懸光昇変 PART.5 誘引の策

Last-modified: 2025-02-16 (日) 22:58:46

オアシス、G区画の大通り。
ホライズンこちらホライズン小隊。封鎖エリアはぜんぶ避けてきたよー。もうすぐ予定のルートから目標地点に到着しまーす。
ホライズンこっちは順調だよー。司令部のみんな、精確な情報をありがとー
ホライズン……って、あれれ?ペルシカ、その包帯……
ペルシカああ、先ほど黛煙さんが戻られて、手当してくださったんです。
 
エージェント医療部門からの通信です――
フローレンスペルっち!誰を見つけたと思う!?
黛煙ペルシカさん!申し訳ございません。たった今、意識を取り戻したばかりで。すぐに司令部に向かいます!
ペルシカよかった、ちょうど副官がいなくて困っていたんです。容態はいかがですか?
黛煙わたしでしたら心配いりません、絳雨が砲撃から守ってくれました。まだ目覚めるには時間がかかりますが、彼女も無事です。
黛煙フローレンスさんが、わたしたちの救援要請を拾って、助けてくださったんです。
フローレンスえへへ。ペルっちが人手を回してくれたおかげだよ。
フローレンス悪いけど、私は忙しいからこれで。バ~イ!
 ……
 
ペルシカ――というわけでして。今後、G区画以外の戦場の指揮は彼女が担当します。障壁の修復に関しては、私にご連絡ください。
ペルシカ当然ですが、場合によっては通信の遅延も考えられます。その場合は現場の状況に応じて、ホライズンさんのご判断で行動して頂くことになります。
ペルシカ問題ありませんか?
ホライズンオッケー。もうすぐマグニルダたちと合流できそー
ペルシカ了解です。この作戦では、あなた方の役割が最も重要です。何かあれば、ただちに情報を同期してください。作戦の成功を祈って。
ホライズンはーい。
 ホライズンは通信を切って、遠くを眺めた。
 サンドボックス障壁に開いた巨大な穴からは、絶えず火光が散っている。
その下では、エージェントたちがエントロピーの群れと熾烈な戦いを繰り広げていた。
膨大な数の敵と比べると、彼らがひときわ小さく感じられる。
 とある人影が戦場の煙霧をふりはらい、
小さな人形をかばいながら、火光の中から姿を現した。
ホライズンマグニルダ!
マグニルダ迎えに行けなくてすまない、手が回らなくてね。あたいらですら前線から離脱するのがやっとだ。
マグニルダ後はこいつがお前さんたちをサポートするよ。偵察担当のマイだ。
マイよ、よろしくお願いします、ホライズン隊長!
 ピンク髪のエージェントが頭上のフードを引っ張って、少し畏まった様子で挨拶をした。
ホライズンうん、よろしくー。前線の情報はうけとったよー。おかげでいい作戦が立てられた、ありがとねー
マイい、いえ!あ、あの、早速なんですが、ご報告したいことがありまして!
マイ破壊された箇所のサンドボックス障壁は、現在オフラインになっています。先ほど、手動で障壁のシステムをインプットして、リアルタイムデータを同期しておきました。こちらです!
 ホライズンはマイの端末を受け取って、スクリーンに表示されているデータを見た。
彼女の眉間に、わずかなシワが寄る。
ホライズンサンドボックス障壁から、オペランドが失われてる……?マイ、具体的な座標って、わかったりするー?
マイそれが、座標が移動し続けているんです。しかも、かなり距離のある二つの場所から、同時にオペランドが流出することもあって。
マイとりあえず、現在の座標をマップ上に記しておきました。いつ転移するかわかりませんが……
ホライズン……なんか、そう単純なハナシじゃない気がしてきた。
マイはい。私も不思議に思って、オペランドの流出している座標に、観測気球をいくつか飛ばしてみたんです。
マイだけど、なぜかいつも途中で壊れるし、座標に到達できても、裂け目の他は何も見つからなくて……
マイ唯一使えそうな画像データがこちらです……
 マイは端末を操作して、一枚の写真を取り出した。
巨大なサンドボックス障壁のふもとに、小さな黒い点が寄り集まっている。
ホライズンが目を凝らす――
ホライズンなに、これ……!?
 
G区画、サンドボックス障壁付近。
マイホライズン隊長、いました!
ホライズンしーっ!驚かせちゃダメ。
 ホライズンはマイの指差す方向を見た。
そこには、写真に映っていたオペランド流失の元凶の姿があった――
 サンドボックス障壁の小さな裂け目に這いつくばる、謎の生き物。
その周囲を大量の下位エントロピーたちが包囲している。
どうやら、「生き物」を守っているようだ。
ホライズンあれが……オペランドを流失させてたのー?
マイわ、わかりません……遠すぎて何がなんだか……
マイデータを取るには、もっと近づかないと。
マグニルダよし、あたいの小隊で蹴散らそう!
ホライズンもぉ!落ち着いてよー!
ホライズン初めて見るモンスターなんだよ、習性もわかんないのに近づけないよー。データからして、エントロピーなのは確かだけどー……
マグニルダだけど、あたいたちの目標は、G区画の障壁を塞いで修復することだろ?
マグニルダあんなのが障壁のオペランドを吸い取ってちゃ、修復なんかできっこないよ。
ホライズンでもペルシカは、できる限り犠牲を出すなって。
マグニルダここでモタついてたら、オアシスのエージェントたちが先にやられちまう。安心しな、あたいはボクサーだ。タフなのが取り柄だからね!
ホライズンダメだってばー!まず司令部に連絡してから――
マグニルダなに言ってんだ。速さはすべてに勝る、そんな暇があったら――
マイあ、あのー……
ホライズン&マグニルダなに!?
マイヒッ!!ご、ごめんなさい!!
マイた、ただその……観測気球を飛ばしてみたらどうかなーって……
ホライズン&マグニルダ……
ホライズンそうだよー!マイの言う通りじゃんかー!突撃するにしたって、じゅうぶんな情報がないと!
ホライズンマイ、お願いしていーい?
ホライズンハァ……現場の意見をまとめるのって、こんなに大変だったんだ……ペルシカや教授を尊敬しちゃうな……
 ……
 マイの観測気球はフワフワと宙に浮いて、
ゆっくりと謎のエントロピーの頭上めがけて飛んでいった……
マイ付近に下位エントロピーがたくさんいますね。近づくのは大変そうです……
マイこの角度と距離からなら、もっと詳しいデータが採れるかも……
 パンッ!
マイひゃっ!?き、気球が……
 マイの悲しげな眼差しに見守られ、観測気球がフラフラと墜落し、
謎のエントロピーの傍に落下した。
マイうぅぅ、せっかくここまで近づけたのにぃ……あぁっ!
 次の瞬間、マイの端末が鳴った。墜落した観測気球の機能はまだ生きていたのだ。
先ほどまでショックを受けていたマイは、すぐに表情を整えると、
気球から送られてきたデータをメンバーに素早く同期した。
ホライズンうーん……気球は下位エントロピーに撃ち落とされちゃったみたいねー
ホライズン気球を敵だと思ったのかなー?
マイそんな……ありえません。
マイ私の気球は、アンナさんに特殊な迷彩を施してもらっています。本来なら、下位エントロピーや一部の浄化者は、気球を環境データだと認識するはず。攻撃なんてするはずない。
マグニルダつまり、誰かが指揮してるってことか?
ホライズン可能性はあるねー、それじゃよけい軽率に動けないなー。もっかい気球、ためしてみよ?
マイは、はい。いいですけど、もう残りがあまりなくて……
ホライズンあと何個あるんー?
マイ偵察の時にほとんど使っちゃって、あと3個です……
マイあっ、そうだ!気球を二つ同時に飛ばして、片方でエントロピーたちの注意を引いて、もう片方でそっと近づくのはどうでしょう!?
マイそうすれば、最後の一つは残しておけるし……
マイそれに、オペランドを注入すると、もっと高く飛ばせますよ。そうすれば攻撃も当たらないかも。
ホライズンなるほどー。そこでもう一人、誰かが敵を引き付ければ……
マグニルダあたいの出番だね!言っとくけど、結果がどうなろうと、あたいたちはもう待てないよ。
 ホライズンとマグニルダは目を合わせて頷くと、優しくマイの肩を叩いた。
ホライズン今度こそ、成功させよー!
 
マグニルダこっちは準備できた。
ホライズンオッケー、行動かいしー!
 タタタタタッ――
 そう遠くない場所で、数名のエージェントたちが謎のエントロピーに遠隔攻撃を行った。
周囲の下位エントロピーがすぐさま反応し、謎のエントロピーの前に防衛線を張る。
マイあれっ、反応したのは下位エントロピーだけですね……
マグニルダマイ!今だ!!
マイあっ……は、はい!!
 マイは交戦エリアを慎重に避けつつ、
二つの気球を異なる方向から、謎のエントロピーめがけて飛ばした……
マイあと、すこし……
 パンッ!パンッ!
マイあぁっ!気球が――
 上空から謎のエントロピーに近づいた二つの気球が、次々と破裂して墜落してゆく。
 謎のエントロピーは体を動かすと、気球が落ちた場所へと近づき、それを呑み込んだ。
マイあっ、あああーーッ!!か、怪物が動いて……気球を食べちゃいました!
マイき、気球が……食べられてる感触が伝わってきた、き、気持ち悪ぃぃぃーーッ!
ホライズンマイ!まさか、ウイルスなの!?
マイだ、だだだ、大丈夫です!感覚モジュールの一部が、気球とリンクしてるものですから……感触が奇妙な他は問題ありません、データを分析します!
 マイは立っていられなくなって、その場にへたりこんだ。
思いもよらないショックをうけたらしい。
 それでも、彼女は先ほどと同じようにデータを手早く整理し、
まずはメンバーたちに採取した画像を同期した。
ホライズンこれ……
 ホライズンが映像データを開くと、そこには奇妙な光景が映っていた。
まるく膨らんだ、半透明の躯体。
その中心部に脈々と流れる黒紫色のオペランドは、今にも破裂しそうだ。
ホライズン膨張した……クラゲ……?
マイええっ!?クラゲって、気球を食べたりするんですか?!海の生き物って恐ろしい……
ホライズン……うーんと、とりあえず落ち着こっか?
ホライズン他にあからさまな敵がいたのに、下位エントロピーは攻撃をやめて、気球を撃ち落としたでしょー
ホライズンつまり、エントロピーを指揮してたのは、このクラゲだったんだよ。
マイおかしいなぁ、現実じゃクラゲに知能なんてないはずですけど……あ、データの分析が終わりました!
マイクラゲが……周囲のオペランドを吸収してる……!
ホライズン吸収?……とにかく、まずはペルシカに伝えるねー
 ……
ホライズン……ってわけなんだー。オペランドの流出を防ぐには、下位エントロピーとクラゲを倒さなきゃいけなくて。増援を送ってもらえないかなー?
ペルシカそうでしたか。指揮能力を持つクラゲのエントロピー、一筋縄では行かなそうですね。
ペルシカそれも、物体を摂取せずにオペランドを直接吸収できるだなんて……こんな個体は初めて見ます。
ペルシカですが、生態がわからないのでは、手の施しようがありません。むやみに攻撃して爆発でもしたら……被害がさらに広がってしまうかも。
ホライズンだけど、ほうっておいたら障壁はいつまでたっても修理できないよー。注いだオペランドがクラゲのエサになっちゃう。
ペルシカええ……オアシスの外におびき出すのはどうでしょう?
ホライズンえー……つまりー、戦わないで、クラゲを障壁から引きはなすってことー?
 ホライズンは、障壁に這いつくばる謎のエントロピーに目を向けた。
中心にいるクラゲの色が、先ほどよりも濃くなっているのが遠目にもわかる。
ホライズン……マイ。あの気球、ぜんぶクラゲに食べられちゃったのかなー?
マイは、はい……観測設備もろとも、吸収されちゃったみたいです。
マイあのクラゲ、ますます大きくなってますね……なんか、風船みたいでちょっと可愛いかも。
マイでも食べられたのが一つだけでよかったぁ。あとで全部回収しなきゃ、修理すればまだ使えるかも……
ホライズンそういえば、なんで他の気球は食べなかったんだろー?
マイあっ!そういえば、エントロピーの攻撃が当たらないように、あの気球には少し多くオペランドを注いでたんだった……!
マイ結局、すぐに撃ち落とされちゃったんですけど。トホホホ……私の気球とオペランドがぁ……
マグニルダ気球を守ろうとしたのが、裏目に出たってわけか。
マイあぁ~~聞きたくない聞きたくない……
ホライズンそっか……あのクラゲ、オペランドの多いほうに引き寄せられたんだ!
ペルシカサンドボックス障壁からオペランドを吸収していた事実から見ても、その結論で間違いなさそうですね。
ホライズンそっか、オペランドで……わかった、やってみる。
マグニルダちょっと待った!本当に倒しておかなくていいのか?あのまま逃して、取り返しがつかなかったらどうするんだ?
ペルシカ今は、サンドボックス障壁の修復が最優先です。
ペルシカサンドボックス障壁が損傷したせいで、敵に付け入る隙を与えてしまったのでしょう。もし障壁がもとに戻れば、奴らを外に締め出すことができる。
ホライズン……うん、そうだね。こっちで方法考えてみる。
ペルシカどうするおつもりです?
 ホライズンは通信端末のスクリーンから視線をそらし、傍にいたマイを見た。
マイ……さ、最後の気球、ですね……
ホライズンうん、おねがい。
マイうぅ……わ、わかりました!
 
数分後、オアシス司令部。
ホライズンペルシカ、作戦せいこーだよー!
ペルシカさすがです!お怪我はありませんでしたか?
ホライズンうん。クラゲとのベストな距離を保つために、マイが苦労してたー。近すぎると落とされちゃうし、遠すぎると興味がなくなっちゃうからさー
ホライズンだいぶオペランドを使っちゃったみたい、今は休んでるー。まぁ、気球をぜんぶ使っちゃって、ショックだったのかもしんないけど……
ホライズン気球から下位エントロピーの注意を逸らそうとして、マグニルダが怪我しちゃったけど、どれもかすりキズ。みんなピンピンしてるよー
ホライズンクラゲは下位エントロピーと一緒に、気球を追いかけてっちゃった。
ペルシカあのクラゲに指揮能力があるのは、疑いようがありませんね。
ペルシカとにかく、お疲れ様でした。
ホライズンへーきへーき。ただ、マイと気球たちが、ちょっとかわいそーだったかな。
ペルシカふふふ。この山を越えたら、気象部門に予算を多めに分けてあげませんと。それでは、サンドボックス障壁の修復を頼みます。
ホライズンりょーかーい。
 ペルシカは通信を切って、椅子にゆったりと腰かけ、安堵の溜息をついた。
黛煙サンドボックス障壁の修復が始まりました。穴や裂け目から侵入してきたエントロピーも、ほぼ駆除し終えたようですね……今のところ、状況は安定しています。
ペルシカよかった。
黛煙オアシス内の警告エリアも徐々に減りつつあります。お疲れ様でした、ペルシカさん。少し休憩なさってはいかがですか?
ペルシカいいえ、まだ気を抜くわけにはいきません。次は……
 ペルシカはスクリーン上のマップを縮小し、オアシスの外に視線を向けた。
ペルシカ通信手段を復旧させなくては。
黛煙今からですか?皆さん、戦いでずいぶんと消耗しておいでです。少し落ち着いてからのほうが……
ペルシカロッサムのレールガンによって、中央信号塔を含む多くの施設が破壊されました。しかも、射線上にないはずの予備通信ノードもなぜか機能していない。
ペルシカオアシスを孤立させることが、敵の目的なのかもしれません。このままでは外にいる仲間との連絡がとれず、同盟セクターに助けを求めることもできない。
ペルシカ今後、さらに多くの敵が迫ってこないとも限りません。外界との通信手段をすぐにでも取り戻さなくては。
黛煙……現在、戦闘エージェントは負傷者多数。医療部門が全力で治療に当たっており、後方エージェントのほとんどが障壁の修復をサポートしています。
黛煙外部の通信ノードを修復するには、この中から人手を割くしかありません。しばらくすれば人員に余裕も出てくるでしょう。ですが今は――
ペルシカ黛煙さん。あなたにも本当は、わかっているのでしょう?
黛煙……
黛煙……通信手段なくして、教授からの連絡は受け取れない……
ペルシカその通りです。誰もがオアシスの要の帰還を待ち望んでいます……教授がお戻りになれば、きっとどんな困難も乗り越えられる。
ペルシカあなたになら、理解できますね?
黛煙……
 黛煙は無言で頷いた。
ペルシカ黛煙さん、人員の手配を頼みます。