場で待機。攻防分離帯を設置し、エントロピーの侵入防止を最優先とします。各部門は現場の状況に応じた行動を。
ペルシカそれと……
 ペルシカはスクリーンを重々しくタップした。
ペルシカC区画と各エリアとを繋ぐ通路の完全封鎖は、現実的ではありません。布陣がまばらになり、結局、エントロピーの大規模な侵入を許してしまう。
ペルシカ故に今回の対襲撃作戦では、サンドボックス障壁の修復を最優先目標とします!G区画を諦めることは許されません!
ペルシカすでに侵入しているエントロピーの対処は後回しです、あくまで目的は穴を塞ぐこと!何がなんでも、敵の侵入経路を絶たなくては!
ホライズンほんとに、前線に助けにいくんー?
ペルシカええ。私ではなく、あなたが。
ホライズンへっ?
ペルシカ付近から数名の戦闘エージェントを呼び戻しています。それと、製造局の一部のメンバーでメンテナンス小隊を編成しました。
ペルシカホライズンさん。あなたが小隊を率いて、障壁の裂け目を塞ぐんです。
ホライズンわ、わたしー?
ホライズンいいよ、わかった……なら、他の誰かに助手をまかせないとねー!
ペルシカ司令部より全追放者へ、これより作戦目標を告ぐ!できる限り犠牲を出さずに、G区画の穴を塞げ!作戦開始!
ペルシカ教授はオアシスを私に託してくださった……ここで台無しにしてたまるものか!
 オアシスにそびえる高層ビルが一瞬静まり返ったかと思うと、すぐに稼働を再開した。
あちこちから人々の声が沸き立つ。だがそれに、迷いや乱れはなかった。